〈episode7〉描かれた世界、書かれた世界
俺は目を開ける。
どういう訳か眠ってしまっていたようだ。魔導師存亡の危機にありながら我ながら危機感を抱いていない。寝ていた割には時間はさほど経過していなかった。
円卓には俺とオリオンだけが残っている。将軍たちは?と問うと「将軍は遠方の公国から援護の要請を受け出立。ウィズとウィードは〈朽体病〉患者の経過を調査しに行った」と返答が来る。
皆それぞれ、持ち場と役割がある。それは人間の世界と変わりない。
この世界には仕事もあれば政治もある。多国間戦争は小さいものも含めて未だに絶えない。今日もどこかで貴重な傀儡の破片が転がっているだろう。
最も悲惨だった〈大戦〉で、傀儡師を奪い合い、ある一国は奴隷のように扱い傀儡を大量生産させ、ある一国はその真逆。傀儡師を大量虐殺した。ある国では傀儡師を売りにだし、裕福になったということも聞く。とにかく沢山の傀儡と魔導師が死んだ。そして最後に傀儡師たちが一矢を報いる為に一斉を図って魔力の全開放をし体を粉々にしながら各国に甚大なダメージを残す。同時に、この魔導師の世界に対し致命的なダメージを与えた。それは終わりの時が来るまで決して癒えることのない最悪の傷跡。
しかし、魔導師たちは争いを辞めない。今度は残された傀儡を奪い合っている。
恐らくは人間の世界と同様、永遠に争いは絶えない。傀儡師の想いもいずれ風化していくだろう。
彼らは、自らを〈傀儡師〉と名付けその技術を一切口外せず自分たちだけのものとした。製造方法を記した文献は一切残っていないし、弟子たちは皆〈意識制御〉が為された傀儡に転生させられ彼らもまた一切の技術の持ち出しを禁じた。
唯一残っていたものと言えば傀儡の技術を生み出した4人の名前。
トレバート、クエイ、マーデイズ、サンドロ。
彼らは自害するとき、何を思っただろうか。この世界に何を求めたのだろうか。
技術の口外を禁じたのには、何か予感があったのだろうか。
いずれにせよ、彼らは今の技術では到達できない〈何か〉を見出し、傀儡に搭載した。
その〈何か〉を今の僕らは見つけだせていない。
いつまでも争いが終わらない。なぜか。
生きることへの執着からである。魔導師は〈死〉を恐れる生き物になってしまった。〈病〉がなかったから。永遠だと思っていたから。勘違いも甚だしいとさえ思うが、それが神と神が生み出したという〈主〉と我らの違い。永遠を知っているのは全てを見通して来た者だけなのだ。
俺はふぅっと一息吐いて、背もたれに体重を預ける。オリオンは窓の外を眺め、下界を覗く。
今日も城下の街では平穏を過ごす者も居れば〈朽体病〉に罹り、死にゆく者も居る。自らの意思で傀儡の研究に没頭する者も居る。かと思えば世界のどこかでは互いの体を破壊し合っているのだ。全くもって不可解であり、不可思議である。
「ところで」
下界を見つめながらオリオンは声だけを俺の方へ向ける。
「お前はここに居るのか?」
「ええ。イルヴァナを待ちます」
「…帰ってくると思うか?」
オリオンはそこで俺の方に体全体を振り向かせる。その眼は仲間を想う眼をしていると同時に一抹の不安、些細な疑念が浮かんでいるように思えた。
「信じて待っているのが仲間の役割でしょう?」
「お前から『仲間』という言葉が出るとはな。驚きだ」
オリオンは静かに言葉を連ねる。
「イルヴァナは強い。彼女は誰よりも努力をし強くなった。だが、相手方にアーフェンが居るとなれば…」
「いえ。恐らくアーフェンは出てこないと思いますよ」
「何故そんなことが言える?」
オリオンの眼は一層鋭くなったように見える。
今まで魔導師間での殺し合いは幾度となく行われてきたが人間界側での戦いは今回が初めてなのである。何が起きてもおかしくない。オリオンはそれを危惧しているのだろう。
「分かりませんか?アーフェンの魔力が消えたことが」
互いの距離を沈黙が行き来する。
オリオンは右の手を顎に当て、考え込んでいる様子。
確かにアーフェンの魔力は消失した。あれほどまでに強力な魔力が一瞬と言ってもいいくらいに。
「…いや、私にはあちら側の魔力を感じ取れない」
オリオンは落胆の表情を見せ、溜息。俺は「そうですか」としか言えない。
ここで勘付かれるのは、あまり得策ではないが…。
オリオンはこちらを見ながら窓に体重を預けるような体勢になっている。
じぃっと見つめてくるのは、疑いからか。それともそれなりの信頼からか。
「一体、何が起きようとしているのだ…」
「何が、ですか?」
「本当は何か知っているのであろう、フューリ」
流石と言うべきか。
俺は、椅子から立ち上がり円卓から離れ玉座の前に立つ。もちろん、王なる者はいない。
「〈主〉はずっと1人きりだったんですよ」
「えっ?」
オリオンは意外な声を上げた。
表情は見て取れないが恐らく眼を見開いているだろう。
「何もない所にずっと1人きりだったから絵を描いたんです。無限に広がる真っ白に。〈主〉が描いたものは自ら輝きを放ち出し、〈主〉を幸福にさせた。それから〈主〉はシナリオを書くことにしたのです。〈主〉にとって描く絵に終わりはないが書くシナリオには必ずピリオドがある」
「お前は何の話をしている?」
「覚えておいて損はない話です」
俺は背中を向けてオリオンに告げるとさらに続ける。
「我々、魔導師の世界とあちら側、人間の世界。この2つの世界のシナリオはいつしか1つに結ばれ、終わりが来る。僕たちはそのシナリオの登場人物でしかないんですよ」
俺はそのまま玉座の後方へと向かおうとするがオリオンに強く制止された。
この先には、〈主〉が眠っている。
慌てたような口調から一転、オリオンはいつもと変わらない調子を取り戻した。
「お前はいったい誰なんだ?」
「もう何百年も共に過ごしているのに、寂しい事をいいますね。…僕は僕ですよ、オリオン。他の誰でもない、僕です」
俺はオリオンに笑顔を向けた。ちゃんと笑えているだろうか。
「何もかもが偶然とは思えない動きを見せている気がする。あの〈大戦〉だって…」
「それは、この世に「必然」しか存在しないからですよ。〈主〉には終わりが見えている。僕が今話したのはそれだけの事です。それしか知らない」
〈主〉の器としてここにきてからたくさん会話をしましたから、とも付け加えた。
魔導師、人間、あちら側、こちら側、太陽、月、光、影、傀儡、器…。
何を思い、何を考えて〈主〉はこの世の根幹を作り出したのだろう。
〈主〉が見据える先に、何があるのだろう。
俺は、それが知りたい。
〈永遠〉が、知りたい。
その時だった。
俺の体に電気が走ったような感覚。
寒気のような、背中を指でなぞられるような、感覚だ。
とても強い、大きな力を〈あちら側〉から感じる。
それがイルヴァナのものではないことは、容易に分かった。
「オリオン」
「…なんだ」
「我々は、どうやら本気で戦わなくてはならなくなってしまったようです」
窓の外では、大粒の雨が降りしきっていた。




