〈episode16〉深淵
・・・・・・。
ここはどこだろう。
問いかける。
返事は無い。
空を見てみた。
何も無い。
足元を見てみた。
自分の足が見えた。でもその先には何も無い。
どこまでも、何も無い、空間に、ぼくはいた。
なぜぼくはこんなところにいるのだろう?
「無」の中でぼくはひたすら考えてみた。
けれど何も思い浮かばない、思い出せない。
きっとぼくの記憶さえ「無」なのだろう、そう思った。
おーい。
声を出していると思う。確かに僕の耳には僕の声が聞こえているし喉から声が出ていることも感じる。
何度も声を出してみた。
おーい。
だれかー。
ぼくはここにいるよー。
いつまでも返事は無かった。
そのとき、ぼくは思った。
きっとこのまま、だんだんとぼくは消えてなくなってしまうのだろう、と。
そしていつしか、この「無」のひとつになるのだと。
目を開いても、閉じても見える景色に変化は無かった。
やがて声は出なくなった。
考えることさえできなくなった。
動くことだってできたはずなのに、ぼくはもうそこから動けなくなっていた。
『どうして』
どうしてなのだろう。どうしてぼくはぼくでなくなってしまうのだろう。
まっくらな世界で、ぼくはこのまま消えていく。
それがぼくの終わりなのかな。
何も思い出せず、何もできずに。
ぼくは、叫んでいた。
声なんて出ない。だけど、何かを叫んだ。
*****
眼を開けると、声が聞こえた。
どうやら寝ていたらしい。最近は突然、寝てしまうことが多いようだ。
段々と意識が帰ってくると、声がフェード・インしているように聞こえてやがてその声がウィズのものだと理解した。
「あっ!!起きた!!フューリっ!おはよっ!」
「…ああ、おはよう、ウィズ、それにウィード」
「円卓、寝たら、だめ」
俺が起きたことが嬉しいのか、ウィズははしゃぎまわり、ウィードは書物を読んでいる。円卓の周りを走り回っていたウィズが急に動きを止め、俺に聞いてくる。
「ねえねえ、今日はあちら側のことの話し合いでしょ!オリオンとしょーぐんは?」
今日はあちら側へ向かう魔導師を決める日でもあった。
「オリオンは〈ノウス〉へ内部調査と〈リゲル〉の回収に。将軍は〈ウェスト〉へ」
城に残っているのは俺とウィズ・ウィード、そして眠っているテトラだけだった。
クリア・セントラル始まって以来の手薄だろうな、と思った。
〈リゲル〉に反応したのはウィードだった。
「〈リゲル〉、危険、オリオン、危ない」
眉を寄せ、心配そうにしているウィード。
「大丈夫さ、〈リゲル〉には封印式が組まれているから。
それに〈リゲル〉は僕の成り損ないだからね」
「だが、あれ、予想できない」
ウィードがいうあれ、とは暴走のことだろう。
〈リゲル〉の精神は〈大戦〉により崩壊してしまっているから。
「オリオンは強いから。もし、暴走した時は彼女なりの覚悟を決めるだろうさ」
俺がそういうとウィードは少し不満げに書物へと意識を戻した。
「ねーねー、しょうぐんはどうして〈ウェスト〉に?」
今度はウィズが後ろから俺の首に両腕を回し抱くようにして聞いてくる。
ウィズの髪がちくちくと頬に当たる。
「将軍は前回の〈イースト〉調査で問題を見つけたらしい。今はその調査に向かっているんだよ。さすがに将軍まで出て行かれたら城が手薄になるし、他国への抑止力も弱くなる。だから僕は止めたんだけどね」
そこまでいうと、ウィズは俺の体から離れていった。
「じゃあ、どうしていっちゃったの?」
ウィズとしてはいい遊び相手がいなくてつまらないのだろう。
ウィズはいつも将軍に肩車をしてもらっていた。
「ふたりとも、口を揃えてこう言っていたんだ。近いうち戦争が起きるかもしれない。と。それもこの世界全てを巻き込むような戦争がね。どの国も今は情勢不安なんだ。僕たちは彼らの間に立ってそれぞれの立場を立てながらパイプ役になってあげないといけない。そうして、あの〈大戦〉から100年を過ごすことができた。その間に何人もここに住む魔導師たちは〈朽体病〉で死んでしまったけれど」
戦争という言葉を聞いてウィズは円卓の椅子に座っていた。
彼女たちにも、過去がある。
俺は2人を見た後、咳払いをして本題に入ることにした。
全ては順調だった。
「というわけで今、クリア・セントラルの治安を守れるのは僕らだけなんだ。他国の動きも気になるが、僕らにはもうひとつ問題がある、あちら側だ」
ウィードは書物を読むのをやめて俺の話を聞いている。ウィズも然り。
「本来なら全員で話し合いたいところだけど、あちら側で妙な動きがあったみたいだ」
「妙な動き?」ウィズがまじめな顔で聞いた。
「ああ、もしかしたら彼は新たな力を手にするかもしれない」
「彼?例の、リロウスの、〈器〉?」
俺は頷くと説明を続けた。
「彼のそばにイルヴァナを殺したものとは違うふたつの大きな力を感じる。ひとつはまだまだ微弱だがもうひとつはそう遠くないうちに覚醒するかもしれない。依然、アーフェンの動きは読めないが彼女も動いているだろう。〈器〉と強大な3つの力、リロウス、アーフェン。着々と切り札があちらには揃いつつあるんだ。一方僕らはどうだろう。イルヴァナは殺され巨大な戦力を失い、オリオンは北へ、エッフェンバルト将軍は西へ。僕らは離れ離れだ。それに加えて各国が情勢不安とある。なあ、ウィズ、君でもわかるだろう?この先の展開が」
俺が問いかけるとウィズの表情は深刻なものそのものになっていた。
ウィードが自分の席からウィズの元に向かう。
やがてウィズが答えた。
「あちら側の〈器〉に力が揃うとき、アーフェンたちはここを潰しに来るのかな…」
ウィズの手をウィードが握る。
どちらが姉か分からなくなってくる。
「そうだろうね。それに、この戦力分散の事態さえもアーフェンとリロウスが仕組んでいたものだとしたら、どうかな」
途端にウィズが立ち上がる。何かを決意したような表情。ウィードの手を強く握り返しているようだった。
「要するに、手っ取り早いのは〈器〉を壊すか、力を壊すか、ってことだよね」
察しが良くて助かるよ、ウィズ。
「そうだ。でも、僕は〈主様〉の傍から離れられない。ウィズ、頼めるかい?」
「待って。ウィズ、一人、危険。私もいく」
君たち2人なら言わなくてもそうしてくれると思っていたよ。
「そのほうがいいだろうな。彼はイルヴァナを殺したんだ。一筋縄ではいかないだろう」
俺はさっきから何度もイルヴァナの死を彼女たちに突きつける。
イルヴァナと仲の良かった2人だ。あちら側に行き、その無念を晴らせるとなれば決意はより強いものになるだろうと、俺は考えていた。
「本当に、いいのかい?」
双子の魔導師は頷いた。ウィズは先ほどまでとは打って変わって鋭い眼差しだった。
「〈器〉は破壊しなくてもいい。まあ、できることならして欲しいが。優先は魔導師の力を秘めた者だ。それを排除してきてもらいたい。いいね?」
「私たち、特徴、知らない。お前、知っているか?」
俺には、ある方法であちら側の世界が見えている。
あの少年のことも。
そして、彼を取り囲む人々の存在を。
「その者の特徴は・・・」
*****
俺は、城にひとりになった。
元々、大人数が住んでいたわけじゃないが、
今日はいつもにましてだだっぴろく感じる。
ウィズとウィードは、手をつないで行った。
恐らくもう二度と帰ってこないだろう。
行く間際、俺はウィズの額にキスをした。
これで俺の声を彼女にだけ届けることができる。
俺は彼女たちに向けて最後にこう言った。
「必ず、帰ってくるんだ」
俺は椅子に腰掛け、高い天井を眺める。
自然と笑いがこみ上げてきた。
誰もいない城の中で俺の声だけが響いている。
自分の声が、大きく聞こえた。
やがて笑いが止まると、俺の瞼はゆっくり閉じていった。




