〈episode26〉おいらはしあわせ
「う・・・あう・・・、うぃい・・・ど・・・?」
はじめて妹の名前を言葉に出来たとき、おいらよりもウィードがものすごく喜んでいたのを覚えてる。
息が苦しくなるくらいぎゅっって抱きしめられたんだ。
毎日続いた言葉のお勉強。
おいらはそれが楽しくて仕方なかった。
ウィードはきっと苦労したと思うけど。
なかなか言葉を理解するのは大変だったけど、ウィードといっしょにいられる時間がとにかく楽しかった。
「ま、ど、う、し」
「あ、う、う、い?」
困り顔のウィード。
ほっぺ、つつきたくなっちゃう。
「ま、ど、う、し」
「あううい~!あうー、あうー!」
呆れ顔のウィード。
おいらとしてはうまく話せたつもりで、テンションがあがっちゃったんだっけ。
いつもおいらの家族は優しくて、そばに居てくれて、なんだか陽だまりみたいだった。
おいらが言葉を話せなくても、成長が遅くて変な行動を取っちゃっても、お母さんもお父さんも、ウィードも、笑顔を向けてくれた。
だからおいらはもっともっと頑張ろうって思った。
がんばって、成長して、家族みんなに喜んでもらいたいって。
笑顔になってもらいたいって。
おいらには不思議な力があったんだ。
それに気づいたのは偶然。ある日、公園で遊んでいたら小さな花を見つけた。
その花は、誰かに踏まれてぺしゃんこになっていて、かわいそうだった。
おいらは何気なしにその花に触れる。すると、手のひらが温かくなって光が浮かび上がった。光を浴びた花はみるみるうちに元気になって、元通りのかわいいお花さんになったんだ。
おいらはうれしくなって他にもかわいそうなお花さんがないか探し回った。
花を見つけるたびに、不思議な力を使う。公園はこども達が走り回るから花がたくさん踏みつけられていた。おいらは時間一杯、花を元気にしていった。
次の日、花たちがどうなったのかを見に行くとまたぺしゃんこになっていておいらはがっかりしたけど、また元気にしてあげようと思い、不思議な力を使った。
その姿を、見られた。
「なんだ、コイツ、へんなちからもってるぞ!」
「きもちわるーい」「ばけものだー」
おいらは何もしていない。ただ、花を元気にしていただけなのにこども達に蹴られたり叩かれたりする。おいらは花を守るようにして蹲った。
「あうう、あう・・・」
泣いたら、もっと叩かれちゃう・・・。我慢、我慢・・・。
おいらの想いとは反対に、こども達はまるで新しいおもちゃを見つけたように攻撃を激しくしていった。
「きょうは、このへんにしといてやるか」「おやぶん、やさしいー」
こどもたちはのっしのっしと帰ってく。おいらはしばらく動けなかった。
花が無事だったことを確認すると、安心したせいか、恐怖心から解放されたせいか、ぼろぼろと泣いた。
その日からおいらは毎日公園に行く。きっとあいつらは公園の悪魔だ。公園の花を踏みつけて笑う悪魔なんだ。そんなのおいらが許さない、そう思っていた。
いくつも花が踏みつけられ、抜き取られているものもあった。でも、おいらは必死にひとつひとつを元気にしてあげる。あいつらに見つからないような場所に移動させてあげたりもした。
それでもあいつらは面白がるように花を踏んで、おいらを見つけるとぼこぼこにした。
お前らのほうが化け物だって言いたかった。
「あうあうしかいえないのかよ」「やっぱりこいつ、おかしい!」
おいらの我慢も限界だった。だから立ち向かおうと、顔を上げた瞬間。
右眼ににぶい感覚。思い切り蹴られた。結局、何も出来ないままおいらは顔を伏せて痛くて大泣きする。
「ふん、おまえがいけないんだからな!」「かえろーっと」
「もうくんなよな!」
こどもたちの足音が遠ざかっていくと、おいらは花に手を添える。
「あう・・・、あううう」
――お前も、痛かったね。今、痛いの取ってあげるからね。
ぺしゃんこの花はすくすくと空に向かって立ち上がった。花が元気になると、おいらも嬉しかった。
帰り道。ずきずきと痛む右眼からはいっぱい涙が溢れる。
悔しくて、悲しくて。あんなやつらに勝てない自分が惨めで。
でも、こんな涙、家族に見せたら、笑ってくれなくなっちゃう。
おいらが大好きな笑顔が見られないのは、いや。
だから、せいいっぱい笑おう。元気一杯、声を出そう。
お家の前で決意する。そしておいらはお家の扉を開いた。
お家に入ってすぐ、お風呂に向かう。きずだらけの体を見せないために。
でもその日は違った。
がらりと、お風呂の扉が開いた。そこに立っていたのはウィード。
ただでさえ大きな眼をもっと大きくして、おいらの体を見ていた。
おいらはばれちゃった、と項垂れることしかできない。
ウィードを安心させなきゃ!おいら、お姉ちゃん!
そう自分に言い聞かせて、必死に笑顔を作った。
おいらがにかっと笑うと、ウィードはしゃがみおいらと同じ眼線になる。
そうしたあと、おいらの右眼を撫でてくれた。
――ごめん、ウィズ。きづけなかった・・・
おいらは激しく首を振る。ウィードは今にも泣きそうになってたからおいらにできることを考えた。
今すぐにウィードを笑顔にする方法。
・・・不思議な力。
前髪を、右眼を隠すようにして伸ばして見せるとウィードはまた眼を大きくまん丸にした。
ウィードが、ほんの少しだけ安心してくれたように見えた。それだけでおいらはウィードがおいらにとって唯一の妹なんだなぁって実感できたんだ。
その日は、一緒にお風呂に入った。
いっぱいおしゃべりした。おいらはひたすら「あう~」だけど。
痛い思いはしたけど、そのおかげでウィードとこうやってお風呂に入ることが出来たから、今日がいい日だったと思える。
次の日。
おいらは少し遅くなって公園に行く。
内心、いつも怖いけど、そんなことよりも花が死んでいくほうがいやだった。
だから今日も行く。蹴られても叩かれてもいい。いつかはあの子達だって分かってくれる日が来るはず。
でも、おいらが眼にした光景は、おいらの小さな願いでさえ打ち砕くものだった。
ウィードがいじめられている。いっぱい、いっぱい叩かれて、蹴られて・・・。
どうして?
おいらを守るため。多分、ウィードはそうしたんだろう。
おいらは迷わず走る。ウィードの元へ。
ウィードを守る。その想いが一歩を踏むごとに強くなる。自然と足が速くなって、子供たちに近づいていっても恐怖心は無かった。
そして、おいらは無我夢中で威嚇する。
「あうっ!!あーうーっ!!!うーっ!うーっ!」
――大事な妹をいじめるなっ!怒るよっ!!
そんな意味を込めて。
体の奥に熱いものを感じた。不思議な力が溢れてくる。
体の奥から何かが飛び出してきてしまいそうなくらい力が漲った。
おいらの威嚇をみて、子供たちは恐れをなしたのか、一目散に逃げ帰っていく。
おやぶんと呼ばれていた子が去り際に一言だけ。
「や、やっぱり、ばけものだああっ」
なんとでも言えっ!
おいらはすぐウィードの元へしゃがみこみ、顔を見る。するとウィードは左眼を汚していた。
だから、おいらはやさしく撫でてあげたんだ。
ウィードがそうしてくれたように。
すこしだけお話したあとに、ウィードが「あ、そうだ・・・」と言って自分の前髪に手を伸ばした。
ウィードの指先が光る。
左眼を覆うように伸びた前髪は、似ていないと言われるおいらたち双子をそっくりにしてくれた。
「・・・これで、おそろい」
うん、おそろいだ。
きっといつかこの怪我は治って痕も残らないと思う。
でも、おいらたちはいつまでもこのまま。
何度も何度もお互いの顔を見て帰った帰り道。
おいらはその次の日に、初めてウィードの名前を呼んだ。
*****
それからおいらたちは、次第に強くなっていく魔力をクリア・セントラルの城住みの魔導師・トレバートに見出され、お家を離れることに。
お母さんもお父さんも、寂しそうにしていたけれどわが子を誇らしく思いながら見送ってくれた。
お城へと向かう途中。おいらはウィードに話しかける。
「ねえ、ウィード。これからどんなことがあるのかな」
「・・・ウィズ、どんなことでも、たのしそう」
「いやいや、そんなことないよぅ。訓練だって厳しいかもだよ?」
「大丈夫。ウィズの側、私、いる」
そう言って、ウィードがおいらの手を握る。
「手、繋いで、行こう」
おいらはウィードを見上げて、にかっと笑って頷く。
「あう~!」
ちょっとだけ力を込めて握った。
道の傍らに咲く花は、凛としていて、風に揺られていて、
元気いっぱいに咲いていた。
*****
ねえ、ウィード。
おいら、ちゃんと、ウィードのお姉ちゃんできていたかなぁ。
お姉ちゃんらしいこと、してあげられたかなぁ。
いつもいつも、ウィードに助けられてばっかりだったね。
おいらね、ずっと、このまま、ずっとだと思ってた。
いつかはおいらたちの体にもヒビがはいって、崩れ去るのかもしれない。
でも、そのときはね、おいら、いっしょがいいんだ。
そうしたら、かみさまのところでも手を繋いでいられる気がしたから。
ああ・・・、
こんなこと考えているの知ったらウィード怒っちゃうよね。
きっとウィードは、おいらを守ろうとする。
おいらを守るために、いっぱい傷ついちゃう。
おいら、そんなのいやだよ。いっしょがいいよ。
だからね、ウィード。
傷ついちゃうのも、泣くのも、走るのも、歩くのも、笑うのも、
いっしょにしよう。
お姉ちゃんらしいことなんて、何一つしてあげられなかったけど。
お姉ちゃんとして、いつまでもウィードの傍にいてあげるからね。
ウィード、おいら、しあわせだ。
しあわせだよ。
さあ、かえろう。
みんながまってる。
かえろう。




