第5話〈炎禍ノ章〉「何も知らない彼女の日常を」
『魔導師の眼に、光は宿っていない』
この場合の「光」というのは、視力という意味ではないという。あくまで「輝き」という意味らしい。
少なくとも昨日の枝紡ふたばの眼には、輝きがあった。燦然と光り輝く眼で俺の誕生日を祝ってくれた。見間違いかもしれない・・・。そう思って見つめてみた。初めて彼女の眼をしっかりと凝視したと思う。いつもなら目を合わせるなんて行為には到底及べない。なんせ彼女は学園のアイドル的存在。俺のような底辺とも中間管理職的立場とも上位カーストに属しているとも言えない宙に浮いている、地に足もつけていないような男には枝紡ふたばという存在はあまりにも大きく、そしてあまりにも自分のちっぽけさを痛感させられるから。でも、今日に限っては彼女の眼から目を離せなかった。そこにあるのは、無。虚無。光の無い眼。吸い込まれてしまいそうな眼だった。実際、俺はその眼に吸い込まれていたと思う。枝紡の方から「どうしたの?私の顔に何かついてるかな?」なんて台詞を言わせてしまうまで俺は見入ってしまっていたのだから。
俺は枝紡の言葉を聞くなり「いや、ごめん」と大した意味も含めず、ただ「言葉」として彼女に言い、目をようやく離すことしか出来なかった。
学校は至って平然としてた。
俺が求めて止まない「いつも通り」があった。
こんなにも簡単に、近い所に。俺が2日連続の重役出勤的遅刻をかましても誰も気にすることは無い(これに関しては少しだけショックだった…)し、枝紡と接するクラスメイトも何も気にかけない。人は案外人の目という部位を見ているつもりで見ていないのかもしれないなと思った。
俺は枝紡となるべく目を合わせないように努めた。次は本当に吸い込まれるかもしれないという恐怖と、枝紡が魔導師の力に目覚めている、という事実に向き合いたくなかったから。正直な所嘘であってほしいし、見間違いであってほしいと思っているけど、横目で見ても彼女の眼に光の輝きは無かった。それ以外、彼女は変わったところなんてないというのに。
リロウスは言う。『魔導師は光を求めないからな』と。
授業を終えて放課後。
俺は屋上に来ていた。本当は部活もあったけど今日はこれ以上枝紡の傍には居られないと思った。栞菜には「今日は、無理しなくていいけどさ」なんて栞菜らしくも無いキレのないことを言われたけど、今日はそれが有難い。さすがの栞菜も今日に限って無理やり部活に参加させるようなことはしなかった。
屋上にはおよそ本格的な夏を迎えようとしている時期とは思えないほど冷たい風が吹いていて、俺は思わず両肘をそれぞれ左右の手で包むように、さながら自分を抱き抱えるような惨めなポーズになっていた。
「寒いな」
多分、そんな事呟いているのはこの世で俺だけなんじゃないかと思うくらい眼下ではサッカー部がグラウンドを縦横無尽に駆け回り、野球部が懸命にトレーニングに励み、陸上部が互いの速さと距離を競い合っていた。それはまさしく熱気に溢れていて、血気盛んで、普段ならとても広いグラウンドも3つの部活が混在し、自分たちの能力を高める為に努力を重ねているとグラウンドは世界の縮図のように狭く感じた。狭そうに、窮屈そうに感じた。
昨日、言うなれば俺の誕生日。めでたく17歳の門出を迎えた日、俺の世界がだだっ広くなってしまったというのに。相反して彼らの世界は狭そうだなと思ってしまった。受け入れようと思っても受け入れられていないのかな。俺の根底にある何かが。
『どうした?そんな、豆鉄砲が鳩を食らったような顔をして』
「俺はのっぺらぼうかよ。しかも逆だし。それに顔分かるのかよ?」
『心情から察している』
つくづく自分が「ヒトならざる者」に変わってしまったと実感させられる。
『…で、どうするつもりだ?』
俺の目線はグラウンドから校舎の方に向いていて、その先には家庭科室つまり裁縫部がある。栞菜と枝紡が楽しそうに何かを繕っていた。ここからは枝紡の眼の色は分からない。一見すると輝きがあるように見えて昨日までの彼女を思い出す。
別に大して仲がよかった訳でもない。
別に大して意識していた訳でもない。
俺の認識は、クラスメイトであり、部活の仲間。
それだけだったのに、彼女が「魔導師」の能力を持っているって事でもう俺の心の中は枝紡でいっぱいだった。はっきりとしているのは、恋とかいう感情ではないということ。俺の心を支配しているのはどちらかといえば、なぜ枝紡ふたばなんだという絶望に近い感情だ。どうして彼女のような普通の生徒が。普通の女の子が。
考えてみて、それは自分も同じだったという結論に辿りつく。
要は、その事実を知っているか知らないかという違いだけ。俺は知ってて、枝紡は何も知らない。ニュースにもなっている、昨日のバスで起きた出来事に俺が巻き込まれていたということ、そのせいで俺の精神にはリロウスという魔導師がくっついてしまっているということも。
そのまま何も知らずに、生きていてほしいとまで思う。
俺は何もできない癖に、枝紡ふたばを巻き込みたくないと考えていた。
「…どうしたら、いいんだよ」
『私の意見を言っていいのなら言うが』
答えなんて知れている。
聞くまでも無かったのに。
『彼女の力を使え』というに決まっている。リロウスの都合は知ったこっちゃないのだが、こっちの都合は考えてもらいたい。
皆が皆、この世界が終わるなんて考えていないんだよ、と。
今あるこの日常が訳わからん魔導師というフィクションでしか見ないような存在の勝手な都合で失われるとか言われても、受け入れられないんだよ、と。
ましてや、「俺と一緒に戦ってほしい!だから君の力を使わせて!」
なんて、いよいよ頭に虫が沸いたとか思われるに決まっている。
「どうしようも、なくないか・・・?」
『では、この世界は魔導師どもによって食い尽くされるのを待つだけだな。要するに傀儡の養殖場と言ったところか』
そうだろうな、それは的を獲た表現だと思う。
作らずとも、勝手に人間は増えていく。バランスさえ調整すれば絶滅も無いだろう。魔導師側もその辺は上手くやるに決まっているし。魔導師にとって魂を抜くのは容易いだろうし。
俺の目線は最終的に空を眺めていた。夕暮れのオレンジ色と、まだほんの少し残っている青空の名残の青と、これからやってくる夜の黒色が混ざりそうで混ざらない、そんなコントラストの空を。
『私は昨日、イルヴァナという魔導師と戦った』
唐突にリロウスが昨日の事を話し出した。俺は依然としてフェンスに背中を預け目線空に向けたまま聞いている。
『撃退はしたといったな。だが、倒すには至らなかった。何故かわかるか?』
「力が、もう無いんだろ?」
それは何度も聞いている。リロウスも「そうだ」と言う。何度目か分からない問答をした。
『イルヴァナが生きている以上、いつ君や君に近しい人、強いてはこの世の人間が襲われるか分からない』
「でも、人間だって武器や兵器を持ってるんだぜ?それじゃ何とかならないのか?」
リロウスは冷静に、そして、どこか自信ありげに、
『我々クラスの魔導師になると、この世の武器兵器は通用せん。というか1人でこの地球という惑星に死をもたらす』
根拠は?
そうできる自信と力がある。
リロウスはそう言うだけ。
それを回避するための、枝紡の魔導師たる力。まだそれがどれほどの物かもわからないのにそれに頼るしかない状況。
はっきり言って、世界は終わっても仕方ないと言えばそうなのだろう。
俺の見つめる先で笑う枝紡の全てを俺は奪わなければならない。
枝紡ふたばという女の子の、普通ではなくなってしまった女の子の未来を。
俺がリロウスに奪われてしまったように。
俺は自覚する。
俺自身が、奪う側になってしまっていることを。
それはもう魔導師とは変わらないということを。
失って初めて気付く、奪われることの痛み。
俺は今からそれを枝紡に味あわせようとしているんだ。
痛みを、食らわそうとしているんだ。
「最悪な気分だ」
枝紡だけじゃないかもしれない。
この世の人間は誰でも魔導師の力を覚醒させる可能性を秘めているんだから。
俺はその人間が現れる度に、その人の人生や、未来を奪わないといけないのか。
「ほんと、最悪だな」
そんな事呟いたときに、屋上の出入り口の扉が勢いよく開かれて現れたのは風紀委員会。風紀委員長の吉秀結美だった。その隣には見覚えのある丸眼鏡とおかっぱと見間違う、いや言い間違ったショートボブの女の子。
「あ」
俺が言って、
「あ」
同時くらいのタイミングで鳴海が言って、
「ここは許可なしでは立ち入り禁止だぞ!」
と、屋上を我が物のようにしていた俺に迫りながら吉秀が言った。
ざっと10名だろうか。俺はもたれかかっていたフェンスから引きはがされ屋上から追放された。一瞬にして家庭科室は見えなくなって、不安がよぎった。
結局その後、反省文を書かされた。
俺の監視役なのだろうか。鳴海は俺の目の前でじいっと見つめてくる。
風紀委員長も居る手前、あの時のようには話せないんだろう。
俺は見つめてくる鳴海の目をみた。
そこには吸い込まれそうなくらいに大きな、光に満ちた、輝いた目が2つあった。
俺が今、まずやるべきことをなんとなくだけど見つけた気がした。
「反省文、書き直し!最低でも10行は書きなさい!」
あぁ、最悪な1日はまだ終わってはくれない。
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