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白銀の剣  作者: 沙伊


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第三十七話 夜の密約

 我に返ったミゼリアは、慌てて外に出た。ひとり部屋とはいえ、誰が入ってくるかも解らない部屋に、黒衣の男を招くわけにはいかない。

 黒衣の男は戸惑いを隠すことなく、彼女を待っていた。互いに、なぜここにいるのか、という感情を隠せてない。

「えっと、とりあえずここでお話できますか?」

「あ、ああ」

 頷きながら、黒衣の男はまじまじとミゼリアを見つめた。

「その髪はどうしたんだ?」

「潜入のために染めたんです。二、三日で落ちますから、定期的に染めなければならないのですけれど」

「ああ⋯⋯あの銀髪は目立つからな」

 黒衣の男は頷き、眉をひそめた。

「わざわざおまえが潜入するなんて、一体何があったんだ」

「実は⋯⋯」

 ミゼリアは悩みながら、大まかな経緯を話した。とたん、黒衣の男は顔をしかめる。

「そんな危険なことを、なぜおまえがする必要があるんだ」

「必要だからこそです。私達は人員が限られていますし、そもそも座して待つなんて性分ではありません」

「それは、そうだろうが⋯⋯」

「今度は、こちらから質問です」

 そのまま説教を始めそうな黒衣の男を遮るために、ミゼリアは質問を投げかけた。

「なぜブリュドにいらっしゃるんですか? ノドバーレイにいたはずでは」

「それは⋯⋯」

 黒衣の男はしばしためらった後、ノドバーレイで起きた出来事を話してくれた。

「ノドバーレイで、あの魔女と敵対することになった」

「それは⋯⋯なぜ?」

「奴が、魔力補充に手段を選ばなくなったからだ」

 黒衣の男は苦々しく言った。

「奴は人々に悪霊を取り憑かせ、それによって生気と魂を吸い上げていた。このままいけば、王宮中──いや、王都中の人間が吸い付くされてしまうだろう」

「⋯⋯⁉」

「ことを急いだ方がいいと、伝えに来たんだ」

 黒衣の男はその場面を思い出したのか、顔をしかめた。

「悪霊を、取り憑かせて⋯⋯? そ、そんなことができるんですか? そもそも、王都中の人間の生気と魂を取り込むだなんて⋯⋯」

「事前に大量の悪霊を確保していれば、できる」

 信じられないミゼリアに、黒衣の男は更に衝撃的なことを言った。

「あれは、死霊を操る(すべ)を知っている。加えて、もてあそぶことに躊躇が無い。どころか、楽しんでいる。悪霊を大量に使うことも、それによって他者を犠牲にすることも、己の楽しみとしているだろう」

 黒衣の男が淡々と語ることに、ミゼリアは息を飲んだ。

 黒衣の男の話から垣間見える魔女の残虐性は、何となく察していた。だが想像以上のそれに、背筋がうそ寒くなったのである。

「だから、早く魔女をどうにかしなければならない──と伝えに来たんだが⋯⋯こちらも状況は切迫しているのか?」

「そう、ですね」

 ミゼリアは頷いた。

「このままでは、ブリュドは魔女の思い通りになってしまいます。ここを放置していいわけではありません」

「⋯⋯そうか。なら」

 黒衣の男は自らの胸に手を当てた。

「私にも協力させてほしい」

「貴方が?」

 ミゼリアは目を見開いた。

「でも、それは」

「どのみち、もう戻ることは無いんだ。ならおまえを助けてさせてくれ」

 黒衣の男はずい、と距離を詰めた。とはいえそれは、一歩踏み出した程度のことである。

 だがそれだけで、ミゼリアはかっと赤面した。

 思い出してしまったのだ。自分が、彼に好意を抱いているかもしれないことを。

「わ、解りました。解りましたから、あの⋯⋯」

「ミゼリア?」

 何とか距離を取ろうとしたミゼリアだが、それが不自然に見えたのだろう。黒衣の男は眉をひそめて顔を覗き込む。それによってますます近くなったことに、ミゼリアはのぼせ上がってしまった。

「あう⋯⋯あうあう」

「ど、どうしたんだ、ミゼリア。熱でも」

「あ、ありません! 大丈夫ですから」

 ミゼリアは慌てて黒衣の男を押しやった。その際に彼のたくましい身体を布越しに感じることになってしまい、更に自分を追い詰めることになった。

「ひゃあ⋯⋯」

「ミゼリア⋯⋯本当に大丈夫か⁉」

 その場に座り込んでしまったミゼリアと目線を合わせるように、膝を着く黒衣の男。その近さと優しさに、ミゼリアの思考は空回りしそうになる。

 だが何とか、論理的な思考をたぐり寄せた。

「と、とにかく、手を貸していただけるということでよろしいですか?」

「ああ、勿論だ」

「では⋯⋯お願いがあります」

 ミゼリアは深呼吸することで鼓動を落ち着かせ、黒衣の男にお願いした。

「王弟の愛人を調べていただきたいのです」

「愛人?」

「私の見立て通りなら、愛人は魔術師──おそらくは、魔女の関係者です」

 ミゼリアは若干頬の赤みを残したまま、冷静に言った。

「彼女の装飾品に、魔導文字が刻まれていました。豪奢な見た目にごまかされていましたが、おそらく魔具なのではないかと。そしてそのように装飾品に隠れて身に付けているということは、魔術師であることを隠したい意図があるのだと思います。加えて、彼女に目を付けられた者が消えるという話を、この国の王女殿下から聞きました」

「目を付けられた者?」

「共通して、魔力の高い女性とのことです。何か、思い当たることはありませんか?」

 問われた黒衣の男は、しばし考えて頷いた。

「ある。⋯⋯今魔女は節操無く魔力を集めているが、本来なら、女性、それも魔力の高い者から魔力と精力を吸い出すのが効率がいいらしい。その推定魔術師は、魔女への魔力供給のためにそういった女性を集めているのではないか」

 理由を聞いて、なるほどとは思ったものの、納得からはほど遠かった。むしろ胸が悪くなるような気分になる。

「⋯⋯改めて、彼女は敵なのだと実感しました」

「そうだな⋯⋯」

 険しい顔をするミゼリアに同意しつつ、黒衣の男はさっと背を向けた。

「私はこのまま、王宮を探索する。明日、同じ時間にまた会いにこよう」

「お願いします。私も、周囲にもう少し気を配っておきます」

「そうしてくれ。くれぐれも、危ない真似はしないでくれ」

 黒衣の男はそう念押しして、姿を消した。去っていく姿を見せない、さすがの早業だった。

 ミゼリアはそのことに若干面食らいつつ、ため息をつく。

 思いがけず協力者を得たものの、状況はいいとは言えない。どころか、ますます悪化しているように感じる。

 だが、全く予想していなかったかと問われれば、それは否だ。何しろ相手が凶悪無比な存在であることは、重々承知していたのである。事態が深刻になっていくのは、むしろ当然と言えた。

「けれど、今は目の前のことを何とかしなければ」

 ミゼリアは言い聞かせるように呟いた。

 ミゼリアを含め、味方は皆、小さな力しか持たないのである。強大な相手と対峙するには、ひとつひとつをこなしていかなければならない。あれもこれもと手を伸ばしていても、いずれは破綻することになるだろう。

 頭では解っているし、言い聞かせてもいる。だが。

「それでも⋯⋯辛いですね」

 己の無力さに、ミゼリアは拳を握り締めた。

 どうにもならないと解りつつ、力が欲しいと、願わずにはいられなかった。

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