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魑の鞘(ちのさや)  作者: 篠北凛
第一章
13/187

13: 試合2

【人物紹介】

ユリア  …フィルラーン(神に仕える者)の少女。

ジェド  …フィードニア国軍総指揮官。フィードニア国の英雄。

ダーナ  …ユリアの世話役。

ラオ   …元ティヴァナ国軍副総指揮官。現傭兵。

クリユス …元ティヴァナ国軍弓騎馬隊大隊長(一級将校)。現傭兵。


ライナス …フィードニア国軍副総指揮官。

メルヴィン…フィードニア国軍騎馬隊大隊長(一級将校)。国王の従弟。

 クリユスは足を一歩踏み出した。

 それに呼応するように、メルヴィンも地を蹴り、クリユスに向かい剣を振り上げる。

 再び二つの剣が音を立てて合わさった。

 クリユスが振り下ろした剣をメルヴィンが払い、メルヴィンが放つ剣をクリユスが盾で受け止めた。

 一進一退。正に互角の勝負がそこで繰り広げられていた。

 周りを取り囲む兵士達の歓声が、次第に大きくなっていく。

 先程まで防戦一方だったクリユスの善戦に、兵士達は沸き立った。


 ユリアは息を飲んだ。

 互角の戦い――――いや、それは違う。

 クリユスが、そう見えるように戦っているのだ。 

 笑みを浮かべたクリユスは、やはり何時もの自信家なクリユスだった。

 必死に戦っているように見え、実は紙一重のタイミングになるようメルヴィンの剣をかわし、メルヴィンが受け止められるように剣を放っているのだ。

 だが、何故そのような事をしているのか、ユリアには解らなかった。

 今回は勝ってみせねばならない勝負だというのに、クリユスは一体何を考えているというのか。

 クリユスの事だから、何か考えがあるのだろうとは思ったが、ユリアは不安でならなかった。

 

 ユリアがあれこれ考えを廻らしていると、場内にわっと一際大きな歓声が起こった。

 剣が宙を飛び、弧を描き地面に突き刺さる。

 その剣は、先程までクリユスが手にしていた物であった。

 勝負が付いた瞬間だったのだ。

「いや、お見事です」

 クリユスは手が痺れたというように、両手をひらひらと振ってみせた。

「流石は騎馬隊大隊長殿ですね。私ではとても敵いませんでした」

「何を、お前も中々やるではないか。良い戦いぶりであったぞ」

 メルヴィンは自身の剣を鞘へ納めながら、満足気に言う。

 そして兵士達の歓声に、手を振って答えた。

「ですが私も元はティヴァナ国軍弓騎馬隊大隊長を務めた身…このままで終わっては名が泣くというものです。是非とも、メルヴィン殿には弓の腕前をご覧頂きたいのですが」

「ふむ…いいだろう、直ぐに的の用意をさせよう。今ここで披露するがいい」

「はい、ありがとうございます」

 メルヴィンは近くに控える兵士を呼び、弓の的を設置するよう言いつけた。

 クリユスはちらりとユリアの方を見ると、小さく片目を瞑ってみせた。


「――――何とも詰まらん余興でしたな」

 いつの間にかユリアの後ろに居たライナスが、欠伸をしながら言った。

「ライナス……いえ、これは……」

 ユリアは焦った。ライナスに認められなければ、クリユスはフィードニア国軍へ入る事が出来ないのだ。

 幾ら得意が弓だとは言え、ライナスの心象を悪くしてしまった今披露した所で、それが認められるものなのだろうか。

 ライナスは憮然とした表情で、逆さにした空の財布を振った。

「お陰で今日の酒代をスッてしまいましたよ」

 お前までこの試合で賭けていたのかと、ユリアは少し呆れたが、その言葉は呑み込んだ。


「……それは済みませんでした、折角あいつに賭けて頂いたというのに。詫びにこの俺が奢りますよ。ティヴァナの酒も持ってきていますし」

 ダーナと共に脇で試合を観戦していたラオが、ふらりと現れた。

 ダーナは心なしか、青ざめている。

「おお、ティヴァナの酒か、それはいい。ティバナの酒は美味だか中々手に入らないのだ」

「何を呑気な……!」

 ライナスの言葉にダーナは憤怒した。ダーナが怒りを顕わにするなど、珍しい。

 どうしたのだろうかと、ユリアがダーナに声をかけようとするより早く、彼女はユリアの手を握り捲くし立てた。

「そんな事よりユリア様、お怪我はありませんか? あんな近くで試合を見るなどと…万が一怪我でもされたらどうするのですか…! 例え柵越しであろうと、真剣を使っての勝負なのですよ? 私は試合の間ずっと生きた心地がしませんでしたわ……!」

 ダーナはユリアの体の何処にも傷が見当たらないのを確認すると、やっと安堵の表情を見せた。 そしてライナスの方へ振り返ると、おもむろに彼を睨みつけた。

「ライナス様もライナス様です、ユリア様の近くに居ながら何故お止して下さらなかったのですか? その上何が酒なのですか、お二人共!」

 最後の台詞にはラオも含まれていた。本気で怒るダーナに、大の男二人が顔を引き攣らせる。

「いや……俺はお止したのだ。だがユリア様が……」

 弁解しようとするライナスの台詞を、ダーナは言い訳は結構、と一蹴した。

 そして矛先は更にラオに向かう。

「ラオ様もですよ、二度とユリア様の危機の時に、この私を止めないで下さいませ」

 ダーナはユリアを連れ戻そうと、ユリアの元へ駆けつけようとしたのだそうだ。

 そして万が一の時には自分が盾になるのだと主張するダーナを、ラオが引き留めたらしい。


 確かに真剣での勝負、例え柵越しとはいえ、いつ刃が飛んで来ないとも限らない。――――だが、ダーナが心配する程危険な事とも、その時のユリアは思っていなかった。

 ――――なんと、迂闊だったのだろう。

 フィルラーンとは、そんな存在なのだ。 国の宝であるのだから、自分の身を呈して守ろうとする人間も現れようというものだ。

 それにもしフィルラーンに何かあった時は、ダーナや他の人間達が責を追う事は明白だった。

 迂闊な行動を取る事など、あってはならないのだ。 

「ダーナ、私が悪かったのです……フィルラーンであるのに、自分の立場をもっと弁えるべきでした」

 だがユリアの詫びに、ダーナは更に顔を険しくした。

「フィルラーンだから……何なのです…? 私は、ユリア様の心配をしたのですよ……!」

「………私の………?」

 

 意外なダーナの言葉に、ユリアは戸惑った。

 何を言っているのだろう、とユリアは思う。

 幼い頃からフィルラーンだった。 五歳の時から、ラーネスの地でフィルラーンの誇りを教え込まれ育ってきたのだ。

 フィルラーンであるから、今ユリアはここにいた。 

 ―――そうでなければ、この自分に何の価値があるというのだろう。

 ダーナがこんなに青ざめ、肩を振るわせる程の価値など、有りはしないのだ。

「いいですね、ユリア様。もっとご自分を大切になさって下さい。フィルラーンだからでは無く、ユリア様ご自身を」

「……わ……私は……」

 何故ダーナはそんな事を言うのだろう。

 “私自身”がフィルラーンであるのだ。切り離して考えられる筈があろうか。

 ユリアは真剣な表情をするダーナを見詰めた。

 真剣に怒っているのだ、この私に。

「………す………済まなかった………ダーナ」

 謝らなければいけない気がした。良く分らないが、ユリアの何かがダーナを怒らせたのだ。

 少しの沈黙の後、分かって頂ければいいのです、とダーナは微笑んだ。

 ――――何故だろう。心が温かくなった気がした。


「………ダーナを引き留めておいてくれて、感謝する……」

 ユリアはラオにひっそりと呟いた。

 自分を庇ってダーナが傷付く所など、見たくは無い。ユリアはそう心から思った。







 弓の的が五つ、試合場の端に並べられた。

 クリユスは的から随分離れた場所に立っている。ユリアもこれまでに弓兵達の訓練を見た事があるが、クリユスの立ち位置は、その時の距離を遙かに超えていた。

「普通の兵士だったら届く距離ではありませんね」

 ライナスが言った。

 クリユスは淡々とした様子で弓の弦を引くと、狙いを定める素振りも見せず、あっさりと矢を放った。

 無造作にも思えるその動作は、だがまるで的が弓を惹き付けてでもいるかのように、正確に的の中心を射た。

 クリユスは間を空けず、残りの四つの的も同じように射る。

 あまりにそつなく行われたそれは瞬く間の出来事であり、見守る兵士達は咄嗟に何が行われたのか理解出来なかったようだった。

 一瞬辺りが水を打ったように静まり返り、その後我に返ったように歓声が沸き起こった。

 これならば、と期待したユリアだったが、だがそれはライナスにより直ぐに打ち砕かれた。


「ほう……自負するだけの事はあるな、中々な腕ではないか」

 口では褒めているものの、ライナスはあまり関心も無さそうに言う。兵士達はクリユスの腕を認めたというのに、この副総指揮官の目には留まらないという事なのか。

「……これ程の腕を見せても、フィードニア国軍には値しないと貴方は考えているのですか、ライナス」

 堪らずユリアはライナスに問うた。

「ああ、いえ。大した腕前ですよ。……驚いたようには見えませんでしたかな」

 ライナスは顎を擦った。

「――――ただ、これは単なる余興に過ぎませんよ、ユリア様」

「余興……? 何を言っているのです、クリユスは真剣に戦って……」

「――――さて、それはどうでしょうかね」

 ライナスはクリユスの方へ視線をやると、顔をしかめた。

「あいつめ、己の戦いぶりを良く見ておけと言ったな。……おい、ラオとか言ったか」

「は」

「元弓騎馬隊大隊長に言っておけ、すぐ他人を試そうとする所は気に喰わんとな」

「――――は、仰せのままに」

 言いながら、ラオは肩を竦めた。


「――――さてと、面倒だがこの俺が次の相手をしてやるとするか」

 ライナスは伸びをし、肩を軽く回してみせる。

「ライナス殿が、俺の相手ですか」

 ラオは好戦的な笑みを浮かべた。

「しょうがあるまい、こんな詰まらん試合を延々と見させられて堪るか。 ――――いいな、ティヴァナの元副総指揮官。この俺相手に手など抜きおったら、殺すぞ」

「無論の事です。俺は誰が相手だろうと、手を抜くつもりなんかありませんよ」

 男二人の間に、火花が散ったように見えた。

 試合場ではメルヴィンとクリユスが握手を交わし、歓声に包まれていた。





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