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魑の鞘(ちのさや)  作者: 篠北凛
第四章
113/187

113: 刺客


 ティヴァナ国王都の城下街広場でユリアが演説を行って以来、城にはフィードニアとの同盟を望む嘆願書を携えた、多くの平民が押し掛けるようになっていた。

 そしてその数は、ユリアが度々城を抜け出し、城下街へ繰り出すごとに膨れ上がっている。城の門番達はここ数日というもの、押し掛ける平民たちを宥めるのに随分と苦労しているようだった。

 ティヴァナの王城の者からは何度となく苦言を貰ったが、ユリアはそんなことなど意に介ず、今日もまたいつものように城から抜け出そうとしていた。

「しかし、おかしいですな」

 護衛として付いてきているバルドゥルが、渋い顔を作りながらそう呟く。

「これだけ騒ぎを起こしているというのに、警備が余りに少ないように思えますが」

 我々が抜け出さぬよう、もっと見張りを付けるものではないのかと、彼は訝しんでいる。

 確かに普通に考えればそうなのだろうが、今ユリア達が通っている経路はクリユスに教えて貰った抜け道なのである。わざわざ警備の少ない場所を選んで通っているのだから、手薄なのは当然のことなのだが、クリユスがここに来ていることを知らないバルドゥルには、それを口にすることも出来なかった。

「信仰の強いこの国ですから、フィルラーンである私に対して、苦言は述べても実力行使に出ることが出来ぬのかもしれませんね」

 そう適当に相槌を打つ。とはいえ、それでも目立つ訳にはいかないので、ダーナは部屋へ残して来ていた。

 ユリアに与えられた客室の中庭から、城の裏庭へと通じている、庭師だけが使っているらしい細い道がある。そこを通り抜け、更に城の連絡通路を渡り再び裏庭に出た所に、城下街へ出ることが出来る鍵の壊れた小さな扉があるのだ。

 バルドゥルには苦しい説明だと思いつつ、散策中に偶然見つけた扉だと説明してあるが、特に訝しむ様子も見せなかったので一応それを信じたのだろう。

 今この裏庭に面した人気のない連絡通路を渡るのは、ユリアとバルドゥルの二人だけである。

「ユリア様」

 ふいにバルドゥルが声を落としユリアを制止させると、腰に佩いた剣を引き抜いた。

「バルドゥル?」

 黙って、と言うように人差し指を口に当てる。初老の剣士の目に緊張の色が混ざった。

 刺客が現れたのだ。そうユリアが理解した瞬間、バルドゥルが素早く一歩前へ踏み出し、剣で何かを弾いた。床に短剣が転がる。

「ユリア様、お下がりください……!」

 続けざまに短剣がユリアを目掛け飛んでくる。それらを全て器用に弾き飛ばすと、バルドゥルは己の背にユリアを庇いながら、剣先を木々の薄闇へと向けた。

「誰だ、出て来い!」

 バルドゥルの放ったその叫びは、静寂の中に取り込まれる。

 まるで何事も無かったかのように辺りは沈黙し、聞こえるのは二人の息遣いだけだった。焦れたように再びバルドゥルが声を張り上げる。

「隠れていないで姿を見せろ!」

 その声と同時に、右方でかつんと小さな音が鳴った。

 バルドゥルは慌てて剣先をそちらに向ける。その瞬間、左方から人影が飛び出して来て、鋭い剣先がユリアを襲った。

「くっ……!」

 バルドゥルは咄嗟に体を捻り、何とかその剣を受け止める。だが無理な体制を取っていた為、次の攻撃を防ぎきることが出来なかった。

「バルドゥル……!」

 刺客の剣が、バルドゥルの肩を貫いた。みるみるうちに服が血で染まっていく。

「バルドゥル、バルドゥル……!」

 彼の背中にすがり付くユリア諸共にとどめを刺そうと、刺客が剣を振りかざす。ユーグでは無い。ティヴァナ国王軍の軍服を着た男だった。

(何故ティヴァナが私の命を)

 だがそんな疑問を抱けたのも一瞬の事である。刺客の剣は、正確に二人の命を狙い振り下ろされた。

「――――――!」

 もう逃げられないと覚悟したその時、すぐ目の前に迫る刺客の剣が、キンと高い音を立て弾かれた。それと同時に弓矢が地面に突き刺さる。

「ク……」

(――――――クリユス!)

 ここをユリアが通る事を知っている者は、クリユスしかいない。彼が助けてくれたのだと思い、ユリアは満面の笑みを持って振り返った。だが彼女の期待に反し、弓を手にそこに立っていたのは、ティヴァナの弓騎馬大隊長マルセルだったのである。

「やっと尻尾を出したな、こいつがトルバの密偵だ、捕らえろ!」

「は!」

 マルセルと共に現れた数人の兵士達が、身を翻し慌てて逃げる刺客を追いかけて行く。ユリアはただぽかんとその光景を眺めていた。



「く……これは一体、どういう事だ」

 バルドゥルが青褪める顔でマルセルを睨みつけた。その困惑はユリアも同じである。何故この窮地にマルセルが都合良く現れたのか、そしてこのあつらえたような捕り物劇は一体なんなのか。

 答えは一つしかないように思えたが、それでも説明を求めずにはいられない。その気持ちはよく分かるが、ユリアにはそれよりもまず先に、バルドゥルの傷の深さの方が気になった。

「バルドゥル、早く手当てを……」

「これ位の傷、何ともありませぬ」

 気丈にそう言ってみせるが、しかし彼の傷口からは今も血が溢れ出ているのだ。血の気の無い顔色をしているというのに、大丈夫な筈が無かった。

「話は後でゆっくり聞こうではありませんか、マルセル、バルドゥルを救護室へ連れて行って下さい」

 振り返ると、マルセルは床に片膝を付き頭を下げている。フィルラーンの顔を見てはならぬという、あれなのか。こんな、時にまで。

「おかしいと思っていたのだ。同盟を結ぶ気など無いと公言しておきながら、民衆を前に幾度も演説を繰り返すユリア様を、なぜこうも放置しておくのか。フィードニアと同じく国王軍に潜り込んでいた密偵を炙り出す為、ユリア様を囮に使ったという訳か」

「その通りだ、我がティヴァナとフィードニアとの同盟など、連合国が放っておく筈が無い。民衆に両国の同盟を扇動し、無防備に城から抜け出す彼女を、必ずトルバの暗部は狙ってくると思っていた。だから、自由にさせていたのだ」

「貴様、よくもぬけぬけと」

 淡々と述べるマルセルの首元に、バルドゥルが剣を突きつけた。動いたせいで、更に肩の傷からどくりと血が流れる。

「バルドゥル、そんなことはどうでもいい」

 溜息を一つ吐き、ユリアはラティを荷袋から取り出した。そして、一気にそれを引き裂く。

「な――――何を、お止め下さいユリア様!」

 バルドゥルの驚愕の声に、流石のマルセルも何事かと顔を上げる。そして彼もまた、その光景に目を丸くした。

「こ、これは、何と」

 ユリアはフィルラーンの権威の象徴であるラティを、バルドゥルの傷口に巻きつけていたのだ。

「ああもう、抵抗するなバルドゥル。象徴以外何も役に立たぬ布きれなのだ、血止めくらいに使っても罰は当たらぬだろう」

「冗談を、そんなわけには参りません!」

 揉める二人をただ唖然と眺めているマルセルを見下ろし、ユリアはふふんと笑った。

「やっと私の顔を見たな、マルセル。それでいいのだ、私は顔も見せぬ相手と話すのも、見ずに話されるのも好きではない」

「あ……いえ」

 はっとしたように慌てて再び顔を下げようとするマルセルを、ユリアは手で制する。

「いい加減にしないか、一度見るのも二度見るのも左程変わらぬだろう。初めはそれがこの国の習わしであるなら従おうかと思っていたが、やはり私の性には合わない。だからもう頭を下げるな」

「いえ、しかし」

 反論しようとするマルセルを、再び手で制する。

「それからもう一つ。私を囮に使ったと言ったな。だがそんな問答も無用だ、利用するなら幾らでも私を利用したら良い、それで同盟の話が進むのであれば本望だ。このラティと同じく、私にも象徴以外の使い道があったという訳だな」

「何を言われるのですか、そのようなことを」

 渋面を作るバルドゥルを無視し、ユリアは彼の腕を取る。

「それよりマルセル、早くバルドゥルを救護室へ連れて行ってくれないか」

「は……」

 矢継ぎ早なユリアの口調に、度肝を抜かれたような表情をしていたマルセルは、目が覚めたような表情でようやく立ち上がる。そして裂かれた残り半分のラティを拾い上げると、苦笑した。

「なんと、これはまた随分風変りなフィルラーンでいらっしゃる。話に聞いていた以上です」

「話に?」

 何のことだと視線を送ると、マルセルは肩を竦めた。

「いえ、何でもありません。さて、ではこちらへ。救護室へ御案内致します」

「ああ、そうだな」

 今は兎も角、バルドゥルの手当てが最優先だ。

 マルセルがバルドゥルに肩を貸し、三人は一先ず救護室へと向かった。







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