〈episode17〉ウィザード 前編
〈クリア・セントラル〉城下の街の外れにある小さな集落。
大人子供合わせて20人程度の集落の中には集会所があって、子供たちはよくそこで遊んでいる。村にいる子供は7人だった。
子供たちが集会所の中で札遊びをしたり、紙を棒状に丸め剣に見立てたものを振り回しちゃんばらごっこなどをしていると、一人の女性が入ってきた。
「おはよう、みんな」
彼女は挨拶をするとそれぞれの表情を見渡した。みな口々におはようございますと挨拶を返してきたが一人だけ俯いている女の子を見つけた。
どうしたの?と彼女が聞くと、先ほどのちゃんばらごっこで思い切り叩かれたらしい。女の子は今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「リリイ、このくらいのことで泣いてはダメよ。女の子が泣いていいのはどんなときだったっけ?」
彼女は意地悪そうに聞いた。リリイという名の少女はこう答えた。
「おとこのこをげっとするとき」
いったい誰がそんなこと教えたのだ・・・。彼女は訂正の意味も込めてもう一度少女に教える。「ちがうちがう。先生、いつも言ってるでしょ?〈ほんとうに嬉しいときだけ〉、よ」
一方、少女を叩いてしまった少年は心配そうに様子を伺っている。
彼女はその姿を見ると、こっちにおいでと手招きして少年を近くに寄せた。
「ほら、ケイン。あなたも謝りなさい。そのあとは2人握手して仲直り」
ケインは素直に謝り、握手をした。リリイからは笑顔がこぼれた。
それをみて、彼女の表情も柔らかくなった。
彼女は子供たちを扇状に並べて、自身は扇で言うところの要部分に座る。こうするとひとりひとりの顔を見ながらお話が出来るのだ。
彼女は毎日ここにきては子供たちと遊んだり、お話をしたりして過ごしている。
今日についてもなんら変わりはなかった。
彼女が今日は何のお話をしようかと思案していたとき、リリイの手が挙がった。
普段、物静かで引っ込み思案のリリイが自ら挙手するなんて珍しかったので彼女も、そして周りの子供たちも驚く。リリイは意を決してちょっと震えた声で質問をしてきた。
「せんせい、どうしてほんとうにうれしいときにしかないちゃいけないの?」
彼女はすこし考えた後、答えた。
「それはね、かなしいときや、くるしいときに泣いちゃうと、忘れられなくなっちゃうから」
それはかつて、彼女が大切な人から教えられた言葉でもあった。
「せんせいは、かなしいとき、なかないの?」
リリイが続けざまの質問。今日のリリイは積極的だった。
ケインと仲直りできたのが嬉しかったんだろうなと思った。
「わたしは、いっぱい泣いたからね。だから、悲しいことを忘れられなくていつも悲しい気持ちになるの。だから、これからはいっぱいうれしいときに泣こうって思うの。そうしたら、うれしかった思い出のほうが増えていくでしょ」
子供たちはなるほど~といった様子で頷いていた。
彼女は小さく咳払いをしてから、また思案する。
いつも彼女が子供たちに話す物語は遠方の諸国の逸話や歴史、ときには自らが創作した伝記などだった。
どんな話でも、子供たちは喜んで聞いていた。
子供たちのわくわくした顔を見ていると、我が子のことも思い出す。
昨夜、久々に顔を見せに帰ってきた。そして、これから任務に立つと言い、体を抱き寄せた後、無事を祈った。
やがて、子供たちから「きょうのおはなしはなんですか?」と声が飛んでくる。
彼女はまた少し考えた後、こう切り出していた。
「じゃあ、今日は特別に、伝説の魔導師のお話をしてあげましょう」
自分でもなぜその話をすることにしたのか、彼女は分からなかった。
伝説、という単語に子供たちはいっそう目を輝かせる。彼女は子供たちの期待に沿う内容でないことも分かっているのに、その話をしようとしているのだ。
彼女をそうさせたのは、昨夜の我が子たちの姿と、自身の姉の姿が重なりすぎていたからだった。
彼女自身、誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。
それは、今まで誰にも話さずにいた、真実だったから。
「みんな、いい?このお話はわたしと、みんなだけの秘密よ。しーっ、よ」
彼女は子供たちにウィンクする。集会所の窓に仄かな明かりが差し込んだ。
「それじゃあ、はじまりね。・・・むかしむかし、あるところに・・・」
それは、かつて伝説と呼ばれた魔導師のお話。
とてもとても、かなしいお話。
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ー[姉妹]ー
激しい息づかい、速まる鼓動、大きくなっていく足音。
落葉が10枚になったのを数えたとき、妹はようやく私を見つけた様子だった。
「はあ、はあ・・・、お姉さまっ!!こんなところにいらしたんですか!!探しました!!何をしているんです!?招集が掛かっているのですよ!!」
途中、何度も息を切らしながら妹は言う。私はなんだか一生懸命な妹の姿がおかしかった。私が笑っていると妹はあからさまにムッとした表情を私に向ける。
「もう!なぜ、木の上にいるのですか!どこを探しても見当たらないと思ったら・・・」
「やはりお前は魔導師としてはどうしようもない妹だな。私ほどの魔導師の気配すら掴めんとは。さぞ、あの3人も今頃腹を抱えて笑っているだろう」
そう言ってあざ笑うと、妹は露骨に怒り出した。こうなるとタチが悪いのは昔からの性格だからよく知っている。だが、今の私にとって妹の怒りは余興にしか思わなかった。
「笑わないでください!降りてこないのなら、こうしますっ!!」
妹は腰に差していた細剣を抜き、木をなぎ払おうと振りかぶる。やれやれ、乱暴な妹だ。おかげで本も読めない。
細剣が木の幹に達しようとしたとき、私は右目で妹を睨みつけると、たちまち妹の体は動かなくなった。そして、視線を細剣に向けて妹の手から剣を抜き取る。
私がウィンクをすると、妹は勢いよく動き出し、何も持っていない手だけが空を切った後、どさっとその場に倒れこんだ。
「いたた・・・。お姉さま、また時を止めましたね!!」
「お前だけの時間をな。いいだろ、年取らなくなるぞ。それよりもみろ、この本!まったくの白紙だったんだがこのように勝手に物語が刻まれていくのだ。すごいだろう?勝手に本が私に意思を示しているのだ!」
強い魔力に触れられると、ごく稀に物質が意思を持つことがある。
普段から、そのようなことがあっては面倒だから私は力を極限まで抑えているがたった今、力は解放されていた。例のごとく、本が意思を示してきたのだった。
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに妹が気によじ登ってくる。
やがて私が座る太い枝まで辿り着くと、両頬を引っ張ってきた。
「いひゃいひょ、ひゃめひょ」
「もー、ゆるしませんからね!強引に連れて行きます」
私は本を閉じ、妹のおでこを指で弾いた。
妹が地面に落ちそうになったので、抱き寄せるようにして支えると小鳥のさえずりが聞こえ、穏やかな時間の中で時が止まったと感じた。
「お、おねえさま?」
「今日は、なんの会議だ?私がいちいち出向くほどの会議が最近行われていないから参加しないのだぞ」
大方の問題は、私以外のものでも解決できる事案なので余程のことがない限り円卓に向かうことはなくなっていた。退屈なのだ、あの場所は。
「今日は、緊急だそうです」
「いつもあいつらは緊急だというぞ」
「では、今日は特に緊急だそうです」
「お前らで何とかしろ」
私は目を閉じる。円卓に行っても眠たいままだろうなと思った。
「・・・もしかしたら国家間の争いになるかもしれない事案、と、メイキング様が仰っていました」
「・・・、どういうことだ」
私は目を閉じたまま、なんとなく聞いていた。
どうせいつものように大したことではないだろうと。
だが、次に妹から告げられた言葉に私は目を開かざるをえなかった。
「〈サウス〉のリーゼナード陛下の娘様が、クリア・セントラルに逃亡してきたようなのです…」
鼓動が脈を打ったと同時に私は、妹を抱きかかえ枝から飛び降りると、事も無げに着地する。
「それは気になる話じゃないか。行くぞ、ウィンディ」
ウィンディは「最初からそうしてくださいよ~」とかなんとか、いろいろと言っているようだが私の耳には入ってこなかった。
私は妹を抱きかかえたまま、円卓へと向かう。
ー[出会い]ー
円卓へ向かう途中の長い廊下。
いい加減降ろして!と言われたからウィンディを降ろし、2人で並んで歩く。
この廊下を歩くのは随分と久しぶりで、姉妹で歩いたとなると以前の記憶に見当がつかない。それなりに平和が続いてきたことを意味する。私が任務につくのは戦争が起きる一歩手前のときぐらいだからだ。
「そういえば、ウィンディ。最近、ティックとはどうなんだ?」
私は妹の最近の恋愛事情について聞いてみることに。無駄に長い廊下は話デモしながら歩かないと退屈なのだ。
「か、か、かれとは、まあ、相変わらずですよ???」
妙なうろたえっぷりを見せる妹。ついつい意地悪したくなるのは妹を愛している証拠だと自分に言い聞かせる。
「まーた、乳繰り合っているのか?最近の若いのは盛んだな」
ウィンディは否定しつつも顔を赤らめる。どうやらうまくいっているらしい。それなら安心する。妹は見る目がないと思っていたから、ティックを紹介されたときも内心不安があったがそれは杞憂だったみたいだ。
私が散々、妹との話で笑っていると小さな姿とすれ違う。
まだ幼い子供で見たところ男の子のようだった。
男の子は愛想もなく、無表情で通り過ぎていった。
「なんだ、あのガキ?見ない顔だな」
「あの子は、〈主様〉があちら側から連れてきた子だよ?知らなかったの?」
「ガキは嫌いだからな、テトラが連れてこよーがなんだろーが、ガキに興味はない」
「ちょっと、お姉さま!〈主様〉を名前で呼ぶなんて!!」
もう一度姿を追おうと子供が行った方向を見るが、その姿はもう見えなくなっていた。
*****
「よお、来てやったぞ。ありがたく思え」
円卓には3人の魔導師。新入りのリージャック、参謀のトゥクイーン、そして一応、私たちを纏める長として、メイキング。
私を見るなり、声を掛けてきたのはリージャックだった。
「ウィザード様!きてくれたのですね!!妹の頼みは断れないんですね!」
「・・・一言多いぞ、新入り」
私が睨みつけるとリージャックはぺこぺこと謝罪していた。
「珍しいこともあるのね、ウィズ」
「ああ、自分でもここにいるのが不思議だよ、トゥちゃん」
「ウィード、今日はお前の腕に足る仕事があるぞ」
「ああ、そうかい、それはよかった。欠伸が止まらないから話を進めてくれ、メイ」
ひとしきり挨拶を終えると、メイキングが詳細の説明に入った。
「案件は2件。まず1件目。ウィンディから説明があったと思うが、〈ノウス〉から逃亡してきた娘子がいてな。話を聞くと、〈サウス〉の国王の娘らしい。その子を〈サウス〉に送り届ける任務だ」
「随分とあっさりした説明だな。〈サウス〉と〈ノウス〉の間で何があった?」
私の質問に答えたのはトゥクイーンだった。
リージャックは必死にメモをしている。
「今まで争いの絶えなかった〈ノウス〉と協定を結ぶために、〈サウス〉の国王自身の娘子を嫁に出したのよ。よくある政略結婚というものね。しかし、娘子は逃げ出してきてしまい、〈ノウス〉側は話が違うと怒っているわけ。馬鹿にされたと思っているんでしょうね。〈サウス〉側は、娘に何かあったら許さないとこっちもカンカンよ。自分の娘を差し出しておいてよく言うわよね」
つまり、双方の意見が悪いほうに結びついたということだった。
けんかするほど仲がいいとはよく聞くが、こんなことでいちいち争いを起こされていては私たちも頭を抱える。ちなみにその娘はどこにいるのかメイキングに尋ねると城の地下牢に匿っているという。私はリージャックに連れてくるよう指示を出した。
「連れてきて、どうするつもりよ?」
怪訝な表情を浮かべながら聞いてくるトゥクイーン。
「どうもしない。ただ、国家を殺し合いに導こうとしている娘がどんな子か見てみたいだけだ」
私は、リージャックが連れてくる間にもう1件の案件について聞くことに。
「〈ノウス〉側の情勢安定だ。送り届ける間に戦争が起きてはどうしようもないからな。これについてはワシとリージャックが向かう。・・・新人研修も兼ねてな」
正直なところ、今回も私が出る幕はなさそうだと思った。
こういった国家間の話はよくあることで、今に始まったことでもない。
それに飽き飽きしていたから私は会議に出ることをやめていたのだが、どうやら今日も空振りのようだ。
人目、問題を招いた張本人を見たら出て行こうと思っていた。
しかし、そのまもなくリージャックが連れてきた娘をみて、私はもう少しこの場に止まることを決めた。
結婚というからウィンディくらいの娘子かと想像していたが、その子はまだ10歳にも満たない少女だった。
*****
名前、正確な年齢、どうやって逃げてきたのか、全ての質問に少女は答えてくれなかった。無論私はガキだと知った途端、驚きはしたものの好き好んで話しかけたいと思うわけもなく、少女に話かけていたのはウィンディだった。
「こっちが、わたしのお姉さまでウィザード、今あなたを連れてきてくれたのがリージャックくん、こちらの綺麗な方がトゥクイーン様で、向こうの大きな体をした方が私たちを纏めるリーダーのメイキング様よ。で、あなたは?」
少女はうんともすんとも言わない。ひたすら俯き続けるだけだった。
「で、この何も言わないガキを誰が運ぶんだ?」
「お前だ、ウィード」
「・・・。よかったな、新入り、ご指名だぞ」
「えっ!ほんとっすか!?気合はいりますね!!」
「ばかもん!!お前はワシと〈ノウス〉行きじゃ!」
「き、気合いれないとっすね・・・」
そんな気の抜けたやり取りをしているうちに、ウィンディが椅子に腰掛ける。顔色も悪く、汗をかいていた。本人はちょっと暑いだけだから気にしないでというが。
ガキはついに座り込んでしまう。このままじゃ埒が明かない。
「じゃあ、トゥちゃんが連れて行けよ。私が城に残るから」
自分でも最善の策だろうと思った。面倒はウィンディが見るだろうし、私は面倒なことに巻き込まれない。しかし、トゥクイーンからはいい返事など聞けなかった。
「私は〈主様〉よりあの少年のお守りを仕っている。申し訳ないがここからは離れられない」
自分が城に残っても、残らなくてもお守りが確定しかけていたときだった。
「なら、わたしが行きますよ」
手を挙げていたのはウィンディ。しん、と円卓が静かになった。(騒いでいたのはリージャックとメイキングだったが)
「連れて行くだけですもんね。お2人が〈ノウス〉を落ち着かせておいてくだされば安心ですし、お姉さまはどうも子供が嫌いなようなので一緒にするのはかえって危険かもしれませんし」
一瞬、ムッとしたがまあ確かに、と納得する。が、先ほどに比べてウィンディの顔色が青ざめているように見えた。
「んむ。しかし、危険な任務であることに変わりはないが・・・」
「大丈夫ですよ。わたしは、お姉さまの妹ですもの」
「ウィズ、妹がこういっているが、いいのか?」
大切な妹が危険な目にあおうとしている。いいわけないだろうと、言おうとしたときだった。
ウィンディが椅子から床に崩れ落ちたのだった。
*****
「ん・・・」
「目が覚めたか・・・?」
ウィンディは苦しそうにうめき声を上げている。
私は妹が寝ている間に体を検査して今、妹を苦しめている原因が分かっていた。だが、ウィンディ自身がそれを知っていたのか分からなかった。
私はティックも呼び出しておいた。
間もなく、ティックはやってくるとウィンディの手を握った。
「ウィズ、これはいったい・・・?」
「…妊娠している。お前、知っていたか?」
ティックは首を横に振った。その表情は複雑だった。
「本人は、知っているのか?」
「まだ、知らないと思う。どうして倒れるようなことに・・・」
「初期症状、らしい。私も詳しく知らないが自分の体に命が宿るんだからな。体調の変化があってもおかしくないだろう」
かつて人間には妊娠の初期症状として「つわり」という現象があったと聞いたことがあるが、食事を必要としない我々には嘔吐するものがない。なので壮絶な倦怠感がウィンディを苦しめているのだろうと思った。
「今はとにかく安静にしていることだ。傍に居てやれ」
「ああ。すまない、ウィズ。迷惑かけた」
「気にするな、迷惑のうちにも入らない。大切な妹が大切にしている男だ。それは私にとっても大切なものなんだ」
そう言って、私は部屋から出た。
大きな溜息をつく。厄介ごとは立て続けに起こるものなのだ。そのひとつひとつに立ち向かわなくてはならないことを私は知っている。
紛い物の月が私を見ていた。
お前が今の私を写したらどう見えるのだろう?
私は今、ウィンディに来るはずの幸せを喜べているか?
笑えているか?
厄介ごとは立て続けに起こるもの。
ウィンディとティックの間に出来た子供は、「双子」だった。
ー[出発]ー
私は地下牢へと向かう。
少女は隅のほうで膝を抱えてじっとしていた。
相も変わらず、私の問いかけには一切口を開こうとしない。
生憎、私は地下牢の鍵を持っていなかった。
仕方がないので、叩き切ることにした。
「おい、出ろ。円卓に向かう」
自分の意思では動こうともしないので無理やり連れ出した。
円卓に到着すると例の3人が居た。当然だがウィンディの姿はない。
3人とも、私が言おうとしていることを分かったような顔をしていた。
厄介ごとを生み出しているのはこいつらかもしれないと思いつつ、
私は少女を連れて〈サウス〉へ向かうことを告げた。
出発前、父と母が眠る墓前に手を合わせる。
私はいい、2人でウィンディを守ってあげてくれ、と。
私にとって大したことのない任務ではあったが、今日の風は静か過ぎた。それが何を意味するのか、知る由もなかった。
城の門の前で、国外出張組みをトゥクイーンが例の少年を連れながら見送ってくれた。ガキのくせにトゥちゃんの手、握りやがって。
「では、頼むぞ、みんな」
「はいっ!!」元気よく、リージャックが言った。
「すぐ帰ってくるぞっ!」
こちらもなぜか元気よくメイキングが言った。案外、いいコンビなのかもしれない。
「トゥちゃん、ウィンディのことちゃんと見ておいてくれ。私もすぐ帰るから」
「ええ。といっても本人、もう来ちゃってるみたいだから」
えっ?と思い、トゥクイーンの背後を見ると、ふらふらな足取りでティックに支えられながらこちらに向かってくるウィンディの姿が。
「お姉さま!!」
「なんだ?もう起きたのか、妊婦」
リージャックとメイキングが驚いた様子で声を上げた。
「本当に、いいのですか?」
「何が?これは任務だ。ガキは嫌いだが別に取って食ったりなんかしない。そもそも腹減らないしな」
私だけ、はっはっはと笑っていた。気を取り直すことにして、
「お前は、何も心配せず安静にしておけ。魔導師が双子を孕むなんて聞いたことがない。元が人間だからありえる話かもしれないが、何が起きるか分からない。何かあったらトゥちゃんに言うんだぞ」
「・・・うん。えっと、その、ね・・・」
「乳繰り合ってたらそりゃできるさ、別に文句はいわん」
ウィンディは顔を赤くして、そうじゃないです!と言う。
「無事に、帰ってきてください、お姉さま」
私はこくり、と頷いた。「ティック、お前にも預けたからな」
彼もまたはい!と元気よく返事をした。私は苦笑しながら背を向ける。
「ウィザード」
不意に名前を呼ばれる。声の主は無愛想な少年だった。
「なんだ、呼び捨てか、クソガキ」
私の睨みに対し、少年はまるで動じなかった。
そして一言。
「いってらっしゃい」
私は、鼻で笑い飛ばし再び背を向けた。
テトラが連れてきたクソガキ。確か名前は、「フューリ」と言ったか・・・。
後方からウィンディの声が何度か聞こえたが私はもう一度も振り返らなかった。
しばらく4人で歩を進めていたが、〈ノウス〉へ向かう道と〈サウス〉へ向かう道は当然ながら真反対なので途中でリージャックとメイキングとは別れる。
「それじゃあ、またここで」
「ああ。そっちは任せたぞ、メイ、新入り」
「もー、いつになったらリージャックって呼んでくれるんすか!」
「無事に研修が終わったら、だな」
お互いに笑いあい、それぞれの道へ歩いていく。
このとき、一度だけ振り返ったが、2人は楽しそうに話しながら歩いていったのが見えた。
「よし、私たちもいくぞ。まずは森に入るしばらく険しい道だ。遅れずについてこい」
そう言って私が歩き出すと何やらついてくる気配がない。案の定、少女はその場にいたままだった。「何してる?急ぐぞ」
少女は黙っていた。が、どういうわけか右手を差し出してくる。
「なんだ、これは?」
私が思案していると、少女はさらに手を突き出してくる。
まさかとは思うが・・・。
「手を、繋げってことか?」
少女は頷いた。私は項垂れた。
なぜ、こういう意思表示はできて言葉は話さない・・・。
というかなぜ手を繋がなくてはならない・・・。
「お前な、手を繋がなくちゃ歩けないわけじゃないだろ。そんな甘えっこで一国の皇女が務まるんならこの先の世界は暗闇だな。自分の力と意思で歩け。ついてこないなら置いていく。〈ノウス〉の追っ手に捕まっても知らないからな」
そこまで言うと、私はすたすたと歩き出した。
ガキと手を繋いで歩くなんて意味が分からなかった。
私は歩く。
ただ、時折、後ろからついてきているのを確認しながら。




