〈episode11〉豪傑・エッフェンバルト
「よくぞおいでくださいましたな、エッフェンバルト将軍」
扉を開け、ずらりと並ぶ魔導師たちが花道を作りその中央、玉座に座する男は口ひげを蓄え中肉中背の体系に黒いマントを羽織って軍服を着用し、左胸の辺りには沢山の勲章が縫い付けられている。その男の功績を称えるものであり、数多の争いを経験してきた証でもある。エミュークスと名乗ったその男は公国・〈イースト・シェイヴ〉の国家主席だ。その隣には息子らしい男が側近として立っている。
この世界には5つの大国があり、それぞれに何百もの公国がある。大国は、〈ウェスト〉〈サウス〉〈ノウス〉〈イースト〉そして我々が住む〈クリア・セントラル〉だ。
それぞれ、国のルールも違えば魔導師の種類、所謂人種も異なる。
〈ウェスト〉は砂漠地帯の民族集団が国家を成し、
〈サウス〉は密林の奥地に突然として現れた国家であれば、
〈ノウス〉は〈クリア・セントラル〉の次に派生した厳寒地の国家。
今回訪れた〈イースト〉の公国〈イースト・シェイヴ〉は比較的に公国間での争いは少なく、〈イースト〉の土地柄上、穏やかな人種が多かったのだがどういう訳か緊急の要請を俺に出してきた。俺自身、実際に〈イースト・シェイヴ〉に訪れるのは初めての事だった。
俺はぴくりともうごかない魔導師たちの間の花道を歩み、エミュークスへと向かう。
「お会いできて光栄です。で、いかなる要請ですかな」
「おやおや、お話が早いですね。まだ会ったばかりだというのに」
エミュークスは玉座に座り直し、続ける。
「先に礼を。緊急の要請に関わらずこの度の争いに力を貸してくれるとのこと、感謝である」
「争いを管理するのが〈クリア・セントラル〉の仕事ですからな」
国家が最初から出来ていたわけではない。
〈主様〉が〈クリア・セントラル〉を作り、その場所から世界は広がっていったという。魔導師と言えど元はあちら側の世界の人間。同様に人種も変わってくる。思想もそうだ。いつのまにか国境が引かれ、魔導師たちは闘争本能に駆られた。国境線を1センチ動かすことにも何万人が死んだことだってある。
そうして、大国が生まれ、公国が作られていった。争いは公国同士の方が多い。
今回の任務もその公国同士の争いだということだろう。
我々〈クリア・セントラル〉の城住みの魔導師は大国に戦争をさせないようにする、いわば中立国だ。しかし、公国同士の争いは各地で毎日のように行われる。小さな火種はやがて大きな戦火となり100年前の〈大戦〉のようなことが再び起きてしまうかもしれない。それを未然に防ぐのが俺の仕事でもある。
〈大戦〉で、俺も大切なモノを失った1人だったから。そういった個人的私怨もある。
「では、本題だ。最近になって我が公国内で突然、魔導師が魔力の全開放を行い爆死するという事件が発生している」
「さながらあの〈傀儡師〉たちのようにですかな」
「そう。この爆死事件により公国の民は疑心暗鬼になっている。いつ誰が魔力を開放するか分からないし、〈朽体病〉とは違う病が発生したのだとデマを言い散らす者もいる。今、我が公国は非常に不安定な情勢にあるのだ」
不安定な情勢は隣接する公国間で伝わり、一気に攻め込まれる。そうやって国の国境を広げていく様は、言ってしまえば国取りゲームのようなもの。しかし、俺の中では疑問が渦巻く。なぜ、穏やかな土地柄であるはずの〈イースト〉でそのような事件が起きたのか。考えつつ、エミュークスの続きを聞く。
「〈イースト〉の公国の中に、〈ウェスト〉の民が作った公国が存在することが分かったのだ。優秀な諜報員のおかげでな」
エミュークスは先ほど入ってきた扉の方を指差し、そこで腕を組み眼を伏せている黒ずくめの男を褒めた。「名をエミリア、という」
エミリアは眼を一瞬開眼させたが、またすぐに伏せた。
彼の眼には冷酷な眼差しという印象を受けた。よほど仕事が出来るやつなのだろう。
「話を戻すが、どうもその〈ウェスト〉の連中が我が公国に侵入し事件を起こしているのではと噂が立ち始めておってな。エミリアに調査させたところ、それが正解だったわけだ。公国内で自爆を繰り返す者は〈ウェスト〉の民。今後、奴らが何をしでかすか。それは容易に想像できるであろう?」
まあ、それはと俺が言う。自分がやるべきことも分かった。
「つまり、〈ウェスト〉の民が作った公国を潰せ、と?」
俺は睨むようにしてエミュークスに問う。
「いや、違うな。統治してほしいのだ。君の国家を作ってほしい。そうすれば〈ウェスト〉との戦争も起きない。事は穏便に、だ。余計な波風は立たせんでもよい」
統治。ということは俺を一国の王にしようとしているのか?
俺にその国を俺の名で押さえつけろと言っているのか、この男は。
エミュークスは不敵に笑うと玉座を立ち上がり、全軍に向けて宣言する。
「親愛なる我がシェイヴの民、全軍に告ぐ。これより我らは〈ウェスト〉の民に屈辱を知らしめる。我が公国の民を傷つけた罰を与えようぞ。今からお前たちはこのエッフェンバルト将軍と共に進軍し、新たなる国家〈ウェスト・サイド〉の旗を立ててくるのだ。お前たちの愛する者を守るための争いだ。だが、〈ウェスト〉の本国に気付かれてはならん。何事も無かったように明日を迎えるのだ」
王の宣言に魔導師たちが喝采と怒号をあげる。
士気が一気に高ぶりを見せたら、俺は水を差した。
「いや、任務には俺とあそこにいるエミリアだけでいい。その方が動きやすい。この魔導師たちは引き続き公国の警備に当たらせてくれ」
扉の方を向き直るとエミリアは、眼を伏せたままだった。
「なに?2人でよい、というのか?」
怪訝そうな表情を浮かべるエミュークス。俺の力を甘く見ているのが手に取るようにわかる。
「いえ、俺とエミリアを合わせて8人、ですよ」
*****
俺とエミリアは林に隠れる。
〈ウェスト・サイド〉は目の前という所だ。
「国家というより、武装集団だな」
鬱蒼とした森の中、盆地になっていた森の中腹に〈ウェスト・サイド〉はあった。が、それはおよそ〈公国〉とは呼べないものだった。恐らく最少ではないかとさえ疑う。家らしい家も無く、あちこちから薪による煙が立ち登り、藁で組んだ家、ではなくテントはそよ風でも大きく靡いていた。しかし、そこから流れてくる殺気めいた匂いは本物だった。
「人数は約200人程度。シェイヴに潜む者は含めていない」
エミリアは冷たい声で静かに言った。エミリア自体は〈ノウス〉の出身と聞いた。
「〈大戦〉で全てを失った」と。
「さて、どうしたものか」
「つかぬことを聞くが、なぜわたしを」
「ああ。実は傀儡を一体失っておってな。どうも6体では隊列が乱れる」
そう言う事かといってエミリアは再び、視線を盆地に戻す。
この男の事はよく読めなかった。
「いい案がある」
程なくして呟くのはエミリア。
「何だ?」
「傀儡を一体、どれでもいいから貸してくれ」
*****
エミリアは小さな公国〈ウェスト・サイド〉の中心に立つ。
向けられる殺意。あっという間に囲まれた。俺は依然として林から見ている。
合図が来るのを待っている。
「俺はエミリア。〈イースト〉の公国、〈イースト・シェイヴ〉の用心棒だ。お前たち全員を殺しに来た」
場の空気がさらに重く、緊張を漂わせる。一触即発と言った状況だった。
「俺は傀儡を持っている。すなわち、お前たちよりも強い魔力を扱うことが出来る。こんなちっぽけな公国、いや、村なんて赤子を捻るより容易い」
エミリアはわざともわざとらしく、挑発する口調で取り囲む魔導師兵たちをイラつかせている。かなりの演技派だと思った。それに、村などと揶揄された魔導師たちは今にも飛びかかりそうだ。
「ただ…。交渉の余地がない訳ではない。お前らの上は誰だ」
誰かがどこからともなく言った。そんな者は、いない。と。
「いない?そんなわけないだろう。お前たちは〈ウェスト〉の国王からの命でここに居るんじゃないのか?」
その問いに対し飛んできた言葉は、違う、だった。「俺たちは俺たちの意思で〈イースト〉を滅ぼしに来た」
エミリアは声の方向を睨む。
「そうか。なら、無血でなくてもよいのだな」
ざわめき。一瞬の出来事だった。エミリアは群衆の中に居た声の主を右腕で一突きしている。貫かれた者からは血が流れ、同時に雄叫びがあがる。
その場にいた全員が武器を掲げ、エミリアへと向かう。その時、俺に合図が来る。
持っていた傀儡を天に放り投げる。それが合図だった。
「さあ、目覚めよ、我が4番目の子、〈ドナ〉…」
*****
「簡単な話さ。正義を演じればいい。おそらく奴らの上には誰もいない。〈ウェスト〉の国王も、それに付き従う上官も。調査をしても何も出てこなかった。やつらはここから第6の大国を作ろうとしている思想家の集団なんだ。その足掛けが比較的穏やかな〈イースト〉。力なき民を圧制し、恐怖で支配しようとしたんだろうな。浅知恵もいいところだが。彼らの最終目的は〈大戦〉の再来といったところだろう。いずれトップは必要になってくる。そこであんただ、エッフェンバルト。〈クリア・セントラル〉のあんたが来たとなれば連中も黙るだろう。しかも救いにやってきたとなれば。俺が徹底的に悪を演じる。あんたも徹底的に正義を演じろ。それが巨大な争いを防ぐ唯一の方法だ」
饒舌に話したエミリア。至極当然に、単純明快な話だった。
そこでようやく気付く。
エミュークスは全てを知った上で、俺の名前を利用したのだと。
ならば、利用されてやろうと。
忌まわしき〈大戦〉の再来を望む物がいるのならば。
誰もが不安なのだ。
まとわりつく〈朽体病〉の事。
未だ冷めぬ争いの熱がある事。
傀儡師がいない事に。
不安は、見えない敵を生む。自身の心の中に。
どれだけ屈強な体や魔力を持っていても、心が弱ければ正義も悪も紙一重なのだ。
奴らはそう言った類の集団だった。
自身の不安を肯定する為に争いを望む者たち。
思い知らされた。世界はどこまでも終わらない不安で満ちているということを。
全てが終わったのは3時間後。
俺とエミリアはなぜか全力で戦うことになったが、互いに命からがらという寸前でやめた。エミリアが最初に突き刺した魔導師も治療魔法で事なきを得た。
俺は正義に、エミリアは悪に。終戦後、エミリアは姿を消した。
〈ウェスト・サイド〉の民たちは俺に向かい、頭を下げ続ける。
「助けてください…」と。
彼らは、自国を追い出された者たちだった。その全員に〈朽体病〉の兆候がひしひしと現れ、助けを乞う。〈朽体病〉は伝染病なんです。という風潮が〈ウェスト〉にはあったらしい。
自国での迫害や、差別。馬鹿馬鹿しいとさえ思ったが彼らの眼に宿る芯を俺は見逃さない。
全てを知っていたエミュークス。
そして、迫害が起きている〈ウェスト〉。
なら、一体だれが〈イースト・シェイヴ〉の街で自爆するように指示していたのか…。
果たしてそれは本当に〈ウェスト〉の民だったのか…。
事後報告。
何事も無かった今日を過ごし、明日を望んだエミュークスは、何者かによって殺されていた。
混沌と嘆きに満ちた城内。
俺の知らない世界で何かが暗躍している。そう感じた。
結果として、〈ウェスト・サイド〉は統治、その後解体。民たちは〈クリア・セントラル〉へと送られることになった。
そして〈イースト・シェイヴ〉の新しい統領には、エミュークスの息子がつくことになったのだが・・・、
俺が彼らの世襲争いに巻き込まれただけという事実を知るにはまだまだ時間が足りなかった。




