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白銀の剣  作者: 沙伊


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第三十六話 王女の誘い

 何でこうなったんでしょう──ミゼリアはため息をこらえた。

 ブリュドの王弟の不正を暴くため、王弟に近付くために侍女として王宮に潜り込んだ。そして、初日から王弟の茶会に立ち会うことになった。相手は大臣であり、王弟の傍には王弟の愛人という見るからに怪しい女がいた。これは好機と思ったのだが。

「なかなかいい紅茶だな。さすが叔父上、飲み物にも手を抜かぬのだな」


 ──どうして王女殿下がいるのですか⋯⋯!?


 ミゼリアは無表情を保ちながら、内心頭を抱えた。

 目の前で座る四人。その中で最も小柄なのは、ブリュド王のひとり娘、アリシアだった。

 現在の彼女の立場は、非常に危ういものである。国王の不貞が疑われ、王位を追われるか否かの瀬戸際である中、娘の彼女も後継として疑問視する声が上がりつつある。

 ただでさえブリュドの歴史上では女王がいないゆえに反対意見が多かったのだ。この上父王が退位すれば、王族としての立場さえ危うい。

 だからこそ現王派のブリュド聖騎士団の協力が得られたのだが、今、その王女本人に邪魔されるとは何の因果か。

 侍女だけならヒントになる程度のことは漏らしただろうに、アリシア王女がいては彼らも下手なことは口にできない。未だ幼児の域とはいえ、彼女は彼らにとっても敵陣営の旗頭のひとりなのだ。

 ポーカーフェイスが難しくなるほどの気まずい雰囲気のまま、お茶会は終了してしまった。

 今日は収穫無しか、とミゼリアが思った時だった。

「ねえ、そこの貴女」

 ルティと共に片付けをしようとしたミゼリアを、なぜかトイルスの愛人が呼び止めた。

「貴女、名は何と言うのかしら」

「⋯⋯ミッシェルと申します」

 しまった、答えが遅れた──ミゼリアは内心唇を噛んだ。間を疑問に思われていないかと怖々していると、愛人が再び口を開く。

「貴女、よかったら」

「駄目だぞ、お連れ殿」

 だが、後の言葉はアリシアによって遮られた。

私が(、、)彼女に用があるのだ。貴女に付き合わせるわけにはいかない」

「⋯⋯王女殿下、お言葉ですが」

「意味が通じなかったか? 私は下がれという意味で言ったのだが。お連れ殿は、何の権限があって王族を押しのけようとしているのか。なあ、叔父上。まさか彼女は王族より偉いのか?」

「いや、それは⋯⋯」

 さすがに王弟トイルスは口ごもった。だがトイルスよりも、劇的な反応を見せたのは愛人の方である。

 彼女は一瞬、その眼差しに烈火のごとき怒りを宿した。マグマを煮詰めたようなそれは、もはや憎悪と呼ぶにふさわしい。

 ミゼリアは思わず息を飲み、アリシアとトイルスも立ちすくむ。周囲も異変に気が付いて振り返った。

 だが愛人の激情はすぐに消えた。呆気に取られている間に、愛人はさっさとサロンを出ていく。

 我に返ったトイルスは彼女を追いかけ、大臣も身を隠すようにそそくさと去っていった。

 ミゼリアは知らず知らず入っていた力を抜いた。騎士としての習慣でつい前に出てしまうところだったが、それは侍女の領分を越えている。やってしまった時点でばれてしまう危険性もあった。

 つまり、それほど愛人の怒りは凄まじかったのである。

 だが、これで確信した。愛人はただの女ではない。魔術師だ。

 殺気じみた怒気は普通の女が出せるものではない。どれほど怒り狂っても、騎士の習性が出るほどのものはそう出せないだろう。

 そして愛人が身に付けていた装飾品の数々。一見王族の愛人らしい華美なだけのものだったが、彫られているのは魔術式を発動、あるいは増幅する魔導文字だった。

 魔導文字とは、魔術の中でも複雑かつ強大な術式を使う際に使用される文字なのだが、ほとんど失われた文字でもあった。現代においてそれほどの魔術を使える者がいないというのが一番の理由だ。今では一部の魔術師が自身の魔具──それも切り札とも言えるレベルのものに刻む程度にしか使われていない。

 ミゼリアが知っているのは、リュグス家の蔵書を隅から隅まで読み込んだがゆえだ。そうでなければ、気付きもしなかっただろう。

 しかしなぜ、魔術師たる彼女が愛人などと名乗っているのか──

「ミッシェル」

 思考に沈みかけたミゼリアは、アリシアに偽名を呼ばれて我に返った。

「あっ、はい。何でしょうか、殿下」

「ちょっと私と来い」

 アリシアは睨まれたことなどすっかり忘れたように、元気な様子で手を引いた。

 ミゼリアは思わずルティを振り返る。指導係たる先輩侍女は眉をひそめた後、顎をくいっと上げた。行ってきていいということらしい。

 ミゼリアは諦めてアリシアに従うことにした。

 アリシアの意図が読めない。助けたことはともかく、今連れて歩くのはどういうつもりなのか。

「先ほどは」

 廊下を歩きながら、アリシアは言った。

「叔父上が悪かったな」

「⋯⋯王弟殿下ではなく、お連れ様ですから」

「いいや、叔父上だとも。自分の連れの管理は本人の役目だ。ゆえに、ミッシェルに迷惑をかけたのは叔父上だろう」

 アリシアの声は、幼子とは思えないほど淡々としていた。言葉も達観していて、王族としてはふさわしいと言えばふさわしい。

 なおさら考えが解らず内心首を傾げていると、たどりついたのはアリシアの自室だった。

 さすがにぎょっとしていると、アリシアは部屋の侍女に紅茶を準備させてソファに座った。

「ミッシェル」

「は、はい」

「貴女、私の侍女にならないか?」

「⋯⋯え?」

 ミゼリアは硬直した。

 なぜそういう話になったのか、意味が解らずアリシアを見つめていると、彼女は顔をしかめた。

「あの連れに目を付けられたからな」

「目を⋯⋯付けられると、どうなるのですか?」

「消える」

 端的に言われた言葉に、ミゼリアは息を飲んだ。

「消える?」

「今、王宮は人手不足だ。その大半は争いを嫌った者が辞職した結果だが、一部、行方が解らなくなっている者がいる」

「っ⋯⋯!」

 初耳だった。人が消えているなど、聖騎士団では聞いていない。

「本当にごく一部だ。私が気が付いたのも、私付きの侍女がいなくなったからだ。辞職した侍女と連絡が取れなくなったことに端を発して、調べてみたらずるずるとな。これを知っているのはここにいる侍女と、私専属の護衛騎士だけだ」

「⋯⋯なぜ、私にお話されたのですか?」

 聖騎士団にさえ話していないということは、それほど慎重に動いているということだ。それなのになぜ、ミゼリアが目を付けられたからと言って話をするのか。

「いなくなった者には、共通点があるらしい」

「共通点?」

「高い魔力を有した女性であること。私には魔力量は解らないが、あの愛人には解るらしい」

 その言葉を聞いて、ミゼリアの推測が確信に変わった。

 相手の魔力量を見ただけで解るとなると、相当に強力な魔術師なのだろう。

「私はこれ以上犠牲者を出したくない。私のところにいれば、ひとまず手は出されないだろう。先の侍女も、私のこところを辞めた後に消えたしな」

 どうやらアリシアは、善意でミゼリアを守ろうとしているようだった。

 立場上断ろうとして──ふと、思い付いた。

 アリシアは自分の庇護下にいれば大丈夫と思っているようだが、あの愛人がそれだけで諦めるとは思えなかった。

 あの時一瞬見せた憤怒は、彼女の執念深さを表していたように思う。むしろアリシアの元に行けば、やっきになってミゼリアを奪おうとするだろう。

 これは賭けだ。自分を餌に、魔女の触手を引っ張り出そうとしている。危険にさらされるのは、ミゼリアだけではない。護るべき対象たるアリシアもだ。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 ミゼリアは足元がすくむ思いだった。

 王弟の悪事とその背後にいる魔女の手下を引っ張り出す方法はほかにもある。だが、そのどれもが時間がかかる上に危険度を測りきれない。

 ミゼリアは逡巡し、しばらくして口を開いた。

「私は──」


    ───


 侍女としての一日を終え、ミゼリアは与えられた部屋に戻っていた。

 色々あり過ぎて頭がくらくらする。頭を冷やしたい思いで、窓を開けた。

 宿舎の一階にある部屋は、王城の片隅にある。窓の外は手入れの中途半端な庭があるだけで、花がまばらに咲いている以外に見るものはない。

「狙われているなら、慎重に行動しないと」

 今の状況ではエインと接触するのもままならない。

 思わずため息をつきかけたミゼリアだったが──はっと顔を上げた。

 突如目の前に影が差したからだ。

 すわ襲撃か、と隠し武器を取り出そうとして、しかし相手の姿を認識した瞬間、唖然とした。

「⋯⋯貴方は、ノドバーレイにいたはずでは?」

「ミゼリア⋯⋯だよな? その髪は一体⋯⋯?」

 黒衣の男だった。息せき切った様子で、ミゼリアの顔を見てほっと気を緩める。だがすぐに、ミゼリアの姿に目を丸くした。

 ミゼリアは突然の再会に、黒衣の男は容姿の変化に、それぞれ驚き固まって、互いを見つめていた。

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