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魑の鞘(ちのさや)  作者: 篠北凛
第一章
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15: 試合4

【人物紹介】

ユリア  …フィルラーン(神に仕える者)の少女。

ジェド  …フィードニア国軍総指揮官。フィードニア国の英雄。

ダーナ  …ユリアの世話役。

ラオ   …元ティヴァナ国軍副総指揮官。現傭兵。

クリユス …元ティヴァナ国軍弓騎馬隊大隊長(一級将校)。現傭兵。


ライナス …フィードニア国軍副総指揮官。

メルヴィン…フィードニア国軍騎馬隊大隊長(一級将校)。国王の従弟。

イアン  …フィードニア国軍二級将校(小隊長)。ジェドに処断され死亡。

 二つの闘気が激しくぶつかり合った。

 それは先程のクリユスとメルヴィンの試合とは、明らかに違う戦いだった。

 繰り出される剣の応酬は目まぐるしく、そして一太刀一太刀が重い。

 見ている者に息をつく暇さえ許さぬようで、ユリアはいつの間にか手を強く握りしめていた。


 ユリアとダーナ、それにクリユスの三人は、試合場の脇の一席でこの試合を観戦していた。

 そこは一般の兵士達が居る大衆席と違い、身分の高い者の為に作られた席だった。


 ――――これが、副総指揮官クラスの人間達の戦いなのか。

 クリユスの戦いは、剣舞を見ているかのように洗練されたものだったが、この二人の戦いはまるで、重戦車がぶつかり合っているかのようだ。

「凄いな……」

 ユリアの口から、思わず零れる。クリユスがそれに賛同するように頷いた。

「ライナス殿の剣の腕は、やはり凄いですね。……恐らく、その辺の国の総指揮官でさえ凌ぐ腕前をお持ちでしょう。 ……ですがそれはラオも同じ事。剣の腕のみならば、ティヴァナの総指揮官よりも上だったのです」

 ただ軍の総指揮には向かない性格だったのだ。ラオは指揮をするより、一番に敵の中へと突っ込んで行きたいという人間だった。

 本人は副指揮官という立場でさえ不満げで、大隊長か中隊長位が丁度いいといつも言っていたと、クリユスは笑った。

「剣の実力のみであれば、総指揮官クラスの戦いです。 これは中々見られるものではありませんよ」

 玩具を前にして喜ぶ少年のように、クリユスは眼を輝かせた。 こんな表情をする事もあるのだなと、ユリアは少し意外に感じたが、だがユリアにもダーナにも、何がそこまで楽しいのかは理解出来なかった。

 現に、この試合が単なる腕試しだと分かっているから、このように観戦などしていられるが、もしこれが命のやり取りをする実戦だったなら、一秒でもユリアにはこれを正視している事など出来ないだろう。


 ――――命のやり取り――――。

 ふと、ユリアの脳裏にイアンの笑顔が浮かんだ。

 そして、その最後も。


「―――ユリア様、どうされたのですか」

 急に青ざめ体を震わせるユリアに、クリユスは顔を曇らせた。

「いや―――……試合を見ていたら、気分が悪くなったのだ……。私は元々、戦いなど好まない」

 吐き捨てるように言うユリアの肩を、ダーナが庇うように支える。

「まあ、大変……!ユリア様、部屋へ戻りましょう。元々このような戦いの場など、ユリア様には縁遠い場所なのですわ」

「戻る……? それは、困りますユリア様。例え勝敗は関係無い試合だとしても、意味はある試合なのです。既にこの試合にフィルラーンのユリア様が立ち会っている事は公然としている事。勝者に貴女が祝福を与えるのを、兵士達は期待しているのですよ」

 物腰は柔らかいが、それは反論を許さぬ声だった。 

「まあ……! この様な状態のユリア様に、尚もここへ居ろなどと、何という冷血な事を仰るのです…!」

 怒るダーナを、ユリアは止めた。

「――――いい、ダーナ。少し恐ろしい事を思い出してしまっただけだから……。 クリユスの言う通りだ、私はこの試合を、そして事の成り行きを見届けなくてはならない。―――そもそも、私が始めた戦いなのだから」

 クリユスは何も言わず、ただその菫色の瞳を和らげた。

 そして、試合場へと視線を戻す。

「―――さあ、もうすぐ、決着が付きますよ」



 ライナスが振り下ろした剣を、ラオは盾で受け止め、弾き返す。そしてその勢いのまま剣をライナスの腰へ目掛け振った。

 咄嗟にライナスは体を捩り、皮一つの差でそれを避ける。

 だがそれによってバランスを悪くしたライナスに、ラオが更に剣を振ろうとするのを、ライナスは相手の目前へと盾を突き出し視界を奪い、その隙に体勢を整えた。

 戦い始めてから随分と経つというのに、一向に疲れを見せぬ戦いだった。

 だがそうは見えなくとも、確実にお互い疲弊していますよ、とクリユスが言う。

「先に隙を見せた方が負けるでしょう、ほんの一瞬の隙を見せた方がね」

 それ程実力が均衡しているのだ。


 日が少し傾いて来た。ラオは日を背に立ち、ライナスへ向かい飛んだ。

 振り降ろす剣が、日の光を浴びて、光った。 


 わあ、と場内に歓声が沸き起こった。

 地が震えているような感覚がする程の、凄まじい歓声だ。

 ユリアは先程の恐怖での震えとは違う、体の震えを感じた。


 ―――ライナスの剣は弾かれ地面に突き刺さり、ラオの剣がライナスの首へ付きつけられていた。

 一瞬の隙を付いたのは、ラオだったのだ。


 ユリアはクリユスと共に、二人の元へ―――試合場へと、上がって行った。

 フィルラーンのユリアの登場に、兵士達は歓喜の声を上げた。

「――――参った。くそ、やられたな」

 ライナスは溜息を付き、立ち上がる。

「一瞬日の光に目が眩んだ。 お前、わざと日の光を背にしたな」

「いや、偶然ですよ」

「ふん…まあどっちにしても、俺の負けだ。体力ももう持たなかったしな。……言っておくが、俺があと五つ若かったら、この俺が勝っていたぞ」

「ですがあと五つ若かったら、俺は二十一です。ライナス殿が二十五だとして、やはりこの俺の方が体力が有り余っている頃ですね」

「こいつめ…」

 ライナスはラオの肩を軽く叩いた。

 そしてラオの手を持つと、兵士達へ向け手を上げさせた。

 歓声の中、ユリアは二つの試合の勝利者である、ラオとメルヴィンに祝福を与えた。

 勝利を齎《もた》らした彼らの剣に口づけをし、跪く勝利者にそれを手渡す。

 それが祝福の儀式だった。


 


「ここで二人の入隊を許さなかったら、負けた腹いせに相手を追い出した、胆の小さい男だと思われますな」

 試合場から引き揚げ、控え室への連絡通路の途中で、ライナスが呟いた。

「ライナス……では」

 ライナスは、歯を見せて笑った。 日に焼けて浅黒い肌に、白い歯がくっきりと浮かび上がる。

「二人の入隊を許しましょう。 この俺を負かしたのだ、俺の代わりに副総指揮官になるか?」

「冗談、勘弁して下さいよ。 ここの副総指揮官は、軍の総指揮をやってると聞きましたよ。副総指揮官のポジションでさえ辟易していたのに、ご免被(こうむ)りますよ」

 ラオは本気で嫌そうに言う。

 只の一兵士として加えてくれればそれでいい、と言うラオに、欲の無い奴だとライナスが笑った。


「冗談はさておき、最初は中隊長辺りで入って貰う事になるだろう。新参者にいきなり大隊長の位を与えると、良く思わん者も多く出るだろうからな」

 その言葉に、ラオとクリユスは揃って頷く。

「それは勿論です。……ですが一つ。私をメルヴィン殿の下に置いて頂きたいのですが」

「……さっきの試合といい、メルヴィンに取り入るつもりか? ……何を企んでいやがる」

「企むなどと、とんでも無い事です」

「白を切るか。 お前がそのつもりなら、俺はお前の入隊を取り消したっていいんだぞ。そもそもお前の試合は糞みたいなもんだった、あんな試合で、この俺がお前を軍に入れるなどと、よく思ったものだ」

 ライナスは凄んでみせたが、クリユスは変わらず笑顔を崩さなかった。

「ですが、貴方は端から入隊を拒むつもりは無かったでしょう。 フィルラーンのユリア様が推薦した男であり、王も少なからず興味を示した。ならば貴方はそれを拒む立場にいる訳でも無く、ただ形式上二人を任され、何か問題を起こした時には責任を取らねばならない。全く、面倒な事になった。 ――――と、まあこんな目をされていましたよ、最初にお会いした時にね」

 涼しい顔で言うクリユスに、ライナスは鼻白む。

「……やっぱりお前は気に喰わん男だ」


 控え室前に預けてあったラオとクリユスの手荷物を回収し、ユリア達は外へ出た。

「二人とも、塔までユリア様を送り届けたら、荷物を纏めておけ。 後で一人兵士を寄越す、兵士達の宿舎へ案内してもらえ」

「はい、ありがとうございます」

「配属は考えておくが、まあラオは騎馬隊か歩兵隊の中隊長、クリユスは弓騎馬隊の中隊長辺りだろうな。 フィードニアは弓騎馬隊が独立して大隊を組んではおらんのだ。 騎馬隊大隊の一角に弓騎馬中隊がある形になる――――メルヴィン配下には違いない。それでいいな?」

「充分です、ご思慮頂きありがとうございます」


 何はともあれ、二人がフィードニア国王軍へ入隊する事が出来たのだ。まだこれは長い計画の、ほんの始まりにしか過ぎないが、ユリアは一先ず安堵した。

 フィルラーンは軍へ介入する権限は持たない。ここから先は、ラオとクリユスに任せるしかないという事が、少し歯痒い思いはあるが、それもしょうがない事だった。

 ライナスがユリアを乗せる為の馬を引いてきた。ユリアはクリユスに手を貸り、その馬に乗ろうとした。

 その時、ふと眼の端に、知った顔が見えた。

 知った顔―――だが、そこに居る筈もない顔だ。

 ユリアの顔から、一気に血の気が引いた。


(まさか―――――そんな、筈が)


 ユリアは恐る恐る、その人物の方へ顔を向ける。

 只の見間違い、目の錯覚なのだと信じて。

 だが間違いでは無く、錯覚でも無い。その人物はそこに居て、そしてユリアの方へゆっくりと歩んで来た。

 その人物と、目が合った。

 

(だけど、そんな筈が―――――無い)


 茶色い髪の、若い男だった。

 ユリアは息を飲み込んだ。

 その男は笑う。人好きのする笑顔だ。

 

 

「イ…………イアン…………」



 そこに居る筈の無い、生きている筈も無い男が、ユリアの目の前に立っていた。






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