第17話〈嵐禍ノ章〉「夢見る彼女の手を引いて」
文化祭開催が決定したその日の夜。
文化祭当日まで日数は少ないので各学年、各部活動が急ピッチで作業を進めなければならなくなり、学校は文化祭までの4日間を常時開放することになった。(宿直の先生や警備員も配備することに)
当然、俺と栞菜しかいない裁縫部も残りの衣装を仕立て上げなければならないが残念なことに裁縫ができるのは栞菜しかいないので俺は無論、戦力外通告。材料の買出しもあるのでそれは俺が引き受けて今日のところはひとまず解散し、明日から栞菜は泊り込むという。そんな時、枝紡が俺にアイデアを出してきた。
家で〈炎禍〉となり、枝紡に体の優先権を与え衣装を仕立てるというもの。
果たしてこの力をそんなことに使ってしまっていいのかという葛藤もあるのだが今のペースのままだと栞菜とはいえ到底本番までに仕立て上げるのは不可能だろう。
俺は枝紡のアイデアに賛成した。
材料の買出しを終えて、帰宅。母さんと晩御飯を食べながら文化祭の開催が正式決定したことを伝えると両手を挙げて喜び、何か手伝おうか?と言ってくれた。
母さんは裁縫も上手いし、俺は猫の手も借りたい状態だったのでここは素直に甘えることにする。
母さんは俺から衣装の型と、材料、モデルの資料を受け取ると自分の部屋に閉じこもった。と、思ったら扉が開き、
「ぜっったいに、覗いちゃダメよ♪」
そう言って、再び勢いよく扉を閉めた。鍵が掛かる音が聞こえた。
扉が閉まる前の母さんの笑顔は、笑っていないように見えたのは多分気のせいだろう・・・。
俺も部屋に戻り作業を開始しようとする。
あの日以来の〈炎禍〉。
内心、変化できるのか不安もあったが事も無くそれはできた。
鏡に映る自分の姿。轟々と燃える羽、赤い瞳、枝紡ふたばの顔。
しかし、意識は俺のままだった。つまり、このままでは裁縫ができないのだ。
「おい、枝紡、お前が俺の体使わないと意味無いぞ」
『分かってるんだけど、やり方がわかんないんだよね』
「でも、イルヴァナと戦ったときはお前が意識を乗っ取ったときもあっただろ」
俺は最初、枝紡の潜在意識が暴走して俺の体を乗っ取っていたことを思い出す。あのとき締め付けられた首が疼いた。暴走だったとはいえ、逆に言えば枝紡が俺の体を使うことが出来るはずなのだ。というより、リロウスが言っていたことを解釈してみれば本来の戦い方は〈俺の体を魔導師の力が使う〉、が正しいはず。
俺はリロウスに聞いてみることに。
「どうすればいいんだ?」
『今、君が言ったように本来、魔導師は傀儡を使いそれに己を宿して戦う。そうすることで100%に近い能力を遺憾なく発揮することが出来る。だが、君は傀儡ではない、〈器〉だ。魂が宿っているんだ。ここが肝でな。〈器〉は魔導師の力を使うことも使わせることも出来る。いわば、交互通行というわけだ。傀儡は一方通行。私とふたばは体を失ったので君の体を間借りしているが、実際は君の体を行き来することも可能なんだ』
「すまん、リロウス。今聞きたいのはそういうことじゃなくてだな・・・」
『ん?それも含めて説明しようと思っているのだが。いい機会だ。修行をする』
いきなり今までの話の流れをぶったぎるリロウス。意外と天然なのかもしれない。
「いや、だから、俺たち今から衣装作んないといけないんだって!」
『君は自分が何者なのか忘れたのか?』
リロウスの口調が変化したのがわかる。今の今まで文化祭のことを話していたのに急にまじめな話になってきた。
が、それもそうだ。忘れていたわけじゃないが次、いつ新たな敵が来るのかリロウスが気配を察知しない限り見当がつかないのだ。
「忘れちゃいないけどさ・・・」
『なら聞け。君がイルヴァナに勝てたのは偶然だ。さまざまな偶然が重なっただけだ。私との戦闘によるダメージ、ふたばの力の暴走、イルヴァナの自爆、他まだまだある。決して君は実力で勝てたわけじゃない。イルヴァナは我々の仲間内でも最弱だ。元々、住んでいた環境も違うしな』
あれで最弱だったのか・・・。
俺は沈んでいく気持ちのなかリロウスの話を聞き続ける。
『今後、現れる魔導師はイルヴァナの比じゃない。その強さがあるから向こうの世界を統治できている。君はそんなやつらと戦わなければならないんだ。もう偶然は起きない。君が強くならない限り、この世界に未来は無い。アーフェンの力を感じない今、君だけがこの世界の希望であり、私の希望だ』
相変わらず、ぶっとんだ世界の話をされるが、今はもうあまり違和感を感じない。
人間は慣れる生き物というが、こんなことすらも当てはまるのか。
不安もよぎる。もし、俺が負けたらどうなってしまうのだろうかと。
もし、俺があの時イルヴァナに敗北していたら、今、この世界はどうなっていたんだろう。
俺の不安を感じたのか、枝紡が会話に加わる。
『じゃあさ、リロ、今からやる修行って言うのはどういう効果があるわけ?』
さっき、リロウスは言っていた。〈器〉と傀儡の戦い方の違いを。
『簡単に言えば、ふたばが持つ魔導師の力を最大限に使えるということだ。さらに言えば、君たち2人の精神が重なったとき、初めて〈炎禍〉は真の姿になれる』
もう一度鏡を見る、これはまだ本当の姿ではないらしい。
でも、精神が一致する感覚は知っていた。大気圏での戦いを思い出した。
「それならはやく、お前が言うところの修行をやろうぜ」
『さっさと、修行しちゃおうよ。強くなれるんでしょ!!』
俺と枝紡は同時に言っていた。なぜか枝紡が楽しそうなんだが・・・。
こう考えても見た。修行する→強くなるし、枝紡に体の優先権も与えられる→裁縫が出来る=一石二鳥。
文化祭まであと4日。
裁縫をする前に修業をすることになった俺たち。
間に合うのかどうか、今はまださっぱり分からない。
*****
「よし、出来たぞ。これでいいんだな?」
俺はリロウスに言われたとおり、部屋にあった漫画数冊を床にコの字に積みあげ、開いている空間に蝋燭をおいた。リロウスが言うには俺の大事な物ほど集中力が高まり鍛錬になるらしい。
「で、この後は?」
『離れた位置からその蝋燭に火を灯せ』
「は?」
『手を使わず、念じろ。今、君が持つ力は〈炎の禍〉だ。唯一の武器だ。それを自分でコントロールできずに戦うなど、自殺行為であろう?いつでも全力を引き出せるようになるには最小の力をコントロールできなくてはならない』
言おうとしていることは分かるが、全力を解放するほうが簡単では?と疑問も生まれる。それに対し、リロウスは『全力をだせばまた暴走しかねん。君の精神が破壊されれば私たち2人も消失するんだぞ。しかも、この部屋で全力を出してみろ。この地域一体が火の海だ』
そう答えた。世界を守る前に地域の皆様にご迷惑をおかけしていては説得力も無いよな、確かに。
「最小をコントロール、か」
『リロ、私は何したらいいのかな』
『ふたばは陸斗の意識に重なるイメージをする。陸斗が力を使うのではなく、君が力を使うんだ。分かるか?』
『うん、なんとなく』「最小、を、コントロール・・・」
『そうすることが出来れば自ずと君が陸斗の体を使ったりすることも可能になるはず。大切なのは、陸斗を想う気持ちだな』
『えっ!!』「さいじょっ!!!」
ボワッ!!!と小爆発が起きたかと思うと、目の前にあったはずの漫画と蝋燭は煤と化していた。用意していたバケツの水を部屋中にぶちまけることにもなった。
「お、おれの漫画がああああああああっ!!!!!」
『ちょっ、リロ!!変なこと言わないでよ!!』
『変なこと?何のことだ?』「お、おれの、漫画・・・。こつこつ買い集めた漫画があああ・・・」
『り、リロがいきなり『陸斗を想う気持ち』とか言うからさ!一瞬、力が入っちゃったじゃん!』「漫画ぁぁぁ・・・」
『そうだ、その感覚を養っていくぞ。コツはつかめただろ?』
『まだよく分からないけど・・・。力の込め方はなんとなくね。とりあえずもう一回やってみるよ。ほら、式瀬くん!漫画漫画言ってないで早く漫画積んで!』
「せめて新聞紙でもいいだろおおおお!!!!!」
ちなみにこのあと、俺の本棚から漫画が消えた。
部屋の中は言うまでも無く、水浸しになった。
*****
眠れぬ夜が明けた。
「じゃじゃーーん!!!どう、陸斗君!!母さんがんばっちゃった!!!」
母さんは見事に衣装を2着、完成させていた。クオリティも申し分なく、母の際限ない才能に脱帽する。同時に、自分にはその才能が遺伝していないことを嘆きたくなった。
「ありがとう、母さん!これ、徹夜?」
「ううん、2時間!褒めてもいいのよ?ほめて、ほめて!」
・・・・・。
2時間・・・。
俺の漫画が燃え尽きると同時に母さんは衣装を完成させていたのか・・・。
・・・・・俺は母さんの胸の中でやけくそで感謝を伝えながら泣いた。
母さんは褒められたと思ったのか、心の底から喜んでいた。
*****
ふらふらとした足取りで学校へと向かう途中前方を歩く生徒の中に、小柄でちょっと猫背な後ろ姿を発見する。鳴海だった。追いつき隣で歩くと、彼女は本を読みながら歩いていた。
「おはよう、鳴海」
「・・・・・」
「鳴海、おはよう」肩も叩いてみた。
「・・・・・」
まったくの無反応。もしや昨日のことで俺を無視することに決めたのか・・・?
そうだとしたら寂しいような、悲しいような、空しい様な・・・。
昨日、俺と鳴海は風紀委員会の会長吉秀結美にこう言われた。
「あなたたち、付き合っているの?」
なぜ、そう思ったのか聞いてみると、俺と鳴海が一緒にあの本屋さんに向かったのを見たっ!!という垂れ込みがあったらしい。噂が噂を作り、二人は付き合っていることになっている。と、吉秀は言った。
そのときの鳴海はあわあわと眼をぐるぐるとまわし、一目散に飛び出していった。
肯定を意味する行為だったので、俺のほうから付き合ってないよと言っておいた。
「鳴海、おーい」
「・・・・・くちゅんっ」
鳴海が突然くしゃみをした。ようやく目が合った。
「あああ、せんぱい!!おおお、おはようございますですっ」
どうやら今まで本に集中しすぎて俺に気がついていなかったらしく彼女の慌てっぷりは周りの生徒も苦笑するほど。
「今日は何読んでんだ?」
俺は昨日のことなど何も無かったように聞いてみた。
「きょきょ今日は、これです!」
やはり分厚かったその本のタイトルは〈風の声〉。
鳴海は、冒険伝記物が好きらしい。
「いっつも本読んでるんだな。小説ばっかりか?」
再び、歩きながら話す。
「いえ、なんでも読むです。お料理の本とか、お掃除の本とか、たまに六法全書とか」
すごいな、鳴海。俺なんて漫画しか読まないんだぜ。
しかも、その漫画、全部焼き払われたんだぜ・・・。
悲しいことに、自分で焼いちゃったんだぜ・・・。
「先輩、どうしたです?顔色悪いですよ?どうして涙ぐんでるです?」
「いや、気にすんな。花粉だろう」
もう花粉のピークは過ぎていた。
「鳴海、料理うまいもんな」
「そうですか?ありがとうございます!弟たちが4人もいるから家事とかの知識も持っていないとって思いまして」
その言葉を聞き、俺はピンときた。
「鳴海!お前、裁縫は出来るか??」
思わず両肩を掴んでいた。周りの視線が刺さる。付き合っている説が真実味を帯びてしまうのは間違いないだろう。だが、今はそれどころじゃなかった。
「で、できるですよ・・・?弟たちのお洋服、直したりしないといけないですから」
俺は心の中でガッツポーズを決めた。今までぐっすり眠りこけていた枝紡が起き出す。というか、俺の漫画燃やし尽くしておきながらよく眠れたなこいつら!!
『式瀬くん、おは・・・、えっ!!何この超展開!!キスしちゃうの!?』
「するわけねえだろっ!!」
突然、脈略も無い事を言う俺に対し驚く鳴海。「先輩、やっぱりちょっと変です・・・」
「すまん、これも気にすんな。花粉症だ。そんなことより!!なあ、頼みがあるんだけど・・・」
「なんです?」
俺の頼みごとは、決まっていた。
*****
「というわけで、強力な助っ人を連れてきた」
放課後、裁縫部室。
俺は鳴海を助っ人に呼んだ。
栞菜と鳴海はお互いたまにすれ違う程度だったらしく、実質初対面だった。
「私は部長の矢薙沢栞菜です。いきなりごめんね?リクも謝りなよ?」
「い、いえ。えっと、わたしは1年1組の鳴海・・・です。こちらこそいきなりおじゃましてすみませんです・・・」
「鳴海・・・さん?下の名前は?」
栞菜はそこに食いついてしまった。なんだかんだで俺は名前を聞いたが本人の口から直接は聞いていない。ただ、俺が思うのは、別に変な名前じゃないのにってことだ。
鳴海は俺のほうを向いてくる。俺はがんばれの意味を込めて頷くと鳴海は口を結んで頷いた。
「な、鳴海、まる、です」
「まる?・・・まる!?本名だよね?どういう字を書くの!?」
「えっと、こうです・・・」
鳴海は顔を真っ赤にしながらホワイトボードに「磨瑠」と書いた。
「か、か、か・・・」
栞菜が鳴海に寄っていく。ぷるぷると震えているが、その瞬間までなぜ震えていたのか分からなかった。
そう、次の瞬間、栞菜は鳴海に思い切り抱きついた。
「かわいいっ!!漢字もきれい!!いい名前だよ!!本当にっ!!」
栞菜は小動物を愛でるように鳴海に抱きついたり頭を撫でたりしていた。鳴海の身長が小さいので細身で標準身長の栞菜の体系でもすっぽりとおさまる。
「ね、まるちゃんって呼んでもいいかな!?」
「え、あ、はい、かか構わないですっ」
鳴海はやはり目を回していた。栞菜の勢いに押されたらしい。
栞菜のとびっきりの元気を、久しぶりに見れた気がする。
俺も枝紡も、小さく笑った。
鳴海を連れてきてよかった。
*****
裁縫部室での俺の役割。
お茶だし、掃除、演劇部員の呼び出し。
鳴海と栞菜の作業ペースは常軌を逸していた。
見る見るうちに出来上がっていく衣装たち。俺がだしたお茶には一切手をつけない集中力。この集中力があれば俺の漫画は・・・。
演劇部は体育館で稽古をしているので、いちいち呼びに向かわなくてはならない。まあ、どうせ体力仕事は男の仕事だろうし、そもそも部室にいても出来ることは無いので俺は何度か体育館と部室を往復した。
演劇部の部員は20名。栞菜がその全員に衣装を作るわ!!といったとき、
俺と枝紡が気を失いかけたのは記憶に新しい。
一度は絶望的だった作業も快調に進む。枝紡が完成させていたドレス、俺の母さんが2時間で仕上げた2着、栞菜が仕上げた5着、今の1時間で鳴海が仕上げた2着。そのどれもがプロの劇団にも卸せそうな出来だった。残りは10着。時間のほうはぎりぎりかもしれない。
「そういえば、栞菜、今日から泊り込むんだろ?大丈夫か?」
「うん、吹奏楽部と一緒にいるからさ。夜通しやんないと厳しいかも」
「鳴海は、泊り込み無理だよな」
「はいです・・・。家のこともあるので・・・。すみません・・・」
栞菜がいいのよ!というと2人はまた作業に戻った。俺も修行を終えて枝紡に裁縫してもらわなければと思った。
「ようし、出来た!部長さんが着る貴族の衣装!」
さすがの栞菜でも手を焼いた一着らしく、鳴海に詳細を説明していた。
鳴海は目を輝かせて、栞菜の話を聞いていた。
「それじゃあ、部長さん呼んでくるな」
「いってらっしゃーい」と栞菜が言った。
数分後。
俺は演劇部部長の久志雪哉(3年)を連れて戻ってくる。
「おお、ここが裁縫部部室。いいところではないかッ・・・。すまない・・・」
役が日常生活に影響を及ぼしていると久志先輩は言っていた。
さすがは演劇部、発声も滑舌も素晴しい。
「失礼するッ!!・・・失礼します・・・」
いったい、どんな貴族の役なんだろう・・・。逆にいえば、先輩の役作りの賜物だろう。
「あっ、きたきた!久志さん、こちらです。一回着てみてもらってもいいですか?」
「ああッ!いいだろうッ!!・・・気にしないでくれな・・・」
ふと鳴海をみると、あからさまに顔を伏せていた。いつも以上に顔が真っ赤だった。気のせいか、湯気が出ているように見えるが・・・。
「・・・おや?鳴海くん?」
久志先輩が鳴海に気づいた。知り合いらしい。
「あれ?2人、知り合いなんですか?」
「ああ。式瀬と矢薙沢くんは知らなかったか。今回、我々が披露する芝居の脚本を書いてくれたんだよ。あ、ペンネームだったから知らないのも無理ないか」
俺と栞菜はほぼ同時に鳴海を見る。
・・・いなくなっていた。
「あれ?いっちゃまずかったのかな・・・?てっきり2人には・・・」
「と、とりあえず、先輩は着替えてきてくださいなぁ~」
栞菜が目で俺に合図を送る。探して来い、という意味らしい。
部室から飛び出ると、窓から屋上の扉が開くのが一瞬だけ見えた。
風紀委員だろ!と思いつつ、俺はその場所へ向かった。
*****
鳴海はフェンスを背中にちょこんと体育座りをして顔を埋めていた。
「・・・どうしたんだ?いったい?」
鳴海は顔を埋めたまま首を横に振っているように見えた。
「はずかしかったのか?」
この質問が見当違いでないことを祈る。
「・・・です・・・」
「ん?なんだ?」
2歩、3歩と鳴海のほうへ寄っていった。
「はずかしい、です。そんなもの書いていたって思われるの、はずかしいです」
「おいおい、俺たちだって演劇部のお芝居見る予定だからいずれ鳴海が書いたって分かるし、自分が書いたものだろ?恥ずかしいって言っちゃダメだろ?」
そういいながらも俺は先日、枝紡から鳴海が脚本を書いていた事について教えてもらっていたのを思い出した。ペンネームは晴日成美。あの古本屋の名前と自分の苗字の標記を変えて組み合わせたペンネームだった。
鳴海は顔を上げる。汗と涙で眼鏡が曇っていた。
俺は鳴海の左側に座る。「ここ、いいか?」
「中学生のとき、一度だけ舞台の台本を書いたことがあって、それが地区大会まで進んだです。その作品を久志先輩が当時見ていたらしくて、この学園でわたしを見つけたとき、脚本の製作を依頼してみようと思ったらしいです。最初は断ったです。でも、久志先輩や部員さんの熱意に押されて、書いたです。すごく喜んでくれました。でも、自分が書いた台詞やシーンがいざ上演されるってなるとものすごくはずかしくなってきて・・・」
ひとことひとこと、つっかえながら話す鳴海。
脚本によって自分の内にあるものをさらけ出されているように思ったのだろう。
俺は鳴海に向けて言う。
「確かに恥ずかしいかもしれないけど、それ全部がお前から生まれたものなんだろ?それを演劇部の皆は愛してくれてるんだ。俺にはさ、そういう才能なんて無いから、裁縫も、料理も、六法全書も読める、そんでもって脚本まで書ける鳴海が本当にすげーって思う。俺はさ、そんなやつと友達になれた自分もすげーって思うんだぜ。だからさ、もうちょっと自信もってもいいんじゃないか?鳴海にしかないものなんだからさ。それともなんだ?演劇部に恥じかかせるために書いたのか?」
ほんの少し意地悪く言ってみる。
「ち、ちがうです!!そんなことないです!!一生懸命、書いたです!!」
彼女は初めての表情を俺に見せてくれた。
心地いい風が彼女の頬や髪を撫でて、眼鏡に曇りは無くなった。
「それが鳴海の本当の気持ちだろ。だったらもう、すぐに逃げたりすんなよ。お前は何も間違ったことなんてしてないんだからさ」
俺はもう一言、付け加えた。
「本番、楽しみにしてる」と。
野球部のナイターが点灯する。夏の大会に向けて文化祭準備どころじゃないらしい。
俺はこのとき、鳴海磨瑠という女の子の一面を見た。
お互い、とくに話すことも無く、時が過ぎていく。
そろそろ戻ろうかと腰を上げたとき、鳴海が言った。
「わたし、いま、夢をみつけたです」
ずっと何かを考えているとは思っていたが、まさか夢を探していたとは。
今日一日で、どのくらい彼女の表情は変わったのだろう。
俺の知らない表情をまだまだたくさん持っているかもしれない。
「なんだ?鳴海の夢って?」
彼女はもう顔を伏せない。
今のこのたった数分間の出来事でこんなにも人は輝いた目をするようになるんだ。
それは俺が守らなければならない、輝きだった。
「先輩には、秘密です」
・・・・・おい、なんでだよ・・・っ。
「よし、衣装作り、がんばるです」
鳴海は歩き出した。裁縫部室では栞菜が久志先輩と待っているだろう。
「おい、鳴海、教えてくれよ!」
鳴海は振り向く。
さっきより強い風が吹き抜けた。
風の音と共に俺は鳴海の夢を、確かに聞いた。
*****
修行2日目。
漫画を失った俺が次に積まされたものは、CDだった。
漫画ほど量は持っていないが、集めるのには苦労した。
正直、積むのは嫌だったが栞菜や鳴海のがんばりを見て俺も何かしなければと思ったし、何より枝紡が望んでいたことだった。共に生きていくと決めたから枝紡の望みを聞くのも当然だった。
『準備はいいか?』
「ああ。それじゃあ、枝紡、頼む」
『りょーかい。・・・いくよっ!』
一瞬、豪火が蝋燭を火柱で包むと、スイッチを消したように火が消えた。
俺はCDが気になって仕方が無い。こんなこと家の中で続けいては、いずれ火事になるのでは?とも思うが、まずはCDの安否確認。
「・・・・・、ある!全部無事だ!!」
『ホント!?やったーっ!!』
『蝋燭は跡形も無く消し飛んだがな』
・・・・・。
とにかく第一段階クリアを俺と枝紡は喜んだ。(ここでいう第一段階は俺の所有物が無事であることを意味する)
俺はもう一本新しい、蝋燭を立てる。
その時、リロウスの様子が変わった。
『なにか、胸騒ぎがするな・・・。これは、なんだ・・・?』
「どうした、リロウス?」
リロウスの胸騒ぎは俺にも伝わってくるほどに。枝紡の精神作用が伝わってきたことはあったがリロウスは今まで無かったはず。
『リロ、大丈夫?』
「リロウス・・・?おいっ!!リロウス!!」
胸騒ぎ、というより心臓の鼓動が強くなる。俺に思い当たる節は無い。間違いなくリロウスが何か異変を感じ取っている様子だ。
やがて、リロウスが力なく名前のような言葉を呟いた。
『・・・フューリ・・・』
初めて聞く名前だった。
「だれだ?それ・・・?」
リロウスにふっと力が戻る。鼓動はようやく落ち着いた。
『君と同じだ』
「えっ?」
『フューリは、君と同じ存在。君が人間側の〈器〉だとしたら、彼は魔導師側の〈器〉だ』
窓を風が叩く。
蝋燭に、ぽっと火が灯っていた。
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