〈episode21〉壊れた愛情
――クリア・セントラル 城下の街〈リンフィル〉
城を出て数刻歩くと、石畳の下り坂に差し掛かる。
球体を転がせば平坦な道になるまで止まることはなさそうな、傾斜のある坂道だ。
カツンカツンと軽い足取りで石畳の上を歩く。家屋に反響し響く音は心地よく聞こえた。
俺は今、クリア・セントラルの国境門へと向かっている。
その理由は、〈荷物運びの手伝い〉だそうだ。
城内を留守にするのはいささか気後れもしたが、多少のトラブルがあったほうが〈主様〉は目覚めるかもしれない。我ながら家臣には向いていないと思った。
オリオンからの通達があったのは昨日の事。
〈ノウス〉の山岳地帯にあるステア村にて、〈彼女〉の回収が済んだらしい。〈ノウス〉の内政調査もしてきたらしいが、その報告は直接行うといっていた。俺としてはもうそんなことどうでもいいのだが。
それに、なぜクリア・セントラルの国境門前まで〈彼女〉を運んできているのに俺を手伝わせるのか。煩わしいことこの上ないが、〈彼女〉はこれから先必要な道具になってくる。突然、暴れまわられても困るか・・・。熟考の末、俺はオリオンたちを迎えに行くことにした。
静かな街、リンフィル。
俺はこの街を見下ろすのが好きだった。
城の一番高いところにある、塔。そこで幽閉されていた俺にはこの街を見下ろすことだけが楽しみで、同じ景色なのに毎日違った賑わいや営みを見せてくれた。俺にとって退屈だった時間をリンフィルの街並が埋めてくれたのだった。
物思いに歩いていると、前方に1人の少女。
石畳の上に落書きをしている様子だ。上手く描けたのか、その表情は得意げなものだった。
俺は必然的に少女に近づいていくことになると、少女は足音に気づいて俺のほうを向いた。
「あっ・・・」
なぜか気まずい、といった表情に変わる少女。どうやら道に落書きをしていたことがバレて怒られると思ったのかもしれない。
慌てて落書きを消そうとしたので、俺はそれを制止する。
「・・・消さなくてもいいよ。上手な絵だね」
「・・・じょうず・・・?」
少女は消しかけた絵と俺を交互に見る。落書きをしていいと解釈したのか、また何やら描きだした。ちなみに、先ほど描いていたのはケルベロスという獣の絵だった。
「・・・できた」
石畳の上に描かれていたのは、恐らく俺であると見られる者。
眼と鼻の位置がとんでもないことになっている。
俺は右側の建物のガラス窓に反射して映る自分の顔を見てみた。顔面崩壊はしていないようだ。この子には俺がそういう風に見えているのかと思うと、自然と苦笑いが出る。それでも俺はこう言った。
「そっくりだね」
「でしょー。え、かくのとくいなの」
そう言って、少女はまた絵を描き始める。
俺は女の子の頭にぽんっと手を置いて少し撫でてからその場を後にする。
一瞬、少女の最新作が見えたがそれが何の絵なのかは予想できなかった。
*****
「定刻より、僅かに遅かったな」
再会の言葉にしては棘のある言い方をするオリオン。この数日間で彼女の表情は勇ましくなっていた。
「美術を学んでいてね。それよりも荷物というのはやっぱりそれかい?」
俺はオリオンが背中に背負っているものを指差す。その荷物はピクリとも動かない。
「ああ。随分手を焼いた。村が壊滅しかけたぞ」
「クーはお元気で?」
「そもそも、奴が手を抜いたからあんな目に合うのだ・・・」
「・・・元気そうだったようでなにより」
オリオンは背中の〈彼女〉をそっと降ろすと、俺に差し出してくる。
胸には例の穴が開いていた。「白銀の剣は?」
これだ、とオリオンが白銀の剣を俺にくれる。傷ひとつない美しい刃。俺は剣と〈彼女〉を受け取ると、剣は左手に、〈彼女〉は右肩に担いで来た道を折り返す。
石畳は当然、上り坂になる。が、べつに苦ではない。一歩一歩踏みしめる感覚は自分がこの世界に生きていることを実感させた。
オリオンもまた疲弊した様子はなく、二歩ほど後ろからついてきていた。
「留守中、何か変わったことは?」
俺は、オリオンにウィズとウィードのことを話す。「今頃、交戦しているかもしれないな」
するとオリオンは歩くのを止めて坂の途中で立ち止まった。
「話し合いもせずに、あちら側へ行かせたのか?」
「・・・ええ。僕には何か不穏な空気を感じたものだから」
「なぜ、そんな勝手なことをした!!」
強い語気と共に詰め寄ってくるオリオン。俺は一歩だって退く事はない。
「彼女たちが今、あちら側へ向かうことに意味があるんです」
「意味、だと?」
「ええ。いずれ分かります。僕が言っている意味も、彼女たちを向かわせた意味も」
しばしの沈黙。生ぬるい風が両者の間をすり抜けていった。
「ま、とにかく城へ戻りましょう。この子は少し重たい」
俺が城に向けて歩き出すと、少し遅れてからオリオンの足音が聞こえた。
納得していないと言わんばかりに石畳を強く踏みつけている。
やれやれ、穏やかじゃないなぁ。
戻る途中、あの少女には出会わなかった。
少女がいた場所には落書きだけが残されていて、そこに描かれていたのはケルベロスと顔面崩壊している俺。そしてその俺と手を繋いでいる少女の姿だった。
*****
――クリア・セントラル最下層〈最淵の牢〉
「ここに、〈彼女〉を?」
「その方がいいだろう。野放しにはできん」
ここはかつて、災厄が封印されていた場所。
俺の脳裏にふと浮かんだ、あの姿。思い出すだけで背筋に寒気が走った。
「では、開けるぞ」
オリオンは堅く重く、錆付いた扉を開けた。
生臭い血の匂いが俺とオリオンの嗅覚を刺激する。
「まったく、酷い有様だ。災厄、とやらは蒸発して死んだと聞く。世界最強ゆえに孤独を強いられるとは、憐れなものだな」
「最強とは、常に孤独だと聞くからね」
――蒸発して死んだ。
歴史にはそう記されている。
「リゲルを、それに繋いでくれ」
俺は言われたとおりに〈彼女〉リゲルを十字架に磔にした。オリオンが2本、矢を取り出すと弓を引いて一撃ずつ両の手のひらに打ち込んだ。リゲルの体が一撃ごとに波打った。
「白銀の剣を」
オリオンは表情ひとつ変えずに指示を出してくる。母親としての葛藤は見られなかった。俺が素直に剣を差し出すと、オリオンは躊躇なく剣をリゲルの胸の部分に開いた穴へと突き刺した。
「・・・カハッ!・・・・・・・・痛いよ?ママ?」
項垂れていた頭を突然上げたリゲル。異様な光景だった。
次々に話しかけているリゲルに対してオリオンは無視を通した。
「あっ!フューリ君だあ!ひさしぶりっ!相変わらず、不貞腐れ顔だねっ」
そうか、僕は不貞腐れ顔なのか、だからあの少女が描いた俺の顔は崩壊、いや、あの子なりに不貞腐れ感を描写したのか・・・。
「君もまた、元気そうだね、リゲル。かなり暴れたみたいじゃないか」
「あんなの暴れたうちに入んないよ。ママなんかに負けちゃったし」
オリオンの視線が険しくなるのが分かった。ママなんかに、といわれたのが屈辱だったのかもしれない。
「ねえねえ、フューリ君!これ、外してよ!!動けないじゃん!せっかくこのお城に帰ってきたんだからテトラに挨拶しないとね!」
「・・・リゲル、それは」
「いいから、黙れ!!!」
俺が言い終わる前にオリオンの手が動いていた。リゲルの口元を鷲掴みにし有無さえ言わさないよう封じている。
「・・・ッ!!」
突然、苦悶の表情を浮かべたオリオン。リゲルの口を塞いでいる手からはかなり出血していた。「ママの血、おいしくなーい。吐いちゃいそうだよ」
ぺしんっと頬を叩く音。オリオンが平手打ちすると同時にリゲルは噛むのをやめた様だった。リゲルの口にも、オリオンの右手にも大量の血がついていた。
「もう行こう、フューリ」
「いいのかい?せっかくの家族団らんの時間では?」
「・・・それ以上何かいったら、お前を殺す」
オリオンは一度も眼を合わせないまま扉のほうへ向かっていく。
まったくもって穏やかじゃないな。俺は肩をすくめてリゲルを見た。
彼女は笑っていた。俺を見て、満面の笑みだった。
「じゃあ、また、リゲル。たまに会いに来るよ」
「えへへ、フューリ君はやさしいなぁ。ママも会いに来てよね?来るよね?」
何も言わない母親は背中を向けたまま、扉の外に居る。今、彼女がどんな表情をしているのか俺には分からない。
俺も、扉の外へと向かう。そしてもう一度リゲルのほうへと振り返る。
矢を2本打ち込まれ、胸には白銀の美しい剣が突き刺さるまだあどけない少女はやはり笑っていた。
扉が閉まる直前、何か呟いたのが微かに聞こえた。
多分、オリオンにも聞こえただろう。
等間隔に備え付けられた蝋燭の火が階段を照らす。
ぼんやりと燃えるその火を頼りに俺たち二人は地上を目指す。
足音の響きに包まれながら心の中でリゲルが呟いた言葉が反芻していた。
「ぜったい、ぶちころしてあげるからね、まま?」




