〈episode25〉これで、おそろい
「あううあうあうあ~~~」
べちゃっ
「あー!もうウィズっ!また涎垂らしてっ!ほら、ふきふきしましょうね~」
「あう~~~」
母上は、ウィズの口元に布を当ててだらりと垂れた涎を拭いてあげていた。
私にはそれがどうしてか羨ましくて、姉の真似をした。
だら~ん、べちゃ
「おっ!ウィードも涎を垂らしてるっ!やっぱり双子だなぁ。どれ、父さんが拭いてやるからな!」
私は即座に自分で拭いた。母上に拭いてほしい・・・。
父上は物悲しそうに項垂れていた。
今日は家族4人で初めてのおでかけというやつだった。
今日は私とウィズが生まれてから6年が経ったらしい。
そのお祝いが、大きな樹の下で行われた。
樹からはなんだか懐かしい匂いがした。
当然ながら生まれたときの記憶はない。
でも、母上と父上が強く2人で抱きしめてくれたことは、よく聞いた。
母上も私たちもとても危険な状態での出産だった。そういう風にも聞いた。
ウィズは生まれたからまだ一度もうまく喋ったことがない。
体もあまり成長しない。
逆に私はまるでウィズの分まで大きくなっているみたいにすくすくと成長して、
両親の言葉も分かり、お話もできるようになった。
ウィズとはまだ一度も、ちゃんとお話をしたことが無かった。
返ってくる言葉は「あう~」とか、「わわわわ~」とかだった。
私は、「双子なのに似てないね」といわれることが怖かった。
どうしてそう言われるのが怖いのか。
きっと、私たちがこの世界で唯一の双子と呼ばれているから。
それに、私たち双子としての存在を否定されているみたいでいやだった。
だから、私もウィズの真似をしてみる。
「ほん、よむ」
こう喋るとウィズもきゃっきゃと喜ぶし、なにより私自身が安心した。
お姉ちゃんと、おそろいだ。って。
陽だまりの中、私は樹に背を預けて本を読む。
隣で母上がすやすやと寝息を立て、心地よさそうに眠っていた。
目の前では、父上とウィズが楽しそうに追いかけっこしている。
「お・・・ねえさま・・・」
その言葉に横を振り向くと、母上の閉じた瞼から涙がこぼれていた。
お姉さま・・・?母上にも姉がいたのかな。
私たちには一度もそんな話はした事は無い。
今、その「姉」はどうしているんだろう。
母上が涙を流すほどのことが、その「姉」に起きたのかな。
母上が見ている夢は、どんな夢なんだろう。
私はそっと、その涙を拭いてあげた。
夕方になって、お家に帰る。
家族4人、並んで手を繋いで。
すると、ウィズがいきなり飛び出した。蝶々をみつけたみたい。
「あう~!あうあう!!」
にひひっと笑いながら蝶々を追いかけるウィズ。
そして、転ぶ。
蝶々はひらひらと夕暮れの空を羽ばたいていった。
「あうっ、あう~~~~~っ!!!!!」
道の真ん中で大声で泣くウィズを母上があやす。
なんだか、ウィズの生きる時間だけが止まっているように思えた。
私たちは、双子なのに。
私も大声で泣きたくなったけど、がまんした。
*****
それから2年が経って、私たちは8歳になった。
ウィズは相変わらず赤ん坊のようにしか喋らない。最近は私が言葉のお勉強をウィズにしている。
「ま、ど、う、し」
「あ、う、う、い?」
「ま、ど、う、し」
「あううい~!あう~あう~!!」
なぜか大はしゃぎする。いつもこんな調子だった。
「ねえ、ウィード。お友達はできた?」
突然、母上からの質問が。お友達・・・?よくいっしょに遊ぶ子達のことだろうか。
私はその子達がお友達という存在かどうか分からなかったけどなんとなく首を縦に振る。
母上は満面の笑みで嬉しそうだった。そして、こうも言った。
「ウィズにも、はやくお友達ができるといいなぁ」
この頃、姉はかなり孤立していた。理由は、やはりその言動だった。
周りの子に比べて背格好も小さい、言葉も話せない、基本天真爛漫で周りへの迷惑も考えない。
私にとっての普通は、周りの子供たちにとって、不快だったのかもしれない。
ウィズはよく、泥だらけで帰って来た。
いつも夕暮れが闇になるまで遊んで、帰って来る。
私はお家で本ばかり読んでいたからウィズがどこで誰と遊んでいるのか知らなかった。
泥だらけで帰って来るウィズはなぜかいつも楽しかったー!!と言わんばかりの笑顔でお家の扉をあける。
決まって台詞は「あうー!!!」
お風呂に入る!という意味だ。
私は特に気にしていなかった。
そうか、ウィズにもお友達ができたんだ。良かった。
そんな風にも思ってた。
でもそれは、違ってた。
ある日、私がお家に帰ろうと歩いていたとき、私より先にウィズがお家に入ろうとしているのが見えた。
私はウィズに声を掛けようと少しだけ小走りになったけど、すぐに止めた。
ウィズが声を出さずに、泣いていたから。
泥だらけの手で眼をこすり、ひたすら涙を拭く。
それでも溢れてくるから服の裾も使う。私はその光景を黙ってみていた。
ウィズは涙を拭いた後、大きく深呼吸をしてからにっこり笑い、大きな声で
「あうー!!!」と言いながら扉を開けていた。
いつもの台詞だ。
あれがいつものウィズだ。
でも、いつものウィズは本当のウィズじゃなかったと知る。
私はお家に帰り、そのままお風呂場に行く。
ウィズが1人で入っていた。この所、1人で入ることが多かったのは知っている。
お風呂の扉の前で立ち止まる。
ウィズはまた泣いていた。声を押し殺すように。
だから私は扉を開けた。するとそこには、体中あざだらけのウィズがいた。
青あざに、切り傷、大小さまざまな傷を撫でるように水が滴っている。
右眼の痣が一番、痛そうだった。
「あ、あ・・・う・・・」
ウィズがばつが悪そうに項垂れると、一瞬で切り替えてまた笑って見せた。
なんでもないよ!と言ってるみたいで、寂しくなる。
姉は、いじめられているんだ。多分、ずっと。
私がしゃがみ、ウィズと同じ眼線になると、右眼の痣を優しく撫でた。
「ごめん、ウィズ。きづけなかった・・・」
ウィズは激しく首を横に振ると、「あう~!」と言った。
見てて~という意味だ。
ウィズが、自分の真っ直ぐ切り揃えられた前髪の右側を掴むとまた「あうっ!」と言って、指を下になぞる仕草。すると、前髪が右眼を覆うようにして伸びた。
私にはその力がなんなのかすぐに分かった。
魔力を使ったんだ。
未だに私が使えていない、魔力を。
魔導師の家系に生まれて、今まで私たち双子には魔力の兆候は見られなかったのにウィズは慣れた手つきで自分の髪を伸ばして見せた。傷も治しているの?と聞いたら「あう~・・・」沈んだ感じに言った。
それはまだできないらしい。
ウィズにあって、私に無いものを知ったとき、私はなんだか嬉しくなった。
やっぱりウィズが私のお姉ちゃんなんだって実感できたから。
その日、私とウィズは一緒にお風呂に入った。
いつまでも、いつまでも。
母上にはちょっとだけ怒られたけど。
*****
私の決意はとても固くて、目の前にいるやんちゃそうな男の子を見ても動じていない自分がいた。
こいつらが、私の姉をいじめている奴ら。いつも怪我をさせている奴ら。
もう、ウィズを泣かせはしない。
妹の私にできることは、大切な姉を守ることなんだ。
私は拳の中に小石を握り、男の子たちに向かっていく。
1対5。
無我夢中で喧嘩をした。いっぱい叩かれた。その倍、叩いた。
何度、お姉ちゃんをいじめるな!といったんだろ。
いつのまにか、握っていた小石がどこかにいって、私の体力も無くなっていく。
男の子たちは構わず私を叩いてくる。私はぶんぶんと両腕を振り回して最後の抵抗。
そのとき、一番大きな男の子から左眼に強烈な一発が入る。
じんじんと痛い。視界が左眼だけぼやけて見える。
倒れた私に対して、男の子たちが踏みつけにしてくる。痛い。
私にも、魔力があれば。
私にも、ウィズみたいに笑ってごまかせるほどの芯の強さがあれば。
私はウィズが持っていないものをたくさん持って生まれた。
対してウィズはどれだけのものを失って生まれてきてしまったのだろう。
私は、ウィズと一緒がいい。
失うものも、得るものも、笑うときも、泣くときも。
――ウィズのこと、だいすきだから。
その瞬間、ふわりと心が軽くなって温かくなった。
体の奥底から溢れてくる力。なんとなく分かる。これが魔力だって。
私は芽生えたばかりのこの力を使って反撃に出ようと思った。まだ力の加減も知らないのに。
もしかしたら、男の子たちを殺してしまうかもしれないのに。
でも、ウィズを守るためには・・・。
そう思ったとき、私を踏みつけるものがなくなった。
私は何もしていない。ただ、そこにいた小さな体に息を飲んだ。
「あうっ!!あーうーっ!!!うーっ、うーっ!」
獣が威嚇するように低い声を出し、普段見せることの無い狂気を見せるウィズ。
あうーの意味に私は、ただただ泣いた。
――大事な妹をいじめるなっ!怒るよっ!!
そんな風な意味。
私が守ろうと思っていた者に守られるなんて。
やっぱり、ウィズは私のお姉ちゃんだ。
男の子たちも、見たことの無いウィズの怒れる姿に妙を感じたのか一目散に逃げていった。
ウィズはしゃがみ、私の左眼を撫でる。
お風呂場と逆の立場だなって思った。
「あう?」
痛くないよ。って返した。
「あうう・・・」
ごめんね、心配かけて。って返した。
「あうー」
うん、喧嘩はもうしないよ。って返した。
「あうあう」
頭を撫でられて、また嬉しくて、泣いた。
「あ、そうだ・・・」
私は思いついたことがあった。
おもむろに自分の前髪に手を伸ばす。
んっ。と力を込めてみた。すると、指先が温かくなって前髪が怪我をした左眼を隠すように伸びた。
「・・・これで、おそろい」
「あうー!!!あう、あーうっ!!」
うん、喧嘩のことは母上には、秘密だね。
私たちは、何度もお互いの顔を見合わせながら手を繋いで歩いて帰った。
見合わせるたびに何度も、おそろいって言って笑って。
*****
――あいしてる。
ウィズの体はぼろぼろでもうこの方法でしか助けることができない。
僅かに生を維持しているウィズの魂との癒着。こうすればウィズは生きられるはず。
もし、上手くいかなくても私が全てを使ってでもウィズを助けるんだ。
私はウィズの精神を漂う。そして見つける。
膝を抱えて、蹲るウィズがいた。精神が蒸発してしまう前に同化しなければ。
私は叫んだ。「ウィズっ!!!」
すると、ウィズがこっちを向いて叫んだ。「ウィードっ!!!」
私たちは手を伸ばす。
お互いに大きくなった両手。つかみ合った両手の温もりはあの頃と何も変わらない。
――ねえ、ウィズ、小さい頃のこと、覚えてる?
――うん、全部、ぜーんぶ、覚えてるよ
――ウィズ、最初に覚えた言葉、なんだった?
――おいら、だよね!
――うん。どうして?
――えーっとねー、・・・忘れたっ!
――あ・・・、あうー・・・
――あーっ!ひっどーいっ!ウィードのばかちんっ!うーっ!!!」
・・・・・私たちは大きな声で笑いあった。
何もかもから解き放たれたように笑った。
いつまでもこの時間が続いてくれればいいのにって思った。
大好きな、ウィズとの時間。
私たちは、ひとつになった。
そして、怨念のような無数の声が聞こえてきて
私は、あの日あの樹の下で母が涙をした理由を知った。
私とウィズは、かつて、〈ウィザード〉と呼ばれていたことを。




