〈episode19〉ウィザード 後編
――[牢国]――
「私を、殺す、だと」
大量の兵士たちに囲まれた私とナキハ。見つめる先には腹を押さえながら荒く呼吸をしているリーゼナード。口元からは血が滴り、ぽたぽたと王の間の床に落ちた。
ナキハが私のマントを掴む。掴んだ両手には力強さを感じた。
「ああ、お前をな、ウィザード。その為にナキハを殺すのだ」
私は言っている意味を理解できない。なぜナキハを殺すことが私を殺すことに繋がるのか。さっきまで聞こえていた兵士たちの地鳴りが止んだ。どうやら完全に囲まれているらしい。私は一切の殺気を見逃さないよう意識を集中させる。やがてリーゼナードが語り始めた。
「そろそろ、我らの戦争を終わりにしようと思ってね。創世記より続く〈サウス〉と〈ノウス〉の戦争をな。もはや遺伝子レベルで組み込まれた互いへの嫌悪と殺意はどうにも止められんようだ。だから今、この時に終止符を打つべきなのだよ。それがこれからの世界の為になる。だが、戦争を起こすには障害がある。それがクリア・セントラル。貴様らだ。我らにはなぜ貴様らに戦争の火を消されなければならないのか理解ができぬ。決着をつけたほうが早いと思わんか。どちらかの国がなくなるだけだ。貴様らが水を差すばかりで我らは苦渋を舐めさせられるばかり。報復するにも貴様らは一騎当千の魔導師。我らが敵うわけもない。貴様ら、だったらな。一番厄介なのは貴様だよ、ウィザード。お前は異端過ぎる。クリア・セントラルの戦力もお前の力でかなりの底上げがなされていると考えた。だから、我らが出した結論はこうだ。〈クリア・セントラルの戦力の分散、ウィザードの排除〉」
そこまで話すと、リーゼナードは一息つく。勝ち誇ったような顔が私の心情を逆撫でしてくる。だから、言い返してやった。
「私をひとりにしたところで、お前らが勝てるわけないだろう。その気ならひとり残らず全滅させてやる」
しかし、リーゼナードは怯まない。それどころか一歩を踏み出し、ナキハを指差した。
「そんなことは承知だといっているだろう。だからその子がいるのだ。ナキハ・・・、我が愛しき娘であり、今はウィザード、貴様の命そのものよ」
実の父の卑劣な告白にナキハはさらに私に寄る。旅路の道中、あれほどまでに感情を表さなかった娘が今は怯えているように見える。まさか、この事実をナキハは・・・?
「こいつが私の命?言っている意味が分からん。腹の痛みで頭がおかしくなったか」
「威勢がいいのも今のうちだぞウィザード。全てはナキハが生まれたときから決まっていたことなのだ。我らは貴様を殺すために最初で最後の締結を結ぶことにした」
「戦争を起こすためにか」
「世界を変えるためだよ、戦争によってね。まず、魔力でナキハの感情を抜きとった・・・それから」
私はリーゼナードが言いかけたところで動き出していたが、即座に兵士たちから刃を向けられる。私は瞬間的にナキハを懐に潜り込ませ、ギリギリのところで刃を魔力の壁により止めた。気を緩めれば結界が解け、兵士の刃が私たちを貫くという状況だった。
「話を聞けよ、言いたくて仕方なかったのだ、この長年の計画を。ナキハは感情を抜き取られ、物言わぬ人形と化した。また、命令に従順なように意識そのものを書き換えた。せっかく〈主様〉から得た魔の力だ、こういう風に使わなくてはなぁ。そしてまずナキハには計画通り〈ノウス〉へと向かわせた。そのことを貴様らにも伝えていた。政略結婚とな。だが、まだナキハは年端もいかない幼女。それがあの過酷な道中である〈ノウス〉から逃げ出してきた、となれば貴様らも事の重大さに気づくであろう。〈サウス〉による〈ノウス〉への裏切り行為だと。しかもナキハは我が国の王女でもある。それを送り届けるとなれば相当な護衛をつけねばなるまい。なんせ、道中でナキハが何者かに殺されてみろ。〈サウス〉の連中は間違いなく〈ノウス〉の報復だと決め付け瞬く間に戦争が起きるからな。ま、正直それが理由で戦争を起こしても良いと思ったが、やはり貴様が障害となるのだ。話を戻そう。我らの思惑通り、貴様が護衛についたな。そうなると思い、我らはナキハに細工をしておいたのだ。それは、〈魔力の吸収と同調〉だ。この仕掛けを組み込むのには大変苦労した。あの天才がいなければこの計画も頓挫していただろう。彼はナキハが貴様に触れることにより魔力を吸収し且つ自身と同調させる人形にしてくれた。だが、貴様はなかなかナキハに触れん。手を繋ぐことを求めても拒否をする。寝込みも自身に結界を張り触れることさえ適わん。だから刺客をやった。最初の3人は〈ノウス〉からの刺客だったが気配を悟られよってからに、まったく使えん奴らだった。二番目は我が国からの刺客で、我が国における最強戦力だった男だ。奴の任務はただひとつ。貴様に傷をつけること。天候も味方してくれたがそれだけでは貴様に傷はつけられん。だから彼の意識も書き換えた。一心不乱にナキハを襲えと。やはり貴様は守ったな。おかげで左手に傷をつけることができた。傷の直りが遅かっただろう?ナキハは少しずつ貴様の魔力を吸っていたからな。あとは同調させるだけだったのだ。貴様はようやくナキハに触れることを許した。笑いと震えが止まらんかったよ。これで勝てる・・・とな。あとはナキハの体を操り自害しようとした。ここで問題が発生した。ナキハに消したはずの感情が芽生えていたんだ。こればかりは予想できなかった。ナキハは俺の制御から離れ自分の意思でお前との行動を共にした。結果として、お前はまんまとこの国に入国した。制御が効かぬともナキハを殺してしまえばいいのだからな。さて、長くなったがこんなところだ、死ぬ前に聞きたい事はあるか」
「その作戦、どうにも穴が多すぎるぞ。第一にナキハと私が同調している確証はないだろう。仮にもしナキハが死んでも私が生きていたらどうするつもりなんだ」
「そのときの為にこの国すべての戦力を集結させているんだ。ここはまさに〈牢国〉よ。ナキハを守りながら戦うのは大変だろうなぁ」
私は舌打ちをする。「もし、私がこの任務に参加していなかったら?」
リーゼナードは嘲笑を浮かべて私を見下しながら言った。
「妹が居ると聞いたことがある。それを殺せば結局お前はここまで来るだろう。どちらにせよ、こうなる運命だったといえばそれまで。お前はここで死ぬ運命にあるのだ」
私の中にウィンディの笑顔が思い浮かぶ。その笑顔にひびが入った。握り締めた拳が自らの拳の骨を砕きそうな力が込められていくのが分かる。
「・・・ナキハは、何も知らないのか」
「知るわけないだろう。貴様を釣るための餌にすぎないからな」
その一言が私の我慢の限界を超えさせた。
取り囲む兵士どもを一気に爆散させる。王宮の壁もろとも吹き飛ばし、天井が崩れだす。
「リーゼナード!!てめえ、塵にすら残さず殺してやるよ」
崩れ行く城内で狂ったように笑うリーゼナード。
「ああ、殺せ殺せ、だが今このときより、戦争の大火が上がるのだあああっ!!!!全軍に告ぐっ!!!!ナキハをぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
リーゼナードの頭上には巨大な岩が落ちてきている。そして彼は宣言した。
「殺せェェェェェェェェェェぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!」
岩が落下し、あっけなく国王は、死んだ。
*****
「行くぞ、この国から出る」
私はナキハの手を取り、駆ける。すぐに上空から矢が飛来し、私とナキハに向けて落ちてきた。だがそんな程度の矢は私に届くことすらない。私の頭上からやや離れたところで矢は消滅する。脱出することなど容易いと思った。
が、目の前の軍勢の数を見て、いかにリーゼナードが用意周到かつ狡猾な男だったのかを知ることになる。いったいどこに潜んでいたのか、軍勢は見渡す限りに存在していた。かくなるうえは上空からだと、天を仰ぐ。飛び立とうとした矢先に、ナキハが倒れこんだ。
「おいっ!どうしたんだ!」
ナキハは呼吸を乱し、途端に血を吐いた。
同時に私も同じ量を吐くことになる。
「なんなんだ、これは・・・。まさか、あいつの実験は成功しているというのか・・・」
もしそうだとしたら・・・、これは魔導師の歴史にまた新たな戦火を灯す可能性がある・・・。
〈体の、人形化・・・〉。
「くそがっ!!」
私はナキハの口元の血を拭うと、両手に抱えて右足で地面を叩くと一気に上空へ飛び上がった。しかし、これは失敗だった。この国全土を覆うように結界が張り巡らされている。上空からの脱出は不可能だと察した。枷さえなければこんな結界簡単に破れる。だが今の私は魔力を二分されている状態。しかも、ナキハは今も吸収し続け、その容量に体が耐えられなくなりつつある。
時間がなかった。
*****
「どうしたんだい、ウィンディ・・・?空ばかり眺めて・・・」
「ティック・・・。向こうのほう・・・、〈サウス〉の方角が暗く淀んでいるように見えるの」
ティックは、その方角を見る。彼には晴れ渡った青空が広がっているだけに見えた。
「そうかな・・・。きっとお姉さんが到着して任務を終えて帰る頃さ。心配ないよ、ほら体が冷えてはいけないよ。窓を閉めよう」
ウィンディは淀んだ空に、言いようのない不安を覚えた。
ティックに促され、お腹を優しくさすりながらウィンディは窓を閉めたがいつまでも空を眺めていた。
*****
ひとり、またひとり・・・・・。
襲い掛かってくる兵士をなぎ倒していく。ナキハは意識を朦朧とさせ歩くことも困難なようだったのでマントを千切って綱代わりにし背負ったあと、私の体に縛りつけた。結界の意識をナキハへ注ぐ。これでナキハに流れ矢が当たることはないだろう。
四方八方より向かってくる兵士たちの表情は、無、そのものだった。
山の中で対峙した刺客を思い出す。あいつと同じ眼をした兵士たちだった。
恐怖心もなく、生きることへの執着さえなく、ただ私とナキハを殺すためにだけ存在している、それはまさに操り人形だった。
リーゼナード、お前、兵士たち全ての意識を書き換えたのか・・・っ!?
ふつふつと湧き上がる怒り、そして魔力。力が強まるのに反比例してナキハは苦しむ様子だった。同時に私への負担となる。
「あああああああああああああああっ!!!!!」
とにかく前へ進む。あの老人が居た〈フレア〉を目指して。言葉にもならないうなり声をあげながら襲い掛かってくる兵士をなぎ倒していく。一度でも鍔迫り合いをしてしまえば全ての刃が私めがけて振り下ろされるだろう。一閃必殺、私はただひたすらに、剣を振った。
――私に、触れることなど、絶対に許さない。
*****
「・・・なん、だって・・・・・」
その一報は、〈ノウス〉からのもの。
使者からの伝達に、トゥクイーンは力が抜けてその場にへたり込んだ。
「リージャックと、メイキングが、・・・・・死んだ・・・・・?」
*****
突撃兵が100人単位で私に向かってくる。
避けていたが足元の死体に体のバランスが崩れ、よろけてしまう。
「しまっ・・・っ」
刹那。目の前から投擲されてきた槍を寸前で掴むと空中で身を翻し、詰め寄ってきていた兵士をその槍で薙ぎ払う。
それでも兵士の数は一向に減らない。増えている錯覚さえ覚える。
やはり本気で私を殺すつもりらしい。
私は槍を捨てて、太刀を握りなおす。
歯を食いしばった。
「ひとり残らず、斬ってやらあああああああっ!!!!」
*****
彼らの死の一報を聞いたウィンディは両手で口を覆い、やがて呻くように泣き出した。思い浮かぶリージャックとメイキングの姿。そして、南に向かった姉の顔。
「・・・お姉さまは・・・」
呟くと同時にもうひとり、使者がやってくる。
彼が伝えた事実は、彼女を絶望へと叩き落した。
「〈サウス〉にて、大量虐殺が行われています。その犯人は、・・・ウィザード様です・・・」
*****
「はあ・・・、はあ・・・」
終わらない。いつまでも、終わらない。
斬っても斬っても、跳ね返しても、防いでも。
私は、死ぬべきなのだろうか。
リーゼナードは言った。世界を変えるために私を殺す、と。
永遠の争いを無くすために争うのだ、と。
なぜかその言葉が、理に適っているのではと思ってしまう。
私が振う無意識の刃は、一瞬にして鈍った。
空を切ったのだった。
「あっ・・・」
兵士の剣が私とナキハを貫いた。動きが止まる私に一斉に矢と剣と槍が襲い掛かる。
全てを防ぐことはできなかった。
初めて、こんなにも傷を負った。
ナキハを縛り付けていたマントが破れ、ナキハが地面に落下する。ナキハの背中には矢が3本、ナイフが1本、刺さっていた。
「ナキハ、ナキハ・・・っ」
私はナキハの体を抱き寄せる。捨て身覚悟で最大の結界を張ったが、いつ破られるか分からない。兵士どもが一心不乱に剣や槍を振り、結界を破壊しようとしているがそんなことはもうどうでも良かった。
今、この世界に居るのは私とナキハだけなのだ。
「ナキハ・・・、おいっ!死ぬんじゃないっ!」
それはもう、自分の命がどうとかの叫びじゃなかった。
ただ純粋に、生きていてほしかった。
ガキは嫌いだったはずなのに。
「お前は、こんなところでこんな死に方をしてはいけないっ!まだお前はこの世界で生きなくてはならないんだ!お前にはその資格があるんだ!!だから、私と共に帰るんだ!!」
ナキハは、今にも止まりそうな呼吸だった。
かろうじて残る意識で、口を動かす。声はない。でも、何かを伝えようと必死になる。
ナキハが伝えようとしていることがわかったとき、私はすぐに彼女の小さな手を強く握った。
「ああ、いくらでも握ってやる。そうだ、手を繋いで帰ろう。もうすぐな、私の妹に子供が生まれるんだ。お前にもその子達の面倒を見てもらいたい。・・・私は、ガキが・・・、き、きら・・・。きらい・・・だから・・・、だから・・・だから・・・」
ナキハは、笑った。
私が泣いているのを見て、初めて笑って見せた。
私は自分がどうして泣いているのか、分からなかった。
ガキは嫌いだったはずなのに。ナキハも例外じゃないはずなのに。
左手には、ナキハが握ったときの温もりが残っている。
その温もりが、今はただただ愛しくて、守るべきものだと知った。
だんだんと、ナキハからは笑顔が消えていき、握り締めた手は力を無くしていく。私は逆に強く握り返す。ナキハを失わないように。
ぽたぽたと、ナキハの頬に落ちていく私の涙。
泣くことさえ奪われたナキハ。笑うことさえ奪われたナキハ。言葉さえ奪われたナキハ。
そのナキハを私から奪い取ろうとするのは、どこの誰なのだ。
どうして、この世界は、こんな世界なのだ。
なぜだ。教えてくれよ、テトラ。なあ、教えろよ、かみさま。
そっと、ナキハが口を開いた。やはり、声にはならない。
一回しか、言わなかった。
ただ一回だけの唇の動きを私は、聞き逃さなかった。
「うぃず、ごめんね」
世界から音が消えて、私の手からナキハが光となって消えた。
その光が私を包む。あたたかい。
私に帰ってくる、私の魔力。
こんなもの、いらないんだ。
私が返してほしいのは、ナキハ、お前なんだよ・・・。
ナキハは、命をかけて、最後の最後に私を守ってくれた。
私が守るはずだったのに。
この想いは、きっとナキハを後悔させてしまうだろう。
私を守ったことを。
でも、もう私は、許すわけにはいかなかった。
ナキハを奪い、そして、これから私の大切なもの全てを奪おうとする世界を。
私は知る。
私に与えられた力の意味を。
奪われるくらいなら、全てを奪い返してやる・・・。
ナキハの温もりが消えぬ手で血だらけになった太刀を握る。
空を見上げた。夕焼けだった。
そして、私は一言だけ、ナキハに伝えることにした。
これが、私が私として言える、最後の言葉。そんな気がしたから。
「あいしてる」
結界が弾けとび、全ての刃が私に振り下ろされた。




