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魑の鞘(ちのさや)  作者: 篠北凛
第一章
9/187

9: 舞踏会1

【人物紹介】

ユリア …フィルラーン(神に仕える者)の少女。

ジェド …フィードニア国軍総指揮官。フィードニア国の英雄。

ダーナ …ユリアの世話役。

ラオ  …元ティヴァナ国軍副総指揮官。現傭兵。

クリユス…元ティヴァナ国軍弓騎馬隊大隊長(一級将校)。現傭兵。


ライナス…フィードニア国軍副総指揮官。


 城の大広間には、豪奢な衣装を着た男女が既に集っていた。

 そしてその広間の奥の、一段高い所に王座が据えられており、王と王妃が鎮座している。

 王の左側には十二歳の第一王子が、王妃の右側には八歳の第二王子が座っていた。

「どうやらフィードニアには王女はいないらしいな。これで一つ心配事が減ったというもんだ」

「くどいぞ、ラオ。いらぬ心配をいつまでもするな」

 からかう口調の中にも幾分真剣さを滲ませるラオに、クリユスは片眉をつり上げる。

「二人とも、こんな所でまで喧嘩をするな。さあ、行くぞ」

 ユリアは自身のドレスの裾を持ち、ゆっくりと歩き始める。

 ダーナがその直ぐ後ろに続き、ラオとクリユスもそれに続いた。


 ざわり、と広間にざわめきが走る。

「ユリア様の美しさに、皆見とれているのですよ」

 ダーナが後ろから、得意気な声で囁いた。

 ユリアは長い髪を結い、白地に薄く青い色が入ったドレスを着ていた。

 そして首や腕、髪などに普段は付けない宝石を身に付けている。

 これらは全てダーナが見立てた物だった。


 ユリアが歩むと皆は道を空け、そして彼女に向かいお辞儀をする。

 少女はその中を、悠然と進んだ。

 こういう時、いつもであれば皆の視線はフィルラーンの少女に集中するものだが、今日ばかりは違うようだった。皆一様に、ユリアの後ろを歩む二人の男に視線をやっているのだ。

 あの二人は誰なのかしら、と囁く声が聞こえる。

 特に女性はクリユスに関心が湧いているのだろう。彼の美貌は、いつでも女性達の視線を釘付けにして来たのだ。

 後ろを歩くクリユスの姿は見えないが、さぞ女性に愛想を振りまきながら歩いている事だろう。

 そしてラオは、そんなクリユスを眉間に皺を寄せながら、苦々しく見ているに違いなかった。


 ユリアは王座の前まで行くと、ドレスの裾を持ち上げ、恭しくお辞儀をした。

 その少女の頭上に、凛とした声が降ってくる。

「―――暫く顔を見なかったが、健勝のようだな、ユリア」

「はい。クルト王におかれましてもご健勝のご様子、何よりでございます」

 ユリアが戦勝の祝辞を述べると王は軽く頷き、その言葉を兵士達にも言ってやるといいだろうと答える。そういった一通りの挨拶を済ませた後、王はユリアの後ろへちらりと目をやった。

「ところで、後ろの二人は見ない顔だが?」

 ユリアの少し後ろで、ラオとクリユスが跪きながら控えている。

わたくしの客人でございます、陛下。 この者達を陛下へ紹介させて頂くお許しを頂けますでしょうか」

「うむ。わざわざこの俺に会わせようというのだ、余程の人物なのだろうな」

 ユリアが彼らを促すと、二人は顔を上げた。


「元ティヴァナ国王軍副総指揮官、ラオ・ターヴェンでございます」

「同じく元ティヴァナ国王軍弓騎馬隊大隊長、クリユス・エングストでございます、陛下。お目通り頂き、恐悦至極に存じます」

「なんと…ティヴァナ国王軍と言ったか。相違無いだろうな」

「この者達の身元は私が保証致します、陛下」

 クルト王は、考え込むように顎へ手をやる。

「元、と言ったな。では我が国へ同盟の話を持って来た訳では無いという事だな。フィードニアに士官を望むか? ティヴァナ国でそのような身分にまでなった男が、何故なにゆえその地位を捨て我が国へ来たのだ」

 クルト王は探る眼をした。

「それは…」

 前もって考えておいた、体裁を整えた言い訳をユリアが述べようとすると、クリユスがそれを遮った。


「私はユリア様に生涯仕えると心に決めたのでございます、陛下。 故にユリア様の居られるこのフィードニアの地もまた、お守りしたいと存じます」

「………ク…クリユス………!?」

「い…いえ、陛下。今のはこの男の戯言で……」

 慌てて取り成そうとするユリアとラオを前に、クルト王は豪快に笑った。

「ほう、この俺の為でも国の為でも無く、ユリアに仕える為と申すか。……無礼者と打ち首にでも遭いたいのかな、貴殿は?」

「陛下はそうはなされない、とこのクリユスは考えております。恐らく陛下は今、我々の使い道をご思案なされておられるのでは……」

 クリユスは挑戦的な笑みを浮かべた。

「ティヴァナの副指揮官に大隊長……つまりはティヴァナの内情をよく知る男。出奔が誠であろうが無かろうが、手の内に入れておいて損は無い男です。  万一我等がティヴァナの策略によりここに居るのだとしても、捕えて人質とするなり、拷問にかけ情報を吐かせるなり、幾らでも使い道はございましょう。 小事を危惧する余りそれを逃すなど、堅王のなされる事だとは思いませぬ」

「……王を愚弄しても、現時点では首を刎ねられる事は無いと見たか。己の価値を過信する愚か者の戯言だな」

「陛下がそう判断されるのでしたら、致し方ありません」


 ユリアは二人のやり取りを、青褪める思いで聞いていた。

 何故クリユスが王に対してこのような暴言を吐くのかユリアには分かりかねたが、だが何か考えが有っての事なのだろうと、ユリアは己に言い聞かせる。

 それにこの場を取り成す言葉がもう、ユリアには思いつかなかったのだ。

 王は機嫌が良いとも、悪いとも取れない表情で、クリユスを眺めていた。

 ほんの少しの沈黙だったが、ユリアには――恐らくラオにも――恐ろしく長く思えた。


「……時にティヴァナ国と言えば、一年程前に将校クラスの男が国王の娘を寝取り、国外追放になったと聞くな」

「やはりご存じでしたか」

 クルト王は片眉を上げた。

「痴れ者が、この俺を試したか」

「滅相も無い事でございます。寧ろ試されたのは我々の方かと…」

 にやり、と王が笑ったように、ユリアには見えた。

「――――面白い男だ。風とは、お前達の事かも知れぬな。……ライナス!」

「はっ」

 傍らに控えていたライナスが、すっと御前へと進み出た。

「この二人をお前に任せる。 我がフィードニア国王軍へ入れるに相応しい男か、お前が見極めよ」

「は、御意に」

「………恐れながら、陛下……!」

 取り敢えず現時点での打ち首は免れたと、ユリアが安堵したその時、甲高い男の声がその場に割り込んできた。


 声の主はメルヴィン・ルゲルド。クルト王の従弟であり、国王軍騎馬隊大隊長である。

 直系の血筋ではない為、彼に王位継承権は与えられていなかったが、本来であれば国王軍総指揮官の職に付くに足る血筋であった。

 メルヴィンはライナスを押し退け、王の御前へ立つ。

 くせ毛の茶色い髪からは、香油の香りがした。

「その様な得体の知れぬ者を我が国王軍へ入れるなど、私は承服致しかねます。王のお命を狙っての狂言に決まっております…!」

「メルヴィン…私の客ですよ」

 ユリアは精一杯の威厳を出し、メルヴィンに対した。

 王の血筋とはいえ、大隊長の身分でしかないメルヴィンよりは、フィルラーンであるユリアの方が格が上なのだ。ここで邪魔をされる訳にはいかない。

 だがメルヴィンは、同情的な目線をユリアに送った。

「いいえユリア様、貴女も騙されておいでなのですよ。失礼ながら、幼い頃から閉鎖的なラーネスで修業をされていた貴女は、世間を知らない」

「な……なんと、無礼な…」

「……止さぬかメルヴィン、場を弁えよ」

 王が鋭い声を出す。

「この俺が是と言った事に異を唱える程、お前はいつから偉くなったのだ? それにこの者達の処遇は、既にライナスに託した事。今日は戦勝祝いの会ぞ、何時までも無粋な事を申すな」

「しかし、クルト王…! ……いえ、ならば私とこの者達との手合いの許可を頂きたい。私がこのならず者共の実力の程を、確かめてご覧に入れましょう」

「よかろう、好きにするがいい」

 メルヴィンはクリユスとラオに向きなおる。

「聞いたな。明日クレプトの刻(十三時)に訓練場へ来い。逃げるでないぞ」

「承知致しました」

 にこりと笑ってみせるクリユスに、メルヴィンはそばかすを蓄えた顔を、不快気に歪めた。


「今日の所はユリアの客人として、お前達二人を舞踏会へ招待しよう。楽しんで行くがいい」

「は、ありがとうございます」

 二人は低頭し、その場を下がった。

 ユリアも王へ礼の言葉を述べ、後ろにひっそり控えていたダーナと共に、御前から下がろうとした。その時、広間に再びざわめきが沸き起こる。

 ユリアが振り返ると、人々の視線の先にはジェドが立っていた。

 白と黒を基調に金の刺繍が施された衣装に、左肩に赤地のマントを羽織っている。

 それは普段あまり彼が着る事の無い、国王軍の正装だった。


 皆が賛辞の言葉を掛ける中を、ジェドは威風堂々と歩み進める。

「ジェドめが、遅れて来おった上に大物風情で歩いておるわ」

 上段から、クルト王が楽しそうに言った。

「ユリアよ。持てはやすものが者が多ければ多い程、英雄は英雄としての形を成すのだ。その名を轟かせてこそ生まれる価値よ」

「解っております。私の価値は、そのまま英雄という名の価値にもなる。それはフィードニアの名を高める事にもなります。光栄に思いますわ」


 ジェドがユリアの横―――クルト王の御前で、片膝を付き跪いた。

 王がジェドへ声を掛け、ジェドが返答をする。

 そのやりとりは、だがユリアの耳には届かなかった。


 ユリアは重苦しい気分で、広間に流れる楽器の音色を聴いていた。






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