第22話〈嵐禍ノ章〉「彼女と俺が知ったこと」
両腕に鳴海を抱えて、可能な限りの全速力で逃げた俺たちが辿り着いた先は藤咲市に隣接する百合野町だった。
最初からそこを目指していたわけじゃない。
辿り着いたのがそこだったというだけだ。
俺は上空から湾岸倉庫を発見し、降り立つ。
一刻の猶予もない。
できるだけ離れたところに行きたかったが鳴海には家族もいる。安否が心配なはずだった。だからまず俺は家族に電話をさせる。その間、百合野町からはけたたましいほどのサイレンが鳴っている。まず間違いなく、藤咲市へと向かっていることだろう。
「・・・うん。なら、皆無事なんだね。うん・・・、わたしは平気。今、百合野町にいるから・・・。わかった、気をつけてね・・・」
いつもの「です」口調は、家族には使わないようなので口癖という訳ではないらしい。やがて電話を終えた鳴海は俺の方へと向かってきた。
「みんな、無事だったみたいです。藤咲市に非常事態宣言というものが発令されたらしくて街の人みんなが百合野町や桜見町に避難を始めているようです。わたしの家族も百合野町に来てくれるみたいです・・・」
俺たちがここに逃げてきたのは僥倖だったのか、良かった。奴らは追ってきていないようだがすぐに戻らなければ百合野町も危ういかもしれない。
俺はじっと見つめてくる鳴海の視線から眼を逸らし、飛んできた空を見上げ飛び立とうとした。だが、俺の右手を掴む両手があった。鳴海とは思えないほど強く握られた右腕には少しばかり痛みも走る。
「し、しほう先輩ですよね?なにがどうなっているですか!?先輩は、な・・・亡くなった・・・と・・・」
言いづらそうに口篭る鳴海。彼女にとって枝紡ふたばは一週間前に死んだ存在なのだ。その死んだはずの人間が、炎を纏い今ここにいる。
空想の世界に没頭していた彼女の眼前に空想ではない〈現実〉が突きつけられているのだ。
頭が真っ白になる。それは俺もよく知る現象だった。
リロウスがバスの窓を突き破ったときのことだ。
鳴海の問いかけに俺はなんと答えればいいのだろう。
彼女を巻き込まないと心に決めた。きっと彼女はかなり強い魔導師の力を覚醒させつつある。その力を使えば、もしかしたらあの双子は一網打尽にできるかもしれない。だがそれは同時に、鳴海磨瑠という女の子の〈これから〉を奪うことになるのだ。
――守ると決めたじゃないか。枝紡とリロウスと3人で、戦い続けると。
背負った宿命は、俺たちだけのものでいい。
俺は鳴海が掴んでいる部分を熱くする。その箇所が燃えると同時に鳴海が防御反応で手を離してくれた。
「せんぱい・・・。教えてほしいです。どうしてわたしが襲われたのか・・・。どうして枝紡先輩がそんな姿をして現れたのか・・・。どうしてですか・・・」
魔導師なら時を止めてしまえる魔法があればいいのに、なんて思ってしまう。
俺が逡巡していると、枝紡が声を掛けてきてくれた。
『式瀬くん。気持ちは分かるよ。でも、まずはあの双子を倒さないと。私たちがするべきことはたった1つだけなんだから。必ず戻ってこよう。今はとにかく、空を目指して』
その言葉に俺は唇を噛む。
こんな分かりきった答えでさえ、自分でも分かっているのに行動にできない。
俺は自分の弱さに蓋をする意味を込めて、鳴海へと告げる。
「・・・とにかく今は家族と合流してそれからできるだけ遠くに逃げろ。全部終わったら必ず説明する。だから・・・」
矢先のこと。遠くから爆発の音が聞こえた。その方向には見る見るうちに煙が立ち昇っていく。もう、時間はないようだ。
「だから鳴海、お前は何も気にすんな」
あっ・・・、と鳴海が何かを言ったようだったが俺はもう空を渡っていた。
これでよかったんだ。
自分で自分を何度も説得するかのように、俺は何度もひとりで頷いた。
黒煙が差し迫ってきた。
*****
「先輩・・・。せんぱい・・・」
頭の中がごちゃごちゃしている。
突然、目の前に女の子が現れてわたしに斬りかかって来た。
でもなぜかわたしに傷がつかなかった。なぜか女の子が吹き飛ばされて尻餅をついていた。わたしは逃げた。街から爆発音が聞こえてた。走りついた先で死んだはずの枝紡先輩が体中から炎を出して戦っていて、わたしを抱えてここまで逃げてきてくれた。
そして、先輩は行ってしまった。
何も教えてくれずに・・・。
今のわたしには、その場に立ち尽くすことしかできない。
一歩も動けない。しゃがむこともできない。ただただ、先輩が飛んでいった空を見つめることだけしかできない。
静かだった。海は穏やかで、ここだけは何も起きていないんじゃないかと思うほどに。
わたしがスカートのポケットに入れてある携帯電話のバイブレーションに気がついたのはどのくらい立ち尽くしていたときのことだろう。
着信の数も、メールの数も見たことのない数字が表示されていた。
家族は無事らしいが、学校の皆は大丈夫なのだろうか。
街の人たち・・・、――あのおじいさんは!?
ごくりと固唾を飲む。こんなとき、人は嫌なイメージばかりしてしまう。
メールを一通ずつ確認していると着信。栞菜先輩からの電話だった。
「もしも・・・」
「あっ!まるちゃんっ!?やっと出てくれた!よかった!!!ぜんぜん出てくれないから心配したよ!!!怪我はない?今どこ?本当に大丈夫?」
「ごめんなさいです・・・、怪我はないです。今は隣町の百合野町です。先に避難してるです、先輩は・・・?」
「あたしも大丈夫だから!今、桜見町に家族と向かってる。ニュースによると隕石が落ちてきて地震が誘発されるかもしれないんだって。それでさ、まるちゃん・・・」
わたしは、切羽詰った栞菜先輩からの問いかけにまた言葉を無くした。
「りく・・・、陸斗のこと知らない?さっきから何度も携帯にかけてるんだけど繋がんないし、美空さん・・・陸斗のお母さんに聞いても連絡ないらしくて・・・」
言葉を無くした後、ある一言が瞬間的に頭の中を駆け巡った。
――「だから鳴海、お前は何も気にすんな」
・・・どうして、枝紡先輩がわたしのことを知っているんだろう・・・。
ほぼ全くと言っていいほど接点が無かったわたしたちなのに。
どうして、あんなにも親しく「鳴海」と呼んだんだろう・・・。
まさか・・・、いやでも、そんなはずは・・・。
「・・・ちゃん?まるちゃん!まるちゃん、聞こえてる!?」
「は・・・はい・・・です・・・。聞こえています・・・。わたしも先輩に連絡してみるです・・・」
わたしの中でいつまでも式瀬先輩の顔がフラッシュバックしている。
「うん・・・。陸斗、無事だといいんだけど・・・。とにかく、まるちゃんも気をつけて!」
陸斗のこと、見つけたり連絡があったりしたら教えてね。
最後にそう付け加えて栞菜先輩との電話を終えた。
わたしはとある番号へと電話をかけてみた。
ドキドキとは、違う脈を心臓は打つ。
お願いします、出てください。コール音の度にそれを願う。
――おかけになった電話番号は、現在・・・
そこまで聞いて、わたしは携帯電話を地面に落とした。
*****
「あーーー、戻ってきたあー」
住宅地に開いた巨大な穴の中心で双子の片割れの小さいほうが俺を指差してくる。
ウィードは眼差し鋭いまま、微動だにしない。
街の様子はパニック同然で爆心地近くには警察官や消防隊、救急隊の姿こそあったが見える範囲の全員が力なく倒れていた。
「リロウス、あの人たち・・・」
『多分、死んではいないと思う。彼女たちの魔力に耐え切れないんだろう』
死んでいないと聞いて少しだけ安心したが、事態が緊急を要するのは間違いない。
藤咲市の住人たちが一同に逃げてくれていることを願うばかりだ。多少見られるのはこの際、仕方がない。被害だけは最小限に食い止めなければならない。
それが、〈守る〉ということ。
俺は飛んできた勢いをさらに加勢させて小さなほうに突っ込んでいく。2対1は不利に変わりない。
「あれ、あれれ?おいらに向かってきてない???」
「ウィズ、無駄に、動かないで」
まずは、1人っ!!!!
握り締めていた拳はウィズという名の魔導師を貫いているはずだった。
が、俺の目の前にいたのは相も変わらずウィードだった。左手一本だけでこれまでの勢い全てを殺された。
「また、お前かっ・・・」
「ウィズ、大丈夫?」
まるで俺のことなど気にしない様子でウィズに話しかけるウィード。
俺はもう認めざるをえない。
彼女は間違いなく、イルヴァナの何倍も強い。
ウィードは俺の拳を握ったまま、一旦上に持ち上げるとすぐさま、堅い瓦礫へ叩きつける。アスファルトの瓦礫が木っ端微塵に崩れ去ると、土壌にめり込んだ。
依然として、腕は握られたまま。しかしこれは俺にとってもチャンスだった。
ウィードがもう一度俺の体を上に持ち上げたとき、俺は空いていた左手で彼女の顔面へと殴りかかる。たった、数ミリだろう。ウィードは呼吸をするかのように首を後ろへと傾けて寸でのところで俺のパンチをかわした。そのまま、上空へと放り投げられたと思ったら瞬間的に真上に移動してきたウィードが空中で一回転して、俺の腹部へ強烈なかかと落としを見舞う。結果、俺はまた穴を広げる役割を担うことに。
「がはっっっ」
呼吸もまともにさせてもらえないまま、気がつけばウィードの獣化した足がまたしても、俺の腹部を襲う。地盤が割れ、また大きな穴を作る。
「リロウス、これが、お前の言う、希望、か」
手も足も出ない。傷1つ付けられない。まるで歯が立たない。
『ああ、そうさ・・・。希望、さ・・・。この子は・・・あいつ、とは、違うからな・・・』
「フューリ、か。いずれにせよ、〈主様〉に叛いた罪、許さない」
勝手に話を進めるな、そういいたいのにもはや呼吸もできない。肺から心臓、何から何まで圧迫されている。
「わああっ!やっぱりウィンカつかったウィード、つよーい!!」
ウィードの抜け殻を片手にウィズがきゃっきゃと笑う。
「そろそろ、終わり。人間、これは、レイティアの分」
さらに足を強く押し付けてくるウィード。俺は為すすべなくついに血を吐いた。
「えええー、もう終わりなの?おいら、出番ないよー」
「なら、イルヴァナの分、あげる」
「わーいっ!!じゃあさじゃあさ、ウィード、どいててねっ!」
ウィードは分かった、といってその足をようやくどけた。
今、動かないと・・・。動け動け動け動け・・・ッ!!!!!
動いてくれっ!!!
――枝紡っ!!!リロウスっ!!!!
「お前が死んだらあの子に用はないから。安心だねっ!」
ウィズは炎禍の着物の胸ぐらを左手で掴んだ。
――燃えろ、燃えてくれっ!!どうして、動かないんだっ!!
みんなが、みんながああああっ!!!!!!!
「いくよ。イルヴァナの・・・、ぶんッ!!!!!!!!」
目の前に迫ってきた拳を俺は、一瞬だけ眼でとらえる事ができたが当然、避けることは叶わなかった。
薄れ行く意識の中で確かに聞こえた音は、
今まで聞いた崩壊の音とは比べ物にならないくらい甚大で絶望的な大きな音だった。
俺は初めて、敗北を知る。
蝋燭の炎が、ふっと、消えた。
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