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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第24話〈嵐禍ノ章〉「彼女が守り、愛した者」

――百合野町、非難区域の小学校


「・・・あっ」


時間が経過する度に増えていく藤咲市からの避難民の間を詰まりながらも歩き続けてどれくらいだろう。

昼間の熱気が夜にも残っているからじんわりと汗もかく。

息も絶え絶えのなか、わたしはようやくあのおじいさんをみつけた。

おじいさんは、おそらく児童たちの遊具であろうタイヤが半分地面に埋められ跳び箱のようになっているところに座っていた。

じいっと地面を見つめていた。


「お、おじいさんっ!」


と叫ぶと何人かのおじいさんがわたしに振り向いた。わたしが呼んだおじいさんはこちらを見る素振りはなかった。


「あ、えっと・・・、晴れの日書店の春田さんっ」


不意に自分のお店と名前を呼ばれたおじいさんは顔を挙げ、きょろきょろと周りを見渡したあと、わたしを見つけてくれた。すると、にっこりと安堵の表情をくれる。


「おやおや、まるちゃん。こんなところで会うなんてねえ」

「おじいさん、探したです・・・。怪我、ないですか?」


おじいさんは首を横に振り、また笑ってくれた。「まるちゃんこそ、大丈夫?」


わたしは逆に首を縦に振る。家族の無事も伝えた。

おじいさんの話によると、お店は休みだったので家にいたら大きな爆発音とサイレンの音が聞こえ、隣近所の人が一緒に百合野町まで連れてきてくれたという。

おじいさんは、話しながら何度もお店の心配をしていた。


「女房の遺影も持ってこれんかったよ・・・。女房だけ、まだ向こうじゃ・・・」


いいながら黒煙が立ち昇る藤咲市を見つめる。

あの煙の下で、戦っている人がいるのだ。

わたしは悩んでから、おじいさんにそのことを話すことをやめた。


「おじいさん、体育館の中でゆっくりしたほうがいいです」

「いやあ、構わんよ。怪我した人もいるようだし、わしは元気じゃからここでいいんよ」

「で、でも・・・」

「ほっほ。まるちゃんは本当に優しい子じゃ。孫と話しているようで嬉しくなるのう。まるちゃんのおかげでわしは元気じゃ。ありがとう」


わたしにこれ以上の心配をかけたくないのか、おじいさんはいつもよりちょっとだけ早口で言う。最後にわたしの頭にぽんっと手を置いてくれた。


「・・・まるちゃん、なんかあったのかい?」


突然の問いかけにわたしの鼓動が早くなった。ここにくるまでのいろいろな場面が頭の中でフラッシュバックする。何もないです、と早く言わなければ・・・。


「何もないです、といいたいようだがすぐには言えない事情があるみたいじゃな。それなら言わんでいい。でもな、まるちゃん。何かが引っかかっているなら一回深呼吸し?それから、物事は考えればいい」


・・・ふっ、と心が軽くなった気がした。


わたしはまだ何も言っていないのに。

わたしはおじいさんの無事を確認できて嬉しいのに。

おじいさんはひとりでこの場所に座っていてもしかしたら不安もあったはずなのに。

おじいさんの言葉は、いつも以上に優しくて温かくて、わたしの心を包んでくれた。


「わたし・・・、どうしたらいいか、わからなくて・・・」


こらえろ、わたし。泣いたらおじいさんが心配しちゃう。

それに・・・、”先輩”に会いたくなってしまう・・・。


「まるちゃんは正直者じゃからな。その眼、見れば分かる。まっすぐな眼、じゃ。今のまるちゃんの眼には何がみえる?」


・・・・・・、守りたい人だ。


「大丈夫じゃよ、まるちゃん。きっと、きっっと、大丈夫」


何か言わなければ、と思ううちに何もいえなくて、唇が震えるばかりでわたしはついに両手で表情を隠した。

おじいさんは今も微笑んでわたしの頭を撫でてくれているだろう。



!!!!!!!!!!!!!!




大きな爆発音と、熱気。この熱気は夏特有のものでないとすぐに分かった。


「うあああ、なんだ、あの火柱っ!!!!」「きゃああああああ!!!!!!!」


おじいさんは立ち上がり、わたしはぐしゃぐしゃなはずの眼で月に届きそうなくらいの火柱を見た。


「あれは・・・、なんじゃ・・・?街で何が起きとるんじゃ・・・」


ざわめく小学校。爆発音が何度もこだまする。


わたしとおじいさんは火柱を見ながら立ち尽くしていた。


・・・先輩・・・。


・・・・・式瀬、先輩・・・・・。


・・・・・・・・わたしは、どうしたら、いいんですか・・・・・。



*****


「ウィードっっっ!!!!」


凄まじい爆発のあと、横たわるウィード。ウィズ自身も体の奥底から燃えるような熱に苦しむ。


〈どういう因果だろうな。我は、お前を知っている気がする〉


ウィズには何のことだか分からない。だが、今自分を苦しめている熱が〈炎禍〉から受けた攻撃でないことはなんとなく理解した。


「うう・・・、ウィード・・・、起きて・・・ウィード・・・っ」


〈なんだ、我には用なしか。まあいい、我がすべきことは〈器〉と我の主を守ることのみ。雑魚は、死ね〉


炎禍は右手に炎の弾を作ると、双子に目掛けて加減なしに撃ち込んだ。


炎の弾丸は着弾し、またしても巨大な爆発が発生する。しかし、炎禍に手応えはなかった。


〈なるほど、こんな程度では死なんか〉


爆心地、両手を広げてウィズを守るようにウィードが立っている。

左のわき腹が欠損し、ぼろぼろと破片が落ちる。翼も半分が崩れかかっていた。


「ウィードぉぉぉっ!!!」

「・・・あいつ、殺す」


その瞬間、ウィードの眼がカッと開き欠損部分が少しだけ塞がった。

それと同時に一気に飛び上がっていく。


「ウィズ、苦しめた、許さない」


〈知らん、勝手に苦しんでいるだけだ、あの雑魚は〉


ウィードは双剣を抜き炎禍へと斬りかかる。右に、左に、何度も何度も。

だが、炎禍の眼は閉じられている。見なくても避けられている自分の剣技にウィードは歯噛みした。そうした攻撃は繰り出すほど単調を極める。


先に取られたのはウィードだった。炎禍の右手はウィードの両手首を片手で捕らえ、握られた箇所が凄まじい勢いで熱くなっていく。

そして、乾いた音が聞こえたと思ったときにはウィードの両手が腕から切り離されていた。


「あああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ」


〈お前には、這い蹲るのが似合っている〉


空中で悶えるウィードに対し、炎禍はくるりと一回転しながら己の右足をウィードの頭上から放つ。

振りぬいたと同時に、地面から爆音と土煙が立ち込める。

ウィズからはウィードの左足だけが見えた。


「や、いや・・・いやだよ、ウィードっ!!!」


〈お前はさっきから、あれの名前しか呼んでいないな、どうしようもないな〉


鼻と鼻がくっついてしまいそうな至近距離に炎禍がいる。

瞬きほどの瞬間。ウィズは呼吸を忘れた。


首を掴まれ、軽々と持ち上げられる。

体の熱はさらに上昇していった。が、ウィズが今いちばん熱を感じているのは眼だった。


「うぃーどっ!!ねえっ、うぃぃぃどぉぉぉっ!!ねえってばっ!!!」


迸る涙が炎禍の体に落ち、あっという間に蒸発する。

炎禍は首を掴んだ左手にありったけの力を込めた。


「・・・ッ・・・う・・・ッ」


ウィズはある方向に手を伸ばした。どうにか気づかれないように。

彼女にとって最後の希望。ウィードを守るための。


「か・・・ッ、う・・・うぃん、す・・・・・・ッ」


体から炎があふれ出てくる。

この体は、もうだめかもしれない・・・とウィズは最後の力を振り絞った。


そして、大きな声でその名を叫んだ。


「・・・ッ!!!ウィンスビートっ!!!」


炎禍の後方より瓦礫に埋もれていた彼女の傀儡が飛び出してきた。

炎禍がそれに気づいたときにはウィズの首の感触は消えていた。


ウィズは飛び出してきた傀儡の勢いそのままに天高く舞う。

ギリギリの意識で傀儡と額を合わせた。


「・・・・・あいしてる・・・」



炎禍でさえ、眼を覆うほどの光が注がれる。

炎禍としては失態だったが、特に焦りはない。やることは変わらない。


光が収束していくと、そこには銀の片翼を背に羽ばたかせ、兎のように長い耳と先の尖った長い尻尾、両手の爪は鋭利に伸び、長く伸びた前髪は変わらず左眼を隠す。


覗いた右眼は強い殺気を放っていた。


「あつい・・・がまん・・・。いくよ、ウィンスビートっ!!!」


彼女が、消えた。


その瞬間に炎禍が感じたのは腹部への強烈な一撃。

あの鋭利な爪が腹部の奥へと差し込まれていくのが分かる。


〈・・・はやい、だが、それだけだ〉


炎禍は気にも留めずウィズを捕縛にかかるが今、懐にいたはずのウィズはもうすでに消えている。気配は後ろから。


振り返ったときにはやはり遅かった。振り返りざまに顔面を引っ搔かれたかと思うとすぐに背中を切り刻まれた。ウィズの動きは残像を生み出している。

残像さえも意思を持ち、束になって炎禍を攻撃しているようだった。


掴んだはずの手が途端にすり抜け、打ち込んだ感触があるはずの殴打が何も捕らえていない。ウィズは水を得た魚の如く、縦横無尽に駆け、炎禍に的を絞らせない。


次第に炎禍は見ることを辞めた。


〈所詮は残像、実体などひとつに過ぎん。雑魚がただはやく動き回っているだけ〉


ならば、と。


炎禍は音を探した。

頭部を狙うなどの決定的になりうる一打のみ避け続け、あとは気にしなかった。

次に急所を狙ってくる瞬間だけを炎禍は狙っていた。


音、すなわち、ウィズの鼓動。


それがいちばん近くに来た――。炎禍は眼を開く。


!!!!!!!!!!!


――――ウィズの爪が炎禍の頭を切り裂いた。











が、炎禍の姿をしたそれはたちまち炎へと変わり、大気に吸収される。




「しまっ―――」


ウィズは夥しい殺気へと振り返ってしまう。

振り返らずに逃げてしまえばよかったのに。


〈雑魚は言い過ぎた。虫けら以下だったようだ〉


炎禍の拳がウィズの頬を完璧に捉え、吹き飛ぶ。

ウィズは民家をいくつも倒壊させてようやく止まった。


炎禍の眼に、ウィズの古いほうの体が映る。炎禍は表情ひとつ変えずにそれを燃やした。ウィードのものは見当たらなかった。


炎禍は地上に降り立ち一歩ずつウィズが蹲る場所へと進んでいった。


〈この程度の虫けらに苦戦するなど、我の〈器〉も主も弱すぎる。稽古を付けねばならんな〉


ウィズの体は半壊していた。


今もびきびきと音を上げて亀裂が入っていく。


「う、うぃー・・・ど・・・」


炎禍はウィズの頭に足を押し付けた。そして踏み躙った。


〈お前たち、なぜここに来た。何が目的だ〉


「・・・うぃい、どぉぉ・・・。い、たい、よぉぉ・・・」


〈そうか、思考は雑草以下か。ならば今すぐ燃やしてやる〉


炎禍は右の手のひらをウィズに向ける。その中央に徐々に炎が集まってくると次第に高密度に圧縮された炎の弾丸が作られた。


〈よかったな、すぐにあいつとも合えるぞ〉


・・・ッ・・・ッ


炎禍の耳に入ってくる空気を切り裂くような音。

それは何かが回転している音に聞こえた。その音は間違いなく近づいてきていた。


〈まあ、そうくるとは思っていたがな。あいつは思ったよりも頑丈らしいが、もうコイツは助からんぞ〉


双頭刃が炎禍へと向かっていく。


が、炎禍は迷うことなくウィズに炎の弾丸を放った。



辺り一帯が爆炎に包まれ、あらゆる建物が吹き飛んでいく。その渦中で炎禍は自身に向かい飛んできた双頭刃を軽く掴むとそれすらも高熱で燃やして溶解した。



〈悪くない体だが、まだ動きづらいな。・・・そろそろいいだろう。起きろ、〈器〉よ、主よ〉




―――我は、お前たちの意思が重なったとき、また力を貸そう。

今回は〈器〉が寝不足だったようだしな・・・―――。



*****



・・・・・・・・。


・・・・・。


・・・。


「・・・・・はっ!!!」


まず俺の目に入ってきたのはまんまるのお月様。次に黒い煙。

鼻を塞ぎたくなるほどの焦げ臭い臭いが寝起きにはきつい。


というか、寝てたの?俺!?


記憶を辿ると、確かものすごい一発をちっこいやつから食らったような・・・。

そこからの意識がない・・・。


「痛って・・・」


徐々に感じる体の痛み。見回すとあちこちに切り傷があった。

そして、視界に広がったのは焼け野原になった藤咲市だった。


「これって、俺が・・・やったのか・・・?」


すくなくとも俺の周囲50メートルは焼け野原で、それ以外にかろうじて建物は残ってはいるが今にも崩れそうなものばかりだった。

今も所々が燃えている。


「記憶がねえ・・・、一体何が起きたんだ・・・。みんなは・・・?あっ!枝紡?リロウス!?」


必死の呼びかけ。また近くで瓦礫の音。


何度目かの呼びかけで枝紡が答えた。『んん・・・、あれ?これは・・・なに?』

枝紡もいまいち状況が飲み込めていない様子だった。


「おい、枝紡、見えてるか?これどういうことか分かるか?」

『これって・・・、私ここまでやってないし、それに私も・・・』


――あの双子に負けそうなとき、式瀬くんのことを呼んだら意識がなくなった。


彼女はそう言った。

枝紡もこの状況には覚えがないらしい。


『・・・すまない、私にも記憶がない』


リロウスもようやく答える。

『だが、仮説はある。もしかしたら君たちの意思が重なり真の力を発揮したのかもしれない』


真の、力・・・。

その力は、イルヴァナ戦同様、暴走なんじゃないのか・・・?

俺も、枝紡も、リロウスも記憶がない。


その結果がこれだ。


果たして俺は、どれくらいの人を巻き込んでしまったのだろう。

途端に足が震え、俺は膝をついた。


『式瀬くん?』『陸斗っ』


体中の震えが止まらない。街の人は・・・。学校の皆は・・・。

俺たちの力が、この街を壊した・・・?


守るって、なんなんだ・・・。


俺は、俺は・・・、俺は・・・・・・。





「・・・・してやる」





「・・・えっ!?」


俺は顔を上げた。まだ体の震えは収まらない。何も聞こえなかった耳に、確かに聞こえた言葉があった。


―――殺してやる。


「まさか・・・、嘘だろ・・・」


やつはヒビだらけの体で、半分以上崩壊したウィズを抱きかかえて瓦礫の上に立っていた。

俺の記憶ではあの体に傷を付けた試しはない。

そもそも殴った手応えもなかったんだ。


動かなきゃ、動け、早くあいつを倒さないと・・・。

そう思えば思うほど、体は固くなっていく。


「・・・ウィズ、痛かったね、もう、大丈夫、私が、いる」


『陸斗・・・、急げ、今すぐウィードを倒すんだ!!!』

『式瀬くん!力を使って!!』


分かってる、分かってんだよ、そんなこと・・・。

でも、なんでだ・・・。どうしても言葉が出ない・・・。


悩むな、きっと街の人たちは無事だ。無事なんだ。生きているんだ。


俺は守ったんだよ。だから、だから・・・!!!


「ウィズ、・・・うぃ・・・ず・・・」


ウィードは泣いていた。だからこそ、今しかない。


今しか、ないんだっ!!!


『陸斗っ!!何か嫌な予感がするんだっ!!』

『もうばかっ!!!意気地なしっ!!!』


ウィードは、大粒の涙を流してウィズと思われる物体に額をつけた。


彼女の涙が物体に沁みていく。


―――俺は、彼女にその一言を言わせるべきじゃなかったんだ。

―――何かが起きてしまう前に、ウィードを倒すべきだった。


『陸斗っ!!!』『式瀬くんっ!!!』


「え、え・・・ん・・・」


「・・・ウィズ・・・、愛してる」


―――愛してる。



そして、とてつもない光が世界を照らしたかと思うと、

それは途端に暗黒へと変わった。


月の光さえ遮る暗黒。


巨大な闇は大地を揺るがす。倒壊しかけていた建物たちは全て崩れ落ちた。地割れも起きていた。


俺はただただ闇を見つめることしかできない。

闇は俺を飲み込もうとして、やめた。


その闇からは、聞くも耐えない怨嗟が聞こえる。


怨嗟からはひたすら「熱い」という言葉を叫んでいるように聞こえる。


悪魔の叫びに俺は嘔吐する。


これは夢だ、夢なんだ、だからもう覚めてくれ・・・。

俺のささやかな願いは、叶うわけもなかった。



「嗚゛呼゛嗚゛呼゛嗚゛呼゛嗚゛呼゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ」



鼓膜が破れそうなくらいの絶叫が天空から聞こえた。


意を決してその空を見上げた。


『あ・・・れは・・・・・・まさか・・・・・・』


リロウスが息を飲む。


『なに・・・あれ・・・』


枝紡は絶望にも似た声を出す。


俺は、もう呼吸さえままなら無くなっていた。


その姿に、いや、その力の差を痛いほど感じていた。


勝てるはずが無い・・・、あんな化け物に・・・。



どうしてだろうか。

俺の目から涙がこぼれているのが分かった。


『なぜだ・・・、なぜ・・・なぜ、〈災厄〉がここに居る!?あなたは死んだはずでしょうっ!!!』



リロウスはうろたえながらも、はっきりと、あの化け物の名前をこう呼んだ。






〈ウィザード〉 と。



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