〈episode2〉 王のいない円卓
重く閉ざされている鋼鉄の扉を前に、俺と将軍は共にその巨大な扉を見上げるという行為に出る。実に100年ぶりの集結ということもあり、今すぐにこの扉を開けたいのだが、俺の力ではもちろんの事、将軍の(馬鹿)力でも動かない。揺るぎない。びくともしない。
100年という時間、開かれることのなかった鋼鉄の扉は自らの意思で成長を遂げていたようだった。「扉も成長するんですね」
俺の言葉に対し、将軍も「そのようだな」と呆れた声を漏らす。
扉が成長するのにもちゃんとした理由はある。
それは、この向こうに居る、あのお方をお守りする為。
ここが最後の砦であり、最後の障害。誰に掛けられた魔法でもなく、誰かが意思を持たせて作ったのでもなく、この扉自身が、意思と意識を芽生えさせて強く、固くなったのだ。まるで赤子から少年へと変遷していくかの如く。
単なる扉程度にそうさせるまでに至ったのは、この扉を介してでも伝わってくる悍ましいまでの魔力と狂おしいまでの愛嬌を兼ね備えたあのお方だ。
その手は万物を創生し、その眼は千里を見通し、その足は一里とも動かない、この世界の王、魔導師たちの母。
「将軍、ではこうしましょう。・・・テトラ様」
俺がその名を呼んだ途端、扉が木端微塵に吹き飛んだ。
跡形もなく。それは恐らく俺に怪我をさせない為。
「…将軍?大丈夫ですか?」
「あ…ああ…」
なぜか将軍の頭には扉の持ち手が突き刺さっていたけれど。
俺と将軍はようやく開いた扉の先を進む。長い廊下。赤絨毯の上を一歩ずつ進めていく。
やがて、道が開けて大きなホール状の空間に出る。
そこには大きな円卓が置かれ、もうすでに〈彼女たち〉が一同に介していた。
「おっそいよー、フューネルっ!」
俺たちを見るや否や真っ先に声を掛けてきたのは、身長も140cmないくらいの小さな魔導師。俺を見つけ椅子から飛び上がった瞬間、右目を覆うほど長い前髪を揺らし、頭に載せた三角帽がずるりと目を覆う。慌てた様子で元の位置に戻した。
「僕の名前はフューリだよ、ウィズ」
「あれーそうだったっけ?」
「いい加減、名前を憶えてくれないかい?君からもそう言ってくれないかウィード」
「久しぶり」
「君たちどうやってここに入ったんだい?」
「鋼鉄の扉、隣の扉」
「…そうかい」
…確かにあったな…。
小さいほうのウィズと違い、こちらは身長170cmくらいあるだろう、女性にしては大きい方の魔導師。左目を覆うほど長い前髪を揺らす彼女とウィズは双子の魔導師。俺たちからはその言動と身長差から凸凹コンビとも言われている。妹であるウィードは姉のウィズと比べるとかなり落ち着いている性格で、その様はまるで性格をそのまま半分に分け合ったように思える。
きゃっきゃと子供のようにウィズがはしゃいでいると、円卓にヒビが入るほどの衝撃が襲い、同時に円卓を叩いた重低音が鳴った。
「うっさーーい!フューリもエッフェンバルトもとっとと席に着けっ!!」
その声の出処は輝く金色の髪をなびかせ、背中には華奢な体に到底似合わぬ巨大も巨大な大剣を背負う豪腕の魔導師。彼女は細くしなやかな指を揃えた両の手のひらがもう一度円卓を叩くと、先ほどから騒いでいたウィズも「ごめんなしゃーい」と言って静かになる。「これまたお久しぶりですねイルヴァナ」
イルヴァナは舌打ちでの挨拶も程々に席に着く。やはり彼女は俺と目を合わせてくれない。生きているうちに彼女は俺に心を開いてくれるだろうか。イルヴァナはそのまま目を閉じて瞑想を始めた。
俺は、瞑想しているイルヴァナの席から1つの空席を飛ばして座る。ちなみに将軍はウィズの隣を選んでしまい、髭をいじられている。
俺の左隣で腕を組んでいる彼女に声を掛けた。
「オリオン、テトラ様は、まだ・・・?」
「ああ、眠っている。もう100年目になるな。幸せそうに眠っているよ」
褐色の肌に長い青色の髪。髪を後ろでポニーテイルにまとめ、いかにも仕事が出来るといった風貌の大人の女性の雰囲気を漂わせる妖艶の魔導師、オリオン。
彼女はテトラ様に次ぐ魔力の持ち主であり、実質こちら側の世界のナンバー2である。
「幸せそうに寝ているのなら、いいのかもしれないですね」
俺は、その姿を想像して安堵の表情をオリオンに向けた。
オリオンも同様に「ああ」と、嬉しそうに微笑んだ。
かくして、8つ席のある円卓に6人の魔導師が100年ぶりの結集を果たした。