〈episode13〉策略
「い・・・イルヴァナが・・・!?」
「死んだ…」
「それは事実か、オリオン」
任務を終えたウィズ、ウィード、エッフェンバルトが円卓へ戻るとそれぞれが驚愕の表情をオリオンへと向けた。「ええ、事実よ」
沈黙が円卓を取り囲み、誰もが次の言葉を言う事を憚った。
皆がイルヴァナは負けるわけがない、ましてや人間ごときに、そう信じて疑わなかったからだ。だからそれぞれの任務に就く余裕さえあった。
彼女なら無事に任務を終えて、リロウスとアーフェンを連れ帰ってくるだろうと。
しかし、イルヴァナは消滅した。あちら側の力によって。
重い空気が流れていることは分かっていた。だが、俺は次の事態に向けて動き出す為に重い鉄の大扉を開けた。
「随分と、神妙ですね。彼女はあれほどまでに使うことを憚っていたレイティア型の傀儡を使い、そして敗北した。普通なら、ありえない」
いくら〈朽体病〉の兆候があった彼女でも、傀儡を使い体も魔力も万全だったはず。むしろ強大な物になっていたはず。では、敗因は何なのか。
考えるだけ無駄に思えるほど、その答えは明白だった。
「リロウスとアーフェン、か」
オリオンが腕組みしながら考え込む。それを俺は否定した。
「いいえ、もっと別の力でしょう」
ウィズが声をあげて驚いた。ウィードは眼を床に伏せたまま、エッフェンバルトはふうっと一息溜息をつく。
「リロウスとアーフェンはあちら側の力に気付いたのです。考えてみてください。魔導師たちは〈主様〉から魔力を植え付けられ、人間から進化した。そして、進化しなかった人間たちには病が発症した。つまり、人間たちの遺伝子には未だに魔力の根源が残っているという事」
「お前が言いたいのは、人間たちの魔導師化、か?」
エッフェンバルトが俺の話を中断する形で問い詰める。「そんなこと、ありえないだろう」
「いいえ、ありえます。現にイルヴァナが死ぬという有り得ない結果が生まれてしまいました」
イルヴァナの死を口に出すと彼らの気分が沈んでいくのが分かる。
それは仲間であり戦友であった者の死を痛感、悲観するものであり、
自分たちの能力への絶対的な信頼が揺らいでしまったものであり、
一方的に突きつけられた〈死〉への狼狽えだった。
「ねーフューリ。ほんとにイルヴァナは…」
睨みつけてくるエッフェンバルトを余所に、ウィズが俺に向けて今にも泣きだしそうな声を向ける。
「ああ。あちら側の魔導師の力によって。ただ、それはこちら側の力とは少し違うようだ」
俺は淡々と告げる。今度はウィードがぼそっと呟いた。
「少し、我らと、違う、とは」
「上限がない。いくらでも、強くなる。あちら側には〈器〉がいるようです」
〈器〉という言葉に円卓の空気が固まり、そして鋭い刃のように緊迫した。
「どうして、そんなことが貴様に分かるのだっ!」
たまらないといった様子で俺の襟袖を掴みかかってくるエッフェンバルト。
「それは、もちろん。僕もまた〈器〉だからですよ。ご存じでしょう?」
「お前も、あちら側からやってきた人間であったな」
「元、ですけどね」
しばらくにらみ合いが続いた後、エッフェンバルトは俺を離しズカズカと円卓の席に座り腕を組んだ。
「簡単にまとめましょう。あちら側は力を手にした。その原因はリロウスであり彼女を解き放ったのがアーフェン。今、あちらの脅威は拡大しつつある。彼女たちの目的が僕らに対する反逆であるなら、それは〈主様〉への冒涜だ。これは許されない」
オリオンが頷く。続いてウィズが怖い、といった風にウィードへと抱き着いてウィードは彼女をしっかりと抱いた。エッフェンバルトは憮然としている。彼なりに彼女たちを信じていたのだろう。彼は今、やるべきことに気付いたようだった。
「奴らは、我々と戦争をするつもりか」
「どうでしょうね。ただ、黙って侵攻されるつもりはないらしい」
「これは、二つの世界による戦争と言う事か」
「そう解釈しても。恐らくアーフェンはこうなることを予想していた。いや、こうなるように仕組んだかもしれません。だから手を打った。僕らは一歩だけ遅れてしまったんですよ」
そこでしばらく黙っていたオリオンが口を開く。
「こうなることは、ずいぶん前から決まっていた、と?」
「ええ。そして、アーフェンはこちら側を潰す気だ」
「それならっ!今すぐに俺が・・・っ」
エッフェンバルトが立ち上がる。彼としても傀儡を一体持って行かれている。個人的な私怨もあるだろうし、彼は誰よりも戦争を憎んでいる。
「しょーぐん、まって!!」
とことことウィズがエッフェンバルトの前に走ってきた。その身長差は呆気にとられそうだ。見下げる方も大変だろう。見上げる方はそのままでは声が出せないようだったので顔を見ることは諦めていた。
「な、なんだ・・・?」
「おいらがいく」
「なに!?」
突然の決意。ウィズは小さな体を少しだけ震わせて立ち塞がる。
「おいら、イルヴァナの敵を討ちたいんだ。いいだろ?」
「お前では、無理だ。敵はイルヴァナを殺したんだぞ」
「2人、なら、どうだ」
いつの間にかウィードが近くに寄っていてウィズを肩車するとエッフェンバルトと同じ目線の高さになった。
予定通りと、すかさず俺は彼女たちに加勢するように言う。
「将軍は今傀儡が足りず存分に力を出せないだろう?アーフェンの狙いはそこにもある。世界で唯一の能力を持つ将軍の力は、あちら側からしたら厄介だろうしね。今、将軍が言ったように彼らはイルヴァナを殺した。それほどに強大な力を持っている。万全を期すというのはどんな戦いでも大切な事でしょう」
俺はもっともらしい事を平然と言った。
現に、エッフェンバルトの能力は唯一であるが故に欠点があった。
下手をすると、彼の能力自体機能しない可能性あったのだ。
「だからね、おいらたちがまず将軍の傀儡を探して、持って帰ってくるよ!」
「そんな、手助けなど」
「もう、仲間、失いたくない」
「俺が負けるとでも…」
将軍はそこで口籠った。イルヴァナだってそうだった。
負けないと思っていた。結果は、敗北と死亡だった。
「おいらたちのおまかせっ」
「大丈夫、傀儡、探すだけ。帰ったら、将軍、任せる」
しばらくの沈黙。俺は自分の席に座ることにした。
答えが出そうにない。仕方がない。
「まあ、決断は急がなくてもいいと思います。彼らがこちらに侵攻してくることはないでしょうから」
「なぜ、そう言える?」
将軍が俺に踵を返して言う。
「彼らはこちら側へのアクセスを知らない」
*****
その日、一旦、円卓は閉じられた。状況を判断し、相手の情報も集めようということになる。
焦ることは無い。道筋が出来ただけでもいい。
物事には順序がある。順序が破たんした時、俺の目的も破綻する。
1人は不穏に思い始めたようだけど、それはそれで都合がいい。
今は彼女も迂闊には動けないだろうから。
俺はその彼女と2人、円卓に残っていた。
「自室に戻らないのか」
「ええ、まだここに居たいので。〈主様〉の呼吸を聞いていたい」
「…エッフェンバルトは勝手に扉を開き、あちら側に行くかもしれんぞ」
「そんなこと、彼はしませんよ。彼は出来ることなら戦争なんてしたくないでしょうし」
家族を失ったから。
「…まあいい。わたしは帰るとするよ」
オリオンは僕を訝しんだ後、背を向け鉄の大扉に手をかけた。
そのままとっておいた言葉のように俺に問う。
「そういえば、なぜ、あちら側にいる敵が”彼”らだと、知っている?」
どうやら、さっき口が滑ってしまっていたようだった。
俺の失敗をオリオンは見逃すまいと、ずっと黙っていたのか。
さすがはトップの魔導師。アーフェンの居ない今は。
「…ふふ。鳥がね、教えてくれたのです。彼とは、同じ匂いがする」
「〈器〉特有の匂いというものか」
まあ、そんなところです、と俺が言うとオリオンは何も言わず出て行った。
俺は〈主様〉が眠る奥の間へと足を運んだ。
そして彼女の真っ白な長い髪を指で掬うように撫でる。
その質感を確かめるように優しく握った。
「テトラ、君はいつ、目覚めるのかな。僕はもう待ちくたびれているよ」
背後で大扉が開いた気がしたが、
それはもう、どうでもよかった。




