益荒男(ますらお)乙女の波瀾万丈記!!
徹夜明けの頭に浮かんだ話を短編にしてみました。色々突っ込みたい部分も有るかもしれませんが、優しい生温い眼で見守って頂けると幸いです。
少しだけ私の愚痴を聞いて欲しいのです。私は平凡な人間でした。
平凡な家庭に生まれ、平凡な学校に通い、平凡な会社に勤める。
谷が無ければ、山も無い、そんな極々平凡な毎日が私の人生でした。
……そう、悲しいことに過去形なのです。
平凡なはずの私の人生はさながらジェットコースターに乗ったかのように急展開を迎えたのです……。
「えへっ、失敗しちった!ごっめーん!!」
……この目の前にいるイラッとしかしない糞神のせいで。
「んもうっっ!女の子が糞なんて言ったらダメだぞ!」
……すみません、謝るのでぶん殴らせてください。
「えー、痛いのやだあ!あ、そうだった!
今回平凡すぎて笑えない様な貴女の人生を私のくしゃみの所為で、奪っちゃった償い?として新しい人生をプレゼントするために呼んだのよぉ。」
……今すぐ事故ったことを無かった事にして生き返らせて下さい。
「あぁ、それは無理無理。神様の規定で死んだ人間は元の世界に生き返らせちゃダメな事になってるの。
だから、貴女は私が守護する世界の一つに生き返る事になるわ!あはっ、ディユーちゃん頑張っちゃうぞ!」
……生き返らなくて良いので、顔面ボコボコになるまで殴らせて下さい。
「もーう、さっきからそればっかり!ディユーちゃんが可愛いからって嫉妬は良く無いぞ。」
……天使のコスプレしたでぶった、バーコードなおっさんの何処に可愛らしさが有るかは知りませんけれど、少なくとも私は殺意しか感じません。
「あ、もしかして貴女ツンデレっ?!やだあ、初めて見たあ!!」
……もうどうでも良いので、速く転生させて下さい。出来れば、次の世界では普通に最後まで生きられるようにして頂ければ良いです。
「あらら、それだけで良いの?欲がないなんて素敵!もう、ディユーちゃん大サービスしちゃうっっ!!」
……はっ?!ちょ、まっ
「いってらしゃーい!!」
こうして、私の新たな人生は始まったのです。
※※※※※※※※※※
「うぅぅ、いつも私の話を聞いてくれてありがとう……。アッフェだけですよ、私のこんな話を静かに聴いて下さるのは。」
「うきっ!」
人里離れた山の中に作られた山賊の根城のような集落にある家の中に一人の女がいた。
その女は自分よりも遥かに小さいに猿に瞳を潤ませながら、己の苦労話を話していた。
「かあぁしぃらあぁぁっっっ!大変でさあぁっっ!!」
「うるせえぇぇっっ!!勝手に入ってくるんじゃねえっっ!!!」
「ぶほっっ」
その時、うるうると瞳を潤ませた女の家に慌てた様子でノックもせずに入ってきた若い男が一人いた。
しかし、その若い男は豹変した女が投げつけた女お手製のクッションが顔面にぶつかり、くぐもった悲鳴を上げてしまうのだった。
「いててて、酷いっすよ、頭。」
「てめえ、アラン。人様の家の扉を断り無く開けるんじゃねえ。心臓にわりいだろうが。」
「いや、頭のその顔面で扉開けたくらいで心臓に悪いってどんだけ繊細なんすか……?」
「ああ、何か言ったか?」
「いーえ、何でもありやせん。」
……生まれ変わった彼女の姿は、以前より遥かに様変わりしていた。
どこから見ても平凡な容姿の平均的な体格の女性だった"雅"。
しかし、生まれ変わった彼女の容姿は変わっていた。
獲物を狙う猛禽類のような鋭い眼差し、気迫と強すぎる意志の宿った輝く瞳。
太く凛々しい眉に、歴戦の猛者を思わせるような風格漂うその容貌。
女性としてのしなやかさを宿しながらも、全身が鎧のような筋肉に包まれた鋼の如き強靱な体躯を持った大柄な肉体。
そう、彼女は性別は女でありながら音に聞く益荒男の如き容姿へと生まれ変わっていたのだ。
彼女は、剣と魔法と冒険、魔物が存在し、魔王と勇者がいるようなファンタジーな世界に生まれ変わってしまったのだ。
この世界において平凡に生きていた"雅"の肉体のままでは、彼女が望んだような"普通に最後まで生きる事"すら難しかったのである。
それゆえに、彼女を転生させる際にどんな威力の魔法でも傷つかない強靱な身体、本気を出せば城さえも破壊し堅固な結界すらも砕くことができる戦闘能力、毒薬などの悪い影響を与える薬や精神的な魔法も効果を現す事が出来ない体質、そしてその力に見合った姿を神はサービスしてしまったのである。
……考えて欲しい、望通りに平凡な家庭に生まれたとしても、彼女の平凡な両親は生まれたばかりの珠のように可愛い我が子の顔を覗き込んだ瞬間、其処にいたのは世紀○覇者の顔をした赤子。
……平凡な村の中で、その村に初めて来た旅人が宿屋を聞こうとして何の変哲もない後ろ姿の村娘へと話しかければ、振り向いた顔は世紀○覇者。
……平凡な村の中で嫁に行こうにも、10歳にも満たないうちから素手で魔物を殴り倒し、大の男さえも怯える強い魔物を細い木の枝で倒す世紀○覇者の顔をした嫁。
……平凡に暮らせる訳がなかったのである。
平凡に生きる事を諦めた雅ことアンジェは、それでも愛してくれていた親兄弟へとせめて仕送りの一つでもしようと平凡な村を去り旅に出る事にしたのである。
そして、辿り着いたのは冒険者として強靱な肉体を活かして生きる道だった。
彼女は冒険者として様々な国々を渡り歩き、ある山奥に一つの集落を作ったのである。
それがこのミヤビが中心となっているギルド、"フリューゲル"だった。
「んで?何が大変なんだよ、アラン?」
「あっ、そうっすよ。今、何か知らないっすけど、勇者だとか、聖女だとか名乗る奴が来てるんすよ。」
「はあ?」
アランの言葉にミヤビは困惑してしまう。基本的にアンジェ達は勇者や聖女だとかいう輩とは縁が無い生活を送っているのだ。
「……はあ、また厄介ごとか?面倒くせえ……。」
アンジェはため息を付きながら、相棒で心友の小さな猿、アッフェを肩に乗せ歩き出すのだった。
元々は、女性らしい言葉使いを使うアンジェであったが自身の容姿を自覚している彼女は男らしい言葉使いと、仲間以外には外見に合った偽名"グウェン"を使っていた。
「此処が、山賊の根城である事は分かっている。無駄な抵抗をせずに奪った金品や子供達を返すんだ!!」
集落の門前に立っているのは、4人の人物だった。
金髪碧眼の見るからにお約束の姿をした勇者。
同じく金髪碧眼の王女様こと、聖女。
何処かの国の騎士団の制服に身を包んだ茶髪の騎士。
黒髪無表情ないかにも魔法使いといった雰囲気の魔術師。
「なあ、あいつら何言ってやがんだ?」
「俺にもわかりやせんよ。ただ、この集落に来てからずっとあんな感じで叫けんでんすよ。金品と女子供を解放して頭をだせって。」
「……全く持って、面倒な予感しかしねえじゃねえか……。俺、帰っちゃダメか?」
ひしひしと感じる面倒ごとの予感に、アンジェは今すぐにでも回れ右をして家に引き籠もりたかった。
そんなアンジェの味方は肩に乗り、慰めるように髪を撫でるアッフェだけだった。
「……ん?」
しかし、タイミングの悪いことに一際目立つ、如何にも親玉といった容姿のアンジェに勇者が気が付いてしまった。
「貴様が親玉だなっ!大人しく奪った物を返すんだ!」
「……いや、奪った覚えのねえもんを返せって言われてもなあ……。」
アンジェは勇者の言葉に遠い目をしてしまう。
「くっ、どうあっても争いを望むつもりかっ!」
「……いや、そんなこと一言も言ってねえし……」
アンジェの言葉など聞こえていないのか、勇者様ご一行は剣を構え始める。
「……はあぁ」
「……えっと、どうするっすか、頭?」
「……しょうがねえから、ちょっと黙らせてくる。仲間が巻き込まれ無いようにしとけ。」
「了解っす!」
もの凄く不服そうにアランへとアッフェを託し、一人集落の中より歩み出てきたアンジェと対峙する勇者様ご一行。
「君たちの悪行も此処までだ!行くぞっ、みんなっ!!」
「はいっ」「おう」「……!」
「……正義の味方は悪人(仮)に対しても数人係りで全力フルボッコかよ。」
呆れたような表情を浮かべたアンジェの姿は、次の瞬間にはその場から消え去っていた。
「なっ?!あいつは何処にっっ?!」
騎士が突然姿を消したアンジェに目を見開き、勇者は側から離れてしまった聖女の背中にその影を見つけてしまう。
「逃げて下さいっ、姫っ!!」
「え……?きゃあっっっ?!」
勇者の声も虚しく、聖女の背後へと回り込んだアンジェは聖女を抱え上げ脅威の跳躍力により一番高い木へと跳躍を繰り返し登り上がって、天辺に近い枝へと聖女を座らせてしまう。
「よっと、わりぃなお嬢ちゃん。回復役は面倒くせえから、ちょっくら良い子でそこで待ってな。」
「なっ、お待ちなさいっっ?!きゃあぁぁっっ!!勇者様っ、助けてっ!!」
聖女を降ろし地面へと着地したタイミングを見計らったように、魔術師の力有る言葉が完成する。
「フレイム・ランス!!」
着地したアンジェへと魔術師の攻撃が迫り来る。
その魔術の後に続くように、勇者と騎士の二人が視線で呼吸を合わせながら追撃のために走り出す。
「むぅんっっ!!」
アンジェは気合いの入ったかけ声を出しながら、迫り来た炎の槍をまるで合唱するかのように両手の手の平を勢いよく合わせ、その間で叩き潰した。
その様子に魔術師は驚きはしたものの、勇者と騎士の連携した追撃の合間にもっと強力な魔術の準備を開始する。
「はあぁぁっっ!!」「っらぁぁっっ!!」
脳天唐竹割りのように真っ正面から斬りかかってきた騎士の一撃を避け、間髪入れずに胴体を横薙ぎに切りつけてきた勇者の一撃すらもバク転するように避け、地面へとかがむように着地するアンジェ。
かがんだ体勢が整う前に仕留めようとしたのか、顔面を狙って突きを放ってきた騎士の剣がアンジェの顔に突き刺さったと思った瞬間、騎士は膝から崩れ落ちてしまった。
ゆらりと立ち上がったアンジェは己の歯で受け止め、噛み砕いた騎士の剣をぺっと口腔内より吐き出して、ニヤリと悪役にしか見えない壮絶な笑みを浮かべてみせる。
その笑みに怯んでしまった勇者の横を通り過ぎるように魔術師へと距離を詰める。
「っっ?!ファイや……」
「おせえ。それと、森で炎系統の魔術を使ってんじゃねえよ。」
「ぐっっ」
襟首を掴まれ、強靱なアンジェの腕力が生み出す力により集落の方へと向けてぶん投げられる魔術師。
「おい、アラン。その馬鹿野郎に魔術封じ付けとけ。」
もう一人残っている勇者を無視して集落へと視線を向けて大声を上げるアンジェ。
「さてと、良い根性してんじゃねえか。お仲間も一緒に戦って倒せなかった俺が隙を作ってやったってのに、攻撃しようとしねえとは。」
アランの了解っす、と言う返事を聴きながら、勇者へとわざと隙を見せたアンジェはニヤリと笑顔を向ける。
「……例え、勝ち目の薄い闘いであったとしても勇者と呼ばれる以上、卑怯な手段など使えるはずがないだろう。」
「そうかい、それがあんたの流儀か。だったら、俺もそれに応えてやらねえとな。」
「ぬかせっっ!!」
勇者は鋭く、力強い渾身の一撃をアンジェへと放つ。
「っっ?!」
しかし、その一撃はアンジェの手の平により受け止められてしまい、勇者は信じられないとばかりに眼を見開いてしまう。
「っそ、流石は勇者の聖剣の一撃じゃねえか。クソいてえ、だけどよ、今度はこっちの番だぜ?……おらぁぁっっ!!!」
「っうぐぅっっ!!!」
大きく重いアンジェの一撃が勇者の鳩尾へと吸い込まれる。
勇者の身体は美しい放物線を描き、地面を転がり動かなくなった。
「……いやあぁぁぁぁっっっ!!!」
木の上より降りる事の出来ない、見ている事しかできなかった聖女の悲痛な叫びが木霊する。
「おい、アランっ!そいつら全員、集落の中へ連れて行きなっ!色々聞きてえ事があるしな!」
「ういーっす!
それにしても、頭!いつ見てもつえーっすねえ!」
「うるせえ、好きで強くなったんじゃねえよ!」
怠そうに頭をグシャグシャと掻き回しながら、アンジェの姿は集落の入り口の門の中へと消えていくのだった。
※※※※※※※※※※
己の身体を揺り動かす刺激と、外気に晒され肌が粟立つような寒さにより、勇者の意識がゆっくりと浮上する。
「……う……ここは……?」
「あぁ? やっと目が覚めたのかよ。」
「……きさまっ……っっ?!……き……きききき、きぃやあぁぁぁっっっ!!」
目が覚めた勇者の目の前には、己を一撃で沈めた豪腕を持つ山賊の頭の凶悪な顔があった。
すぐに気絶する前のことを思い出し、例え捕虜になったとしても敵を倒すことを諦めはしないとばかりに闘志を燃やそうとした勇者だったが、ふと視線を落とした己の身体が下着以外何も身につけていないことに気が付く。
その事実に驚き、目の前にいる凶悪そうな山賊の手に己の服が握られていることにさらに気が付き、周囲の状況を顔を蒼白にして冷や汗を流しながら見渡し、薄暗い部屋の二人だけの密室でベッドに寝かされた自分と、繰り返すが己の服を握ったがたいの良い凶悪な顔面の男。
幼い頃は美少女と間違われる事も多かった勇者、色んな意味で男達の変な眼差しに敏感になってしまった勇者……そんな彼が絹を裂くような乙女の悲鳴を上げない方が可笑しい状況だった。
「ななな、何を勘違いしているか知らないがっ俺はれっきとした男だからなっっ! 見たら分かるだろうっっ!! この真っ平らな胸!!」
「……あのなあ……てめえが何を勘違いしているか何となく分かるが、最初から俺はてめえを男だとちゃんと分かってるつーの。」
「……ならば……はっもしや、そっちの趣味の人か?!」
アンジェの言葉に一度は安心しかけた勇者だったが、次は別の意味で狼狽えてベッドのシーツで身を隠し少しでもアンジェから離れようとワタワタと動き出す。
「……おい、こら。……もう一回殴ってやろうか?……ったく、人が折角珍しく仏心を出して治療してるっつーのによぉ、何この仕打ち。」
「……ち……治療……だと……?」
大きなため息を付きながら面倒臭そうに続けられたアンジェの言葉に眼を丸くする勇者。
確かによく見れば、勇者の身体にあった目の前の男に吹き飛ばされた時に主に出来たであろう大小様々な傷はしっかりと消毒され、包帯が巻かれていた。
「……何故……山賊であるお前が……」
「あのな、その山賊って時点で間違ってるんだよ。 俺たちゃ山賊なんざになった記憶は全くねえよ。」
「なっっ?! 俺達はっっ」
シーツで未だに身を隠し続けている勇者に向けて、元々勇者が着ていた破れている衣服の変わりになる物を投げつけながらアンジェは答える。
「どうせ、この山の麓にあるウニリット街一帯の領主なあの豚野郎に依頼されたんだろ?」
「貴様っ他者に対し豚とはなんだ、豚とは! 本当のことでも言って良いことと悪いことが……」
「……今さり気なく認めちまってんじゃねえか。 まあいい、この山自体は俺自身がこの国の王からもらってんだよ。 でもな、あの豚領主は俺達っていう存在をてめえの手下にしたがってんだよ。 だから、時々てめえらみたいな正義感の塊を押しつけてくる。 全く持って迷惑な話だぜ。」
椅子に座り長く太い足を組み、やってられないとばかりに後ろ頭で両手を組んだアンジェがどうでも良さげに呟く。
「待て、お前が国王様に貰ったとは一体どういうことだ? お前の言葉が正しいなら姫が貴様のことを知らないはずが……」
勇者の言葉を遮るように、大きな音を立てて扉が外より開かれる。
開かれた扉の向こうには、肩で大きく息をしている髪を振り乱した聖女ことこの国の姫君の姿が有った。
眼を血走らせた姫の初めて見る姿に、勇者の頬は引き攣ってしまう。 そして、止めるまもなくアンジェへと突進したかと思えば、そのまま飛び上がり誰もが見とれるような華麗なジャンピング土下座を披露した。
「ほんっっとうに、申し訳ありませんでしたぁぁっっ!!
あの糞豚領主に騙されていたとはいえ、我が国の救世主とも言うべき大恩有る貴方様に弓引いてしまうなどっっ!! かくなる上はこのわたくしめの腹をかっさばいてお詫びを……」
「かっさばくな! 宿屋の床が血で汚れるじゃねえかっっ!! 服や布団に付いた血はなかなか落ちねえんだからなっっ!!」
「問題は其処じゃないだろうっっ?!」
床にめり込むほどに何度も頭を下げて、いざかっさばかん、とばかりに短剣を手に握り締め、勇者へと介錯を、などと言い始めた姫にアンジェが突っ込み、さらにアンジェに勇者が突っ込む。
「ああん? てめえ、この俺の心臓の繊細さをなめんじゃねえぞ。 戦闘以外で血が溢れ出た日にゃあ、眩暈を起こして可愛らしいポーズで倒れる自信があるぜ。」
「おいこら、勇者様。 なに、国の救世主様に突っ込んでんですか? それ以前に、なんで救世主様の前で裸になってシーツにくるまってんですか。……は?! まさか、救世主様をいち早く己の物にしようと誘惑してたんですか?!……マジ、許すまじ……其処に直りなさいませ、私が介錯して差し上げます!」
「ひ、姫様あぁぁぁっっっ?!」
今まで一緒に旅をしてきたお淑やかで凛とした雰囲気を持つ姫の変わりように、勇者は悲鳴を上げて逃げ回り始める。
しばらく、アンジェの周りを短剣だけでなく何処からともなく取り出した剣を振りかざした姫が、下着以外未だに身に纏っていなかったシーツに身を来るんだ勇者と悲鳴と怒声を上げながら追いかけっこする姿が見られたのだった。
※※※※※※※※※※
「……頭、一体何があったんですかい?」
「……姫さんが、勇者を追いかけ回した結果だ。」
「「……」」
先に走り去っていった姫の後を追いかけ、魔術師と騎士を連れて現れたアランは戸惑った様子で宿屋の前にある切り株に腰掛け、夜空に浮かぶ星を数えていたアンジェへと声を掛けた。
至極簡潔明瞭に答えたアンジェの言葉に三人は頬を引き攣らせる。
なぜなら三人の視線の先には、宿の中で鞘から抜き出した剣を振り回し追いかけっこを繰り広げたはた迷惑な姫と勇者が二人並んで頭に三段たんこぶを作って、仲良く宿屋の恰幅の良い女将さんに叱られていたからだ。
「流石女将だな。 いつ見ても華麗なお玉とフライパン裁きだぜ。」
「……姫様はともかく、勇者が一般人の女性の調理器具での攻撃を避けられなかった、と……」
「……有り得ない……」
「ああ、だったら納得っすね! 旦那さん相手に夫婦喧嘩で腕磨いてるっすから!」
アランの補足の言葉にもさらに頬を引き攣らせる魔術師と騎士。
魔族や魔物相手に日々戦い続けていた彼等よりも、夫婦喧嘩で腕を磨く恰幅の良い女性の方が強いなど考えたくなかったのだ。
やっと、女将の長い説教から解放された姫と勇者もアンジェ達の元へとやってくる。
「……二人とも、無事だったんだな……」
「無事じゃないのはお前だろう。 何で裸にシーツなんだ。」
「……寒くないの?」
「……好きでこんな格好をしている訳じゃない!」
涙眼でどうしてこんなことに、と思う勇者。
涙を振り払い、姫が登場してからずっと気になっていたことをアンジェへと問いかけることにした。
「一つ聞きた……申し訳ありません、私に一つ教えて頂きたきことがございます。」
アンジェへと敬語を使わずに話しかけようとした勇者だったが、ぎらりと光った姫の眼光と静かに鞘から抜き放たれようとした短剣に慌てて言葉使いを改める。
「気持ちわるっっ! おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ? 普通に喋れ、普通に。
あと、どうせ聞きたい事ってーのは“救世主”って所だろ?」
「……ああ、そうだ。」
姫からの攻撃を警戒しながらアンジェへと言葉を返す勇者へと、視線を向けるアンジェ。
「何年くらい前だったかは覚えてねえが、魔族の軍勢が押し寄せてきたことがあっただろう。」
「……もう十年ほど昔のことですわね。 私もまだ六歳の幼き子供でしたが、周囲の大人達の緊迫した様子はよく覚えていますわ。」
「おう。 その時にな、俺の故郷がある村の方でも悪さをした魔王軍のアホがいて、部下のしでかしたことは上司の責任。 そのアホをしばいたついでに、魔王もどつき倒したんだよ。」
「あの時の頭の闘う姿は痺れましたねえ!!」
「「「……は……?」」」
アンジェの言葉に勇者や騎士、魔術師はすぐには理解できなかった。 暫し遅れて理解した三人は驚愕の悲鳴を上げる。
「うるせえな!」
「いやいやいや、ちょっと待て! 魔王を倒したんなら、なんで今も魔王が……」
「ああ? あの時のオッサンならちょっと前に引退したらしいぜ?」
「はあっ?! 魔王が引退なんか有るのかっっ?!」
「有るんじゃねえのか? 今の魔王は俺の事を知らない若手らしいぜ?」
アンジェの言葉に驚愕の余り何も言えなくなってしまう三人に、追い打ちを掛けるようにアンジェは続ける。
「あのオッサンなら、近くにある火山の麓で俺が掘り当てた温泉の番頭をしてるけど、どっちかつーとただあのオッサンは温泉に入りたいだけだな、ありゃ。」
「「「はあぁぁぁっっっ?!」」」
「ちなみに、そのことは王様やってる親父さんも知ってるぜ。 確か、あの二人酒飲み友達になってただろう?」
「「「……」」」
次々と明かされる驚愕の真実の数々に三人は絶句し、姫も遠い目をする。
そんな力なく項垂れる三人の中で唯一勇者だけがゆらりと立ち上がり、アンジェへと近付くとグワシッと大きな手を握った。
「何の真似……」
「貴方こそ俺が探し求めていた理想の人だっっ!!!」
「……ふんっっ!!」
真正面からキラキラとした眼差しを勇者から送られ、アンジェはガンガンと面倒な事になると警鐘を鳴らす己の本能に従い、勇者を殴り飛ばした。
勇者が殴り飛ばされ地面を転がる音で意識を取り戻したアランだけでなく、姫や魔術師、騎士達が口々に何かを騒ぎ始める。
そんな一部罵詈雑言の詰まった声援に応えるかのように、鼻血を流しながら顔を上げた勇者はますます輝く笑顔でアンジェへと駆け寄る。
「どうか師匠と呼ばせて下さいっっ!! 俺に貴方の力強いその一撃をこの身体に教えて下さい!! 俺を鍛え上げて、立派な漢にして下さい!!!」
「てめえっっわざとかっ?! わざと周りの人間に勘違いされるような言い方してやがるだろうっ!!」
「あはは! そんな事は有りません、師匠!……まあ、誤解されるのが嫌でしたら早めに俺を正式に弟子にすれば丸く収まりますよ。」
「こんの腹黒勇者ぁぁぁっっ!!!」
絶叫を上げ、勇者から逃げようと走り出すアンジェをシーツ一枚の身体で追いかけ始める勇者。
果たして、この勇者が無事にアンジェの弟子となったのか、そして魔王を打ち倒すことが出来たのか……。
ただ言えることは、“普通に最後まで生きたい”と願ったアンジェの“普通に”の部分だけは叶うことはなかったと言うことだけである。