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魑の鞘(ちのさや)  作者: 篠北凛
第三章
88/187

88: 苦戦2


 兵士を僅かに後退させた連合軍に、一斉攻撃の指示をメルヴィンは出した。

 ――――駄目だ、ここで仕掛けてはいけない。

 カベル軍とグイザード軍の間に出来た隙間に、メルヴィンはフィードニア軍を突っ込ませようとする。

 一見フィードニアが押しているようにも見える場面である。両軍をこのまま分断させようというのだろうが、だがそれは相手の誘いに乗らされているに過ぎないと、ハロルドは咄嗟に判断した。

 このまま突っ込むと、恐らく連合軍は陣形をⅤの形に変え、そのままフィードニア軍を挟み込もうとするに違いない。

 ここは誘いに乗らず、回り込んで右辺を叩く。自分だったらそう指示を出す。だが―――。

『メルヴィン殿の総指揮の元、それに大きくは外れず、ですが良策へと貴方が軌道修正するのです』

 ハロルドは思わず苦笑する。全く、クリユスという男はよくも簡単に無茶を言ってくれるものだ。


 メルヴィンの指示通り、連合軍に一斉攻撃を仕掛けねばならぬ。さあ、どうする―――。

 ハロルドは旗持ち役の男に声を掛け、旗を振らせた。

 歩兵隊のブノワへ指示を送る時はフィードニア国の紋章が掲げられた旗を。弓騎馬隊のクリユスへ指示を送る時は、国王軍の旗を振る。それが彼らが決めた合図の方法だった。

 敵に挟み込まれぬよう、出来る限り左右に陣形を広げながら攻撃するよう、ブノワとクリユスに指示する。

 そして左右に伸びた兵が、そのまま連合軍の横っ腹まで回り込む事が出来れば、その時点で弓なりの形になっているフィードニア軍の、その中弦に位置する兵士達を一気に後方へ引かせる。そうすれば逆にこちらが相手を囲い込む形に持って行く事が出来るのだ。

 だがその好機を得るより早く、急に陣形を変え反撃をしてきた連合軍に、あっさりと押し負けたメルヴィンが、軍を一斉に引かせてしまった。

(くそ……!)

 ハロルドは内心で舌打ちする。

 総指揮をする人間が二人居り、しかもそのもう一人の男と意思の疎通を図る事も出来ないというのに、一体上手く軍を導くことが出来るのだろうか。

 その不安感を掻き立てるように、次もやはり駄目だった。

 軍を二つに別け、両側から挟み込むように攻撃しようとするメルヴィンに、だが当然連合軍は挟まれまいと上下に伸び、軍を二つに別けすり抜けようとする。

 それも想定の内、ハロルドは逃げ口を塞ごうと兵士を回りこませたが、 メルヴィンの策の後手に回るという判断の遅れが、連合軍を一瞬早く取り逃がす事になった。

 そしてその次も失策に終わったのだ。

 手応えの無い苦戦続きの戦いに、兵士達は疲労している。どうにかせねば。だが、一体どうすれば――――。

 諦める訳にはいかない。ここで自分が挫ければ、己を期待してくれたクリユスとブノワに申し訳が立たぬ。

 ハロルドは諦めず何度も采配を振るった。


 その時、孤軍で動き回るジェドの隊がハロルドの目に留まった。

 よく見ると、彼の隊はいつも敵の将を攻め込むには良い位置にいる。

 だが孤軍でその中枢まで辿り着くには連合軍の層が厚すぎたり、はたまた間の悪いことに自軍であるフィードニア軍が邪魔になっていたりと、攻撃を仕掛けあぐねているようだった。

 彼が我らに協力してくれれば、この状況を打開出来ようものだが―――。

 そう思い、いや、違うのだと思い至った。

 我らが彼に合わせれば良いのだ。そう、ライナスがしていたように。

 恐らく彼は己の戦い方を変える事はしない。彼に協力して欲しくば、我らの方こそが彼に合わせるしか無いのだ。

 ハロルドは急遽騎馬隊を少し左に迂回させ、敵の守りの厚い個所を攻めさせた。そこを攻めたからといって連合軍を崩す事は出来ないだろうと、兵士達は幾分困惑しながらも、指示通りに動く。

 だがそれでいいのだ、その間逆にジェドが居る。彼から連合軍の目を逸らす事が出来れば、それでいいのだ。

 メルヴィンが隊を引かせれば大人しく引き、だが攻めよと合図を出せば、ここぞとばかりにジェドのフォローをしてみせた。敵を出来得る限り引きつけ、撹乱する。

 途中、第二騎馬中隊のマルクがじっと己を見ている事に気が付き、ハロルドはぎくりとした。自分がブノワやクリユスに指示を出している事に気づいたか―――。

 彼は以前、裏切り者はハロルドに違いないと喰ってかかった男である。メルヴィンにこの事を告げるかもしれないと、冷や汗が出た。もしこのことがメルヴィンにばれたら、恐らく反逆罪に問われる事になるだろう。

 だがマルクはふいと顔を背けると、そのまま戦場へ戻ってゆく。

 メルヴィンに従う振りをしながら、総指揮を勝手に己が取っている事に、あの様子からするとマルクは気付いた筈である。だが見逃してくれるのか。

 もしかしたら、自分は彼に認められたのかもしれない。そう思うとハロルドの胸は熱くなった。








 攻撃と撤退を繰り返すメルヴィンの戦法が、結果的に敵の目を引き付ける事となると判断したハロルドは、それに乗じジェドの軍が敵の死角に入るよう注意を引き付け、撹乱するように攻撃を仕掛けた。 

 それにより、ジェドはカベル軍総指揮官の部隊に近づく事に成功した。

 カベル軍がそれに気づいた時には既に遅く、ジェドは一気に攻め込み、総指揮官の首を落とす。

 それにより、形勢は一気にフィードニア勝利に傾いたのだった。


「ジェドめが、戦場をただふらふらとうろついていただけだというのに、丁度うまい位置に居合わせただけで敵の首を上げるとは。ただ運が良いだけではないか」

 王都へ戻ったメルヴィンは、彼の自室にクリユスを呼びつけると、眉を吊り上げそうわめいた。

 メルヴィンはこの戦いが勝利したのは、己の采配が優れていたからだと信じ切っているようだった。何ともおめでたい男である。

 しかし実際はハロルドの采配が功を奏したのだ。恐らくその事に気づいた兵士達は、少なくない筈だった。

「お前もそう思うだろう、クリユス。あの男などいなくとも、この私がフィードニアを勝利に導けるのだ。血筋からしても、総指揮官の座に相応しいのはこの私だ」

 問われ、クリユスはにこりと微笑む。――――愚かな男だ。

「貴方の仰るとおりです、メルヴィン殿。このまま勝利を続ければ、いずれ総指揮官の座は貴方のものになりましょう」

 思った以上に使えぬ男ではあったが、変わりにハロルドの采配ぶりを兵士達に見せ付ける事が出来た。結果的には役に立ってくれたということか。

「――――いつだ」

「………は?」

「忌々しいあの男が総指揮官の職を罷免され、この私が次の座に就けるのは、一体いつだと言っているのだ」

 指でとんとんと机を叩きながら、腹立たしげにメルヴィンは言う。

 彼が自分を部屋へ呼び付けたのは、その用件の為だったのだと、クリユスはやっと理解した。

「それは、ライナス殿亡き今のフィードニアが、もう少し体勢を立て直してからでなければ……」

「その言葉はいい加減に聞き飽きたぞ」

 堪りかねたという風に吐き捨て、メルヴィンはクリユスの言葉を遮る。

「前は連合国軍との戦いにフィードニアが勝機を見い出すまでは、と言っていたな。今度はライナスの死を兵士達が忘れるまでか。ライナスなど居なくとも戦えると、今回の戦いで証明されたではないか! いいやライナスだけでは無い、この私が総指揮を取れば、あのように一人勝手に振る舞う男など、我がフィードニアには必要無いのだ。だというのに、一体いつまであの下賤の者に、この私が頭を下げねばならぬのだ……!」

 指では無く、今度は拳を机に叩きつけた。

「勿論メルヴィン殿が総指揮官と成られるのに、誰が不服など申しましょう。ですが副総指揮官に続き、総指揮官までもが立て続けに変わるとなると、兵士達が動揺しないとも限りません。それでなくとも、ジェド殿は英雄と崇められている方なのですから。ここは慎重に動くべきなのです」

「何が、英雄だ。囃し立てられた所で下賤の者に変わりはあるまい。もういい、下がれ」

 怒鳴ると、メルヴィンはくるりとクリユスに背を向けた。


 ――――面倒な事になったな。

 クリユスはひっそり溜息を吐く。

 もう少し役に立って貰おうかと思っていたが、どうやらこの辺りが潮時のようである。

 所詮小物、あの男に何が出来るとも思えないが、ジェドの失脚に関して万一にでも騒がれては、今後の我等の動きに支障が出ないとも限らない。早めに手を打った方が良いかもしれない。

 しかし小物とは言え、相手は国王の従弟である。殺す訳には勿論いかない、何か失態を犯し、国境警備辺りに飛ばされる位がいいだろう。

 さて、彼にはどんな失態を犯して貰おうか―――。

 





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