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『te:tra』  作者: 坂江快斗
41/100

〈episode20〉姉妹

――[業火]――


・・・クリア・セントラル最下層、〈最淵の牢〉


わたしは、走った。

その場所へ。お姉さまが待つ、その場所へ。


「・・・はあ、はあ・・・、お姉さまっ、おねえさまっ!!!」


7ヶ月ぶりの再会は、魔力で精製された格子を隔てていた。


お姉さまは、確かにそこに居た。十字架に両手足を磔にされて。


「オ゛オオ゛オッ、アア゛嗚呼アアああ゛ぁアア゛ッ」


「お、おねえ、さま・・・・・・」


「アア゛、ァづイ゛ぃ、アア゛アアッア゛ヅいい、ア゛あッッ」


お姉さまには外傷がなかった。

しかし、お姉さまは身動きの取れない状態でもがき、苦しんでいる。眼は血走り、時折私のほうを睨みつけたかと思うとすぐにまた歯を食い縛り苦痛に悶える。お姉さまの足元には歯がいくつも抜け落ちていた。何度も生え変わったのだろう。普通ではありえない本数だった。

足の指先は鋼鉄の床にも拘らず、削り取ったあとのようになっている。痛みによる反射で指先に力が入り、ついには鋼鉄さえも削った。


お姉さまの叫びはひたすら、「あつい」というものだった。


「いったい、どうして・・・」

「呪いと戦っている」


背後からの声はトゥクイーン。彼女もまた、戦地に赴き、左手と左目を失った。その傷はお姉さまによるものだった。


「呪い・・・?お姉さまはなぜ呪いを・・・?」

「・・・殺すことができなかった。それに、ウィズは殺しすぎた」


「アア゛おオ゛オオ゛オッ、なああ、ナき、ナアギイぃはあアアッ」


・・・・・7ヶ月前。

〈サウス〉へと向かったウィズは、国王リーゼナードの謀略により全兵力との戦いを余儀なくされた。彼女なら逃げ出すことも可能だったはず。しかし、彼女にはそれができない理由があったのだろう。ウィズはたったひとりで戦い続けた。私たちクリア・セントラルは〈ウェスト〉と〈イースト〉に応援を要請したが、受諾されなかった。理由は単純だ。「戦争が起きるから」


皮肉なものだ。

戦争を止め続けた魔導師が戦争を起こす引き金になる。

だから協力はできない、とな。

心のうちではウィザードをよく思わない民も多いらしいから。

こんな言葉を言われたよ。「死ぬのはウィザードだけだろう?」って。


それから4ヶ月、〈サウス〉は禁足の地となった。一切の情報も、一切の干渉も許されない。ウィズの強力な魔力が土地を死地へと変えていった。

その1ヶ月後、〈サウス〉での殺し合いが終わった。


生き残ったのは、ウィズだけだった。


あいつはひとりで、5千万以上の魔導師を殺したんだ。

たった、ひとりでだ。


しかし、ウィズは止まらなかった。あいつは次に〈サウス〉と謀略を企てた〈ノウス〉へと向かったんだ。〈ノウス〉はリージャックとメイキングを罠に嵌め、無残に殺したんだ。

ウィズは、怒りのままに剣を降った。そこでもあいつは多くの民を殺してしまった。

「ナキハを返せ」と叫びながら。

あいつを止めたのは一撃の矢。瞬く間に、あいつに矢が降り注ぎついに動きが止まると、黒い影があいつを包みこみ、更なる覚醒をした。・・・暴走だった。


私はテトラに申し出た。「ウィザードを止めてください」と。

〈主様〉は、真っ白な微笑を浮かべただけだった。


もう誰にも殺すことも敵わないウィズに打つ手は、永遠の苦しみを与える、というものだった。それが成功すればウィズの暴走は止まる。

私は〈ノウス〉で生き残っていた魔導師たちに声を掛け総動員でウィズに呪いをかけた。反発する互いの魔力の波動でまた、何人も死んだ。私の左腕と左眼も吹き飛んだ。それでも私たちは呪詛を唱え続けた。1ヶ月間、延々と。


やがて、ウィズを包み込む影がまた現れた。それが数多の怨念に見えたのは私だけじゃないだろう。怨念はウィズを捉えるとウィズの体を蝕み始めた。内側から業火に燃やされるかの如くの苦痛を伴わせて。


ウィズは反射的に痛みを回復しようとする。〈呪い〉にとってそれは好都合だった。

永遠に続く焼けるような痛みと、自己回復。

結果、彼女は死ぬこともできずに苦しみ続ける。


この7ヶ月間で、2つの国が崩壊した。

ウィザードが巻き起こした災厄。悪いのは彼女1人ということになった。


・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。


「・・・呪いの名を、『炎の禍』と言うらしい」


そこまで話し終えると、トゥクイーンは左腕の付け根をさする。

右眼にはほとんど光がなかった。


「私にも呪いが掛かっている。跳ね返りという奴だな。耳の奥で叫びが聞こえるんだ。四六時中な。右眼ももうほとんど見えていない。でも、これでよかったと思っている。悪いのはウィズだけじゃないように思えるから。ウィズに負わせてしまった傷をほんの少しでも請け負えている気がするから」


トゥクイーンはわたしとお姉さまに背を向ける。左足を引きずって歩いていた。

背中越しに彼女は言う。「もう、ここへはこないよ。いつしか、世代が変わり、ウィザードのことは忘れ去られていくだろう。でも、当の本人はいつまでも、永遠にこの地下で苦しみ、生きつづけて行くんだ。だから、ウィンディ。君も忘れるんだ。この部屋のことを。姉のことを」


トゥクイーンは階段を上がっていく。嗚咽を漏らしながら。


わたしはお姉さまを見続けた。何度もその名を呼ぶ。

お腹はすっかり大きくなり、今にも生まれそうなほど。

私はお腹をさする。この子達はお姉さまが守ってくれた命なのだ。


「おねえさま・・・・・」

「ア゛アアッ、オ゛オウゥ゛アアッ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」

「・・・もうすぐ、この子らは生まれてきますよ。お姉さまが守ってくれたのです」

「イ゛ぃイ゛イぃッ、ァヅい、アア゛アア、なき、ナキはア゛ア゛」

「・・・この子らもお姉さまに会いたいと言っていますよ。お姉さまがいくら子供嫌いでも私は、お姉さまにこの子らを抱っこしてもらいたいのです」


お姉さまの眼から血の涙が溢れて、落ちた。

叫びは、悔しさを滲ませている。


「ゥゥ、う゛う゛ぅ、ぅイ・・・ンデぃ・・・、ア゛ア・・・」


「・・・はい、わたしはここにいますよ。お姉さま。よくぞ、帰ってきてくれました・・・。あなたを労わり、抱きしめることさえできない妹を・・・どうか・・・お許しください・・・。お姉さま・・・っ」


この部屋には、痛みしかなかった。


お姉さまはいつもわたしの前にいて、わたしとお話してくれて、怒ってくれて、泣いてくれて、笑ってくれた。


わたしのせいで、お姉さまが忌み嫌われるようになったのに、お姉さまはわたしをどんなときも妹としてみてくれた。


私は、

お姉さまの後ろで背中をみて歩くのが好きでした。

お姉さまの大きな手を握って隣を歩くのも好きでした。

お姉さまの前を行き、たまに呼び止められながら歩くのも、好きでした。


お姉さまと歩んだ日々は、わたしの宝物。

お姉さまも同じことを想ってくれていたら、嬉しいなぁ。


わたしは、再びお腹をさする。


「・・・また、来ますから。必ず、会いに来ますから」


それを聞いたのか、お姉さまはまたひどく苦しみだした。

悲痛としか言いようのない叫びが一層大きくなる。


お互い、もう2度と会うことはできないだろうと感じていた。


扉が閉まっていく。

時が止まってしまった姉。いつまでもこの虚無の空間で姉は苦しみ続ける。

たったひとりで。

姉にとって一番つらいのは、孤独なのだと思った。


どうすれば姉を救えるのか。

その時すでに、扉は固く閉ざされていた。


叫びは、もう、聞こえない。



*****


――[ふたつ]――


世界の再建を果たすべく、それぞれの国が動き出した。〈サウス〉の民は女性と子供らが隠れて生き残っていたらしく、人手は多いほうだったが〈ノウス〉の方はかなり壊滅的で国家を山岳地帯に移すと共に、少数民族となった。

世界は刻々と動き出し、いつかまた平穏を取り戻すのかもしれない。


わたしは臨月に入っていた。

同時に体調も崩し、毎日熱に犯され容態は安定しないままだった。

お姉さまはこの何百倍もの苦しみを味わっている・・・。そう思うと乗り切れる気がした。


臨月に入ってから毎日、ティックが側にいてくれた。ずっと手を握り、わたしを支えてくれた。

そして、陣痛が来ると、わたしとティックの間に双子の赤ん坊が生まれた。


2人とももうすでに、亡くなっていた。


*****


これが、わたしに与えられた呪いなんだと思った。

小さなふたつのわが子を抱きしめて、わたしはいつまでも泣く。


死なせたのはわたしだ。わたしが守ってあげられなかったからだ。

お姉さまが守ってくれた命を、わたしが死なせてしまった。

お姉さまも、こどもたちも、守ってあげられない自分が憎かった。


――わたしには、守れない、救えない。


どうしようもない弱さを突き付けられる。これが運命だというのなら、かみさまはどうしてわたしにお姉さまを与えてくれた?どうして、子供たちを与えてくれた?

ならばいっそ、わたしが〈サウス〉に行くべきだった。もしかしたら結果が変わっていたのかもしれない。お姉さまもわが子も、世界そのものも無事だったのかもしれない。

そんなことをかんがえるわたしは、やはりどうしようもなく弱くて、卑怯だと思った。


眠るようにして死んでいる赤ん坊。

わたしとティックはこどもたちに夕日だけでも感じさせたいと思い、それぞれわが子を抱きながら城外へと出ると、小高い丘を目指した。あそこからは城も一望できる。


到着すると、城の背景に夕日が大きく、輝いていた。この景色を見ながらティックと誓いを交わしたことを思い出した。


家族4人。今このときだけは、家族4人だ。


夕日が沈む。明日には子供たちを埋葬しなければならない。


もう一度、ぎゅっと抱きしめて、一歩を踏み出したとき、その声は聞こえた。


「ウィンディ、ティック」


振り返った先にいたのは、杖を突いたトゥクイーンとフューリ、そして見知らぬ男性の魔導師だった。


「見つけてきた、ウィザードを救える希望を」


トゥクイーンは動かしづらそうな唇を必死に動かして話す。


「・・・どういうことだ」ティックが聞いた。


「ずっと考えていた・・・。呪いから解き放つためにはどうすればいいのか・・・。あらゆる事象を徹底的に調べていると、〈ノウス〉の民の中に彼がいた・・・。だが、彼はある意味全ての元凶だ・・・」


右眼でこちらの視線を促すようにその彼をみるトゥクイーン。

次は自分の番だ、と彼は口を開く。

「はじめまして、ウィンディ、ティック。私は、トレイス、といいます。〈ノウス〉で魔導師の精神について研究をしていた者です」


わたしとティックは軽く会釈をしたあと、トレイスと名乗った彼の話を聞く。


「ナキハという少女をご存知だったでしょうか」


その名の少女は、お姉さまが護衛任務に就いた少女のことだとすぐに分かった。


「私はそれまで、〈人間〉という生物がいかにして〈魔導師〉という生物に上位進化したのかを研究してまいりました。その過程で、精神についても学んでいたのです。その頃、私は国では名の知れた研究者でした。あるとき、国王からの要請を受けました。『精神を意のままに操ることは、可能か』というものでした。私は『研究をさせてくれれば真相に辿り着けます』と言いました。すると国王は『罪人たちを使え。いくらでも実験体にしても構わない』と言ったんです」


トレイスがそこまで言うとティックが割って入った。「・・・やったのかよ?」


トレイスはティックから目線を逸らし、下を向く。小さな声ではい、と呟いた。

ティックに怒りが湧き起こっているのがわたしには分かった。


「お前、どうしてそんなことをっ!!」


ティックはわたしに赤ん坊を預けると制する間もなくトレイスに飛びかかっていた。

倒れこむ両者。風が強く吹いてくる。


「仕方がなかったのです!!この成果をあげればきっといつか、世界のためになると思ったから。罪人の精神なのだからどうなっても構わないと。罪を犯した彼らの命でもこれからの世界に役立てば、と思ったからです!!」


「だからっつってそんなこと、ゆるされるわけ・・・っ」


殴りかかろうとしていたティックを止めたのはトゥクイーン。

ティックと眼が合うと諭す様に首を左右に振った。


「・・・実験は成功しました。精神を抜き取り、魔力で操ることのできる人形に変えることにね。実験が成功して、ナキハがやってきた。私は国王に言われたまま彼女の精神を抜き取り、さらに肉体も改造しました」


――お姉さまの魔力を吸収する体に。

そして、ナキハは〈ノウス〉からクリア・セントラルへ逃亡してきた。


「後悔しました。あんな実験、するべきじゃなかった。戦争を終わらせるための戦争をする、と国王はいい、その為には精神すなわち心が邪魔になる、と。人形同士が殺しあえば誰も文句はいわんだろうと。私にはまさかウィザードが狙いのうちにあるとは思っても見なかった。申し訳、ありません・・・」


藍色の空を仰ぎ見ながら両目を覆ったトレイス。

彼もまた、被害者なのかもしれない。

全ては始まってしまい、今はもう終わってしまったことなのだった。


「それで、お前は何をしにきたんだ」


ティックが見下ろしながら言う。それに答えたのはトゥクイーンだった。


「彼になら、ウィザードを呪いの苦しみから解放できるかもしれない」

「・・・お姉さまを・・・?でも、いったいどうやって・・・」


「せいしんの、いどうだよ」


今まで黙ってみていたフューリがようやく声を出した。


トレイスが起き上がると、続きを説明しだす。


「彼女・・・、トゥクイーンから話を聞いています。ウィザードはこれから永遠の呪いに苦しむことになったとか・・・。そうなったのも私の実験のせいでもあります。だから、私は彼女の苦しみをどうにか消してあげたいのです。」


「・・・どうやって?」ティックは、呆れたように尋ねる。


「ウィザードの精神を抜き取り封印するのです。そうすれば彼女は・・・、死ぬことができる・・・」


わたしには、彼が言っていることが理解できない。

そもそもそんなことが可能であるはずがないと思った。

が、彼が認めた罪にはその技術が大きく関わっていることも事実。


「理論上は可能です。ウィザードを生き地獄の苦しみから解放させられると思います。それが彼女を救う、唯一の手段だと思います・・・」


「仮にもし、それがあのウィザードに成功したとしてその抜き取った魂はどこに封印するんだ」


「お前たちの、双子だ」


トゥクイーンの言葉にわたしとティックは絶句する。


「今・・・なんて・・・」


彼女はもう一度繰り返した。変わらぬ返答が頭の中を巡った。


「そんなことして、呪いはどうなるんだよ!」

「少なくとも、半分になるはずだ。あとは、ウィザード自身の魔力に賭けるしかない。呪いに打ち勝てることができたとき、ウィザードは転生できる」


わたしはわが子をもう一度抱きしめる。確率は半々だった。

成功すればお姉さまはわが子として転生し、呪いから解放される。

失敗すれば、お姉さまには2度とチャンスは訪れない。


つまり、本当に永遠を苦しむということ。


城の方向を見る。あの地下最下層にお姉さまはいるのだ。今も歯を砕き、鋼鉄の床を削りながら死に値する痛みを死なずに感じている。


・・・果たして、これが天啓なのかどうか、

運命と呼ばれるものなのか、

わたしには分からない。答えはかみさまだけが知っている。


わたしは1度、お姉さまも子供たちも失った。

救えなかったことを後悔した。夫と共にたくさん泣いた。


この方法は、わたしにとって大切な〈ふたつ〉を同時に救えるかもしれない唯一であり、最悪の方法だ。


お姉さまが逆の立場ならどんな答えを出すのだろうか。


ううん、これはわたしが答えを出さなければいけないのだ。

わたしを愛してくれた、お姉さまの為に。

お姉さまが救った、わが子たちの為に。

転生できたら、この子達は正真正銘のわが子ではないかもしれない。

わたしは守っていけるだろうか。

いいえ、わたしは守っていくんだ。どんなことがあっても。母親だから。

わたしは、こどもたちを愛せるだろうか。

いや、愛するのだ。新たな生命として。私の宝物として。母親として。




長い時間が経過していた。


わたしはトゥクイーンとティックに頼み事をする。


「もし、失敗したら、わたしを業火で焼き殺してください。お姉さまの苦しみを知ってわたしはこの命をお姉さまに捧げます」


そして、いつまでも、お姉さまのそばに寄り添います。

どうか、わがままで身勝手な妹をお許しください。


*****


お姉さまはやはりそこにいて、更なる苦痛を浴びていた。


牢の中は血で赤黒く染まり、凄惨を極める。

獣のような絶叫は威圧感さえ覚えさせた。


「ア゛ヅイアヅイア゛ヅイッアヅイ、ウ゛ぅアアア゛アァアッ」


「お姉さま・・・」


トゥクイーンが牢の格子を開くと、全員が壁に叩きつけられた。

尋常じゃない魔力を放出している。


「よし・・・、やるぞ、トレイスっ!!!」

「ああっ!!」


トゥクイーンとトレイスはお姉さまに近づいていく。首を乱暴に振り回し長い髪を暴れさせもがくお姉さま。わたしは見ているだけで涙が止まらなかった。


そんなわたしをティックが支えてくれると、トゥクイーンがお姉さまの首を押さえ、トレイスが額に手を当てていた。お姉さまはさらに暴れようとしている。磔の拘束具が破壊されそうな勢いだった。


「あ、赤ん坊を・・・こっちに・・・っ!!」


わたしとティックはお姉さまにあと1歩のところまで近づくと、充血した眼球が私たち夫婦を睨みつけた。心臓が突き刺された感覚があった。

でも、その瞳の奥には、お姉さまが持っていた光が見える。


――お姉さまは戦っている。今も、ずっと戦っているんだ。


トレイスが何か呪文のような言霊を唱えると、お姉さまの体が発光しだしてきた。




そして、次の瞬間――。




一面が真っ白になった。見渡す限り真っ白な空間。

つい今まで暗く狭い牢の中にいたはずでは・・・?


わたしは歩いてみた。目標物のない歩行はわたしを途方に暮れさせた。


みんなはいったい何処へ行ったのだろう・・・。

わたしだけが、どこかへ飛ばされてしまったのだろうか・・・。


『・・・・・・ィ』


耳を澄ます。確かに何か聞こえた。


『・・・・・・ィ、・・・・・だ・・・・』



・・・ウィンディ、ここだ・・・。



そう聞こえた。わたしの背中の方から。



わたしは振り向く。わたしを呼んだのは彼女だ。

だから、そこにいるのは彼女だと分かっていた。


お姉さまは、双子の赤ん坊を抱っこしてわたしを見つめていた。


その表情は穏やかで、最後に見たのはいつだったっけと思い返す。


こども嫌いのお姉さまが、小さな体を2つ抱いて、笑っていた。


「この子達が、お前のこどもなんだな」


「・・・うん、双子の女の子よ」


「こっちはティックに似ていて、こっちはお前に似ているな」


「どっちもお姉さまには似てないですね」


「当たり前だろう。私には似ないほうがいい。だって・・・」


「だって・・・?」




「この子達は、かわいい女の子だ」




お姉さまはまた赤ん坊を見て微笑むと、小さなおでこに1人ずつキスをした。

そのあと、わたしのほうを見つめると少しだけ考えて、お姉さまは口を開いた。




「・・・なあ、ウィンディ。私は、生きてちゃいけなかったのかな」




そんなことを言う姉をわたしは強く強く抱きしめた。




「生きてなくちゃ、いけないんです」




そう言うのが精一杯だった。



お姉さまは、そうか、とだけ言ってまた笑った。



――[妹へ]――



真っ白な世界に光が現れて、私とウィンディの子供が光を纏っていく。


お別れ、らしい。


「お姉さま、大好きです」


ふふっ、ウィンディ、私は愛しているぞ。


「お姉さま、もう苦しまなくていいですから」


なんだ。そんなこと、心配していたのか。あれくらい平気さ。


「これからもずっとそばにいてくれますよね」


当たり前だ。私は世界最強の魔導師だ。お前を守るために最強になったんだ。


「お姉さま・・・、生まれ変わっても・・・」



ああ、生まれ変わっても、




あなたの妹でありますように。

お前の姉になれますように。




さよなら、ウィンディ。


ありがとう、ウィンディ。



最後の最後で、お前に助けられるなんてな。



お前とこの子達が私を救ってくれた。


私は、世界で一番の幸せ者だよ。


だから、次はお前の番だ。



これが私が私としてできる最後の仕事だ。




――さようなら、ウィザード。



*****



聞こえてきたのは叫び・・・、ではなく赤ん坊の泣き声だった。


ここは・・・確か・・・、城の地下・・・?


ティックがわたしの手を取ったのが分かる。喜びに満ちた表情にわたしは少し戸惑いながらも安堵した。


「生まれたぞ!!2人とも女の子だ!!それに元気だぞ!!!」


トゥクイーンと・・・その隣では知らない男性の魔導師が笑っている。

新しい城住みの魔導師だろうか・・・。


わたしは朦朧とする意識の中、生まれたばかりの赤ん坊を抱く。片方は小さく、もう片方は大きくて、双子なのにもう似ていないな、なんて思った。

けど、2人とも可愛かった。わたしと、ティックの子。


わたしは、愛らしく産声をあげる2人を見つめて、無意識に名付けていた。


「この小さな子が、ウィズ。こっちの大きい子がウィード」


名を与えられた赤ん坊はさらに大きな声で泣いた。

喜んでいるのかな?でも、なぜだろう。その名前を選んだのは。


お姉さま・・・?


断片的な記憶。

わたしには確かに姉と呼べる存在がいたのだ。


いた、はずなのだ。どうして、今、ここにいないのだろうか・・・。

こども嫌いな姉だけど、きっと喜んでくれるに違いないのに。


この子たちを抱いてほしいのに。


「ウィンディ、がんばったな。おつかれさま。ありがとな」


ティックが泣いていた。わたしの頬にも涙が伝う。

でも、それが嬉しい涙なのか、悲しい涙なのかは、

そのときのわたしには分からなかった。


ウィズとウィードは、元気いっぱいに生まれてきてくれた。

これから、元気いっぱいに生きていくのだ。



世界で唯一の、双子の魔導師として。




================================




「・・・おしまい」


ウィンディが話し終えると、子供たちは泣いているものも居ればそれを励ますものも居た。

ケインとリリイは、肩を寄せ合いじっとウィンディを見つめる。


「せんせー、ないてるの?」


リリイが聞いた。ウィンディは首を横に振った。


「ううん。泣いてないよ。さ、長いお話はこの辺にしてみんなでお外に行って遊びましょー!」


こどもたちは、一斉に部屋を飛び出していく。

ケインとがリリイの手を引いて外に出ようとしたとき、リリイが立ち止まってウィンディのほうへと向かってくると、彼女は小さな手をウィンディに差し出してきた。


「せんせーも、いっしょにお外にいこ?」


ウィンディは、そうね、と笑って小さな手を握る。


その手のひらの温かさに彼女はかつて伝説と呼ばれていた姉と歩いた道を思い出す。




どこまでも真っ直ぐな道。


あとを追いかけ、

やっと横に並んで、

いつのまにか追い越した。


名が呼ばれてくるりと振り返る。


その先で、姉が優しく笑ってくれていた。



〈ウィザード編 結〉

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