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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第8話〈炎禍ノ章〉「俺の隣で彼女は笑う」

まず俺と枝紡が向かった先は〈ラ・ポート藤咲〉という駅前に立つ商業施設だ。


円形の4階建、地下3階の施設でぽっかりあいた中央の広場ではイベントが行われたり、冬にはスケートリンクが出来たり、クリスマスツリーがそびえたりする。3階建ながらも展開している店舗は200近くあり、一日では到底回りきれないだろうことが予想できる。逆に言えば一日中、この施設では暇を持て余すことは無い。もちろん、枝紡の予定表にも書いてあった映画館や水族館もこの〈ラ・ポート藤咲〉に入っている。

近年、増えてきた人口はこの施設の恩恵なのかどうか分からないが何も目立ったものがなかった藤咲市に突如として建立した〈ラ・ポート藤咲〉は観光客だけでなく転入者さえも増やすことに成功し、当然ながら藤咲市はどこぞの雑誌が集計、掲載をしている〈住むならこの街ランキング〉とやらで1位に燦然と輝くようになった。当初、建設に反対していた地元民たちも手のひらを返したように大歓喜である。

今日は休日ということもありいつにも増して地元民、観光客などにより賑わいを見せているようで、俺は早速人混みに酔う。そんなもやし体質丸出しの俺を知ってか知らずか、枝紡は俺が来ているロングTシャツの裾を器用につまみ、先導する。人混みなんてなんのその、関係ないわといったご様子で。

まず枝紡が向かったのは3階にある洋服店だった。カジュアルな物からドレスチックな物まで扱うようなお店で、枝紡は気になった服を片っ端から試着する。


「どう?似合ってるかな?」


試着室のカーテンを開けた枝紡はなぜか全身チェック柄だった。

一昔前に流行ったらしいその格好も、今では見かけないが枝紡はまるでまたブームが到来するのでは?と思わせるほど似合っていた。俺が率直な感想を伝えると瞬時にカーテンを閉められ、2分後には全身ボーダー柄で出てくる。某漫画家もしくは囚人のような恰好。どうやらこの世に彼女に似合わない服は無いらしい。


「式瀬くんも何か着てみせてよ」


デートでのお約束のように言う枝紡だが、ここは女性服専門店にしか見えない。

店員さんも女性、さらに言えば他のお客さんも女性。男は俺しかいないじゃないか。


「着るものがねえよ」


そういう俺に手渡されたのはゆったりめの青いワンピース。

枝紡は小刻みに震えながら口に両手を当てて笑っているのをごまかそうとしている。


「き、きっと、似合うんじゃないかなぁ・・・」


顔を真っ赤にしながら言う。照れてるわけもなく、面白がっているだけだ。

俺は何も言わず試着室へと向かった。なぜそんなことをしたのかは分からない。


鏡に映る自分の姿に絶句。


カーテンを開け、俺を目にした枝紡を初めとする周りの客も絶句。

先ほどまで客と店員の声が行き交っていた店内には、軽快なポップスが何も知らずに流れている。我関せずといった具合に。


*****


「いやー、ほんと笑っちゃったよー」


笑い疲れたお腹を抱えながら能天気に隣で歩く枝紡。「永久保存版だったね」


「結局、何も買わなかったけど良かったのか?」

俺は露骨に話を逸らすことに徹底している。何度かプレイバックされているが。


「うん、今からご飯食べるし映画も見るし荷物あると邪魔でしょ」

「それなら順番変えればいいのに」

「ま、これといって買いたい洋服も無かったし、それよりもお金では買えないいいもの見れたしっ」


という調子で話が戻るのだ。写真を撮られていないだけマシだと思った方が気が楽になるだろう。


「よーし、映画を見る前に腹ごしらえしとかないとね」


枝紡は慣れた様子でまた人混みを掻き分け、4階へと向かう。

話を聞くと、ここには栞菜とよく来ているらしい。俺なんて枝紡に誘われていなかったら来ることなんてないだろうと思っていたくらいなのに。


4階にはフードコートと映画館が並列している。俺と枝紡はまず映画館のチケットカウンターに向かい12時から上演予定となっているアクション映画のチケットを2枚購入した。枝紡はずっとこの映画を見たかったらしく座席を選ぶ際にはどの席が良く見えるのか、オペレーターの男性に相談しながら決めていた。運よくその席が空いていたため枝紡は喜びが声に出てしまうほど嬉しそうにチケットを握る。

やっぱり、どう見たって〈普通の女の子〉なんだよなぁ。

リロウスからは逐一、気配の報告を受けているが今の所大丈夫らしい。

だが、油断するなと釘も刺す。


フードコートでは、枝紡はハンバーガーを注文し俺はあまりお腹が空いていなかったのでサンドイッチにした。いろいろとお腹がいっぱいである。


「そういえば、入学式の時に『帰りに友達とハンバーガーを食べに行きたい』とか言ってたよな」

「あっ、憶えてるんだね。そうそう。今の所、実行は出来てないんだけどね」


唯一の女友達である栞菜とは家が真逆で、枝紡が帰るときには迎えが来るらしい。(本人はいらないと言って無視して帰るらしい)

彼女のささやかな夢は叶いそうで叶っていなかったようだ。


「でもさ、今日半分叶ったようなもんだし」


俺は男友達、そして今は休日。半分は言いすぎではないか?

俺と枝紡は、出来上がった品物を取りに行き、食べ始める。

昼食という割にはお互い軽食だったのであっという間に食べ終わった。


「ごちそうさまでした。なんかさ、こういう明らかに体に悪そうなのを食べるのが好きなんだよね」

「枝紡の家ではまず出てこないだろうしな」

「うん。徹底的に栄養管理されてるからね。美味しいんだけど味気がないというか…」


言いたいことはなんとなく分かる。食欲は満たせても、食の幸福感を得られることが少なくなった。だから栄養を度外視し、心も体も満足になる食べ物が食べたくなる。

俺は庶民だからそこまで考えたことは無いけど。


「ちょっぴり親に対する反抗だったり」

「親が決めた学校以外の学校に通っている時点で親からしたらちょっぴりどころじゃないんじゃないか?」

「それは、ちゃんと同意の上だもん。誓約書まで書かされたんだよ?」


お金持ちも複雑な事情を兼ね備えているようだ。

娘を心配しての事だと思うが、幾分過保護が過ぎる。枝紡はそれを嫌がった。

枝紡は大人へ成長しようとしている。きっとそれだけのことだ。俺も見習うべきだな。


「あっ、そろそろ映画始まるみたい」


立ち上がり、トレイを返却口に返す俺たち。

今日の残り半分は、栞菜と叶えてくれよ。そう思う。



*****


映画は笑いあり、涙あり、どんでん返しありの超エンターテイメント作品だった。

俺の隣で枝紡は笑ったり、泣いたり、どんでん返されたり大忙しで、上映が終わるとしばらくぼーっとしていた。

映画にここまで惹きつけられた人を俺は見たことがない。俺が知らなかった枝紡ふたば。俺は彼女の小さな肩を叩き、出口へと促す。


「最高としか言いようがないね」


歩きながら呟く枝紡。よほど面白かったのかパンフレットを購入していた。


「まあ、確かに面白かったな」

「式瀬くん、ああいう映画好きなんだ」

「ああ。なんというかスカッとするよな」


普段はあまり映画とかを見ない俺だがこういったアクション作品は好きだ。

悪い奴らが悪の限りを尽くし見る者のフラストレーションを高め、イライラが爆発寸前なときに満を持してやってくるスーパーヒーロー。勧善懲悪の英雄譚はよくある話だが、この作品の爽快さは、今までで一番と言っていいほど。この作品を見たいと言った枝紡には感謝すべきだと思う。


「また、みたいよなぁ。DVDでもいいけどやっぱり映画は映画館で見たほうがいいな」

「…また、か。…そうだねっ!」


枝紡の声のトーンが少し下がったように感じたが映画を見た後の放心状態から抜け出せていないだけだろうと思い、あまり気にしなかった。


「次は、水族館!!」


枝紡の一言で歩き出そうとしたとき俺の足元に何かがぶつかった。

それは、黒い髪を二つ結びにし、背丈は俺の膝元ほどしかない小さな女の子。

「・・・ごめんなさい」


小さな体は俺を見上げる。

幸い、怪我はなかったようで俺も枝紡も安心した。


小さな女の子は俺の顔を少し眺めた後、すたすたと歩いていく。

迷子ではないようだが、ちゃんと母親の所に帰れるのか心配になった。


「式瀬くん、モテモテだね」

「俺にそんな趣味はないぞ」

「ふーん。そうなんだねぇ」


枝紡にニヤニヤ顔は企みを感じる。いや、本当に勘弁してくれ。

俺と枝紡は気を取り直して水族館のある地下へと向かう。

時刻は午後14時30分。

予定通りに時計は進む。


*****


地下にある水族館だから大したことは無いだろうという固定観念は見事に粉砕された。

展示されている種類は優に50は超えているだろう。熱帯魚のような小さな魚からサメのような比較的大きい魚まで自由自在に泳ぎ回る光景に地下であることをいちいち忘れる。設計者の思う壺だろうな。期待していなかった分だけ、高揚感は高まる一方だ。

今も目の前では巨大なアクリル版の向こうで空を飛びまわるかのように幾百の魚が泳いでいる。枝紡は魚は見ずに俺ばかりを見ていたが。


「式瀬くん、まるでちいさなおこさまだね」

「俺は、いつまでも子供だぞ」

「いや、おこさまだよ」


そう言って微笑む彼女。お互いが、再び泳ぎ回る魚たちに目を奪われた。

言葉を交わすことなく、目の前の光景を目に焼き付けるように。すると、枝紡の左手が俺の右手に触れた。

そのまま、俺の小指だけを控えめに握る。


「・・・」

「今だけで、いいから…」


それからどのくらいの時間が過ぎただろう。

まだまだたくさんの展示コーナーがあったけど、

俺と枝紡は、恐らくメインであろう巨大なアクアリウムの前から離れることは無かった。



*****


夕刻。

時刻は午後16時30分。ここでついに予定が崩れたが枝紡は気にしていない様子。

俺たちは最後の目的地である海を目指し、電車に乗る。

あの水族館を出て駅に辿りついてからも、電車に乗り込んでからも、会話はない。

俺が青いワンピースを着たのが遠い昔のように思えた。

彼女は何か話そうとして、止める。というようなことを繰り返していた。俺も同じだった。気まずい訳ではないが、小指には彼女から伝わってきた緊張と小さな指の感触が残っている。

お互いが意識しあっている状況では、言葉も出ない。

そんな二人を助けたのは、到着のアナウンスだった。


駅を出ると目の前に広がっていたのは夕陽と大海原。

さっき見た魚たちもこの海のどこかで生まれ、育ち、どういう縁か水族館へ運ばれ俺たちと出会った。人と人が出会う確率より低い天文学的数字を叩きだすだろう。

潮の香りが鼻をつつき、生温かな潮風が頬を撫でた。

遠くでは、小さな子供とその母親らしき人物が手を繋いで砂浜を歩いている。時折、子供が手元を離れると、母はその成長を見守るように後を追う。

見えるはずない母の表情が俺には分かった。


「私たちにも、あんな時代があったんだよね」


随分と久しぶりに発せられた枝紡の声に俺はドキッとする。

枝紡は寄せては返す波打ち際を、濡れないように歩く。

俺はあの母親さながらその後ろ姿を見つめていた。


「私さ、私に優しいこの世界が嫌いだった」


俺はただただ彼女の独白を聞く。聞いていてほしいと背中は語っている気がしたから。


「家柄とか、育ってきた環境とか、枝紡っていう名前とか、そういうのばかり人は寄ってきてさ。初めはむしろ嬉しいくらいだったけどそれが段々と、自分が思っている物とは温度差があるんだっていうのが分かった。それに気付いた時にはもうすでに私はなぜか学園のアイドルだったわけで。普通を求めて藤咲に通っても私が求めている普通じゃないほうの普通があっただけ。そう思ってた」


だから、彼女は俺に「ふたばでいいよ」と言った。

枝紡という名前ではなく、ふたばという人間に触れてほしかっただけ。


「栞菜が初めてなんだ。私をふたばって呼んでくれたの」


俺はこの二人の出会いを知らない。俺と栞菜はあの夏休みにちょっとした出来事があったがこの二人が出会っていたことは知らなかった。栞菜は枝紡のことを何も言ってなかった。


「実はね、家出をしてたんだ。もう帰ってこないから!って言って。私、咄嗟の行動だったからお財布も携帯も家に置いてきちゃって、行く当てもなく公園に居たの。そしたら栞菜が声を掛けてきてくれた。それが私と栞菜の出会い。一週間くらいかな、栞菜の家に泊めてもらって、お互いを名前で呼び合うまでになったの。栞菜さ、毎日一回は必ず式瀬くんの話するんだよ?可愛いでしょ」


肩越しに俺をちらりとみる枝紡。夕焼けが眼の輝きを補う。


「式瀬くんのことはフェアじゃないけど栞菜から聞いてたから知ってたんだ。それからかな、意識するようになったのは」


あ、好きとかそういうのじゃないんだけどね。と付け加える。

期待していたわけじゃないが落胆がないといったら嘘になる。


「私はさ、式瀬くんや栞菜くらいの距離感が一番好きなんだ。本心をぶつけるっていうか目と目を合わせるだけで言いたいことが分かるっていうか。それはきっと優しいだけの世界にはないんだよね」


夕陽が半分まで沈むと空が青みを帯び始める。

あの親子はもういない。

俺と枝紡だけが海辺にいる。


「くどくなっちゃったけど、つまりね、私は2人に感謝してるんだ。式瀬くんには休みを返上してもらっちゃってさ。これはそのお礼」


枝紡は手にしていた袋を俺に差し出す。映画館で買っていたパンフレット。


「これ、お前が欲しかったものだろ?」

「ううん。私が欲しかったものは随分前に2人のおかげで手に出来たし、今日はあの姿でお釣りがきちゃうよ」


そしてまた話が戻った。でもあの時のように涙目を浮かべることも口を押えたりお腹を抱えたりはしない。沈みゆく夕日を眺める彼女の横顔には寂しさしか感じない。


「なあ、枝紡」

「…ふたばって、よんで」


夕陽が、沈んだ。


「…どうして、俺をデートなんかに?」


彼女は唇を噛みしめた後、俺の問いに答える。


「笑わない?」

「ああ。何を言われても驚かない自信がある」


先日一生分驚いたはずだから。


「多分、多分さ。今日が終わりなんだって、そう感じたから。女の勘ってやつかな」


俺の方に向き直る彼女は、今しがた見ていた夕陽よりも暖かく、太陽にも似た眩しさ。


「どういうこと・・・だよ」

「式瀬くん、何か私に話したいことがあるんでしょ?私ね、そういうのが分かるようになったんだよ?だから、栞菜と式瀬くんは私の親友」


まるで褒めて褒めてーとせがむ子犬のよう。

やはり彼女は何でも見透かしている。見透かさせてしまうほど、俺は彼女との〈親友〉としての時間を過ごしていたのだろう。


「式瀬くんが話そうとしているのは、多分普通の事じゃないんでしょ」


何か言わなきゃと思う。でも、何と言えばいい。

黙っている時間が長いほど俺はそれを肯定していることになる。

彼女を不安にさせてしまうだろう。

なら事実を伝える?

魔導師が殺しに来る。枝紡の力が必要だ、と?

それとも、何もないと嘘をつく?それこそ無駄ではないのか?

今の枝紡には嘘は通用しないだろうし、リロウスの言う世界の緊急事態は緩和されない。

だがその想い以上に、俺の心を支配したのは、「枝紡には嘘をつきたくない」だった。


こんな俺を親友だと言ってくれた彼女を裏切るなんてできっこない。

枝紡は、俺が口を開くのをじっと待ってくれている。

多分、いつまでも待つだろう。そのくらいこの世界には時間が溢れているように感じた。〈永遠〉という時間が。


「俺は…」


喉元まで出かかっているのに、それをうまく言葉として運べない。

言わなきゃならない事実。きっと、いや、絶対枝紡は信じてくれる。

だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。


「…式瀬くん、ちゃんと聞いてるから…」


枝紡が言ったその瞬間だった。


彼女の表情が一気に曇り、爆発的に青褪める。

ただでさえ大きな眼がさらに見開かれるのを見た。


気付いた時には俺の真横に映画やドラマでも見たことが無いほどの大きな鉄の塊。

いや、塊ではなく剣だろう。

もちろんその瞬間に視認できたわけもなく。


「りくとくんっ!!!!!!!!!!」


枝紡が初めて俺を名前で呼んでくれた気がした。


だが枝紡の絶叫が聞こえたときには、


夕陽よりも真っ赤で、

潮の香りよりも生臭い、



訳わかんねえ量の血が弾け飛んでいた。





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