第26話〈嵐禍ノ章〉「彼女の名は嵐の禍」
「―――っ・・・。何やってるです!!!せんぱいっ!!!!!」
ぽたぽたと零れ落ちる涙。
火傷した頬には、ちょっとだけ沁みる。
微動だにすることもできない俺の横で、膝をついている鳴海。
肩が上下し、顔は真っ赤で汗と涙が止まらない。
「・・・どうして・・・ここに・・・」
ようやく搾り出せた言葉。聞き取れているのか不安になるほどか細い声が出た。
多分、喉も熱でやられているかもしれない。
上空からはヘリコプターの音が聞こえる。
恐らく軍用ヘリだろう。藤咲市で起きた爆発が単なる事件ではないことはもう周知の事実か。
「どうしても、なにも・・・、走らなきゃって思ったです。走って先輩に会いに行きたいって、そう思ったです・・・」
俺がここにいることは知らないはずなのに、と思った。
でも、やはり鳴海の中の魔導師の力が俺と引き合わせようとしている。
だから、鳴海は自分の意思でここまで辿り着いてしまった。
――巻き込んでしまった。
「ずっと、怖かったです。もう先輩に会えなくなっちゃうんじゃないかって。だから何度も先輩の名前呼んだです」
鳴海は、俺の手を握る。鳴海の手の感覚だけが俺に伝わってきた。
「目の前で・・・枝紡先輩の姿をした人があの化け物みたいな人に爆発させられて・・・、倒れた人を見たらそれは先輩になっていて・・・、わたし、・・・わたし・・・」
俺の手を自らの額に当てて握り、震えながら泣く鳴海。俺を見つけたことの安心よりも、不安のほうが強いんだろう。
俺は、鳴海に不安になってほしくなかった。
だから、力の限りでその紅くなった頬に触れた。
そのあとで振り絞るように言った。
「・・・ちいさな、ゆうしゃ、だな・・・」
あの本には続きがある。
でも、その物語は誰も知らない。
今の俺には、鳴海の行動こそが〈小さな勇者〉のこれからに思えた。
「先輩・・・、り、陸斗、先輩・・・」
泣いているのとは違う意味で震えたように聞こえた。
鳴海は初めて俺の名前を呼んだんだ。
「・・・陸斗先輩、わたしには、なにができますか」
何もできないよ、と言いたい。
いや、何もしなくていい。ただ、無事でいてくれ。
そう言いたい。
だが、奴がそれを許さない。
また、巨大な黒い炎が俺たちに向けて放たれてきた。
俺には避ける余力は無いし、鳴海に関しては魔力があっても制御ができていないだろう。逃げてくれと、精一杯伝えるしかない。
「なる、み・・・、逃げろぉぉぉ」
蚊の泣くような声でも、俺にとっては叫びだった。
「・・・・・・・・いやです」
その瞬間、鳴海が黒炎にむけて手をかざす。
「・・・おねがい、協力して!」
――もう逃げないのね。いいこ、私の主
風と共に、そんな言葉が聞こえた気がした。
とても優しい声。俺は聴いたことの無い声だった。
突風が黒炎を押し留める。かなりギリギリで相殺しているようにも見えるが徐々に押され始めている。
「なるみ・・・っ!やめろ・・・ッ!!」
「いやですっ!ここで逃げたら・・・、先輩も、皆も、この街も、全部、なくなっちゃうです!そんなの、そんなのぜったい、いやですっっっ!!!」
彼女はグッとまた力を込める。
黒炎の勢いは強くなる。負けじと風の圧力も増していく。
押しも押されぬ力比べ。
かつて史上最強と言われた魔導師と、数日前まで普通の日常を過ごし、
本ばかり読んでいた小さな女の子が。
ああ、俺は、いったい、なにをしているんだ・・・。
鳴海に、なんてこと、させてんだよ・・・。
鳴海は、本が好きで、優しくて、恥ずかしがり屋で、家族思いで、友達思いで、いい奴なんだよ。
なんで、なんで、そんな普通の女の子に、こんな力を与えてんだよ・・・っ。
鳴海は、普通で、いてほしいのに・・・。
巻き込みたくないのに。巻き込まないって決めたのに。
どうしてこうも、何もうまくいかないんだ・・・。
「う・・・あああっ」
力の差は徐々に広がっていく。
鳴海の表情が苦悶のものへと変わっていくと、黒炎がさらに巨大になった。
もう、ダメだ。このままじゃ、鳴海まで殺されてしまう。
『リロウス・・・』
返答は無い。
『枝紡・・・』
返答は無い。
『ふたば・・・』
やはり返答は無い。
「ううう、ああああああっ!!!」
黒炎はもう目の前。
遠くの空でウィザードの叫びと怨念が聞こえる。
俺に残されたたった一つの何一つ冴えていない方法。
それは、俺がまた、奪うしかない・・・。
鳴海の、全てを。
鳴海のこれからを・・・。
そうすることでしか、鳴海を、そしてこの世界を救うことができない。
奪うことでしか救うことができないこの世界に意味なんてあるんだろうか。
教えてくれよ、かみさま。なあ、なあ!!
――俺は立ち上がる。歯が折れそうなくらいに食い縛って。
結局、救う意味なんて分からない。だけど、俺は・・・。
――鳴海の肩に手を置く。一緒に目の前の暗黒に溢れた炎を見た。
俺は・・・、今、この女の子を救いたい。
もう、誰も、傷ついてほしくない。でも、多分これは叶わない願い。
俺が存在している限り。
――俺の言ったとおりにしてくれ、と鳴海の横で言った。
枝紡や鳴海、そしてこの世界にはまだその力を秘めている人たちがいる。
俺が魔導師たちの強大な力に屈するたびに、その人たちから日常を奪わなくてはならないんだ。
みんなの運命を背負うこと。
きっとそれが、俺に与えられた宿命。
――鳴海は、こくりと俺の目を見て頷いた。
そして、いつもみたいに恥ずかしそうに真っ赤な顔で告白してくれた。
「わたし、陸斗先輩のことが、だいすきです」
俺の方から額を近づける。
風が一瞬、止んだ。
――――「せんぱい、あいしているです」
黒炎が俺たちを包んだ。
*****
そこは、夕焼けの公園。
ウィザードも、壊れた街も、その風景には無かった。
俺の目の前には公園で遊ぶ小さな子供たち。
砂場で遊んでいる女の子と男の子。
ブランコを漕いでいる男の子。
ジャングルジムに登る女の子。
ただひとり、ベンチに座って本を読む女の子。
顔のサイズに似合わない大きな丸眼鏡に、あれはボブではなく正真正銘のおかっぱ頭だ。
子供たちの騒ぐ声と、町内放送のきらきらぼしが俺にも懐かしい風景を思い出させた。
俺はじっと、本を読む女の子を見ていた。
ものすごい勢いでページがめくられていく。本当に読んでいるのか・・・?
すると、砂場で遊んでいた男の子が本を読む少女に話しかけていた。
「ねえねえ、あそばないの?」
丸眼鏡の奥の丸い瞳がさらに大きく見開いたあと、少女は何も言わずに俯き気味に本を読み始める。
「ちぇっ。せっかくさそったのにー。もうさそわないかんねー」
男の子はべえーっと舌を出してまた砂場に戻った。
それから1人、また1人と、子供たちが帰っていく。
公園には、少女がひとり。
街灯は壊れているようで、じじじっと音を立てながら点滅している。
少女は、それでも本を読んだ。
ほとんど夕日は落ちて、文字なんて読みづらいはずなのに。
それでも、少女は本を読むことをやめなかった。
俺は、一歩を踏み出す。
――『ごめん、大丈夫?』
――『えっ。ええ、平気です・・・。こちらこそごめんなさいです』
出会ったあの日、俺は木漏れ日を見上げていて鳴海にはちっとも気づかなかったんだっけ。
一歩。そして、また一歩。
――『立てる?怪我、してない?』
――『立てる…です。怪我…ないです』
鳴海はいつもどんなときも、本の中の世界にいた。
きっとあの日も、そしてこの頃の鳴海も。
――『どうして本を読みながら歩いてたの?』
――『本が、好きなので…です』
鳴海があの日、本を読んでいなかったら。
俺があの日上を見て歩いていなかったら。
俺たちは、出会っていなかったのだろうか。
出会わなければ、良かったのだろうか。
俺の足が進まなくなる。
踵を返そうとさえした。
でも、できなかった。
俺は、鳴海に出会いたいんだ。
この子と、この子が好きな本の話をしたいんだ。
俺の一歩が、この子の勇気に変わるなら。
少女は俺にも気づくことなく本を読む。今の俺の行動が不審者に見えないことを祈りたい。
俺は、声を掛けた。
「どうして今時おかっぱなの?」
ここでなぜこれを聞こうと思ったのか。
やはり俺は不審者に思われるかもしれない。
「えっ・・・、だ、だれ・・・?あやしいひと・・・おまわりさんっ!」
全力で拒絶反応を見せる少女。まあそうだろうな・・・。
「悪い、怪しい人じゃないんだ・・・、えっと、なんていうかあれだ、なんだ?」
・・・俺はあほだ。でも少女はそれ以上警察を呼ぶことはせず、俺を見る。
むすっとしながらも、おかっぱ頭を触る。
「というかこれは、ちがうですっ。おかっぱじゃないです・・・。ボブです・・・」
「そうか、ボブか。・・・それ、ボブなのか・・・。えーと君の名前もボブだったりして」
俺は思い出す。あの日の会話を。
無理やりにでも、あの日の会話をしたかった。
「それもちがうです・・・。このかみがたのなまえがボブですっ!わたしのなまえは、なるみ…。あっ、おかあさんに、しらないひとになまえおしえちゃだめっていわれてるです」
そりゃそうだろうな・・・。でも、俺は会話を繋げる。
「まあ、言いづらいなら無理に言わなくていいしな。俺も基本、苗字でしか人を呼ばないしさ」
「あっ、そうですか。それならそれで…いいです。わたし、ほんよむです。邪魔しないでくださいです」
「・・・はい」
警戒心がないようだ。それほど本に夢中なのか。
今まで攫われていなくて安心さえ覚える。
そして、俺は会話を続けた。
「いつもここで本を読んでいるのか?」
あの日はバス停だった。今は公園のベンチ。
「…はいです。あめのひはしてないですけど。ここはおちつくです」
確かに、この場所は落ち着きそうだ。町内放送は鳴り止み今はとても静かだ。
「そうなんだ。難しそうな本だな」
多分、俺はその本のタイトルを言える。内容も少しなら分かるんだぞ。
「むずかしくないです、おもしろいです!…よんでみるですか?」
やっと、少女の目に不安が消えた。やっぱり鳴海は鳴海のままなんだ。
「それ、〈小さな勇者〉だろ。俺も好きなんだ。最初は全然読めなかったけど」
しかもまだ途中までしか読んでないけど。
「ししし、しってるですか?このほん、しってるひと、はじめてです」
今はもう無い、鳴海の輝いた瞳。
俺は何度も言葉が詰まりかけた。
一言言おうとするたびに大きく息を吸った。
「・・・5章まで勇者は引き篭もるんだけどそれからが面白くなってくるんだよな」
少女はうんうんうんうんっと激しく首を振る。
「それで、ろくしょうからなかまがふえていくです。げきやばなてんかいです。あっ、すごいっていういみです」
嬉々として話す少女。やがて、夕日が完全に落ちた。
夜空には満天の星。
「わたし、はじめてです。ほんのことでおはなしできたの」
夜空を見上げながら少女が言う。俺にはさっきの男の子との会話がフラッシュバックしていた。
「おともだちつくるのにがてで、いつもひとりで、ここでほんをよむです。いつもからかわれるです。でもいいんです。ほんをよんでいるあいだはしあわせなんです」
「そっか。そりゃ、そんなこと言われたら本も喜ぶだろうな」
「そうだと、わたしもうれしいです。このほんは、おとうさんにはじめてかってもらったほんなんです。たからものです。いちばんのおともだちです」
いちばんのおともだち。
少女はまた、笑った。よくみると、前歯が一本取れていた。
「じゃあさ、俺は何番目の友達になれるかな。・・・鳴海・・・磨瑠の」
「・・・・・」
風が吹く。そよ風が吹き抜けると、鳴海がいた。
少女はもういない。
俺の隣にはよく知る鳴海磨瑠がいる。
「・・・これから、きっと、俺は迷惑かけるぞ」
「・・・・・いいです。先輩の傍に居られるなら、いいです。わたしにだってできることがあったんですから」
「・・・巻き込んでごめん」
「いやです。許さないです。でも、約束してくれるなら許してあげてもいいです」
初めて見る、上から目線な彼女。
「約束?」
俺は首を傾げて聞いた。
「はいです。わたしと先輩だけの約束です。それは・・・」
それは・・・?
――いつかわたしが書いた小説をいちばん最初に読んでほしいです。
その〈いつか〉を、守ってほしいです。
その〈いつか〉は、みんなの〈いつか〉、になるから。
「ああ」
もう、迷ってはいけない。
いつまでも弱いままではいけない。
鳴海が教えてくれた。
たった一度の最後の希望。
ウィザードを倒すために俺に残された、最後の希望。
――鳴海磨瑠。
彼女はにこっと笑う。
俺も笑う。
「いけるか」
「はいです」
俺はグーを出す。
「よし、いくぞ!」
「はいですっ!」
鳴海もグーを出して、突き合わせた。
俺のほうの拳がちょっとだけ痛かった。
――ふふ。ふたりとも、いいこ。がんばって
――さあ、私の名前を言って
――りくと、まる
2人で呼吸を合わせて。その名を呼んだ。
「「嵐禍!」」
*****
風は黒炎を跳ね返す。
風は焼け焦げた大地にささやかな静けさと、涼しさを与えた。
風は駆ける。その速さと抱擁を持って。
背中には、蝶のような羽。
纏う羽衣は、緑色を帯びて。
その姿はまさに天女、そのものだった。
「これが・・・、鳴海の・・・力・・・」
枝紡の、炎禍のものとはまるで違う感覚。
炎禍から感じるものが「剛」だとしたら、嵐禍から感じるものは「柔」と言ったとこだろうか。
とにかく体が軽い。傷の痛みもない。
これなら・・・いける。そんな自信さえ生まれる。
でも、俺は絶対に忘れてはいけない。
この力の代償を。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!ぅウゥぅッ!」
ウィザードはまたその強大な力を誇示するかのように雄たけびを上げた。
ビリビリと圧がかかってくる。上空に飛んでいたヘリは、三々五々に散っていく。
俺はウィザードに向けて左手を向ける。
さっきの戦いで分かったことだが、ウィザードには基本触れることができない。
それは、あいつから漏れ出している膨大な魔力の壁のせいだと思う。
だとしたら・・・。俺の中で考えが浮かぶ。そして、声が聞こえた。
『先輩、それはいい案だと思うです』
鳴海の声。枝紡、そして褐色肌の女はいるか?と聞くと、二人ともぐったりしているけどどうやら無事らしい。良かった・・・。
「あっ、そうだ」
俺はあることを思い出した。大切なこと。
傍らで横たわる鳴海の体。
この体を絶対に守らなければならない。
鳴海の魂が帰る場所なんだ。
思い出されるのは、イルヴァナが枝紡の心臓を握りつぶしたときの非情な音。
俺は鳴海の体を抱えると、飛ぶ。ものすごいスピードだった。
これが風の速さ・・・?と考えたときには藤咲市と百合野町の境目くらいまで来ていた。
なるべく頑丈そうな建物・・・。病院があった。
患者はどうやら避難したらしくもぬけの殻だった。
俺は鳴海の体を適当なベッドに寝かせると、さらに風でその体を覆った。
バリアの代わりにでもなってくれればいいけど・・・。
ここに1人きりにするのは不安もあるけど、こうしている間にも爆音が鳴り響く。
ウィザードに対して、自衛隊が攻撃をしているようだった。
「まずいな・・・。被害者が増える。行くぞ、鳴海!!!」
『はいですっ!』
そして、飛んだ。ウィザードの元へ。
不思議ともう、怖くは無かった。
終わらせるんだ、この戦いを。
勝つんだ。この戦いに。
俺は、ウィザードの至近距離で〈風〉を放つ!
そう、触れられないのなら、触れずにぶっ飛ばせばいい。
しかし、ウィザードは持ちこたえようとさらに魔力を解き放つ。
俺は両手を使い、ウィザードに負けないくらいの「風」を撃った。
「吹っ飛べっ!!!」『いけええええっ!!!』
想いは、届く。
「ウウウ、アアアアッ!!!」
ウィザードの体は大地に突き刺さった。土煙が上がる。瓦礫がウィザードに覆いかぶさるようにして崩壊していった。
「まだだっ!」
俺は右手を振り薙ぐと、風の刃を手に取る。
風の刃を思い切り、ウィザードに向けて振り下ろした。
風の斬撃がウィザードの落下地点に降り注ぐ。
絶えず、撃ち込む。しかし、
「ア゛ア゛ア゛ッ」
ウィザードが自らの太刀を持って逆襲を図ってくる。
風の刃で受けると、ジリジリ互いの刃が削れるような音。
「く・・・、鳴海っ!」『大丈夫です!まだまだ、です』
鳴海の心強い言葉に俺も安心する。
「ウウッ、コロズゥゥッ!!!ウウウアアアアアアアアッ!!!!」
怒り、憎しみに任せての振り切り。
斬られはしないものの、俺は勢いに負けてそのまま地面に叩きつけられそうになるが寸前、ふわりと体が風に受け止められた。
〈嵐禍〉には、自然の恩恵があるようだ。
また遥か大空に飛び立つと、旋回。
間合いを計る。ウィザードからは何千発もの黒炎弾。
弾丸の間を凄まじい速さでかわしていく。ときには、風の壁で防ぐ。
しかしこれでは攻撃の一途も辿れない。それならば・・・。
「鳴海、竜巻、起こせるか?」
『・・・やってみるです!』
避けながら、右の手のひらに意識を傾ける。
ぐるぐるぐるぐると回っている駒のイメージ。
手のひらには段々と、風が集まってくる。
そして、乱回転する小さな竜巻が生まれた。
「よし、爆発させるぞ」『はいです。・・・んっ』
鳴海の力が強くなるのを感じると、俺はその小さな竜巻をサイドスローで放った。
『おっきくなれーーーーっ!!!!』
瞬間。
手のひらサイズの竜巻が、爆発的に巨大な風の固まりになる。
見上げてしまうほどだ。
黒炎は一瞬にして消え去り、竜巻の中央にはウィザードの姿。
やはりただでは終わらない。粉塵爆発を吸収したように、またウィザードは手を掲げ力を収束させる。
――このときを、待っていた。
「うおおおおおおっ!!!!!」
俺の感覚としては、向かっていく感じだったけど羽に力を込めた瞬間にはウィザードがもう目の前にいて、眼を丸くしたのがわかった。
〈嵐禍〉の速さは、まるで瞬間移動だった。
「一発、殴らせろっ!!!!」
瞬間的になら触れられる。駄々漏れの魔力にも必ずの隙がある。
それは、首を偶然掴んだときになんとなくだが分かった。
俺は渾身の一撃をウィザードの左頬に見舞う。
みしみしとめり込んでいく拳。
ウィザードもすかさず俺の腹部に太刀を突き刺した。
『あああっ!!!』「うあっ、鳴海っ!」
痛みは俺たち2人を襲う。でも、鳴海は言う。『そのまま、押し切ってください!』
俺はウィザードの太刀を持つ手を握る。捕捉した。
そして顔面に向けて、最大風速でパンチを繰り出す。
荒野と化した藤咲市へと転がっていく体。
俺は突き刺さったままの太刀を抜き取り、粉々にする。
「大丈夫か?」『へ、平気です。がんばるです』
途端。ウィザードの落下地点から夥しい量の闇が噴出する。
「ギイいいイイやアアアアアアアッッッッ」
闇が夜空全体を覆っていく。
ウィザードはもう、憎悪の塊と化していた。
爆発したような勢いで向かってくるウィザード。その拳が俺の顔面を捉えると、一瞬意識が飛んだ。が、すぐに戻る。
あいつらの声が戻ってきた。
『ただいま!式瀬くんっ!!!』『いや、すまない。少しばかり回復に手間どった』
「枝紡!リロウスっ!!」『よかったです!』
『えっ!え、あ、うそ!え、なんで!?!?どゆこと!?』
枝紡がたじろぐが説明している暇は無い。「今はとにかく、ウィザードを倒すんだ」
全員の意識が一致する。
『なんかあれだけど、それに関してはりょーかい!』
『ああ、サポートは任せろ』『ぜったい勝つです!』
「いくぞっ!」
暗黒に染められた拳が再び俺の目の前に来る。でも今の俺にはスローに見えた。
俺は空中でかがみこみ、さっきは空振りに終わったアッパーを思い切り放つ。
今度は直撃だった。
ウィザードに触れられるっ!
「苦ハアッ!!」
上を向くウィザードに向けて今度は横にくるりと一回転して勢いを増してからの上段蹴り。頭部にヒットする。俺は薙ぎ払うように振りぬいて、ウィザードを三度大地へと叩きつけて見せた。
そのまま直下。小さい頃に見たライダーキックの要領で。
間違いなく直撃――と思った矢先に目に入るのは瓦礫。
ウィザードが、居ない――?
『陸斗、上だっ!』
リロウスの声に反応。今度は逆にウィザードが直下してくる。
そのまま激突。寸でのところでウィザードの拳は俺の手のひらに納まっていた。
せめぎあいが続く。すると、ウィザードが拳を引いて俺の手から剥がす。
ぱっと手のひらを開くと黒炎の弾丸を作る。
間髪入れずに嵐禍に向けてゼロ距離発射。
「あああああああッ!!!」
またしても灼かれる。業火は勢いを増していく。
『式瀬くんっ!一瞬、炎禍っ!!』
「おお、おうっ!!!」
――炎禍ッ!
灼熱の炎を纏う体に変わると、黒炎を相殺するよう大炎を振り払う。
ウィザードの体には紅の炎が纏わりついていた。
「ア゛ツ゛イ゛、ア゛ツ゛イアツ゛イア゛ツイアツ゛イ゛ッッ」
――嵐禍ッ!
風の刃を握る。頭を抱え悶えるウィザードに対し、俺は斜め一閃。
「くたばれえええっ!!!」
―――ッッッ
斜めに切り開かれたウィザードは凄まじい怨嗟をあげる。
鼓膜が破れてしまいそうなほどだった。
「・・・まだ、なのか・・・!?」
『死ぬまで、攻撃を続けるしかない・・・』『死ぬまで・・・?いつまでよ・・・』
そのとき、轟々と稲妻が走る音。
闇に包まれた空をさらに濃くするかのように本当の意味で暗雲が立ち込めていた。
「なんだ、ありゃ・・・」
――聞こえる?我が器様よ
「はっ!この声、〈嵐禍〉か・・・?」
――ええ 私です 存じているように私の名は嵐の禍わざわい
今 嵐を呼びましょうぞ
「嵐を・・・?お前、そんなことできるのか?」
――はい 私 天候を操ることができるのです それ故に禍と
「俺は、どうすればいい?」
――簡単なことです ただ 願いなさい。
――目の前の災厄を打ち滅ぼしたいと
――災厄にかかる呪いを鎮めてあげるのです
声が消える。そして音が戻ってくる。
「もう、これしかないってことか」
俺は両手を天に掲げた。
無防備にもほどがあるが、〈嵐禍〉の声が聞こえたということはこの方法には策があるのかもしれない。
「鳴海、枝紡、リロウス、嵐を起こすっ!」
『分かったです!』『私も全力でパワー送るねっ!』『ああ!』
ウィザードの雄たけび、雷鳴、轟風、そして、雨。
雨が、次第に強さを増していく。
俺たちは嵐を巻き起こすことに全ての想いをぶつけた。
「もっと強く、強くっ!!!」
俺たちの願い、想いに応えるかのように嵐は強さを増していった。
あちこちで大小様々な竜巻が発生し、雷が龍となってウィザードを灼いた。
そして、豪雨が彼女の体を叩いた。
「ゥウウ、ゥアアア、嗚呼アア嗚呼ぁああぁ ああアアああああああっ!!!!」
ビキッ―――
亀裂が入る音。ウィザードから聞こえた音。
「ああ、ああ、あああああっ」
怨嗟の声が次第に彼女本来のものと思われる声に変わっていく。
「あああ、痛い、熱いよ、助けてよ、あああ、あああああ」
しゅううううと蒸発煙が彼女から出て行く。まるで鉄板に水を落としたときのように。
「はあ、はあ、はあ、ナキハ、ウィンディ、ティック、トゥクイーン、リージャック、メイキング、皆、みんなああああああああああああああああっ!!!!」
――――――――。
俺は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
それはずっと天を見ていたからじゃない。
本当に何が起きたのか分からなかった。
なぜかというと、
ウィザードの心臓の辺りを、とてつもなく鋭い、
矢の形をした物が貫いていたからだ。
その部位から、ウィザードの体にはビキビキと亀裂が広がっていく。
ウィザードは、固まって動かない。
その表情は、哀れで、空しさに満ちていて、悲しそうで、泣いていた。
「ウィズっ!ウィードっ!!!」
ウィザードの背後の上空からの声。空には穴が開き、時空が歪んでいた。
そこには、2体の魔導師。
俺に予感したのは、絶望だった。
弓を持っているほうの魔導師からは、
ウィザードほどではないが恐ろしいほどの強さを秘めた魔力を感じる。
『なぜ、オリオンまで・・・』
オリオン、という名をリロウスは口にした。
「リロウス!・・・それが、貴様が得た器か」
嵐は少しずつ、弱くなっていく。
to next story is...




