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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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〈episode9〉レイティア姫の物語

小さな頃、両親を失ったアタシは毎日1人で公園に居た。


行く当てもなく、身寄りもいない。食べることを必要としない魔導師の体は便利だ。

お父様が話してくれたことがあった。「我々の元祖であり、魔導師の成り損ないの人間には食欲という無駄な機能がある」と。


幸い、公園にはドーム型の遊具があったり水場もあったため、「暮らす」には支障はなかったと言える。


ある日の出来事。


アタシはいつも通り、公園の隅で1人座りながら同い年くらいの子供たちが遊んでいるのをみていた。

やつらは、楽しそうに互いの顔を見合っては笑い合い、ウキウキと走り回る。

別に羨ましいなんて思わない。思わないし、こんな光景を見るのは初めてじゃなかったし、アタシには無関係だと思ってた。いつも変わらない光景を見るのが、一日の過ごし方だったに過ぎないだけ。

夕暮れに差し掛かった時だった。

1人の女の子がアタシの元へと近づいてくる。

今まで一緒に遊んでいた他のやつらはそれを遠くから心配そうに眺めていた。

アタシは、何を言うでもなく眼を伏せその子の出方を窺っていた。


「ねえ、きみ、いつもここにいるよね?」


その女の子はアタシの前で膝を畳み、アタシと同じ目線になってから聞いて来た。


「…いる…けど」

「まえからね、おはなししたいなぁっておもってたの!」


その女の子は、戸惑うアタシを余所に満面の笑みを浮かべている。

構ってほしくない、と思う。


「あたしは、べつに。かえれよ、あたしなんかとはなしてたらきらわれるぞ」

「そんなことないよ。みんな、あなたとおはなししたいって!いっしょにあそびたいんだって!」


なぜか、それが嘘には聞こえなかった。アタシが目線を上げ、その女の子の背後に向けるとこちらの様子を窺う女の子2人と、男の子2人。

アタシは、確認し終わると再び目線を地面へと落としながら言った。

「あたしに、かまわないでくれ」


女の子は、「そ、そっか…」と残念そうな笑みを浮かべ、立ち上がると「ごめんね?」と言いながら彼らの元へと歩き出す。その背中には落胆が見えた。


そうして、今日も日が沈む。

きっとアタシはいつまでもこの場所から出ていけないんだろうなと思った。

ほんの少しだけ、どきどきしている鼓動を感じながら、アタシはお母様のコートで身を包み眼を閉じた。


それは翌日の事。


アタシはまたいつもの場所で座り、公園を眺めている。

すると、どこからともなく昨日の女の子と見たことのない男の子2人がやってきて、いきなり男の子2人が女の子を砂場に押し倒し、女の子を殴ったり蹴ったりしていた。挙句の果てに砂に埋めようとしている。


「た、たすけてぇ・・・」


力なくすがるような声をあげる女の子。

アタシは、気が付くと立ち上がっていた。

気が付くと、走り出していて男の子2人を叩きのめす。

男の子2人は、逃げるようにその場を去って行った。「こ、公園の化け物だあっ!」


アタシは砂に埋まりかけていた女の子を見遣る。ぺっぺっと口に入った砂を吐き出しながら女の子は、また「ごめんね?」と言った。無理やり笑みを作っているが鼻血が出ている。

アタシは砂を払ってあげて、自分の服を引き千切り女の子の鼻血を拭く。

何もかも、夢中に、そして無意識にやっていた。


「たすけてくれて、ありがと」


安堵の表情を浮かべた女の子は砂場にへたり込み、そのまま泣き出した。

「こわかったよおおおっ」


アタシは、そんな姿をただただ見守ることしか出来なかった。

どうしたらいいのか、わからなかった。


*****


「わたしは、レイティアっていうの。あなたは?」


レイティアという名の女の子はあれからひとしきり泣き、今はベンチに座って落ち着きを取り戻している。アタシが千切った服の切れ端を鼻に詰めて自己紹介をしてきた。


「…あたしは、イルヴァナ…」

アタシは虚ろに答える。そう言えば自分の名前を口にするのは久しぶりの事。

最後に名乗ったのはいつだったかと遠い記憶にも思える。


「イルヴァナ!?きれいななまえ!!ほんとうにたすけてくれてありがとね、イルヴァナ!」


レイティアは親しみを込めてアタシの名を呼んでくれた。

そして、あの男の子たちを殴りつけた両の手を小さな手が包む。小さいけれど温かい手のひら。


「イルヴァナにもいやなおもいをさせちゃったよね…。てもきずだらけになって…」

「…べつに。いままでも、けんかはしたことあるから」


レイティアの眼にまた涙が浮かぶ。どうしてそんなに悲しそうな顔をするのかが分からない。


「どうして、いじめられてたんだ…?」

アタシが聞く。レイティアは少し答えづらそうにしたあと、アタシの顔を見て答えてくれた。

「わたし、おしろにすんでいるまどうしのこどもなの」


お城…。あの途方もなく巨大な城に住む魔導師の子・・・?

あそこに住む魔導師は特に優れた者ばかりだと聞いたことがある。アタシたちのように下級ランクの魔導師たちにとって、あの城の存在はうらめしくもあり、レイティアがそういった類の連中にいじめられるのも仕方がないと言える。


「そ、それでね、おとうさんがいま、はやっているびょうきをなおすためのけんきゅうをしているの」


〈朽体病〉のことだとすぐに分かった。


「でもね、なかなかうまくいかなくて、まちではいっぱいまどうしさんがしんで、みんながしぬのは、おまえのおとうさんのせいだーって」


おかしいよね、と彼女は笑う。

おとうさんは、いっしょうけんめいがんばってるのに、と彼女は続ける。


「…イルヴァナのおとうさんとおかあさんは?」

「…しんだよ。おとうさまはせんそうで。おかあさまは、〈くたいびょう〉で」


沈黙。お互いに言葉が出ない。

レイティアがアタシの手を一層強く握った。


「ねえ、イルヴァナ。ここからでていこう?このこうえんから」

「…どうして。それにあたし、いくところなんかない…」

「わたしのおうち。あのおしろにかえろう?」


えっ、と思った。あのお城には魔力の低いものは辿りつけないし、認められた者以外は住んではいけないとされているから。

あのお城の中には〈主様〉がいるのだから。


「だいじょうぶ。おとうさんにきいてみるから!わたし、イルヴァナといっしょにいたい」


レイティアはアタシの手を握ったまま前へと歩き出す。

不思議と、アタシの足もそれに続いていった。

どうしてなのか、わからなかった。


*****


レイティアのおかげか、アタシは城に辿りつくことが出来たが当然、入ることは許されなかった。レイティアが「ちょっとまってて」と言い、城の中へと入っていき、しばらくして父親らしき人物を連れてきた。


「レイティア!いったいどうしたんだね?そんなに慌てて」

「おとうさん、このこだよ!きょうね、わたしをたすけてくれたの!」


父親はアタシの方を見ると、眼を見開き驚いた表情を見せた。

「レイティア、この子はお友達…かい?」


「うん!それでね、イルヴァナはすむところがなくてこまっているの」

「こまっていない。…あたし、やっぱりもどるよ」

「えっ!ちょっと、イルヴァナっ!!」


先ほどの父親の表情を見て、アタシは戻るべきだと感じた。きっと誰がみてもあのような表情を浮かべて、我が子の事を心配するだろう。アタシは軽く会釈をして来た道を見る。


「ちょっと、お待ちなさい」


父親がアタシを引き留めると、そっと後ろ肩に手を置き自分の方へとを向かせた。

優しそうな父親。アタシのお父さんもこういう表情してくれた時があった。


「君は、娘を守ってくれたんだね」

「…そんなことは…」

「娘には友達が何人かいるが、ここに連れてきたのは君が初めてなんだ。それにここは、〈魔力の強い者〉しか辿りつけないんだよ?」


アタシはてっきりレイティアのおかげでここまでこれたと思っていたがどうやら違ったらしい。


「おいで、イルヴァナ。君はもう1人じゃない」

「そうだよ、イルヴァナ。ここがあなたのいばしょだよ」


アタシがどういう表情をしていたのか、それは忘れた。

ただ、アタシの左手に大きな手の平。右手に小さな手の平、その両方の温もりは、いつまでもアタシの手の平に残ってる。


それからの日々。

アタシとレイティアは姉妹のように接し、成長していった。

レイティアの父、サンドロは〈傀儡〉という精神転移魔導体を作ることに成功し、この世から〈朽体病〉の被害者が激減していった。

アタシは、毎日己を鍛錬し、レイティアは〈傀儡師〉になるための勉強をする。

アタシはレイティアを守る為に。レイティアはアタシを守る為に。

いつまでもそんな毎日が続いていくと思ってた。


「どうしたどうした、イルヴァナっ!お前の実力はそんなものか!?」


その日もエッフェンバルト将軍と鍛錬を行っていた。それを見ているウィズとウィード。街を見張るオリオン。傀儡師との連携を担うリロウス。国外調査隊の隊長、アーフェン。そして、〈主様〉の器として城へとやってきたフューリ。

これがアタシの仲間だった。いざというとき、共に戦う仲間たち。

この場所に来て、たくさんの出会いがあった。それは間違いなくレイティアがアタシにくれたもの。ひとりぼっちだったアタシに家族と呼べる存在が出来たのだ。

将軍との鍛錬を終えたアタシは、部屋へと戻る。城内もとてつもなく広い為、部屋に戻るのも一苦労だった。歩いていたとき、ある部屋から言い争うような声が聞こえてきた。それはレイティアとその父、サンドロのものだった。

アタシは、扉越しに耳を傾けその様子を探る。


「私は、どうしても行きたいんです」

「何度言えば分ってくれる?危険なんだ!」


危険・・・?一体何の話を・・・?

その答えはすぐに聞くことになった。


「今も戦地ではたくさんの魔導師が傷を負っています。私は彼らに傷ついてほしくないんです。たとえ傷つくとしてもそれは仮の体であって欲しいのです。だから私は戦地に行きます」


戦地に行きます。

その一言が、頭の中を支配する。

どうして、レイティアが、戦地に…?

アタシの傍に居てくれるんじゃなかったのか?

アタシは、扉の前で立ち尽くした。

その後聞こえてきたのは、レイティアの強い決意だけ。意思はとてつもなく固いらしい。


レイティアの発言から数日が経ち、この世界の情勢は瞬く間に深刻化していった。

いつアタシたちが戦場に赴くのか、そればかりが議題となる。

各国、傀儡師が足りていないという情報もあり、レイティアが言っていたことを思い出していた。『傷ついてほしくない、それは仮の姿であって欲しい』


思えば、最近レイティアと話すことも少なくなっていた。

彼女は常に研究室に籠り、父親やその仲間たちと一緒に傀儡の作成に勤しんでいたからだ。皮肉にも、それが戦争の道具になろうとしているなんて思いもせずに。

アタシはどうにか彼女と話がしたかった。

思いとどまって欲しいと。ここに居てほしいと。彼女がここを出て行ってしまえばもう彼女とは会えなくなる気がした。それだけは嫌だった。気が付くと彼女の部屋の前に居て、ノックをしようと試みる。が、寸止めばかりを繰り返し、これが今のアタシと彼女の距離感なのだと思い知る。

あの日、アタシに声を掛けてきたレイティアもこんな心境だったのだろうか。

もどかしい気持ちが、ノックをする勇気に変わらない。

アタシは彼女ほどの強さを持ち合わせていなかった。


すると、突然扉が開きアタシに激突する。レイティアが出てきた。


「あっ!い、イルヴァナ…」

「…どうしたんだよ、そんなに慌てた様子で」

「べ、別に。それよりもごめんね、痛かった?」

「ああ、痛いから部屋で治療してくれないか?」


レイティアは「仕方ないなぁ」と微笑んで見せた。


部屋はすっきり片づけられていて、アタシの不安を駆りたてる。

別にこの程度の傷は魔力で治癒される。知っているはずなのに部屋に通したということはレイティアも話があるんだろうなと思った。


「イルヴァナ、私ね…」

「…知っているよ。戦地に向かうんだろう?」

「…やっぱり知ってたか…。うん。どうしても行かなきゃだめなんだ」


改めて彼女の決意が固いものだとその眼は物語る。


「アタシは、レイティアを止められないのか」

「イルヴァナでも、止められない。この世界は争いばかり。私たちが命を救うために作った傀儡が戦争の道具になっている。それでも、傀儡を必要としている魔導師は大勢いるの。〈朽体病〉で苦しんでいる魔導師だって。もう、そんなの見ていられない。私がなんとかしなきゃ。他の誰かがじゃない。私がなんとかしなきゃいけないの」


「そんなの、傲慢だ!!!」


レイティアの部屋にアタシの声が大きく響く。レイティアはアタシから目を逸らすことなくじっと見つめてくる。


「傲慢でもいい。何だっていい。私はこの世界を守りたい。そして、イルヴァナを守りたい」


部屋を出ていくレイティアをアタシは止めることが出来なかった。

部屋に残るレイティアの匂い。あの頃から変わらない彼女の匂いがアタシを置いてけぼりにした。


「アタシは、レイティアを、まもりたいんだ・・・・・」


扉が大きな音を立てて、閉じられた。


*****


〈大戦〉の火蓋が切って落とされた。

その主な原因が傀儡師であり、各国が傀儡師を略奪しあい、虐殺しあい、戦火を天高く燃やしていく。

死亡した傀儡師の中に、レイティアの名前を見たのは〈大戦〉が始まってから1年が経った頃の事だ。

レイティアは1人で何万体もの傀儡を作り、それが〈大戦〉の規模を大きくしていったという。レイティアの想いとは裏腹に。

その死はあっけないもので、自らの〈朽体病〉に気が付かず、発見されたときには跡形もなく破片になっていたらしい。


〈大戦〉が始まってから3年。アタシも戦地へと赴いた。たくさんの魔導師を斬った。多分、レイティアが命を懸けて作った傀儡さえも斬ったと思う。


アタシは束の間に城へ帰ると、サンドロがアタシを呼んだ。

サンドロもまた、戦地から帰ってきたばかりの様子で傷だらけだった。


「イルヴァナ、君が無事でよかったよ」

「…でも、レイティアは…」

「そうなることも分かった上であの子がそうしたのなら、それもあの子の運命だったんだよ。でもね、イルヴァナ…」


サンドロは、成長したアタシの肩を抱き、父親の顔をしながら言う。


「あの子の事、忘れないであげてくれ。そして、許してあげてくれ」


サンドロがアタシを抱きしめる。アタシも彼の大きな背中に手を伸ばした。


「実はな…レイティアの、破片を取ってきた」

「えっ…」

「これから、あの子を、作る…」


でも、そんなのは、レイティアじゃない。そう言おうとして止めた。


「僕ら傀儡師はとある作戦を実行することに決めたんだ。だからその前に、もう一度娘に会って欲しいんだ」


会って、どうすればいい?

魂はない。誰かの体になる為に作られる傀儡は、当たり前だが口も利かない。

アタシはひたすら困惑した。


レイティアを作ってしまっていいのだろうか、と。


サンドロはアタシを解放するとすぐに作り始めた。

アタシはただただ、それを見守ることしかできない。


いつまでたっても、アタシは見守ってばかりだった。

たった一瞬、見守るのをやめたとき、レイティアは居なくなった。

見る見るうちに組み上げられていく傀儡。

時折、痛む体に苦痛を滲ませながらもサンドロは作業を続けた。


まる2日間かかっただろうか。

それは完成した。

紛れもなく、それはレイティアそのものだった。


「イルヴァナ…約束をしてほしい」


疲弊しきった声のサンドロ。彼は、研究室の扉に近づきながら私に語りかける。


「君は、強い。でも、いつかその体にも病が現れるだろう。そのときは、この傀儡を使うんだ。僕の知恵と技術の全てを集約した、いわば最高傑作だ。向こう2000年は生きられる。それは保証する。でも、これには僕のエゴも詰まっている」


レイティアの姿をした傀儡。それを使うということは、アタシの姿がレイティアになるということ。

サンドロにとってそれは、生き返りと同義だということだろう。


「だから、その姿で殺し合いをしないでほしいんだ。それはレイティアが望んだ世界のように本来の〈傀儡〉としての使い方をしてほしい。…娘が戦う姿は見たくないしね…」


ふっと笑ってみせたサンドロ。きっと最後のが本音だと思う。


「その子を、そして、その子が守りたかった世界を、守ってくれるかね?」


アタシは、頷く。


見守るだけはもう嫌だ。

見守られるだけはもう嫌だ。


失ったものはもう手に入らない。分かってる。

だからもう、失わない。


アタシは、誰よりも、強くなる。


そしてアタシは、何も言わず作業台の上で横たわるレイティアの姿をした〈傀儡〉に向けて、言う。



「アタシは、イルヴァナっていうの。あなたは・・・?」

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