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『te:tra』  作者: 坂江快斗
38/100

第19話〈嵐禍ノ章〉「彼女が描いた物語」

開門まで、5,4,3・・・、


2・・・、


――1・・・ッ!!!


午前9時ちょうど。


藤咲学園文化祭、「藤咲祭」の開幕だ。



*****


『おい、陸斗、話を聞くんだっ』『式瀬くんってばっ!』

「悪い、なんだ?」


開幕と同時の慌しさに俺はあっちへいったりこっちへいったりまさに右往左往の忙しさだった。もちろん、一睡もしていない。眠りたいけど眠れない。

さっきからしきりにリロウスと枝紡が呼びかけてくる。しかし、その呼びかけに応じている暇がないのだった。どうやら昨晩で俺の使い勝手の良さは全校に広まっているらしくどういうわけか「式瀬陸斗使用順取り決め」なんていう書類までできていた。(作ったのは円堂と聞いて一旦キレたが本人は動じなかった)


2人の話を聞きたいのは山々だが、次から次へと連絡が飛んでくるので(連絡してくるのは円堂。だが、携帯の充電がないのでヤツは生徒会室の窓から拡声器で俺に指示を飛ばしてくる。ムカつく)実のところ、構っていられない。作業中は意識が作業に向くから何を言っているのか分からずじまいで、2人はさっきから一方的に呼びかけてくるのだ。


今年の藤咲祭は例年にも増して盛況だった。無論、あの事件のことは街中の人間が知っているが今年もまた無事に開催されたことを安心したようで自粛ムードはかけらも見当たらなかった。


『聞け、陸斗。まど』

「おーい、式瀬~。次は茶道部に和菓子を届けてくれー」

「ん?リロウス、茶がどうしたって?」『違う、馬鹿か君は!!』『馬鹿だね』


こんな調子だった。

とりあえず、茶道部に行くことにしよう・・・。


*****


「あーもう!リクはどこ行ったの!?」

「先輩はいろんな部のお手伝いに回されてるみたいです」

「もうっ!これから衣装運ばなきゃなんないのに!」

「あの、栞菜先輩・・・。わたし、これから校内パトロールがあるです・・・」

「ああ、風紀委員だもんね。いいよ、行ってきてっ!」

「でも、大丈夫ですか?」

「まあ・・・、なんとかするよ・・・」

「先輩、見かけたら栞菜先輩が探してるって言っておくです」

「あ~、ぶちギレしてるって言っといてねっ」

「は、はいです・・・。それじゃあ、行ってくるです」


「あっ、まるちゃん!」

「は、はいっ!なんです?」


「衣装の手伝い、ありがとねっ!!」


*****


時刻は午前10時を回る。時間が経つほどに来場者も増えていっているようだった。

昨夜、鳴海を探している際に訪れた屋台群「鉄人ロード」はやはり一番盛り上がっているのではないだろうか。そこだけ切り取ってみると普通のお祭りとなんら変わりはないように見える。どのお店からもいい匂いが漂い、俺の空きっ腹を刺激する。そういえば、寝てもいないし食べてもいないぞ・・・。

ただでさえ忙しくて霧散している意識が、突然襲ってきた睡魔と空腹によりさらに散り散りになってしまう。リロウスと枝紡の声がドップラー効果のように頭の中を巡っていた。


「な、なんか食わせて・・・」


俺はオアシスをみつけた砂漠の浮浪者みたいになっていた。人ごみを掻き分けながら辿り着いた屋台は激辛ソース焼きそばを作っているバドミントン部だった。激辛とバドミントンの関連性は知らない。


「あっ!!」


目にゴーグル、口元にはマスクをした女子生徒が俺を確認した。俺はというと、香辛料で涙ぐんでいる。むせそうだったけど我慢した。


「ぶちょーうっ!!式瀬さん、きましたよーっ!!!」


その女子生徒はなぜか部長を呼んだ。男女共通の部長らしい彼は、高校3年生にしては体つきが良かった。


「おっ、式瀬じゃん。まだこっちに来る番じゃなかったと思うけど、ま、いいかっ!ちょいと頼むぜっ!!」


そういいながら俺の右手を掴むと屋台の奥へ。ちがうんだっ!と振り解こうにもびくともしない。リストの強さは半端じゃなかった。


「は、腹がへっ」

「まあまあ、少しならつまみ食いも許すからさ。とはいっても式瀬にやってもらいたい作業は唐辛子を切ることだから、あまりつまみ食いは推奨できないぜっ」


いや、そんなキラキラしたキメ顔で言われても・・・。


作業台には尋常じゃないほどの唐辛子の山が。


「それ、全部なっ!」


むしろ、食べなくて正解だったのだろう。


*****


「お、遅れてごめんなさいですっ」

「あー、鳴海さん。いいよいいよ。そっちもお疲れ様。マニュアル読んだ?」

「はいです。わたしはどこをパトロールするです?」

「そうね・・・。ひとりだと大変だと思うから苗木さんと学園門周辺をお願いできるかしら」

「はいです」「わかりました」


「まあ、せっかくの文化祭だし、少しは肩の力を抜いて見回りなさいね」


*****


「おらああああっ!!!」


高速、いや光速にも似た速さで唐辛子を輪切りにしていく俺。眠気、空腹、香辛料が俺のテンションをさらにハイにさせていた。『式瀬くん、とうとう壊れてしまったのね・・・』


何か憐れみが聞こえたが俺の包丁捌きは止まる事を知らない。バドミントン部と来客が俺の仕事に釘付けになっていた。もはや見世物である。


山盛りに山盛りを重ねていた唐辛子を10分足らずで切り終えるとまたしても忌まわしき円堂の声が。

「おーい、式瀬~。何か食べるもの持ってきてくれ~」


ほんと、あいつぶっとばしたい。炎禍になりたい・・・。

そこで俺は思いつく。これ以上ないと言えるくらい素敵なことを。


「なあ、部長。生徒会長がお腹空かしているみたいだ。とびっきりのやつ頼むぜっ!」

「おう!いいぜっ!!」


汗と共にキラキラした男同士のキメ顔が輝いた。

互いの拳を突き合わせる。


鷲掴みにした唐辛子も一緒に。



*****


「すみません、ギリギリになってしまいまして」

「いや、構わないのだよっ!!!・・・すまない、これは役の影響でだな・・・」

「ほんとは、もっとはやく完成させて衣装つきの稽古してもらいたかったんですけど・・・。動きにくかったら直せましたし」

「いや、いいんだっ!!!・・・よくぞ完成させてくれたよ。感謝している。君にも、鳴海君にも、・・・枝紡君にも」

「はい。このあとのリハで動きにくいとかの報告があったら言ってください!直ししますから」

「ここに居てくれたほうが助かるのだが・・・?」

「すみませんっ!・・・本番の楽しみにしたいんですよ」

「ははは。そうか。わかったよ、何かあったら連絡する」


「では、リハ、がんばってくださいっ!!」


・・・・・・。


「そういえば、先輩の感謝にリクって入ってたっけ・・・?あっ!!リクっ!!もー、どこにいんのよーっ!!!」


*****


お腹を空かせたあいつにバドミントン部部長自らが命名した「必殺のスマッシュ焼きそば」を送り届け、同時に指示を聞く。次は裁縫部、だそうだ。円堂から電池を嵌め込むタイプの充電器を借りて携帯の電源を入れる。


着信:2538件

受信メール:802件


「おいこら、えんどおおおおおっ!!!!!!!!!!」

「ぶひょほっへえっ!!!」


・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。


机に突っ伏した円堂。


・・・報復は、もう終わりにしておこう・・・。



*****


「あの・・・苗木さん・・・、パトロールを・・・」

「いいじゃんっ!ちゃんと見回りも兼ねてるし」

「いえ、明らかにここは学園門前ではなく、茶道部室なのですが・・・」

「大丈夫よ、ちょっとくらいっ!はい、なるなるの分っ!」

「え、あ、ありがとうです。・・・なるなる!?」

「そ、なるなる!同じ一年生だし、風紀委員だし、仲良くいこー」

「ななな、仲良くはしたいです・・・、けど見回り・・・」

「まるまるって呼ぶぞー?」


「・・・すこしお茶したら、行くですよ・・・?」


*****


「ちょっとあんたっ!!どこで油売ってたのよっ!!」


栞菜さん、完全回復じゃないですか・・・。

俺は栞菜と中庭で合流した。出会い頭に襟首を掴まれたがいつもどおりだ。


「すまんすまん!仕事だったんだよ。その様子だと、もしかして裁縫部の仕事は・・・」


終わったわよっ!と言い捨てながら襟首を離してくれた。「で、これからは?」


「特に何もない予定だけど」

もう円堂からの指示はないだろう。


「じゃ、行くわよ」


栞菜は俺の手を何の戸惑いもなく握る。


「どこに?つーか、手握ってるぞ!」


栞菜は足を止め、首だけ俺のほうに振り向いた。凛とした上目遣いだった。


「捕まえてないと、リク、すぐにどっかいっちゃうじゃん!あちこちまわるよ!」


言い切ってすぐに歩き出す。俺は何も言い返せないまま栞菜の手に引っ張られていった。


*****


「・・・・・・」


「どうしたの、なるみん?誰か違反者いたの?」

「・・・あっいえ、なんでもないです。・・・なるみん??」

「あれ、ナルミニウムだったっけ?」

「どんな化学物質ですか・・・。見回り続けるです」

「・・・変なの。ほいじゃあ、次の出店はーっと・・・」



「せんぱい・・・」


*****


「とりあえず、俺、腹が減ったんだが」


栞菜に連れてこられたのは占いだった。オカルト研究会が実施している。いかにもな装いの店(教室)に聞き耳を立てていると、「ええ~なんでわかるのぉ~」とか「うっそぉ、しんじらんなぁ~い」などのリアクションが聞こえた。俺はあまり占いを信用しないので栞菜に連れてこられたときは正直、肩を落とした。空腹すぎて吐きそうだった。


「お腹減ったくらいで、うるさいわねぇ」

「仕方ないだろ、何も食べてないんだから。それに今、占いやんなくてもいいじゃないか」

「あんた、何も分かってないのね。オカ研の占いってその辺の占い師より当たるのよ?この前だって、3組の楠くんが指定された時間に商店街の福引やって特賞あてたんだから」


特賞は、DJのターンテーブルだったらしい。それ以来、楠くんは夜な夜なスクラッチしているという。心底どーでもいい情報だった。それで腹は膨れない。


程なくして俺たちの順番に。


教室内は暗幕で光を一切通さず、照明は蝋燭の炎だけだ。燃えた漫画とCDのことを思い出した。『蝋燭みると、つい発火させたくなっちゃうね』


物騒な声が聞こえたがこの際無視だ。さっきからリロウスの声が聞こえなくなったがどうしたのだろうか。あんなに呼びかけていたのに。怒ってるのか・・・?俺が思案していると占い師に扮した女子生徒が語りだす。


「あなた方が占いたいのは、恋愛運ですか?それともそれぞれの未来ですか?」

「未来のほうで」


即答だった。まあ、確かに恋愛運聞いても仕方ないしな。でも、栞菜は恋愛とか興味ないのか?

占い師はそれっぽい動きで水晶に手をかざし、それっぽい表情を浮かべてから、見えました、と言った。そのまま栞菜の未来から告げる。


「あなたの未来に、流れるものと箱のような物を感じました。それは水であり、あなたの想いであり、あなたの血。つまり、これからあなたにはよくないことが起きるかもしれません」


おいおい、高校生の占いでそんな未来言うなよ・・・。

栞菜のほうを横目で見ると真剣に聞いていた。

占い師はそのまま続ける。


「でも、心配はありません。水は流れていきますし、その水はあなたの血を流してくれます。想いは激流となって果てまで辿り着くでしょう。ただ・・・、箱がなんなのかは読めませんでした。箱は閉ざされたものを暗示するのですが・・・すみません」


占い師が言い終わると同時に栞菜は息を吐いて、ありがとうと伝えた。何をどう納得したのだろう。表情から何も感じることはできなかった。

続いて俺の番だった。


「あなたの未来には、真っ白な鳥が見えました。その鳥は翼をはためかせあなたのもとに向かっています。鳥は自由を表します。あなたが向かう未来には自由があるのでしょう」


なんか、俺のだけざっくりしすぎじゃないか?

真っ白な鳥・・・。どこかで見た記憶がある・・・。

どこだっただろう・・・。


『陸斗、魔導師がこの世界に入ってきた。気をつけろ』


突然のリロウスの声に思わず変な声が出てしまう。占い師も栞菜も怪訝な表情で俺を見ていた。でも確かに俺には聞こえた。


魔導師がこの世界に入ってきた、と。

どうやら枝紡も気づいていたらしい。俺は情報を聞こうと思ったが今、この場では集中できない。栞菜を連れて出ようとしたがなぜか栞菜が止める。


「ちなみになんですけど、恋愛運ってどうですか?」


「えっ?」『えっ!?』


栞菜よ、俺は今それどころじゃないんだ・・・。長年の幼馴染として気づいてくれ。そう願うのみ。


「それは、あなたの恋愛運ですか?それともあなたたち2人の恋愛運ですか?」

「うーん、あたしたちのかな」


栞菜よ・・・、なぜそれを聞く・・・。お前は何を期待している・・・。

占い師がふふっと微笑んだのが見えた。


「お似合いですよ。お付き合いすれば、の話ですがね」


栞菜は聞き終わると足早に教室から出て行った。すれ違いざまの顔はよく見えなかった。占い師に会釈をした後、俺もそのあとを追おうとする。


「あの」


占い師が俺を呼び止めた。走り出そうとしていた手前、急に止まることになる。


「なんだよ?」

「いえ。・・・あなたの未来に幸多きことを願っています」


それだけ言うと占い師は首を傾げて手を振った。

俺も合わせて応じ、栞菜を追う。




「・・・どうしてあの方の未来には暗闇の洞穴が見えたのでしょうか・・・」


*****


俺が栞菜に追いついたのは食堂近く。


栞菜は誰かとぶつかり尻餅をついていた。

ぶつかった相手を見て俺は驚いた。

その子は、以前枝紡とラ・ポート藤咲に行ったときにぶつかった小さな女の子だった。体格差を考えると、少女が倒れていてもおかしくないが少女は凛然と栞菜を見下ろしていた。


「あ、君はあのときの・・・」

「いたたた。もう、なに?ていうか、知り合い?」

お尻をさすりながら栞菜が立ち上がる。


「知り合いとまではいかないけど、前あったときは俺とぶつかったんだ」


少女は俺と栞菜を見上げる。栞菜を見たあと、俺を見た。黒目の大きな瞳だった。


「何も言わないわね。どこか怪我しちゃったのかな?大丈夫?」


少女はこくりと頷いた。よくみると前回と着ていた洋服が同じことに気づく。


「また、迷子になったのか?近くに風紀委員会がいると思うから一緒に来るか?」


今度は、左右に首を振る。


「ふふっ、リク、嫌われてるね。あなた、お名前はなんていうの?」


俺も名前は気になった。2度もこの少女とは出会った。1度目は偶然だったとしても今回は何か不思議な縁すら感じる。


すこし考えたあと、少女が口を開いた。「・・・ありこ」


「ありこ・・・ちゃん?か、か、か・・・」


あ、やばい、いつものやつだ。


「かわいいいいいいいいっ!!!!!」


栞菜は初対面の幼女を人目も気にせず、思い切り抱きしめた。

ものすごい深呼吸をしてにおいを嗅いでいる様に見えるのだが・・・。


「ママとはぐれちゃったんだね。今、お姉ちゃんが探してあげるからね!」

「・・・いらない。ありこ、ひとりできたの。だからいいの」


ありこと名乗った少女が栞菜から離れるとすたすたと人ごみの中に消えていった。

追いかける間もなく。


「ありゃ、行っちゃった。大丈夫かなぁ」

「お前、嫌われたんじゃね」


思いっきり、足を踏まれました。栞菜よ、実はその痛み枝紡も感じるんだよ・・・。


その瞬間、風が吹いた。

突風だった。一瞬だけ、来客も含めて全員がどよめいたがすぐに風は収まりまた、賑わいを見せる。


俺も確かに感じ取った。魔導師の力の気配。

すかさず、リロウスに聞く。『今のは・・・、ここに来た魔導師の気配か?』


『いや、私とふたばが感じたものとは違ったな。どちらかというと・・・』


「あーーーっ!!鹿とお姉ちゃんみっけーーーっ!!!」


鹿!?どこに鹿なんているんだ?リロウスの話の途中で横槍が入ってきた。

矢薙沢椎菜としおりさん、そして俺の母さんが文化祭に来ていた。


「おい、椎菜。鹿はどこにいる?」


黙って俺に指をさす小学5年生。


「あらあら、しいちゃん、陸斗くんを鹿さんだなんて。どこにも鹿要素ないじゃない」


しおりさんは、かなりおっとりとした性格でド天然である。


「陸斗くん、いつのまに鹿になっちゃったのかしら・・・」


ちなみに俺の母さんもだった。この2人が話し出すと収拾がつかなくなるので制しておいた。


「ねえねえ、お姉ちゃん。もうすぐ演劇部のお芝居始まるみたいだよ!」


時刻はすでに13時を回っている。演劇部の発表は14時からだった。

開場が30分前なので一般のお客さんはもうすでに並び始めているのだという。


「あたしたちは生徒だから席があるのよ」

「ええー、お姉ちゃんの隣で見たいよぉ」


こういうところは小学5年生だな。俺に対しては横暴だが。


「そうだ、鹿と席交換しよっと」

「俺は鹿じゃない。式瀬陸斗だ」

「し・・・。しかせ、しかと」


・・・このガキめ・・・っ。可愛げがないぞ・・・。


メラメラと炎禍ではない炎が燃えそうなとき、栞菜が右手で頭を押さえだす。


「あ・・・ちょっとごめん。お母さんたち先に行っててくれる?あたし、すこし休んでから行くよ」


やがて足元もおぼつかなくなる栞菜。俺は両肩を横から抱くようにして支えてやる。

「おい、やっぱ疲れてるんじゃないか。保健室、行くか?」


栞菜は、そうするわ、と言う。

3人は栞菜に駆け寄ろうとするが、本人に制止された。「ちょっと眠たいだけだから心配ご無用!30分だけ横になってくるだけだから!皆は先にいってて!」


俺は栞菜を保健室へと連れて行く。熱はないがひどく頭を痛そうに抱えていた。

息を荒くしながら栞菜は、


「あたしのことはいいから、あんたはまるちゃんのとこ行きなさい」


なぜ今急にその名前が出るのかは分からなかった。だが、栞菜はそれを繰り返すばかり。「あの子、多分、あんたが誘わないと舞台見ないと思うよ」


「どうして?この前、しっかり説得したぞ」

「意外と頑固なのよ、まるちゃんは。それに恥ずかしがり屋さんだしね。あんたみたいなのが手を取って連れてってあげないとあの子は、自分が生み出した世界を見届けられない」


俺は栞菜が俺の手を取り、校内を巡ったときのことを思い出した。

それが鳴海には必要なのだという。


「でも、お前は・・・」

「女の子はこういう頭痛がたまにあるの!アレといっしょ!だからすこし休めば何とかなるの!分かったらさっさと行きなさい!」


アレ、を持ち出されると男としては何もいえなくなる・・・。

しぶしぶ俺は保健室を出ることに。「なにかあったら電話しろ。良くなったら体育館来いよな」


栞菜は気だるそうに手を振ってベッドのカーテンを閉めた。


俺が鳴海を探そうと場所を考えていると、ちょうど目の前を風紀委員の女子が通った。どうやら1年生のようだ。鳴海の行き先を聞いていないか尋ねることに。


「ああー、なるみっきーなら裁縫部室に行くですって言っていたような・・・。ちょっと休憩しに行くって言ってましたよ」


なるみっきーって呼ばれてんのか、あいつ。

俺はその子に例を言うとすぐさま階段を駆け上がり裁縫部の部室へ。


そこにはひとり、本を読む女の子。


そよ風がカーテンを揺らしている。


「おい、鳴海!!」


鳴海はビクッと体を震わせ、本で顔を隠した。それは本ではなく、脚本だった。


「な、なんです・・・?」

「いくぞ。その本の舞台を観に」


鳴海は脚本で顔を隠したまま首を振っている。「やっぱり、いやです・・・」


俺は一歩一歩鳴海に近づく。やはり恥ずかしいのかもしれない。けど、演劇部も観客も俺も、栞菜も誰も、鳴海の脚本の話を見て羞恥心を味わうわけない。鳴海が描いた物語はきっと面白いに決まっている。俺には根拠こそないが自信があった。


「わ、わたし、ここでこの本読みながら舞台を想像するです。それでいいです。だから先輩は行って下さいです」


「あほか、お前は」


こつんと痛くない程度に。


「お前から生まれた世界とそこに生きる人たちの全てを見届けてやれよ。それが脚本家としてのお前の最後の仕事だと思うぞ。まあ、俺はあんまりその辺は詳しくないけどさ。作品を生んだ責任はお前にあるんだ。その責任を全うする義務も」


「そんなの、聞いてないです・・・」

「聞いてなくてもあるんだよ。でもな、もしお前がその責任を重たく感じてるんなら俺も背負ってやる」


それは、枝紡と交わした約束のように。


「もしな、お前の脚本だって気づいてお前のこと馬鹿にするやつがいたら俺が炎のパンチで殴ってやるよ」


何気に恥ずかしい台詞。多分、今俺が感じているのは羞恥心は鳴海が感じている恥ずかしさに似ていると思う。


「お前の、夢への第1歩があと30分足らずで踏み込まれるんだ。お前自身が踏み込めなくてどうする。俺も、栞菜もいる。うらやましいぜ、お前にしか味わえないことなんだから」


まだ、鳴海は顔を隠している。さっきと違うのは鼻をすすりだした音が聞こえたことだった。


「一緒に行こうぜ。鳴海」


鳴海はしばらく黙ったまま、動かなかった。外のざわめきが減っていく。多分ほとんどの来客が体育館に向かっているせいだろう。だんだんと静かになっていく部室にときおり鼻をすする音。

その音ばかり響くものだからついに俺は吹き出してしまった。


「ぷぷ、はははははっ」


「わ、笑わないでくださいです!!」

「わるい・・・。なんかおかしくて。ははは」


「もう、先輩!」


ようやく顔を上げた鳴海。


彼女の表情は泣いていたせいでぐしゃぐしゃだったが次第に晴れやかなものになっていく。


俺の心境とは逆に。



なあ、鳴海。


どうして・・・



どうしてお前の眼が・・・、



枝紡のときと同じ眼になってんだよ・・・・・。




またすこし、強い風が吹いた。

彼女を包むように。



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