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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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〈episode15〉意思

ー〈ノウス〉山岳地帯、ステア村 ー


それはまだ静かなまま、結界を幾重にも張られた鉄格子のなかで眠っていた。

両腕には壁に打ちつけられた鎖が繋がれ、まさにお手上げ状態を保ち両足には重さを

問わなくても分かるほど重量感を帯びた鉄球が繋がれている。何より、私の背筋をなぞったのは心臓に突き刺された白銀の剣。明かりもない、差し込む光も無いような洞窟の奥で確かにその剣は光を放ち、煌々としている。もっとも、これを突き刺されているのが生命を持った者ならこの状態で生きているはずはない。しかし、今私の目の前に居るそれは、生命などではなく、ひとつの道具であり、ひとつの意思だ。


この場所に入ることは咎められた。

ある者は「神聖な域に入ることは許さん」

またある者は「祟りが起きる」

この世の災い、全てがこの中にあるとでも言わんばかりの表情をそれぞれ私に向けてきた。


だが、これは私が使うべきモノなのだ。


いや、私にしか扱えない代物といったほうがいいだろう。

一度、この白銀の剣を引き抜けばどうなるか。

それも承知の上だった。


「・・・本当に、解放しちまうのかぁ?」


戸惑った様子で私を見るクー。

私は頷き、クーに結界の解除を進めるように言った。


「でもさぁ、これ、お前が抑えつけられなかったら、村どころか〈ノウス〉が滅ぶぜぇ」

「大丈夫だ。手に負えないと判断したら止む終えない、破壊する。それだけの力は持っている」

「本当かぁ?俺ぁまだ、生きていたいんだがぁ」

「もう充分長生きしているだろう」


結界を張るために使われている札を一枚一枚丁寧に剥がしていくクー。

そもそも、この結界札にはあまり意味は無い。少しでも足止めになればという思いで使われているくらいで、最も重要なのはあの白銀の剣。これこそ他でもない、クーがこしらえた一級品である。イルヴァナの大剣、ウィズとウィードの双剣、エッフェンバルトの大斧など、私たち魔導師が使う武器は全てこの男が製造しているのだった。


「・・・よし、あとはこれだけだぁ」


クーは一息つくと私の背後に回る。力になるものを製造する腕はあってもこの男自身に戦う力は無いらしい。武器屋鍛冶屋というのはそういう生き物なんだと以前クーは言っていた。


私は鉄格子を開け、中に入るとそれの目の前に立つ。呼吸が聞こえた。

しかし動き出す様子は無い。白銀の剣のおかげだろう。


「では、鎖を外す。鍵は無いのか?」

「ある訳ねえだろぉ。俺たちゃぁ、それを解放する気なんかないもんで。そいつのお目付け役にこの村選ばれたときにゃあ、この世界を恨んだね」


この世界を恨んだ、か。


私はまず両腕の鎖を外すために繋がれている腕輪の部分を触る。そしてそこに魔力を込めた。見る見るうちに腐食していく腕輪を見て、クーがさらに後ずさりしていた。


「お、俺ぁ、剣を作るしか脳がねえもんで、ここはちょっと解散ってことでいいかぁ?」

「まて、お前にも仕事を持ってきたんだ。その話もしたい」

「そんなのは後でいくらでもできるだろぉ。俺はそいつの近くにいたくねえんだ」


ぽろぽろと腐食した鋼鉄が落ちていく。自分の両手の中で鋼鉄がスカスカの物体に変わり行くのが分かる。


あと少しだなと思った瞬間だった。


それは項垂れていた首を上げ、見開いた眼球が私の姿を捉えていた。

目が合った一瞬は時が止まったように感じたが、すぐさま私の腹部には激痛が走る。

頭突きの要領で突進を食らっていた。爆発的な勢いは止まることなく、クーもろとも洞窟の出口へと追いやった。衝撃で洞窟は崩れ去った。


私とクーは天高く吹っ飛ばされかろうじて私のほうは意識を保つことができたが、クーに関しては自由落下を余儀なくされている。クーを助けに行こうとした矢先、それは私の目の前に居た。鉄球が繋がれているにも関わらず重力を無視し、空中に浮かぶ。白銀の剣は突き刺さったままだ。

なのに、それは動いている。


空中で睨み合う。私は微かに地上を見やる。どうやらクーは村の者に助けられたようだ。抱えられながら運ばれた行くのが遠目に見えた。

すぐさま目線を奴に戻すとその姿は無く、禍々しい殺気が私の後方から発せられていた。刹那の油断。いや、油断とはいえないほどの間が奴に先手を打たせることになった。


振り返ると、全身全霊を込めて放たれた拳は私の左頬を捉え、急転直下で山岳地帯の岩肌にめり込む。その場から離れようと飛び出すもすぐさま、奴は私を見つけ、再び同じ岩肌に叩きつけた。衝撃で岩壁もろとも崩壊し、ステア村に巨大な岩石が降り注ごうとしている。私は土埃に紛れ岩壁から勢いよく飛び出すと奴からかなりの距離をとり、背中に背負っていた紺碧の弓を持つ。クーがこしらえた矢を落ちていく岩石に向けて一本、放った。

光を帯び、さながら龍のように躍動し岩石へ向かい、直撃するとそれを塵以下の粒子にまで変貌させ村への被害を食い止めることができた。


が、問題は奴である。


私は弓を引き、奴を捕捉した。

不気味ににやりと頬を上げ、そのあと真顔になったかと思うと私に向けて話し出した。


「やあ、ママ。随分と久しぶりのように思うけど、テトラは元気かな」

「気安く主様の名を口にするな、リゲル」

「これはこれは失敬。では、主様はお元気かな?」


嘲笑を浮かべた奴の名、リゲル。

傀儡師トレバートが作り出した、特別な存在であり、彼と私の娘。

まだ幼げが残る笑顔に私の弓を弾く力が一層強くなるのを感じた。


「主様は〈大戦〉が終わったあの日から眠り続けられている」

「そっか。わたしと同じだね。イルヴァナちゃんや将軍様は?」


私の眉間に力が入るのが分かった。意識的ではなく無意識に。イルヴァナが死んだことを当然だがリゲルは知らない。


「ねえ、ママ。どうしてそんなに怖い顔しているの?愛娘と100年ぶりの再会だって言うのに。わたし、ママが迎えにきてくれるのずぅーーっと待ってたのに」

「黙れ。なぜ、その剣が刺さったままで動ける?お前はそれで力を封じられていたんじゃないのか」


だから私は奴の腕輪を腐食させ、解放した。出来ることなら何事も無くクリア・セントラルへ持ち帰りたかったから。


「ああ、これ?こんなもの意味無いよ。刺されたときはすっごく痛かったけど。でも、あのときわたしの意思は閉じられていなかったの。封印されたフリをしていた方が都合よさそうだったしね。それよりも厄介なのは腕を拘束していた鎖だよ。クーおじさん、あれに特殊な物質を使ってたみたい。さすがだね」


リゲルは腕輪の痕を惜しむように眺めながら言った。


「ねえ、ママ。わたし、何か悪いことしたかなぁ。パパにこんな体にされて、いーっぱいいろんな魔導師さんに勝手に体使われて、精神を犯されて、それであの〈大戦〉でたっくさん魔導師さんを殺させられただけなのに。挙句の果て、暗くて寒くてひとりぼっちの洞窟の奥に封印って。ほんと、みんな、殺してやりたい」


『ほんと、みんな、殺してやりたい』

その言葉を満面の笑みで言うリゲルを私は見ているのが辛く思った。ここで揺らいではいけないと自身を鼓舞し、リゲルの話を聞き続ける。


「でも、ママのおかげで自由になれたし世界中を旅して私をぐちゃぐちゃにした魔導師さんたちから殺していってあげよう。その前に〈朽体病〉で死んでたら残念だけど。それで、ママは何でここに居るの?あっ!矢をわたしに向けているってことはわたしを殺しにきたのかな?それだったらわたしが拘束されてるときにやんないとっ!わたし、正直ママより強いよ?まあ、アーフェン様には一歩及ばずってとこかもしれないかな?」


アーフェンの名がリゲルの口から出たとき、私は矢を放っていた。

だが、その矢はリゲルの眼球の前で止まる。矢を掴んでいたのは右の人差し指と中指だけ。リゲルは鋼鉄の矢を粉々に砕いて見せた。


「ふふ。ママ、いまだにアーフェン様がきらいなんだね。ママのコンプレックスだもんね。いつもいつも、アーフェン様がママの上にいたんだもんね。ママはいつも2番。でもわたしは2番のママも好きだよ。『愛している』って言えばいいんだっけ。いーっぱい言われたなぁ。愛されているとも感じていないのにその言葉をキーにしてわたしは魔導師さんたちを受け入れるの。自分の意思とは裏腹に。どーしてパパはこの言葉を傀儡やわたしに組み込んだのかな」


言いながらまた嘲笑する。

愛していた夫は〈大戦〉で自爆を図り、愛していた娘は夫により壊されてしまった。

私たち家族そのものが、壊れてしまった。

そんな娘に、私はいつか・・・、


「ママはいつか、わたしに『あいしている』といってくれるのかな」



その言葉を言える日がくるのだろうか。


私は再び弓を引く。ありったけの魔力を込める。


「とにかく、お前を城に連れて帰る。話はそれからだ。抵抗するのなら力づくでも連れて行く」

「力づくなんて無理だよ、ママには。だって、ママは・・・」


リゲルは胸に突き刺さった白銀の剣をずぶずぶと抜き取る。痛みに表情をゆがめながら。剣の全体像が露になったとき、空から雪が降ってきた。


「ママは、わたしの、ママだもん」

リゲルは剣を構える。優しい表情をしていた。


「今は違う。お前は、私が使う〈器〉だ」


私は、矢を放った。


*****


遠い日。

暖かな陽だまり。

私たち家族を包む光は優しかった。


「なあ、オリオン。この子の名前は何にしようか?」

「そうね、女の子らしい名前がいいわね。この子が輝ける名前」

「それなら・・・、リゲルというのはどうだろうか」

「リゲル・・・?女の子らしくは無いけど、どうして?」

「リゲルはね、オリオン座という星座の一等星なんだ。とてもとても輝く星。君の名はオリオン。その君から産まれたリゲル。きっとこの子は僕らの一番星になってくれる」


彼のごつごつとした大きな手のひらが赤ん坊の赤い頬に触れる。


「一番星・・・。リゲル、リゲルちゃん。ママですよ」


赤ん坊は笑った。きゃっきゃっと、笑った。

その笑顔に夫婦は微笑みあった。


この幸せな時間がこれからも、いつまでもつづきますように・・・。


私は、そんなありふれた幸せを神様に願った。



どこからか小さく、ひびが入るような音が聞こえた。

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