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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第12話〈炎禍ノ章〉「彼女は共に生きてゆく」

瞼を開ける。とても重たかった。


真っ白な天井が俺を迎える。俺が目覚めるのを待っていたわけではなさそうだ。天井はシミも無く無表情なまま、こちらを見つめている。虚ろなままの気分。体全身が重く、熱い。そして、痛かった。起き上がろうと試みても脳内で意識が働かない。思っていても運動系の信号が働いていないのではと考える。考えれば考えるほど頭痛が俺を悩ませた。


瞼を閉じる。やはり重たいまま。


視界が真っ白な天井から暗黒へと転換すると、つい先ほどまでの現実離れした出来事、魔導師との戦い、いや、彼女の言葉を借りるなら〈殺し合い〉が行われたのだ。俺は、枝紡に眠っていた魔導師の力を使った。その名は〈炎禍〉。ほのおのわざわい。禍を持って福となる。か。果たして今あるこの現状が福と言っていいのかどうか俺には答えが出せそうにない。

砕けていくイルヴァナの顔を思い出した。彼女は最後に泣いていたのだ。

レイティアと、傀儡の名を呼んで。

彼女とそのレイティアという存在にどんな関係があったのかなんて知らないが、俺たちは間違いなくそのレイティアという存在に助けられたとも思った。

一体誰なんだ、どうして最期にあんな結末を〈傀儡〉が望んだんだ?

それはきっと俺に知ることなどできない。

1つだけ確かなことは、


枝紡が、俺の中でまだ生きているという事。

もちろん、リロウスも。


戦い疲れたのか、”あの”痛みのショックからなのか枝紡はすっかり寝息を立てて俺の精神の中で眠っている。リロウスも然りだ。

久しぶりに訪れている俺の心の平安。とてもとても静かな夜。

月は相変わらず、夜の暗闇を邪魔してやろうとばかりに輝いてこちらを覗く。

どういうわけか笑って見えた。ムカつくほどに、笑ってやがる。


「…っ」


静寂が文字通り音を立てて崩れ去る。鼻をすする音は、寝ている俺の左側から。

俺は彼女の事を知っているし、彼女も俺の事を良く知っている。そして、この中に居る彼女にとっては親友だ。

矢薙沢栞菜は両手で顔を覆い、泣いている。別に俺も誰も見ていないのだから顔を隠す必要なんてないだろと思うけど、口すら動かせない。声帯すら震わせることのできない状態であることには少しショックを受けた。

俺が目を覚ましたことに気付いたのか、栞菜は両手を顔から離し、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向ける。ずいぶん長い時間泣いていたのだろうか、目は真っ赤に充血し、ひっくひっくと嗚咽も止まらない。俺が目を覚ましていることに喜びや心配が爆発していると思いたいが、栞菜はそれをうまく言葉に出来ない様子だった。俺の主観的発想だが。


栞菜は、俺の手を握る。両手でぎゅうっと。俺は力を振り絞ってどうにか握り返すことが出来た。すると、栞菜は再び泣きだした。すすり泣くことなく、今度は声を共にして。

どうしたんだ、と聞きたかったが聞けないもどかしさ。沈んでいた気持ちがさらに沈んでいくと沈んだ先の記憶の底に、枝紡の”本体”の事を思いだした。

俺には、栞菜の状態も加えた上で嫌な予感と悪寒が走り、全身に汗が滲むのを感じた。

必死に、栞菜から告げられたのはそれから10分ほど経った後だった。


「…ふたばが…」

栞菜は俺の左手を持ちながら祈るような形になる。


「…ふたばが…死んじゃったよぉ……。りくぅ…」


*****


枝紡家の令嬢、枝紡ふたばが死亡した。

原因は、最近藤咲市で話題をさらっている通り魔による残忍な犯行。

また、枝紡ふたばの同級生で友人の式瀬陸斗もまた犯行に巻き込まれ一時意識不明の重体となったが、一命を取り留めた。


テレビから流れてくる情報がまるで自分の物だとは信じがたかった。

まさかこんな形で自分の名前が世間に知れ渡るとも思っていなかったわけで。

テレビ画面では、アナウンサーが現場のリポーターと中継を行い、〈犯行が行われた〉とされる海岸にて現場報告をしている。現場は凄惨なもので、どかっと巨大な穴が無数に空いており、所々に燃えた跡もあった。だが俺が気になったのはその場所に関係のない廃ビルが倒壊した事件があったという事。警察は事件の関連性を調査しているのだという。俺は廃ビルになんて行っていないのだが。それに、イルヴァナが置いていったあの大剣は一体どうなったのだろう。未だに海の底に沈んでいるのだろうか。例えあれが発見されたとして警察はどのように処理するのだろうか。「通り魔の犯人はこの凶器を使って犯行に及びました」なんて言えないはずだ。あれは魔力を得た俺でも持てない。まして普通の人間には持てるわけがない。

また、近所の人間の目撃情報も多数あるらしく、そのどれもが空想じみたもので信憑性を欠いているように思えた。もちろん、俺以外の人間にとってはだ。


あの戦いから、二日が立ち、俺はまだ病院のベッドの上だ。

多少動けるようになったが、まだ起き上がるほどの体力が戻っていない。

相変わらず枝紡とリロウスも眠ったまま。

俺は動かなければならなかった。急がないと、枝紡の体が埋葬されてしまう。

そうなる前に枝紡を元の体に戻さなければいけない。

目の前で握りつぶされ捨てられた枝紡の心臓。あれもリロウスの魔力があれば元に戻るのではという期待があった。だから何としても俺はこの病院からでて例の診療所へと向かわなければならない。

無理やりに体中の筋肉を叩き起こす。

どっと汗が吹きだし、痛みが甦る。痛くない、痛くないと言い聞かせ上半身を起こす。それだけで息が上がる。

どうしてこうも疲れるのか。多分、戦いの後遺症だけではないと思った。

俺の中に人1人、魔導師1人を抱えているから?

運動量は3倍必要って事なのか?それは今考えるべきことではなかった。


ベッドから起き上がる為に腰を軸にして両足をベッドの左側へと移動。腰を掛ける状態となり俺は歩くことを覚えたてた子羊、もしくは小鹿、良く言って2歳児の如く不安定な歩行をする。何かに捕まっていないと途端によろめき、不安が襲う。そんな姿を見つけたのは栞菜と、母さんだった。


「な、なにしてんの、りく!」

「寝てなきゃダメよ?」


俺はあっけなくベッドに戻される。為す術は無かった。

栞菜は制服を。夏の暑い季節だというのに冬に着用するブレザーを着ていて、

母は全身に黒を纏い・・・喪服だった。

誰の?なんて聞かなくても分かる。枝紡ふたばの葬儀が行われようとしている。

違う、彼女は死んでいない。俺の中で生きているんだ。

そう言って二人は納得し、葬儀を中止してくれるのか。

いや、有り得ないだろう。俺と枝紡は通り魔殺人の被害者ということになっている。俺が何を言っても恐怖のあまり錯乱していると思われるのがオチだ。

最悪の場合、違う病院に再入院もあり得るかもしれない。

それでも、俺は違うんだ、と言う為に口を動かした。精一杯声帯を震わせ言葉を出すことに尽力した。が、声はかすれて自分の耳でも聞き取れない。2人は俺が何か言いたいというのは分かってくれた様子で、医者を呼んだ。医者は「まだ混乱しているのでしょう」なんて、俺にとってはテキトー以外のなんでもない事を言った。


「陸斗君…、ふたばちゃんのこと、守ってあげようとしたんだよね」

母さんが優しい声で俺に言う。間違ってはいないが、俺を助けたのはむしろ枝紡だった。

「今日さ…、これから、ふたばのお葬式、なの。りくが眠っている間、お通夜も済んで今日は火葬があるんだ。行きたくないけど…、ふたばとお別れ、したくないけど…」


なら行くな、枝紡の体をここに持ってきてくれ。

俺はそう言いたい。叫びたい。栞菜はまた泣きそうになっている。

そんな時、俺の中で小さく鼓動が聞こえる。枝紡が目覚めたのが分かった。

俺は、枝紡と会話を試みる。


『おい、聞こえるか?枝紡』

『うん。聞こえるよ、式瀬くん。私、死んじゃったみたいだね』

『いや、お前は生きているじゃないか、俺の中で。それに体だって…』


俺は言おうとして、言葉が出てこなくなった。

何も保障がないからだった。リロウスは未だに目覚めない。もしかしたら…とも思ってしまう。それにリロウスは自らの寿命を削っていると言っていたのだ。

もし、全てが上手くいき枝紡が体を取り戻したとして、そのあとどうなる?

リロウスが知る残り5体の魔導師を倒し、その行きつく先に〈主〉と呼ばれるラスボスがいる。倒すべき魔導師だって5体だけとは限らない。イルヴァナであの強さだ。俺が勝てたのも自力じゃない。半分、イルヴァナの自爆のおかげでもある。俺は奴らと戦うたびに枝紡を巻き込み、同じ目に合わせなければいけない。俺の体を使って戦ってもらわなければならない。力を貸してもらわなければ俺は何とも戦えない。


枝紡は、俺の思いを知っているようだった。当然か、俺の心情の吐露は精神が一体となっている彼女たちには筒抜けなのだから。


『…私は、むしろ逆だよ。私が式瀬陸斗という人間を殺したと思う』

『どうしてそんなこと…。お前はあの時、俺を助けてくれたんだろ?』

俺の体が引き裂かれたとき、枝紡に迷いはなかった。

『それが結果としてこの先、永遠に式瀬くんをこのジレンマから解放できなくしてしまった』

枝紡は淡々と言う。そのまま淡々と続けた。

『…できることならね、戻りたいよ。自分の体にね。この状態だって式瀬くんの体を間借りしているみたいで申し訳ないし、いけないことだってわかってる』

『じゃあ、今すぐに、俺は枝紡の体を・・・!』

『でもっ!!!』


俺の言おうとしていることを遮る枝紡。その語気は今までの彼女からは想像できない強いものだった。


『…でもね、この方が、都合がいいと思ってしまった』

枝紡は、都合がいい、という部分を言いずらそうに言った。言っていいものか考えた上で言ったように。


『また、都合、かよ。リロウスもそんなことを言っていた』

『まだ他にも敵がいるんだよね。きっとそいつらも近いうちに襲ってくると思う。その時、私が傍にいなかったら式瀬くん、どうするの?』

『…そのときに、考えるさ』

『それじゃ、遅いんだよっ!私は、もう、式瀬くんのあんな姿みたくない。血まみれのあなたをみたくない…』


枝紡の声が揺れる。

母さんと栞菜が、瞼を閉じた俺を見届けると病室から出て行った。

呼び止めることは出来ない。


『私は、私が持っている力で式瀬くんを守りたい。怪我だってさせないように、戦いたい。それが私のするべきことだってこの2日間、ずっと考えて出した答え』

『そんなの余計なお世話なんだよ。俺は枝紡に普通の日常を送ってほしい。残りの事は…俺が何とかするから…』


今は本当にどうすればいいのか分からないから、何とかするとしか言えない。

自分の無力を自分の言葉に教えられる。


『何とかってどうするの?どうやって戦うの?もっともっと強い敵が来るかもしれないんだよ?どうするか、教えてよ!』


枝紡は、強い口調から段々と、震えた口調になっていった。

それが泣いているせいだということも分かっている。


『式瀬くん…。…ひとりで、背負いこもうとしないでよ…。私もいっしょにあなたの運命を背負わせてよ…。あなたが私の命を背負わなければならなくなったように…。あなたの痛みも、あなたの苦しみも、私が一緒に背負うから…。1人で戦おうとしないで…。勝手に、どこかで死のうとしないで…』


その言葉に俺はハッとする。

俺の心の中の栓がぽんっと抜けた気がした。

俺は、1人じゃないんだ、と感じた。

ただ単に、誰かにそう言ってもらいたかっただけなのかもしれない。

俺は、枝紡の言葉にようやく涙を流すことが出来た。

真っ白な病室、つけっぱなしのテレビの音が虚しく響く中、

俺の弱さと、情けなさが流した血よりも溢れているように思えた。


「ごめん…、ごめんなさい…。枝紡…。ほんとうに、ごめん…」

『だからさ、ふたばでいいってば…』


彼女がほんの少し照れくさそうに笑っているように聞こえた。



*****


俺の体は鎖から解き放たれたように動くようになった。

そして俺は病院服のまま飛び出し、ある場所へと向かう。

枝紡が行きたいんだと言った場所。それは、自身の体が火葬される所。


「炎禍」


俺はその名を呼ぶと体が変わったことを感じた。炎禍の姿で一気に上空へと飛び立つと一路火葬場へ。

少し離れた場所に降り立つと、火葬場にはかなりたくさんの人間が居て、枝紡ふたばの存在の大きさを知ることになった。

俺がここからでいいのか?と聞くと、『式瀬くん、動けないことになってるんだからここにいるのもおかしな話でしょ』と枝紡が言う。


程なくして、大勢の人たちが枝紡の遺体を乗せた霊柩車を迎えて、棺を運んでいく。

あの中に、枝紡の体が…。俺は走り出しそうになるが枝紡の、いや、炎禍の意識に止められる。


『もう…すぐ、なんだね』


枝紡はぼそっと呟く。やはり彼女自身も信じがたいと言った様子だった。

今から自分の体が燃やされ、挙句の果て骨だけになるのだから。でも、それを遠めながら、見ている自分がいる。枝紡は自分の意思さえも押さえつけて俺と共に戦っていくことを決めた。俺は枝紡の命を背負い、枝紡は俺のジレンマを背負ってくれると。


その瞬間は、突然だった。

長い煙突から、真っ黒な煙が天に向けて昇っていく。高く高く、龍が如く時折、ひねりながら。


俺は何も言わずに、ひたすら天空に伸びていく黒煙を見ていた。

俺だって泣きたかった。けれど、


俺の意思とは関係なく、炎禍の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれていく。

炎を纏う体なのに、なんて思うのは野暮だろう。


俺は、自分の意思で唇を噛みしめ、両手で拳を作り、握りしめた。


もう、誰も、こんな思いさせたくない。

俺と、枝紡で、全てを終わらせる。

俺は、戦う。彼女の力をこの身に宿して。

そして、守る。彼女を、彼女の親友であり、俺の幼馴染を、家族を、学校の皆を、


〈この世界〉を。


黒煙に向けて決意する。

俺が背負った運命を全うすると誓う。


俺は、この景色を忘れない。



〈炎禍ノ章〉結。



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