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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第14話〈嵐禍ノ章〉「彼女は本を探してる」

いつもより少し早めの登校。


昨夜のことで眠れなかったという理由もあるが事件後初めての登校であり、そこは枝紡ふたばがいなくなってしまった学校であり、受け入れがたい事実を半ば強制的に受け入れさせられた生徒たちがいる。

そんな場所で俺が受け入れてもらえるのだろうかという不安もあった。かといって家にずっといる訳にもいかない。進むと決めたんだ。

だからこうしていつもなら乗るはずのない時間帯のバスを待っている。

この時間に乗ると混んでいる。俺はいつも午前7時50分に到着するバスに乗っているがそれだとバスの中はまるで貸切のように空いている。ここで敢えて言うなら、寝坊をしているからその時間に乗るわけではない。


例のごとく停留所は俺を最後尾にし、すでに10人以上は並んでいた。知りながら通勤ラッシュに参戦するのはなんとも滑稽である。俺自身のことだ。

バスを待っている間、携帯電話を取り出そうと鞄を開けかける。そこで今日の鞄が異様に重たく感じた。そういえば、と、ろくに時間割をチェックしていなかったことを思い出す。慌てる必要なんてどこにもなかったのに。ならば、鞄の中に入っているものはなんだ?ありったけの教材を詰め込んだ記憶はない。俺は不思議に思いながらも鞄を開けた。どのみち、今日は文化祭に向けた準備になるだろうと希望的観測を図る。もう俺の隣で教科書を見せてくれる友人はいないのだから。そいつは今もぐっすり俺の精神の中で寝息を立てている。


鞄の中に入っていたのは分厚い本だった。茶色のハードカバー、本のタイトルは「小さな勇者」と書かれている。本自体は確かに小さいが重みはサイズに比例していないように思えた。ざっとパラパラめくり、最後の一枚に記載されていたページ数を確認すると、「983」と書かれていた。あわや1000P。いや、問題はそこじゃない。いったいなぜこの本が俺の鞄の中に?どうみても6限分の教科書すべて重ねても厚みでは勝っているであろうこの本を俺は買った覚えなどない。さて、これはいったい・・・。


『これ、面白いです。読んでみるですか?』


「あっ…」

俺の記憶にいたのは小さな勇者ではなく眼鏡をかけた小さなボブだった。

そうだ、彼女にもらったんだった。この一瞬間色々な事象が起きすぎたせいですっかりこの本の存在を忘れてしまっていた。俺が本に興味を示したときに見せた鳴海の輝かしい笑顔を思い出す。そういえば下の名前を聞いていなかったことも思い出した。かなりの読書家である彼女がお勧めしてくれた本だ。きっと面白いだろうし、普段漫画ですら読まない活字無縁者の俺でも読みやすい本なんだろうなと勝手に推測。せっかくもらったものだ、読んで感想も伝えてあげたい。俺は勢いよくページをめくった。

そして、目次をみていったん閉じる。

電光石火の早業に近かった。いったん時計をみるとバスが到着するまであと2、3分といったところか。意識してしまった時間はなかなか過ぎてはくれない。あまりにも長い時間に感じるときがある。気がつけば俺の後ろにも並び始めていた。俺は意を決してもう一度本へと立ち向かってみる。なぜこの本は目次で3pも使っているんだ!

ようやくたどり着いた〈第一章〉。章題は「はじまり」の4文字。いかにもな章題だなぁと思いながら次のページをめくると俺はまず「うっ」と顔を逸らしながら目を閉じた。そして本を閉じた。なんなんだ、あの文字数は。一種の目眩ましかと思った。日本語だったのかさえ怪しい・・・。バスはまだ来ない。どうやら遅延しているようだ。時間を過ぎるともういつ来るのか分かったものじゃない。俺は気合一発、本を開く。どうして本を読むのに気合を入れなければならないのか・・・。そんな俺の気合を知ってか知らずか、待たせたなと言わんばかりに堂々とバスが到着した。俺にはたった一行の始まりでさえ文字が滑って頭に入ってこなかった。


*****


学校に到着すると校門の前でよく知る姿を確認する。栞菜だった。

俯きがちに目を伏せてじっと誰かを待っているような立ち姿に俺は少しの間だけ身動きが取れなかった。今すぐに声を掛けるべきなのに声を掛けられない。それがどうしてなのか、分からなかった。

何人もの生徒たちが俺と栞菜を横目に通り過ぎ、学校へと入っていく。いつもなら賑わいを見せているはずの登校時間。しかし、今は誰もかもが静かに、淡々と歩き過ぎていくだけだ。

俺はごくりと生唾を飲み込み一歩を踏み出すと栞菜もそれに合わせるかのように俺の方へと目線を上げた。


「おはよ」


その一言で、栞菜がどれほど泣き、悲しみ、つらさを知ったのかが分かる。くぐもった声は俺の中にいる枝紡の心を揺らした。


「おはよう、栞菜。・・・大丈夫、か?」

この問いかけは正解ではないだろう。


「・・・うん、なんとか。ていうかリクのほうが大丈夫?」

「ああ、俺はな」


枝紡が助けてくれたから。そう言いかけそうになり止まる。俺から枝紡のことを栞菜に聞いたり、触れたりするのは今はしないほうがいいだろうと思った。


「すっごい心配したんだから・・・。リクだけでも助かってよかった・・・。よかった・・・」


栞菜は自分に言い聞かせるように繰り返す。俺は俯きかけた栞菜の頭にぽんと手を置きごめんなと、小さく言った。


俺と栞菜は、二人並んで歩き出す。そうして、予鈴と同時に校門をくぐった。


*****


今日は俺が復帰したこともあり、全校集会が開かれた。

全校生徒が体育館に集合するとこの学園の大きさを改めて思い知らされるが、やはり活気はない。沈んだ空気に押し寄せられ、溜息が漏れた。


『式瀬くん、また溜息』


いつのまにか目覚めていた枝紡の声に俺は驚き、不意に後ろを振り向いた。

だがそこに枝紡はいない。突然振り向かれたクラスメイトの田口が怪訝な表情を向ける。


『ごめんごめん、急に話しかけて。栞菜ちゃん、どう?』

『あのときよりはっていう感じだな。まだ少し時間がかかると思う』

俺は校長の話を耳半分に聞きつつ、枝紡と話す。慣れつつあった。


『栞菜ちゃん、痩せてた…。式瀬くん、栞菜ちゃんのことしっかり見ててあげて』


枝紡からの懇願に俺は強く心の中で頷く。俺がしっかりしなくちゃいけないんだ。


その時。体育館内がざわめきを立てた。生徒たちの困惑と教師たちの叱責。それまで静かだった体育館内が一時騒然となる。俺は周りを見渡し声を聞く。


「文化祭、中止!?」「まあ、仕方ないよね・・・」

「せっかく準備進めてたのになぁ」「来週だろ?なんとかなんねーのかよ」


生徒それぞれが思い思いの言葉を口にする。

それもそのはず。藤咲学園の文化祭は藤咲市の3大イベントにも数えられるほどのイベントで生徒たちは3ヶ月以上も前から準備をし、実行委員会に関しては前回の終了後から引き継いで新たに発足し会議を重ねてきた。しかも、学園創立以来一度も中止したことがないらしい。文化祭は1週間後に迫っているため、このタイミングでの中止は生徒の混乱を生むに易かった。校長はマイクを使い必死に生徒たちに対し、説明を続けていた。


枝紡ふたばの死を、理由に挙げて。


俺は左斜め前にいる栞菜のほうを見る。栞菜は相変わらず俯いたままだ。でも、唇を真一文字に噛み締め、右手は固く握られていた。

泣かないように、叫んでしまわないように、栞菜はこらえている。


やがて生徒たちが教師により鎮められると、校長がゴホンっと咳払いをして話を進めだす。会議に会議を重ねた結果だと、校長は言った。

全校朝会が始まったときとは違う重たい空気が充満し始めた。俺も諦めかけたときだった。


「・・・・・衣装・・・、・・・なきゃ・・・」


それは俺の左斜め前から。声に気づいた周りの生徒もその方を向く。


「ふ、ふた、ばが作ってた衣装・・・、完成させなきゃ。一緒に作った衣装なんだ、完成させて、演劇部に渡さなきゃ」


語尾はとても力強く、まるで我慢していた想いをすべて吐き出すように栞菜は校長、教師、生徒、全てに向けて言った。たった一人、諦めてはいなかったんだ。

再び静まり返る一同。その時、俺に向けて枝紡が叫んだ。


『式瀬くん!!私、文化祭、やりたいっ!!みんなには文化祭、やってほしいんだ!そのことを伝えて!!お願いっ!!今伝えなきゃ、栞菜ちゃんやみんなとの思い出が減っちゃうよ・・・』


俺は、募っていた気持ちとともに今度は深く息を吐いた。

どこまでも勝手なやつだ。でも、こいつの言葉を代弁できるのは俺しかいないんだ。あの黒煙の姿と、心の中のずきずきと裂けるような痛みを思い出す。

気がつくと俺は叫んでいた。

「大人たちが勝手に決めてんじゃねええええええっ!!!!!」


がらにもないことをしている。

全身から汗という汗が吹き出し、特に顔はめちゃくちゃに熱かった。


「3年生にとって最後の文化祭でもあるんだっ!!俺たち2年生にとっては来年に向けての目標にもなるんだっ!1年生は藤咲で初めての文化祭なんだよっ!今、ここにいる全員で作れる最初で最後の文化祭なんだよ!」


ああ、声が枯れそうだ。喉が痛い。枝紡ががんばれ、がんばれと応援してくれている。


「だからっ!!頼むっ!俺はこのことを伝えるために生き残ったのかもしれないから」


いつの間にか俺は生徒の列から抜けて、先頭にいた。無意識のうちに生徒を書き分けていたようだ。校長が俺を見下ろしながら汗を浮かべる。困り果てた、といった様子だ。

俺はもう一度、頼む、と頭を深く下げた。



なぜか沸き起こった拍手と喝采に、俺は病み上がりだったことを思い出してその場に倒れた。小さく、「ありがとう」と聞こえた気がした。

記憶しているのは、そこまでだった。



*****


目が覚めたのは時間割でいうところの昼休みが始まるくらいのとき。なんとも絶妙なタイミングで目覚めたようだった。

ここはどうやら保健室。頭がボーっとする。窓の外に目を向けて、木々の間から太陽を覗く。一番高いところまで上った太陽の光はあの魔導師の最期を思いださせる。


『式瀬くん、起きた?心配したよー、こっち側でもぐっすりだったから』


枝紡によると俺はどうやら久しぶりに完全に睡眠していたらしい。

保健室には俺以外に誰もいないようだから俺は抑え目に声に出して枝紡と会話する。


「よく寝た、気がする。そういえば結局あの後文化祭はどうなったんだ?」

『今度、生徒会と実行委員会と教師と保護者とで話し合いをしましょうってさ』

「それってつまり・・・」

『式瀬くんのおかげだね』


そんな答えが返ってくるとは思ってなかったから少し照れくさかった。実際、あの瞬間は火が出そうなほどだったと思う。


「まあ、とりあえず猶予ができて良かったよ。あとは生徒会連中に任せるか」

『そだね。ありがと、式瀬くん』

「いや、俺はこういう風にしかお前の言葉を伝えられないしな」

「何を伝えるです?」

「何って、枝紡、お前の言葉をだよ」

『あー。式瀬く・・・』

「先輩、誰と何の話をしているですか?」

「ん?急にどうしたんだよ、枝紡?」


目を開けるとそこには丸眼鏡のショートボブの鳴海がいた。


*****


「まあ、なんというか、だな・・・」

『ドジ』「うるせえ」


鳴海は訝しそうに俺を見ている。「先輩、まだ調子悪いみたいです」


俺が倒れた後、鳴海は休み時間の度に保健室を訪れていたという。何度呼びかけても目を覚まさなかったから心配していたらしい。死んでいるようだったと鳴海は言った。


まさか聞かれていたとは・・・。苦し紛れに「俺にはそういう癖があったりするんだ」と言っておいたが鳴海の片眉はあがったままだ。

とりあえず俺は話題を変えることにする。「そういえばお前どうして見舞いに来てくれたんだ?」


「先輩の演説に感謝をつたえたかったのと、聞きたいことがあったからです」

鳴海はようやく眉を正位置に戻して言う。


「聞きたいことって?」

「えーっと、ですね・・・」


なぜかいきなり口篭る鳴海。聞きたいことがあったんじゃないのか?

だがそのときの俺はあまりにも無頓着すぎていた。「何か、あったのか?」

そう口にしていたからだ。


「えっ、あ、ああ、えーっと、聞いていいのなら聞くです・・・。先輩、あの日、あの事件の日、あの海の近くに居たですか?」


俺は言葉を失った。何か言わなければいけないのに、言葉が出てこない。それは肯定を意味してしまう。あの日、あの事件の日、あの海、その近くに鳴海がいたというのか・・・?俺と枝紡の姿を、まさかイルヴァナの姿も見ていたのか・・・?


『式瀬くん、冷静に。一応、あれは通り魔の犯行ってことになってるから』


何も言えずにいた俺に枝紡が助け舟を出してくれた。危ないところだった。


「・・・ああ、あの日は枝紡ふたばと出掛けていたんだ。枝紡が最後に海が見たいって言ったからさ」


言っているうちにあの日のことも思い出す。夕陽が綺麗な海のこと。


「それで、その後、事件が・・・」


俺がああ、というと鳴海は俯き顔を伏せて、思い出させてしまいごめんなさいです、と言った。「気にしなくていいよ」

「あれは、」

鳴海は言いかけて止めたようだった。俺としてはそのまま聞かないでほしいと願うばかり。


「そうだ、鳴海、お前、お昼食べなくていいのか?」

今がチャンスと思いつつ話題を変えてみる。もう昼休みも半分を過ぎていた。


「あっ、そうでした。忘れてたです」

鳴海の表情を見るに本当に忘れていたようだ。

「ここで食べていいです?」

「まあ、先生も居ないし、いいんじゃね」


果たして保健室が飲食OKなのかは置いといて。

鳴海が弁当を自分の膝の上に広げていた。持ってきているということはここで食べる気満々だったのだろう。

鳴海の弁当は俺ならまず食べた瞬間から腹が減っていくくらいに小さく、そして美味しそうだった。思わず俺の腹がなる。寝ていただけなのに腹は減る。間抜けな音が鳴海を笑顔にした。

「はい、どうぞ、です」


差し出されたのはほんのりと甘い香りのする艶々した出汁巻玉子。


「・・・いいのか?俺が食べたら少ないおかずがもっと減るぞ」

「大丈夫です。いつもお腹いっぱいになりすぎるくらいですから」


鳴海はそう言うと俺の口元に玉子焼きを近づける。より一層際立つ美味しそうな匂いにまたしても腹が鳴り、俺はあーんと口を開けた。それはいくらでも食べられそうなほど美味しかった。


「手作りなのか?」

「はいです。弟や妹たちのも作らないといけないので」

「鳴海、兄弟いるのか」

「はいです。わたしが一番上なんですけど」


聞くと弟2人、双子の妹たち2人の5人兄弟という。


「そりゃ、賑やかそうだな」

「うるさいくらいです」

「でも、俺には兄弟とかいないから結構あこがれるなぁ。弟とかがいたら毎日一緒にゲームとか外で遊んだりとかしたいし」


割と本心だった。栞菜には妹がいたがその仲睦まじい様子を近くで見ていたからうらやましいと思ったこともある。でも俺の父さんは俺が物心ついた頃には死んでしまっていたから母さんとここまで2人で生きてきた。大変な毎日だったけどそれでも母さんとの日々は楽しいと胸を張って言える。


「じゃ、じゃあ今度、うち来るです?」


突然の提案に驚いたが、鳴海はなんだか楽しそうだった。

「いきなりだな。お前、あまり俺のことも知らないだろ。そんな得体の知れないやつ家に上げたらまずいんじゃないか?」


鳴海は食べ終えた弁当箱を片付けながら大丈夫ですと言った。

「先輩は、わたしの本をもらってくれたですから」


*****


俺は午後から授業に復帰したが栞菜の姿は教室になかった。

放課後、部室に向かったけどそこにも栞菜はいなかった。結局携帯電話を家に忘れていたので連絡をつけることもできず、クラスメイトに話を聞くと、午前の早い時間に早退したという事だった。


『帰り、栞菜ちゃんのお家寄って行く?』

『いや、今日は電話する。ああいう状態になった栞菜はゆっくり時間を掛けないといけないんだ。何度か、似たような状況があったから』


そこまで言うと枝紡は分かったよ、と納得してくれた。電話は絶対してあげてね、と釘も刺してきた。


『あっ、式瀬くん、さっきの後輩ちゃんのことなん・・・』

「先輩っ」


俺が校門を出ると同時に後ろから声が掛かる。鳴海だった。

枝紡がなぜかムッとしているような気がする・・・。


「今、帰りですか?」

「ああ、そうだよ」『式瀬くんのばか』

「わたしも途中までご一緒していいですか」

「おう、鳴海はどこのバス停で降りるんだ?」『式瀬くんのあほ』

「あっ、わたしはいつも歩いて帰っているです。本屋さんに寄りたいので」

「本屋か。あ、でも俺、バスだぞ」『式瀬くん、無視すんな』

「そうでしたか・・・。ではダメですね・・・」

「ちなみにどの辺の本屋なんだ?」『無視すんなーーー、おーーーい』

「えっと、藤咲商店街にある、古本屋さんです」

「それならそこからバスも出てるから付き合うよ」『あーーー、あーーーー!!』


枝紡が怒っているのは知っている。というかむしろ面白がっている!?


「ほんとですか!ありがとうございますです。実は先輩に聞きたいことがまだあったので」

「それじゃあ、歩きながら話してくれよ」『式瀬くんっ!もう困ったとき助けてあげないよ!!』

『すまん、それだけは勘弁してくれ』


俺は平静を装いつつ鳴海と帰り道につく。


*****


「先輩、本、読んだです?」


2人で歩くこと5分。夕陽も傾き始め行きかう人々は一日の疲れと帰宅への安堵の様子を浮かべている。どこからかカレーの香りがした。

鳴海の質問は一瞬何のことかと思ったが、俺は例の分厚い本〈小さな勇者〉を思い出した。その瞬間に鞄の重さがずしりと嫌なものに変わった。


「あ、ああ、まあな」


読むには読んだ。(目次と章題は)嘘は言っていない。

内心、枝紡に助けを求めているが今度はさっきと打って変わって黙り込んでいる。

枝紡め・・・。


「読んだですか!!どどどどど、どこが、たのしかったですか!!!」

「あ、えっと、5章あたりの仲間が増えるところとかかな・・・」


異様なテンションの鳴海に気圧され章題さえも知らない5章のことを口走る俺。

まあ、〈小さな勇者〉というタイトルなくらいだしどっかで仲間は増えるだろ。


「違うです、先輩」


鳴海の表情が張り詰める。異様なテンションはいったいどこへ・・・。

しかも、俺の嘘がばれかけている。


「仲間が増えるのは6章からです。それまでは主人公は引きこもってるです」


序盤5章分引きこもっている勇者とはいったい・・・。

なぜかこの本に興味が沸いてくるから不思議だ。


「ああー、そうだそうだ、6章。あいつが仲間になってからが熱いよな」


性懲りもなく適当なことを言っている自分を殴りたい。


「仲間になるけど、その6章で死んじゃうです・・・。悲しいです・・・」


何が起きたんだ、6章・・・。


鳴海と微妙に噛み合い続ける〈小さな勇者〉の話をしていると古本屋に辿り着いていた。商店街の路地裏、ひっそりと佇んでいた古本屋の名前は〈晴れの日書店〉。

たぶん、鳴海に連れてこられなければ一生発見できなかっただろう。

とても小さな本屋さんだった。


「おじいさーん、鳴海です!」


鳴海は店に入ると開口一番で店の奥に呼びかける。しばらくして店主らしき人物の声が返ってきた。


「おや、まるちゃんかえ?ちょっと待っててなぁ」


まるちゃん???

・・・・・。

鳴海の顔が赤いのは夕焼けのせいだろうか・・・???


「お、おじいさん!鳴海ですよっ!」


まるちゃんとなるちゃんを聞き間違えただけだろうか・・・?

程なくして店主が姿を現した。80代くらいだろうか。しっかりと蓄えられた白ひげは仙人を想像させる。だが、腰は曲がっておらず足元もしっかりしていた。


「おや、まるちゃんではなかったのかのう?」

「あああ、間違ってはいないというか、なんといいますかですね・・・」

「ふむ・・・。おや?そちらの男性は?」


店主が俺に気づき声を掛ける。俺は鳴海の先輩で、式瀬といいますと挨拶した。


「まるちゃん、ええ男つかまえたんじゃのう」

「ち、ちが、ちがう、です!」


なんとなく否定された気分になった・・・。


「あ、違うです先輩!先輩はいい男だと思うです!・・・あっ・・・」


ぼっと赤く染まる顔。うん、もう、なんでもいいよ・・・。


「ほっほっほ。で、まるちゃん、今日は彼氏を紹介しにきてくれたのかい?」

「かかかかかかか、彼氏じゃないです!せ、先輩です!話を戻すです!あの本、入荷したですか?」

「ああ、あれかい?発注はかけておるんじゃが、入荷せんのじゃよ。すまんのう」

「そう、ですか・・・」


鳴海の表情が曇る。店主もまた、申し訳なさそうに俯いた。

俺は気になり鳴海に聞いてみることに。


「あの本って?」

「〈小さな勇者〉の続編です。続編であり、完結編です」


あの本、この分厚さをもってしても完結していなかったのか!!


「どうしても見つからないんです。どこの本屋さんに行って聞いても、見つからなくて。ファンの間でも幻の続編って言われているくらいです」

「でも、実際に世に出ているんだろ?」

「そう聞いたこともあるです。噂が一人歩きしている説もあったり、実際に本を購入したという人もいたり、・・・いなかったり・・・」

「それで、幻ってことなのか」


俺はまだ手元にある〈小さな勇者〉を読んでいないから結末がどうなっているのか知らない。続きがあるように書かれているのかどうかさえ。

何にしても、ファンの間でそのような噂が生まれるほどの本だと言うことは理解できた。


「わしも、毎日知り合いにあたってるんだがの。手がかりすらつかめんくてなぁ。ごめんねえ、まるちゃん」


「い、いえ!!こちらこそいつもごめんなさいです。今日は、この本買っていくですね!」


鳴海はそう言って手近にあった古書を差し出す。「いくらですか?」


「いいよ、もっていきなさい」


その言葉に俺も鳴海も驚いた。店主はそのまま続けた。

「そろそろ・・・店を畳もうかとおもってるでな」


*****


鳴海の手には店主から譲り受けた一冊の古書。

鳴海はどうしても払うと言っていたが結局店主に諭され〈借りる〉ということで落ち着いた。正直、俺が本マニアで「もっていきなさい」と言われたら喜んで持っていくが・・・。鳴海にはそうしたくない思い入れがあるのだ。


「なんだか、寂しいです」

「そうだろうな。あの人とは付き合い長いのか?」

「はいです。わたしが4歳の頃からですね。いつもおじいさんと・・・おばあさんと一緒に本を読んでいたです」


口ぶりから察するにおばあさんはもう亡くなっているのかもしれないと悟った。

鳴海にとって物心ついたときからあの店主が傍に居たんだな。

その人が、もう店を畳むと言った。それは鳴海にとってもうひとつの我が家がなくなってしまうのと同じ意味なのかもしれない。


「・・・見つかるといいな〈小さな勇者〉。俺も、探すの手伝うよ」


同時に読んでみようと心に決めた。


「先輩。ありがとうございますです。今日は先輩に勇気付けられてばかりです」


勇気付けた?そんな場面はあっただろうか・・・?


「わたし、今日、先輩が文化祭をやりたいですって皆の前で皆が言いたかったことを言ってくれたのが嬉しかったです。先輩が言ってくれたように、わたしたち2年生にとって3年生と一緒に文化祭ができるのは最後です。だから、わたしも文化祭やりたいんです。がんばって・・・、かいた・・・ので・・・」


何を書いたのか、聞こうとして鳴海が一気に前へと駆け出した。

「先輩!ここまでで大丈夫です!遠回りさせちゃいましたね。でも、一緒にあの本屋さんに行けてよかったです!また明日学校で!!」


一気にまくし立てると、鳴海は曲がり角を曲がっていった。あの先に鳴海の家があるのだろうか。弟たちの話を思い出し、気になったが俺は踵を返すことにした。


『・・・式瀬くん』


今まで静かだった枝紡がやはりムッとした雰囲気で声を掛けてきた。


「なんだ?電話はするぞ」

『思い出した、あの子のこと』

「は?」


『はるひなるみ、だよ。なるみって名前が引っかかってたんだ。ほら、式瀬くん覚えていない?演劇部が衣装を頼みに来たときのこと・・・』


*****


曲がり角に、立ち尽くす。息が整わない。ちょっと逃げるように走っただけなのにこんなにも息が苦しくなるのはどうしてだろう。


なんか、今日は、不思議な一日だ。


先輩と、ずっと一緒だった。不思議な一日。

どうして、あんな風にわたしは逃げちゃったんだろう。

もう少しだけ、お話、してみたかったのに。


なんか、変だ。本を読んでいるときよりも、胸が苦しい。

ドキドキして、わくわくして、そわそわして。


ほんのちょっとだけ、期待した。

先輩が追いかけて、曲がり角を曲がってくるんじゃないかって。


・・・・・呼吸が落ち着いた。

車やバイクが何台か通り過ぎた。


「あ、帰って晩御飯の用意手伝わなきゃ」


帰り道。

あんなに振り返りながら帰ったのは、初めてだった。


そうだ、寝る前に第6章、読み返そっと。



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