〈episode10〉双子の魔導師
「ウィズ、ウィード、城下から要請が入った。今すぐ〈朽体病〉患者の経過調査及び延命治療を行ってきてくれ」
そうおいらたちに命令するのはオリオン。
イルヴァナをこの円卓で待っていたいのに、仕事に出なきゃいけないなんて…。
ちらりとウィードを見遣る。もうすでに立ち上がり扉の方へと歩き出していた。
「おい、ちょっと待ってくれよ、ウィード!おいらも行くー!」
「ほら、ちびすけ。しっかり働いてこいっ!」
おいらのお尻をベチンと叩くエッフェンバルト将軍。飛びあがるような衝撃が走る。おいらは将軍にベーっと舌を出し、ウィードの後に続いた。
長い廊下。おいらはウィードの隣を歩く。
「ねーウィード。ウィードも円卓で待っていたいよね?」
「オリオンからの仕事、これも、大切」
相変わらず単調な返答。基本的に無口なウィードはおいらが話しかけないと喋らない。
おいらとウィードはこの世界で唯一の双子の魔導師。双子とは言ってもあまり似ていないから疑われることもあるけど、ウィードはおいらの妹で、しっかり者。おいらが下手こいた時もウィードがカバーしてくれる。ウィードがピンチの時はお姉ちゃんとしておいらがフォローする。おいらとウィードはいつも一緒なんだ。
「だってさー、お仕事と言っても毎日同じことの繰り返しでつまんなーい」
「そういうこと、言っては、ダメ」
ウィードが立ち止り、おいらの肩を抱く。真っ直ぐ見つめる左眼がおいらを吸い込もうとする。
「ったくー、ウィードは冗談が通じないなっ」
おいらはウィードの頬をつまんで左右に引っ張った。
「…ひょうひゃん?(じょうだん?)」
ウィードは頬を引っ張られたまま話す。そのまぬけな表情と口調においらは笑いが止まらない。
「あははははっ!ウィード、かわいい!」
「…うぃふ、ひぃふぉほ、ひひまふほ(ウィズ、仕事、行きますよ)」
ウィードはつままれている頬の指を離すと、スタスタと先に行ってしまう。
「へへへ、はーーい、あいあいさー」
おいらはひとしきり笑った後、ウィードの後を追って再び長い廊下を歩き出した。
ウィードはいつも先に行く。おいらを置いていってしまうんじゃないかって思うくらいスタスタと。でも、おいらが追いつきそうになると決まって足を止めて振り向いてくれる。そして今日も2人で城下の街へと向かったんだ。
*****
「おじゃましまーす」
おいらとウィードが向かったのは、城下の街から少し外れにあるお屋敷だった。
オリオンからの伝令で「今日はその屋敷を優先してくれ」との事だったからだ。
小高い丘の上に立つお屋敷は、おいらたちが住んでいる城にはさすがに劣るけどこの街のお屋敷の中でもかなり優れている方に見える。
早速、門の呼び鐘を鳴らすと奥にある屋敷から婦人が出てきた。その様子はとても疲弊していて、眼元にはクマがある。泣き腫らした後なのか眼も充血している。
「城の魔導師様、よくぞ…おいでくださいました…。娘を、看てやってください…」
婦人は、おいらたちを門の中へ招き入れると俯きがちに前を歩く。時折、鼻水をすする音が聞こえた。
屋敷の中はかなり広く、相当な大所帯でないと持て余しそうだと思った。
でも、屋敷の中に活気はなく本来いる筈の従者たちはどこへ?と聞くと「皆、死んだのです」と言われた。婦人は何かを思い出したようで、怯えるような声を出し顔を両手で覆った。
おいらはウィードを顔を見合わせ、オリオンが言っていた〈優先〉の意味を考える。
「ちょっと、訳ありっぽいねぇ」
「とにかく、娘、会おう」
泣き崩れる婦人を立たせて、案内を頼む。
婦人はよろよろとふらつきながらおいらたちを地下室へと続く隠し階段の前へと迎えた。「わ、私は…、ここで、待っていますから…」
どうやらこのまま真っ直ぐ階段を降りていけばいいらしい。
婦人から鍵のようなものを預かり未だ泣き止まない彼女を尻目においらたち2人は階段を降りていく。
1、2メートルの等間隔で壁に備え付けられている蝋燭の明かりを頼りにしなければならないほど地下室は暗く思えた。階段はいつまで経っても終わらない。このまま延々と降り続けるんじゃ?と錯覚する。響く2人の足音。反響を重ね、いくつもの足音が聞こえる気がする。こんなことなら段数を数えておけばよかったと後悔。
しばらく下っていたら、扉が閉まる音が聞こえた。
どこの扉だろうか。まさか、入口…?
あの婦人が…?しかし、戻ろうにもここまで降りたからにはという思いが邪魔をした。ウィードは変わらないペースで降り続けている。
「あっ、待ってよー」
「しっ…!…なにか、聞こえる」
急に立ち止まったウィードの背中においらは顔を埋めた。その状態のまま耳を澄ませてみる。
・・・・・・・・・ぅぅ
それは確かに聞こえた。唸り声にも聞こえるし呻き声にも聞こえるし、獣の声にも聞こえる。反響して分かりづらいが何となくこの階段の奥から聞こえる。そう思った。
「なんだろ」
「分からない。行ってみよう」
少しだけ早足になる。
”声”は段々とはっきり聞こえるようになり、階段の終わりが近づいているのだと分かる。
やがて階段の終わりで待ち構えていたのは鉄で出来たいかにも重厚そうな扉。
婦人から預かっていた鍵を差し込み、様々な解除の音を奏でた後、扉が押し開かれていく。
その中は、地下とは思えないほど巨大なホールだった。
舞踏会でもできそうなほどだ。舞踏会をするなら灯りが必要そうだが何も燈されていない。真っ暗だ。おいらとウィードは右手に剣を握り左手には階段から取ってきた蝋燭台を持ち視界を確保する。互いに背中を預けて前後左右警戒しながら歩みを進めていった。
「おありゃっ!」
おいらは転んだ。何かが足に引っかかったんだ。蝋燭が落下し、燃える。
転んだ先の足元を見遣ると、腕が落ちていた。
炎が燃え広がると、周囲の光景が露わになる。
おいらの眼には尋常じゃない量の死体が映る。
折り重なる死体。四肢がバラバラの死体。破片になり原型すら留めていないものまで。
「これは・・・」
「…っ!!ウィズ、危ないっ!!!」
瞬間。ウィードがおいらに体当たりし、2人は死体の山に突っ込む。
ガラガラバリバリと砕けていく音。この者たちは皆、〈朽体病〉患者だったようだ。
しかし、今はそれが問題ではなかった。炎によりその姿ははっきりと映る。
化け物がいる。
奴はこちらを〈〈全身についている眼球〉〉で覗き、背中から生える何本の腕を器用に使いまわして死体を貪っている。死体を貪り終えると、また新たに眼球が開き、腕が生えた。
「な、なに・・・あれ・・・」
「多分、禁忌、犯した」
禁忌。
〈大戦〉の後、傀儡師がいなくなったこの世界で魔導師の体に再び〈朽体病〉の猛威が奮われた。とある魔導師が、「原理は同じだろう」と死んで魂を無くした魔導師の体に転生を行った。それが第一の禁忌。
しかし、何度転生しても現れる病。その魔導師は生きた魔導師に転生を試みた。それが第二の禁忌。
そして、魔導師は自我を失った。
魔力のキャパシティを超え、自分の体を制御できなくなり、転生を繰り返した反動から肉体は異形の物へと姿を変えた。
彼は魔導師を食らった。巨大化していく体と魔力。
全てが終わったのは10年後。
たった1人の化け物を殺すのに途方もない時間がかかった。
今、おいらたちの目の前にいるのは姿かたちは違えど、化け物そのものだった。
まだ小型。10年はかからないはず。
「ウィード…」
「ああ。ここで。殺す」
「これがお仕事かぁ。オリオン、ひっどいよね」
互いに頷き、双剣を構える。
「あ、傀儡持ってくるの忘れちゃった」
「…私もだ」
2人は一気に飛び出した…ッ
*****
おいらたちは全壊した屋敷から婦人を助け出し、医院へと送る。
化け物はすでに〈朽体病〉に侵されていた。
動きこそ鈍かったが、力は城住みの魔導師であるおいらたち2人を凌駕していたと思う。
でも、おいらたちは2人。
2人そろえば、敵いっこないんだ。
とはいいつつもおいらは流血を余儀なくされているわけで。
魔力で治せると言ってもウィードは聞かなかった。「きちんと。看てもらう」
帰り道。
おいらはウィードにおんぶされている。
歩けるって言ったのに。
ウィードはというと無傷だった。いや、おいらに見えないように治癒していたのかもしれない。怪我の回復にはかなりの魔力を消費するから。
ウィードは顔色変えずにすたすた歩く。
「ねえ、ウィード」
「なに」
「怒ってるの?おいらが怪我しちゃったこと」
「…いや」
むすっとしながら言う妹。
素直じゃないところはおいらと全然似つかない。
「ウィズ、素直じゃない」と言われたけれど。
ウィードの背中は安心した。
おいらはどうしてか生まれつき体が小さくて、ウィードは大きかった。
よくおいらが妹と間違えられたときもあったっけ。
いじめられるのもおいらばかり。その度にウィードがおいらを助けてくれた。そして今回も。
これじゃあ、おいらがお姉ちゃんだって誰も思わないよね。
「ウィズ」
妹の背中に揺られ考えふけっているうちに、ウィードから声がかかる。
「なんだい?妹よ」
「私、ウィズ、いなくなると、思った。怖かった」
おいらは、そっか。とだけ言った。
おいらたちはいつも2人だった。そしてこれからいつまでも2人だろう。
この妹を守れるのは自分しかいない。
妹が悲しむようなことはしてはいけないと、そう思う。
だらしない姉、しっかり者の妹。
2つに分けられた魂は、今も互いの鼓動の音を知る。
円卓での話。
もうすぐ、世界そのものとの戦いが始まる。
おいらはそこでイルヴァナを思い出した。
「…イルヴァナ、きっと、帰ってくるよね」
イルヴァナの顔が浮かび、淡く消える。不安なんてあるわけないのに。
「ええ。絶対。帰ってくる」
ウィードは前だけを見て歩きながら、そう答えた。
「イルヴァナ、強い。負けない」
おいらは疲労と安心からか、妹の背中で深い眠りに落ちる。
夢を見た。
生まれたころの夢。
暖かな木漏れ日。静かな家庭。大好きなお父さんとお母さん。
4人でいる時が幸せだった。
そんな幸せの日々を、
化け物となったおいらが引き千切る夢だった。




