第7話〈炎禍ノ章〉「几帳面な彼女との一日の始まり」
「ごめん、待った?」
いや全然待っていない、と言ったら嘘になる。それは俺が待ち合わせの時刻午前9時の1時間前に到着していたからだ。
だが俺は敢えてこう言う。
「いや、全然待っていないよ」
~前夜~
枝紡を送り届けた後、リロウスが遠回りをして帰れと言ったのでもうすでに遠回りをしているのだがと思いつつ、従うことに。結局何も起きなかったがリロウスは家についてからも落ち着かない様子で俺の意識の中を行ったり来たりしていた。(ような気がする)
晩御飯を食べ終えた後、改めて枝紡からもらった電話番号が書かれた紙を見る。携帯電話にその番号を入力し、発信ボタンを押すだけだったのだがこれにかなりの時間を要した。栞菜とは気軽に電話できたりするけど枝紡となると話は別で、いつまでたっても発信ボタンを押せない俺に気が付いたのかどうかは分からないがリロウスが落ち着かないままに俺の指を勝手に動かした。
「もしもーし、式瀬くんかな?」
「あっはい…。式瀬です…」
「なんでそんなに声が上擦ってるの?」
「いや、そんなことはないと、思いたい…」
明らかに緊張が伝わっているようだった。
「ま、いいや。明日の事だよね。何時が都合がいい?」
「枝紡の方が準備とかあるだろ?」
「ふたばでいいって。準備?」
「ほら・・・女の子はいろいろと大変だって聞いたし」
栞菜からの情報である。以前栞菜の買い物に付き合わされたことがあり、待ち合わせの時間から4時間ほど遅れて栞菜は到着した。言い訳は「女の子には準備ってのがあるの」という物だったことを思い出す。
顔に思いっきり寝ていた痕がついていたけど…。
「あーそういうことか。気にしなくてもいいけど、気にしてくれてありがと。あちこち行ってみたいところがあるから早めでも平気かな?」
「ああ。多分、寝坊はしないだろうから」
こういう時に限ってアラームが鳴る前に起きる性質である。
遠足前の子供と何ら変わりない。
「そっか。それなら9時とかでいいよね?」
「確かに早いな」
「平気でしょ?」
その後、待ち合わせ場所を決めて電話を切り俺はベッドに大の字になって枕に顔を埋めた。学校ではわりと普通に話せるのに、電話となると緊張してしまった。相手の顔を見ずに話すというのはやはり苦手だ。電話では「間」も怖いし。ましてや栞菜以外の女の子(母さんは除く)と電話するのは初めてだったので俺はぐったり疲れた。そしてそのまま眠りについた。
案の定、リロウスとの会話が始まる。
『陸斗、今日のことなんだが』
『気配の事か?』
『ああ。君は何も感じなかったのか?』
『特には』
自分に迫る危機を察知できない。殺気のようなものさえ感じ取れない。リロウスと出会った時の方がそれらを感じられていたと思う。どういう訳か俺は自分の置かれている状況と現実が混在し合っているようだ。
『今はまだイルヴァナも手出しできない』
『なぜだ?』
率直な疑問だった。その気になればいつでも攻撃してこれるはず。そう思ったから。
『イルヴァナの体はボロボロだ。次は確実に君と私を殺しに来るだろう。だがイルヴァナはこちらの状況を知らない。機を窺っているはず』
『つまり、確実に殺せると踏んだ時点でしか攻撃してこないと?』
『そういうことだ。あくまで推測だが…。あの少女の力を手にする前に攻撃されたら終わりだ。何としても明日、君は彼女の〈器〉となれ』
簡単に言うリロウス。枝紡とデートというイベントに浮かれつつある自分とこの世が魔導師によって養殖場にされてしまうかもしれないという危機、それに対する自分がやらなければいけない使命とが入り混じり、眠気が覚めてくる。そして俺は、寝るに寝られない状態になって、殆ど睡眠もとれずに朝を迎えてしまった。
遠足前の小学生とは違う睡眠不足である。
万が一、枝紡を待たせることになるのは悪いと思い準備をして家を出た。
待ち合わせ場所は家からも近い藤咲学園前駅の時計台だったが、自分でも気づかないほど早歩きだったようで、結果として1時間前の到着となった。
もしかしたら枝紡も俺に気を遣い、30分前くらいには来るかなと思ったが決してそんなことは無く彼女は予定通りも定刻通り。午前9時を知らせる時計台のアラームが鳴ると同時に姿を見せた。
*****
「本当は待ったでしょ?」
待ったけど、待っていないというのが紳士よ。栞菜が言っていたな、確か。
それに倣い、俺は「待っていない」と言った。栞菜の時に比べたら1時間なんて待ったうちに入らないし、それに俺が勝手に早く到着しただけだし。
枝紡は、白いチュニックに小さめの鞄、手入れが行き届いた赤茶色の髪を守るようにこれまた小さめの麦わらハットを頭に載せている。今まで学生服しか見たことがなかったので新鮮だった。端的に言うと、可愛かった。道行く男性に限らず女性までも一度は彼女に振り向いてからまた前を向いている。そんな気さえする。
女の子のオシャレくらい、褒めなさいよね。
そんなことも言われたなぁ。リロウスだけではなく栞菜の声まで聞こえるとは…。
まあ、栞菜の声は記憶なんだけど。
「・・・おしゃれ・・・なんだな」
「はい、ダウト。栞菜ちゃん見えた」
こいつ何者だよ!心の内を見透かされるのは怖いぞ。リロウスまで見透かされるわけにはいかない。
「いや、でもほんとに似合ってると思う」
「うん、それはいいフォローだね、ありがと。式瀬くんの私服もおしゃれだ」
一瞬、言葉が詰まったがこちらも感謝を述べると枝紡は嬉しそうに「えへへ」と笑った。
「で、今日はどうするんだ?」
「ああ、そうだったね。うっかり忘れていたよ」
うっかりにもほどがある。うっかりそのまま忘れていたらどうするつもりだったんだ?
「式瀬くんは、どこか行きたいところあるかな?」
「俺は特に決めていないな」
「じゃあさ、こんな感じで回りたいんだけど大丈夫?」
枝紡がメモを渡してくる。そこにはこう書いていた。
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式瀬くんとのデート(?)予定表
午前9時 藤咲学園前駅の時計台で待ち合わせ(厳守)
同10分 少しお話した後、ラ・ポート藤咲へ
↓
11時20分 お買いものが終わったら、お昼ご飯へ
↓
12時00分 お昼を食べる
↓
13時00分 映画観賞
↓
14時40分 水族館へ行く
↓
16時00分 海を見に行く
↓
17時00分 お別れ。
↓
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・」
俺はしばらく凝視していた。今、この時間は〈少しお話する時間〉として組まれているらしい。それにも驚いているが、ここまで管理されたスケジュールは時間割以外で見たことがない。
デート(?)の?も気になったが、〈お別れ。〉の文字が妙に気になった。どうしてかその文字を見ると心臓が跳ねる。痛んだ気さえした。
それも含めいろいろと聞こうと思ったがまず俺が言葉にしたのは、なぜか
「枝紡、お前A型?」だった。人間、思っていることはなかなか口に出来ない生き物だ。
「いや、AB型だけど」
・・・惜しかった。
これも家柄なのか、時間には厳しい家系なのだろう。(厳守)の文字が俺に突き刺さる。暗に「遅刻するな」を言われているような気分だ。
「勝手に決めちゃったんだけど、それでいい?もっと細かい方が動きやすい?」
枝紡はなぜか申し訳なさそうにいつものように首を傾げる。
「これでいいっ!これなら一日、スムーズに行動が出来るなっ!!」
これ以上細かくされると、スムーズに行動できなくなると思った。
枝紡は俺の手から紙を取ると、二つに折り曲げて鞄のポケットに忍ばせる。
「あっ、そろそろ時間だね」
枝紡が時計台の方を見て確認する。腕時計もしているが、俺には買えなさそうな代物だった。
俺は枝紡の隣を歩く。
ふわりと香るシャンプーの匂い。
意識を捨てろ、意識を捨てろ。そう自分に言い聞かせリロウスに『うるさいぞ』と怒られる。何様だ、こいつめ。
一瞬、枝紡と目が合うと、カラーコンタクトを入れているのか定かではないけど
彼女の眼に、輝きが戻ったように見えた。
「今日はね、めっちゃ楽しむんだ」
彼女が今日を選んだのも、
彼女がおそらく初めてであろうデートの相手に俺を選んだのも、
単なる気まぐれなんだと、思ってた。
そうあって欲しいという願望も含めて。
だからこそ、今日を彼女と楽しもう。
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