ミント味の恋人は桃色
背中合わせになって、お互いがお互いの好きなことをするのが休日の過ごし方。
二人で過ごすには十分な広さのある部屋で、わざわざ二人揃って三角座りの背中合わせ。
夏場は暑いけれど、冬場は暖かい。
背中の温もりを感じながら、欠伸を一つ。
昼寝でもしたくなるいい休日日和だ。
そんな昼下がりに読む新作ミステリーは、既に五人ほど殺されている。
ミステリー物は死人が多いな。
私がペラペラと一定のリズムでページを捲っている間、背中合わせの彼はお昼の情報番組を見ながら欠伸。
あぁ、やっぱり眠いよね。
もう後半の小説を読み終わり次第、昼寝に移ろうか、なんて考えながらテーブルの上にある物へと手を伸ばす。
私が動いたことで、彼がこちらを振り向いて眉根を寄せる。
ごめんね、次からは言うよ、なんて言ってみても、いつも報告なしに動いてしまうのは私の悪いクセだ。
そんなこんなでテーブルの上から取り上げたのは、プラスチックケースに入ったガム。
強めのミント味を一粒口の中に放り込んで、カミカミガムガム、すぅ、と鼻の通りが良くなる。
ミント系はスースーしていて、喉も鼻も通りが良くなるから好きだ。
「それ、ミント?」
眠そうな声に眠そうな目。
もそもそと体を動かしてこちらを覗き込む彼に、うん、と一つ頷いてケースを向ける。
新しく買ったばかりのそれは、じゃらり、となかなかに大きな音を立てた。
「……要らない」
「ありゃ、そう?」
じゃらじゃらじゃらり、音を立てながらテーブルの上にケースを戻せば、私の腕を掴む彼。
体勢が崩れて背中と背中が離れてしまう。
温もりがなくなって冷えていく感覚に眉を寄せて、私は彼に向かって首を傾ける。
「それ、止めて」
何を、そういうよりも前に、テーブルの上に置いたはずのガムのケースが床に叩き落される。
おおっふ、何事。
瞬きをする私を眠そうな目で睨む彼は、その背中に何やら黒っぽく重そうなオーラを背負っていた。
コロコロ、転がったケースが遠くに行ってしまう。
私は一体何をしたんだろうか。
今の今まで普通に本を読んでいて、ちょっと思い立ったようにガムを噛んでいるだけなのだが。
自分だって了承なしに煙草を吸い始めるクセに、そんなにガムを噛むのが駄目なのか。
「ミントとか、勃たなくなる」
ぽっかり、彼の目に映る私が大きく口を開けて停止した。
目も口も真ん丸な私は、本当にアホ面をしているのだけれど、彼は真顔だ。
いや、この場合は顔のことよりも言葉の意味を把握する方が先で、私は開っ放しだった口を金魚のように開閉させる。
「えっと、何が」
「息子」
「死ねば?!」
もうほぼ反射的に出た言葉だった。
息子という隠語が何を表しているかくらい、私だって分かる。
だから、死ねとか普段言わない言葉が、口を突いて飛び出してきた。
私の叫び声が響いたのか、顔を顰める彼だが、私の方が顔を顰めたい気分なのだが。
親しき仲にも礼儀あり、そんな言葉が日本にあることを彼は忘れてしまったのか。
……あぁ、いや、少し違うのか?
「え、いいの?俺の息子が勃たなくなっても。生物として持つべき子孫を残すという本能が……」
眠そうな顔と声で何を言っているんだコイツは。
我が彼氏ながら本気で頭のおかしい人だと思う。
だって私は私で、何を言っているのか理解する気になれずに右から左へ聞き流し状態だもの。
苦虫を噛み潰したような顔をする私を見ながら、彼は表情を変えることなく、テーブルの上に置いてあった箱ティッシュを引っ掴む。
抜き取られた数枚を、ぐいぐいと私の口に押し付けてきて、吐き出せ吐き出せコール。
唾液がティッシュに吸い込まれていくのを感じながら、渋々舌で未だに味の残るガムを押し出す。
もったいない、私の呟きを聞いてからティッシュを離して、ちゃんと出したか確認する辺り本当にウザイ。
我が彼氏ながら本当にウザイ。
むしろ彼氏だからウザイのか、そうかそうか。
「はい。素直ないい子にはこれね」
何事かと顔を上げれば、伏せられた彼のまつ毛が視界に入る。
男物のシャンプーの匂いがして、何か柔らかな感触が唇を包み込む。
唇を割って入って来た何かに肩を跳ねさせれば、彼がゆっくりと遠ざかっていく。
何だこれ、コロコロ、口の中の何かを転がせば、先程のスースーと通り抜けるようなミントとは違う、舌に残るような甘さ。
コロコロ、あ、これ、桃だ。
彼を見ればか細い溜息を吐きながら三角座りに戻っている。
「あー、マズイ」
彼の薄い唇の隙間から見えた赤い舌。
顰めっ面を眺めながら、栞を挟む暇なく閉じられてしまった本を引き寄せて、その背中に背中を合わせる。
元の温度に戻った背中が、また二人分の熱を溜めていく。
「ミント苦手なら素直に言えばいいのに」
「それ読み終わったらベッドな」
口の中で転がしていた飴を飲み込みそうになったのは、言うまでもない。