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魑の鞘(ちのさや)  作者: 篠北凛
第一章
22/187

22: クリユスの使者

 陽が地平線へ沈もうとする、夕刻。

 クリユスからの使者が来たと、ダーナがひっそりとユリアに告げた。

 先にクリユスからの知らせを受け取っていたダーナは、裏口から使者を招き入れ、そのまま客間へ通したのだという。

 人目を憚るようにして使者を寄越したのだ。何かあるのだろう。

 ユリアは急いでダーナが案内する、その部屋へと向かった。

 

 男はユリアを認めると、その場へ跪いた。

 クリユスの使者というその相手を目の前にして、流石にユリアは驚かされた。

 それは先日、同じように使者と称してユリアの前へやって来た、ロラン本人だったのだ。

「……ダーナ。済まないがお茶を入れてくれないか」

「はい、分かりました」

 ダーナは一礼すると、その場から出て行った。それを見届けてから、ユリアは呟く。

「使者というのは、お前か? ロラン」

「は……あの、この前は大変な失礼を……」

 ばつが悪そうに、ロランは俯いた。

「それはもういい。―――そうか、クリユスがお前を寄越したのか。クリユスは私に何の用だと?」

「それが……その。 ……ユリア様を、内密にお連れして来いとの事で……いえ、あんな事をしたこの俺に、ユリア様が再び同行してくれる筈が無いと、隊長には言ったのですが……」

 無理も無い話ではあるが、ロランの言葉は酷く歯切れが悪かった。

 ユリアは思わず苦笑する。

「クリユスが待っているのだな? 分かった、そこへ私を連れて行け」

「―――――は?」

「だから、私を早くクリユスの元へ連れて行けと言っている」

「……………」

 ロランは黙り込むと、顔をしかめた。

「―――――ユリア様、あのように卑劣な行いをしたこの俺に、何故そうもあっさりと、付いて行こうとなさるのです?」

 そして、何故か怒ったような口調である。


「俺が再び貴女を騙そうとしていると、何故考えないのですか。表面上で反省の言葉を述べたとして、それが真意だとは限らないのですよ。――――そもそも、この前も思いましたが、貴女は簡単に人を信用し過ぎるのです。そんな事ではこれから先――」

「――――ち、ちょっと待て、ロラン……! 何を言っている、お前は私に付いて来て欲しいのか、欲しくないのかどっちなのだ」

「あ………いえ、それは、付いて来て頂きたいのですが………いや、しかし……」 

 己の言葉の矛盾に、ロランは困った表情を浮かべた。だがそれでもまだ何か言いたげに、ユリアを見る。

 そもそも、ユリアを騙した張本人から説教を喰らうとは、可笑しな話だった。

「それは兎も角、ダーナにはお前がした事は話していない。そろそろ茶を入れてこの部屋へやってくると思うが、余計な事は言うなよ。……ダーナに心配掛けたくはないのだ」

「は、承知しました」


 ノックの音が聞こえたのは、その直後だった。

 ダーナが茶器と共に部屋へ入ってくる。

 そしてロランに会釈をすると、テーブルの上へティーカップを並べ、茶を注いだ。

「クリユスの招きを受けたぞ、ダーナ。今度はダーナも一緒に来るといい。―――いいのだろう、ロラン」

「はい、勿論です」

 ダーナはぱっと顔をほころばせる。 

「まあ、では久しぶりにクリユス様にお会い出来ますね。この前はユリア様を送って頂いた後、直ぐに帰ってしまわれましたから」

「少し帰りが遅くなってしまったからな。お前に怒られるのが嫌だったのだろう」

「それはそうですわ。今日これからでも、文句の一つも言って差し上げても良いのですが……」

 ロランが居心地悪そうに咳払いを一つしたが、ダーナはそれには気付かない様子で、にこりと笑った。

「ところで、今日はラオ様はいらっしゃるのでしょうか」

「さあ――――来るんじゃないのか? どうなんだ、ロラン」

 ロランは、自分はユリア様をお連れするよう言い使っただけですからと、首を横に振った。

 そして薄暗くなってきた窓の外を気にするそぶりを見せた。

「あの、そろそろ出かける支度をして頂きたいのですが……」

「分かった。そうだな、時間も時間だ。また侍女用のラティを被ればいいのか?」

「いえ、向かうのは街の東地区ですから、今日は町娘に扮して頂きます」

「―――東地区……? あそこは治安があまり良くないのだろう。私が行く事を許されている場所は、街の西地区と中央部だけだぞ」

「だから扮装して頂くのですよ。それに俺が護衛に付くのですから、心配はありません。 あ―――いえ、あの……俺が言うのもなんですが……」

「まあ、ロラン様は弓騎馬小隊長様でいらっしゃるのでしょう。それは勿論心強く思いますわ。ねえ、ユリア様」

 言葉を濁すロランの態度を、謙遜と取ったらしいダーナは、罪の無い笑顔で言う。

「そうだな、では早速着替える事にしよう。あまりクリユスを待たせるのも悪いしな。―――ロラン、折角ダーナが入れてくれた茶だ、それを飲んで待っているといい」

 ロランは恐縮したように、茶器を見詰めていた。




 ユリアはダーナに手伝ってもらい、町娘の衣装へと着替える。

 金の長い髪は結い上げ、更に目立たぬよう布を被った。全身を覆うラティとは違い、町娘が身に付ける、頭に被るだけの小さな布だ。

 ユリアとダーナが着替えを済ませると、ロランと共にこっそりと塔を出る。

 辺りはもうすっかり暗くなっており、人の通う街を歩いても、誰もユリアに気付く者はいない。

 暗くなってから塔を出る事など、初めての事だった。

「昼間とは、随分雰囲気が違うのだな」

 ユリアは誰に言うでもなく、呟いた。

 活気のある昼間の街とは違い、通りは静かだった。

 食堂らしき店の前を通り過ぎる時に、明りの中から聞こえた喧噪も、外から聞くとどこか遠い。

「ユリア様、こちらです」

 ロランの指し示す先は、昼間でさえ行った事の無い東地区だ。

 比較的綺麗に整えられた中央部の街と違い、建物一つ一つがどこか寂れている。

 先程まで歩いていた街路と変わらない静けさが、ここでは何故かユリアを不安にさせた。

 中央から少し外れるだけで、こうも違うのか。

 ダーナも同じように感じたのか、ユリアに寄り添うようにして歩いていた。


「ロラン、そういえばお前はまだ謹慎中では無いのか」

 ユリアは気を紛らわせる為、口を開いた。

「はい。クリユス殿にご配慮頂き、この前の一件は公にならぬよう、内密に処理して頂きましたが――――謹慎自体は先だっての謹慎に更に上乗せされまして、何時頃解けるのかどうか……」

 ロランは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「今俺の第一小隊はバルドゥル殿に見て貰っています。その変わり、クリユス殿に頼まれた仕事をしているのです。隊を持っていない今、身軽な体ですから」

「クリユスに…?」

「はい。あ―――ここです、ユリア様」

 ロランは小さな食堂の前で立ち止まった。

 そしてユリアをその店の二階へ案内する。部屋を一つ、貸し切ったようだった。

 言われるまま部屋に入ると、既に酒を飲み寛いでいる二人の男を認め、ダーナが明るい声を出した。

「まあ、ラオ様――――お久しぶりですわ……!」

「ああ、久しぶりだな」

「………これはダーナ様、ラオだけですか? この私にお声を掛けて頂けないとは、何とも連れない方でいらっしゃる」

 クリユスが幾分拗ねるような声を出した。

「あら…そんなつもりは。クリユス様には、この前少しですがお会い致しましたので。……そうですわ、クリユス様に文句を言おうと思っていたのに、直ぐに帰られてしまったのですわ」

「おや、これは。藪蛇でしたか」

 参ったというように、クリユスは肩を竦めた。

「――――で、私を呼んだ用件は何なのだ? 何か進展があったという事か」

 ユリアはクリユスの引く椅子に座ると、早速用件を切り出した。


「まずは、こんな所までお呼び立てして申し訳ありません、ユリア様。この辺は寂れている分、兵士達の出入りも少ないので密会には都合が良いのですよ」

「そうなのだろうな。塔の侍女には、体調が優れないからもう休むと言っておいた。問題は無い」

 ふと、クリユスは瞳を和らげた。

「昔、貴女が幼い頃ラーネスを抜け出して来た時も、同じように言っていましたね」

「何を急に…そんな昔の事を」

 言われ、ユリアも昔を思い出した。 

 体調が悪いだの、一人で神に祈りを捧げているだのと言って、ラーネスをこっそり抜け出していたのだ。

 今も昔もやっている事は変わらなかった。フィルラーンとしてはやはり自分は失格者なのだと、自嘲せざるを得ない。


「さて、本題に入りましょうか。―――ロラン」

 クリユスはユリアの後ろにひっそりと立っていたロランに、眼をやった。

 その視線を受け、ロランは軽く頷く。

「はい、クリユス殿の仰る通り、トルバ、コルヴァスを中心に、各国の同盟が今急速に進んでいるようです」

「やはりな。私達がフィードニアに来る前に寄った国々で、そんな気配を感じたのですよ。秘密裏に手を組もうとしていると」

「ち…ちょっと待て、各国の同盟とは一体どの国が……」

「どの国…ではありませんよ、ユリア様。このハイルド大陸東の地で、フィードニアとティヴァナを除く全ての国々です」

 事実であれば大変な事態を、何事も無いように、さらりとクリユスは言ってのける。


 フィードニアとティヴァナの間には、現在中小取り交ぜた十四の国がある。

 この全ての国が同盟を結ぶなどという事態になれば、このフィードニアの存続も危うくなるだろう。

「潰れる寸前の小国が、たった十年でティヴァナを凌駕する程の大国へと成長したんだ。今になって、こりゃまずい事になったと自覚したのさ。 西のフィードニアと東のティヴァナ。大国に挟まれた国々が手を組むのは自然の流れだな。――――面白くなってきたじゃないか」

 ラオが楽しそうに言う。

「何を呑気な事を……! 全ての国の同盟が結ばれてしまったら、幾らジェドでも太刀打ち出来る訳が無い…! 王やライナスにはお知らせしたのか」

「お知らせしなくとも、既に王はご存じだと思いますよ。そして今考えている事は、恐らくティヴァナとの同盟と、北のシエンへの侵略でしょうね」

「……北と東から同時に攻撃される事を避ける為、同盟が完成するより先に北を取ってしまおうという事か」

「大よそはその通りだな。だがシエンとの戦いは、それによって危機感を覚えた他国の同盟を速める事にもなる。ティヴァナとの同盟はフィードニアにとっては急務という事だ。――――だが」

 ラオはにやりと笑ってクリユスを見た。クリユスは頷き、ラオの台詞を継ぐ。


「――――ですがユリア様、ティヴァナとの同盟は成功しません。―――いえ、成功させません」

「成功……させない?」

 予想外の言葉に、ユリアは眼を見張った。






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