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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第16話〈嵐禍ノ章〉「この日々に彼女は居た」

本日、二度目の呼び出し。

本日、二度目の立ち止まり。


俺を憂鬱にさせているのは、風紀委員会の文字とその扉の先にある男子禁制であるはずの光景だった。ごく一部の男子生徒はこの部屋に入りたいが為に風紀を乱すものも居ると聞くが俺はそういう類の男子ではないことを言っておきたい。そもそも、呼び出される覚えが無い。前回呼び出されたのは立ち入り禁止である屋上に居たからであって今回、それも含めて俺は何もしていないはずだ。何もしていないからここに来る必要も無いが黙りを決め込んでいては後が怖い。というか、ヤツが怖い。


結局、立ち止まっているだけで何もしないでいると通り過ぎる生徒たち(主に女子)の視線が痛いので俺はノックを3回打った。弱々しかった。


入りなさい、という声が聞こえると俺は扉を開く。

中にいたのは11人。現職の風紀委員9人と前職の風紀委員会会長と副会長だった。見渡してみると鳴海の姿は無かったが、室内にいた全員の目が俺を向いていた。

これが憧れを抱く眼差しだったらどれほど高揚するのだろうか・・・。

もちろん、彼女たちの視線はそんなキラキラしたものでもなく、どちらかといえば鋭利な刃物みたいに鋭い視線だった。彼女たちはすぐさま自分の作業に戻っていった。

俺が溜息を漏らすと、奥の中央にある大層立派な椅子に座していた現会長の吉秀結美が話しかけてきた。


「式瀬君、聞きたいことがいくつかあるんだけど、ちゃんと答えてくれるわね?」


吉秀は資料片手に俺を見る。同学年と思えないほど凛々しい。


「答えられる質問ならな」俺は言った。

「大丈夫よ、数学とか科学の質問じゃないから」


ちなみに俺は数学とか科学が苦手である。


「…なんだよ、聞きたいことって」

「まず、さっき生徒会長とは何を話したの?」


生徒会に勧誘されたが断った、と伝えると吉秀の隣にいる書記の玉森がせっせとメモをしていた。何やら俺の返答以上のことを書き込んでいるように見えるのだが・・・。


「そう。ならいいわ。次に、」

「ちょいまて、もし俺が生徒会に入ってたら何かあったのかよ?」

吉秀が、ならいいわ。としか言わなかったことに俺は引っかかった。


「別に何も無いわよ。それにどうせあなた、どんなことがあろうとあの男と生徒会なんてやるわけ無いでしょう?」


あの男、すなわち円堂昴のこと。男子しかいない生徒会、女子しかいない風紀委員会、いがみあうのは無理も無いことかもしれないなと思った。たぶん、吉秀が個人的に円堂のことを苦手としているからかもしれないが。


「何も無いならいいけどさ」

「次の質問ね。式瀬君、どうして昨日あんな風なことを言ったの?」


昨日といえば俺が全校生徒の前で校長に文句をつけたことだろう。


「深い理由なんかねえよ。俺はただ文化祭をやりたかっただけ、というか・・・」

「でも、普段のあなたから見てあの行動は想像できないし、あなた自身、事件に巻き込まれて、枝紡さんが・・・亡くなってしまって・・・。私にはあなたの行動が少し理解できなかったの。風紀委員会としても文化祭の開催は自粛すべきと考えていたし」


俺は吉秀の考えに少しムッとしたがあまりイラつかないよう心掛けた。

一理あるから。

枝紡の死は、枝紡の魂を宿している俺も受け入れなければならない事実でもあるから。


「確かにお前の言うことも分かる。本来なら自粛すべきとも思う。だけど、こう考えてくれないか」

「どう考えればいいの?」吉秀は首を傾げながら言った。


「枝紡自身が、やりたかったことなんだよ。あいつさ、裁縫部で演劇部が着る予定だった衣装作ってて、いつも楽しそうに栞菜と一緒に編んでたんだ。着る人が舞台上でもっと輝けると嬉しいとか、そのお芝居を盛り上げたいとか。そういうこと、毎日言いながら作ってたから。俺は、その姿を見てたから。だから、枝紡の言葉が聞こえてきたというか、枝紡の想いを代弁してやら無きゃって思ったんだよ。『文化祭、やってほしいんだ!』っていう気持ちをさ」


吉秀は黙っていた。他の連中も作業を止めて聞いていた。

俺もなんとなく気まずくなり、室内を沈黙が包む。

小さな声で『ありがとね』と俺だけに聞こえた。

『ごめんね』は聞こえなかったことにする。


しばらく考え込んでいた吉秀から沈黙を破った。


「やっぱり、あなたらしくないわね。ま、あまりよくあなたのことは知らないけど」

「俺らしくなかったらダメな理由ってあるのか?」


無いわね、と彼女は言って少し笑った。

「どんな意味があるんだろう?って考えちゃったの」


「意味?」

「こんな状況で、文化祭をやる意味よ。だって普通に考えたらやらないわよ。それに大人たちだってその方向で話を進めていたわけだし」

「そりゃあ、そうだろうけどさ」


正直、俺は大人たちが勝手に決めた判断にムカついていた。


「でも、あなたの話を聞いて、枝紡さんの気持ちも知ることができて、まだなんとなくだけどあなたが文化祭を開催したいと言った意味が分かった気がする。とはいってもまだ開催できると決まったわけじゃないんだけどね」


そうだった。生徒、保護者、教育委員会、教師合同での話し合いの場が設けられただけなのだ。


「明日が話し合いだったか?」

「そうよ。今の話を聞いて、私たちも全面的に開催の方向で動くことにするわ。今日はそのことをあなたの言葉で聞きたくて呼び出したの」


吉秀の言葉を聞き心の中がじんわり温かくなったのがわかった。

同時にとある疑問が。


「放送の呼び出しって、お前?」

「そうよ。ああいう言い方しないとあなた出てこないでしょう?」


・・・・・。

いや、それならお前のほうから来いよ・・・。


俺が呆れ顔で見つめていると吉秀が言う。「まだ何か聞きたいことでもあるの?」


俺は手を左右に振ると、踵を返した。ようやく解放される、と思ったとき。

勝手に扉が開いた。かと思うと俺の腹にどすんという衝撃。


「ぐほぅっ」情けない声を上げ俺は倒れた。空きっ腹でよかった。


「も、申し訳ないです!図書室に寄ってしまっていつのまにか時間が過ぎていたです!」

声の主は俺に気づいていないようだった。謝っている相手は吉秀だろう。


「また、本?読書家なのはいいことだけど、召集はきちんと守ってね、まる」

「は、はいです。気をつけます・・・」

「あ、そうだ、式瀬君。もうひとつ聞きたいことがあるんだった、というかさっさと起きなさいよ」


式瀬という名を聞いて鳴海は「ひゃうっ!」と飛び上がるほど驚いていた。


「せせせせ先輩!!どうしてこんなところで寝てるです!?」

「「「お前のせいだよ!」」」何人かがシンクロした。

「ごめんなさいです!!!ほんと、すみません!」


何度も頭をぺこぺこと下げる鳴海。止めさせてやると顔を真っ赤にしていた。


「で、なんだ、聞きたいことって」


吉秀は俺と鳴海を交互に見たあとこう聞いてきた。


「あなたたち、付き合っているの?」



*****


放課後。


俺は栞菜とともに裁縫部室へ向かう。

栞菜は少しずつではあったが顔色も良くなり笑顔も増えた。

とりとめもない話をしながら部室に入る。


久しぶりに訪れる裁縫部の部室。机には埃、閉めっぱなしだったので空気も濁りもわっとした湿気が俺と栞菜に不快感を与えた。


「まずは、掃除だね」

「そうだな」


俺たちは今までの思い出の整理をするように、部室を隅々清掃した。

この場所にあった影を追いかけながら。


「あっこれ、ふたばのソーイングセットだ」


栞菜が手にしていたのは赤い色をしたポーチ。

その中にはさまざまな細さの針が入ったケースや色のついた糸が何種類か入っていた。

栞菜は、一通り中身を確認した後、俺に向けてポーチを差し出してきた。


「これさ、リクが持っていてくれる?」

「えっ?これはお前か、ご家族が持っていたほうがいいんじゃないか?」


枝紡は何も言わない。


「ううん。きっと、これはリクが持っているべきだと思うんだ」


何か予感しているように、栞菜は言う。小さなときから、栞菜の予感は良いものも悪いものもよく当たっていたことを思い出す。

俺はポーチを受け取れずにいると、栞菜が俺の手をとりポーチを右手に置いた。俺は落ちないようにポーチを握った。


「離さないようにね。持っていてあげて」


そういうと栞菜は夕陽を眺め、深呼吸した。


「さて、とりあえず衣装を作らなきゃね。明日の話し合いで開催かどうか決まるけど準備だけはしとかなくちゃ。ほら、やるよ、リク!」


無理しているのは分かっている。今にも泣きそうなのも分かっている。

それでも、気丈に振る舞う健気な彼女の姿に、俺はほんの少しの間、見惚れていた。


「あ、そうだ。枝紡が作っていた衣装、完成したのあったっけ?」

俺には思いついたことがあった。



*****


体育館には普段ならまずありえない面々が顔を連ねている。

3人がけの長テーブルをいくつも並べそれぞれの顔が見えるように四角形に配置した。どこの誰かわかりやすくするためにテーブルの前には張り紙がなされている。

一般生徒は体育館の半分後ろ側に椅子を並べて学年ごとに待機する形だ。

テーブル席で生徒会長の円堂と風紀委員会の吉秀は隣同士だった。3人がけにしろといっているのに2人の間には空間が開いている。2人は一般生徒側にいた俺を呼び出し間に座らせた。有無も言わせぬ早業だった。俺の席に張られた紙は円堂が書いた。


「おい、俺副会長になるといってないだろ!」

俺は小声で言う。すかさず反論してくるのは円堂。

「いいから、やっておけ。損は無いだろ?」


得もないだろ!


「あなたたち、しずかにしなさいよ。始まるわ」

吉秀に促されるとドヤ顔の円堂を無視して居心地の悪い席で溜息をつく。


席が全て埋まると、体育館内にアナウンスが流れる。俺は来賓たちを見回すとある席で視点が動かなくなった。俺の意思もあるが大半は、枝紡の意思だった。


『おとうさん・・・、おかあさん・・・』


見つめた先にいたのは枝紡の父と母。張り紙にも〈保護者代表 枝紡葉一、枝紡楓〉と書いてある。父親のほうは凛としていて背筋も伸びていたが、母親のほうは背中を丸め顔を伏せながら時折、ハンカチで目を押さえたりした。

あまりにも動かない視線。それに気がついたのか、父親のほうが俺を見た。一瞬ハッとしたように見えたが、すぐに目を逸らした。


『俺だけが生き残って、恨んでるのかな・・・』

俺は枝紡に問いかける。

『それは無いと思うよ。ただ、式瀬くんがこの場にいることに驚いたんだと思う』

『そうかな・・・。お母さん、ずっと顔伏せたままだぞ』

『もしかしたら、反対するかもね、文化祭のこと・・・』


俺と枝紡が会話をしていると突然、左側の円堂が立ち上がる。どうやら生徒代表としての意見を述べているらしい。こうしてみると、案外、様になっている。いつもの素っ頓狂な男はこの場にいなかった。円堂はこの短期間で署名も行っていたらしく生徒たちからの嘆願書も提出した。いくつか質問を受けていたがそれの対しても堂々と答える。こいつのことを見直そうと思ったとき、これでもか!というくらいのドヤ顔を最後に俺に向けてきたので見直さないことにする。


次に吉秀が意見を述べ、最後に文化祭実行委員会が意見を述べた。総じて生徒の意見は〈開催したい〉というもので一致していた。


仕方の無いことだが、大人たちからは反対の意見も多かった。泣いている枝紡の母を見て同情する声もあった。でも、これが至極当然のことなんだ。人が一人、たった一週間前に亡くなり、学校からは活気が消え、心なしか藤咲市全体が沈んでいるように思えたからだ。地域住民との結束も強いだけに今回の事件は大きな爪痕となっている。


「式瀬君、式瀬陸斗君!君はどう思うのかね?」


校長が俺の名を呼んでいた。しばらく呼んでいた様だが俺は気がつかず校長の語気が強くなっていたところでようやく気がついた。が、突然指名され何がなんだか分からない。とりあえず立ち上がってみたが360度からの視線を刺さるほど感じ、思考が停止した。

かなり小さな声で吉秀から「なにかいいなさいよ」と言われるがそのなにかが思いつかないのだ。

一瞬、枝紡に助けを求めようとも思ったが、思い直す。

ここは、俺の想いを伝える場なのだと。

前回は枝紡の想いを伝えた。今度は自分の番なのだ。


俺はふぅーっと息を吐いて、呼吸を整える。伝えられることは多くない。でも、伝えておかなきゃならないことがある。

彼女の父と母に向けて。


「まずはじめに、この場をお借りしてお2人に言っておかなきゃならないことがあるんです。あの、枝紡の・・・、ふたばさんのお父さん、お母さん、ご挨拶にいけず申し訳ありません、式瀬陸斗と言います。えっと、話さなきゃいけないこと、話したいことたくさんあるのですが、今日はまず見ていただきたいものがあるんです」


そう言ったあと、栞菜を呼ぶと栞菜が一着の衣装を持ってきてくれた。


「文化祭で演劇部が行う芝居で使われる予定だった衣装です。全部一からふたばさんが作りました」


それは真っ赤なドレス。肩の部分がフリルになっていて上品さの中にあどけなさを表現している、と枝紡が言っていたことを思い出した。枝紡はこの一着を真っ先に完成させていた。早く着てもらいたいなーと言って。


「ふたばさんは、この衣装が命を宿す瞬間を見たいはずなんです。それが彼女の幸せだと思うし、この衣装にとっても、この衣装を着る人にとっても。彼女はいつも誰かの幸せを思いながら創作していました。だから、といっては説得力は無いかもしれませんが、今、僕たちがふたばさんの為にできることは、それしか無いんじゃないかなって思うんです。僕は一介の生徒でしかないからどんなことを言ってもご両親には届かないかもしれません。でも、僕は嬉しくもあります。こんなにたくさんの人を動かした枝紡ふたばという女の子と友達になれたことを。その友達の為に僕は動きたいんです」


栞菜と、枝紡の母親のすすり泣く声が響く。それは段々と生徒たちに伝染していった。誰もが、やはり、泣きたかったのだ。

父親が俺のことをじっと見つめていた。かなり若い見た目で、まっすぐな瞳は枝紡の面影があった。

父親は立ち上がり、マイクを手にする。俺は覚悟する。父親が反対すればきっと、それまでなのだから。


「私は、別に反対しているわけではないんです」


重たい空気が立ち込める体育館に響いた父親の言葉は、落ち着いていた。

予想外の言葉に、また会場が静かになる。


「式瀬くん、といったかな?その子は、栞菜ちゃんかな?」


俺たちは同時にはい、といった。


「きみたちに、お礼が言いたい。家に帰るとあの子はいつも君たちの話ばかりしていた。学校の話をしているあの子はいつも楽しそうで、我々にも笑顔をくれた。あの子が小さいとき、とある大事件があってね。ヘリコプターが墜落したんだ。それもあの子が勝手に動かしたもので、なぜそんなことしたんだと尋ねると、『じゆうになりたかった』といった。私たちはあの子に自由を与えていると思っていたけれどそうじゃなかった。あの子が本当に求めていた自由を君たちが与えてくれたようだね。藤咲に行きたいといったとき、賛成したことを後悔したこともあったが、あの子の明るい笑顔を見るたびに後悔は消えていった。そして今、この学園に通わせてよかったと思わせてくれたのは、君たちだ。ありがとう。私は今日、それが言いたくて参加させてもらった。君たち、みんなにお礼が言いたかったんだ。・・・ほら、楓」


今度は母親も立ち上がり2人、頭を下げながら父親が言った。


「ほんとうに、ありがとう」


俺と栞菜も深く、お辞儀をした。

どこからともなく、拍手がひとつ、ふたつと増えていき、いつのまにか喝采になる。

俺はなんだか照れくさくなり、なんとなく円堂を見るとなぜかドヤ顔をしていたのででこピンしておいた。


その数分後、

藤咲学園文化祭が、開催されることが正式に決定した。


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