第三十話 騎士の領土
ノドバーレイとブリュドの国境を越え、一行はシャルト領に入った。
関所は思いのほかあっさりとクリアできた。事前に話を通していたのか、あるいはいつもなのか。
「いえ、さすがにいつもあっさり通さないと思いますよ。それに今は、ノドバーレイは戦争中ですし」
「ですよねー」
ミゼリアの真面目な返答に、リリアナは苦笑した。
シャルト領にあるブリュド国最大の聖堂、ラウンド聖堂。シャルト神をたたえる聖堂として、国内外で有名な場所である。妹神であるミズル女神の信者達も訪れる者が多い。
シャルト領に入った翌日、その聖堂の奥にある応接間に、一行は通された。
リリアナは旅装を解いてドレスに着替えており、すっかり令嬢モードである。顔にはうっすらとしか化粧していないが、持ち前の美貌のおかげで全くドレスに負けていない。
一方、ミゼリアもまた、騎士服ではなくシンプルな白いドレスに着替えていた。
髪は綺麗に結い上げ、顔にも化粧を施していて、儚げな雰囲気にますます磨きがかかっていた。
今回、ラウンド聖堂内で行われる秘密裏の会談の主役はリリアナではなく、ミゼリアである。正確にはミゼリアが主体で、リリアナはそれに乗っかる形になる。
ここはシャルト神信仰の中心。今から会うのは、ブリュド国王を除けば信仰のトップになる。なら正面から向き合うのは近い内ミズル女神信仰のトップになるミゼリアが望ましい。
そう提言したのはミゼリア自身であり、こうして次期宗主としてここにいるのに否やは無い。無いのだが──
「……リリアナ様、私、緊張してきました……」
「はあ? ちょ、貴女いつもの図太さはどうしたのよ」
「いつもは従者としてでしたから……上に立つ者としては初めてなんです、こういうの……」
ミゼリアは椅子に座ったまま、リリアナの腕にしがみついた。
リリアナは珍しいミゼリアの様子が楽しいのか、にまにましながら白銀の頭を撫でていたが、すぐに苦笑に切り替える。
「そうは言ってもミゼリア、貴女のことだから完璧に対応できると思うけど?」
「やれと言われれば勿論やりますが……はあ、これなら剣を振るっている方がはるかに簡単です」
憂う姿はまごうことなき淑女だが、言ってることはとんだ脳筋である。本業が騎士なのでそれも当然だが。
その表情が不意に引き締まる。ミゼリアだけではない、後ろに控えたザフィロとエインも真面目な顔になった。
リリアナは三人の変化に戸惑ったりはしない。ただ悠然と微笑むだけだ。
五秒もしない内に、扉が開かれた。そして部屋に騎士服をまとった壮年の男性が入ってくる。
黒髪に青い瞳、背が高くがっしりとした身体付きの、厳めしい顔の中年男性だった。剣こそ帯びていないものの、戦いとなれば真っ先に敵に向かっていく──そんな想像をさせた。
「お待たせした、新宗主殿。それにリリアナ嬢。シャルト神聖騎士団長、ガランと申す」
「初めまして、ガラン様。ミズル神信仰の次期宗主、ミゼリアと申します。こちらはリュグス家前当主の長子、リリアナ様です」
ミゼリアは立ち上がって頭を下げた。同じく立ち上がったリリアナは紹介と共に遅れて頭を下げる。
シャルト神信仰の宗主はブリュド国王だが、実質的に信仰を取り仕切っているのは聖騎士団と言える。ようは国王は象徴、騎士団長が事実上トップというわけだ。
事実、シャルト領は国王から預かるという形で騎士団が運営していた。
目の前にいるのはミゼリアと同じ、しかし実績のある一宗教のトップなのだ。
「ことのあらましは、すでにうかがっている。軍略神であるミズル様に仕える者が国の問題に手を貸す──こんな心強いことはない」
「お褒めいただき光栄です」
ミゼリアはたおやかに微笑んだ。先ほどまで不安そうな様子を見せていたとは思えない。
ミゼリアは微笑みを崩さないまま話を進めた。
「すでに聞き及んでおられると思いますが、我々の目的はリリアナ様のご母堂であるエルジェート様をお救いすることにあります。貴方がたと利害は一致すると思いますが」
「その前に、ひとつ問いたい」
ガランはミゼリアを見据えた。睨むと表現してもさしつかえない眼差しを、ミゼリアは穏やかに受け流す。
内心では多少肝が冷えたものの、殺気もこもっていない眼差しを前に平静でいられないほど、細い神経を持っていない。
「なりたてとはいえ、一柱の神に仕える者達の代表であるそなたがなぜ、そちらの令嬢に肩入れするのか」
「無論、私が宗主であると同時に、リリアナ様に仕える騎士だからです」
ミゼリアはよどみなく答えた。
「未だ正式に叙勲を受けていないとはいえ、我が身はリリアナ様の剣となり盾となると誓いました。私は信仰に殉ずると同時に、主君のために剣を振るう者として、主君の望みを叶えるためにここにいます」
「……そなたが、騎士か」
ガランは胡乱な眼差しを向けた。ミゼリアは微笑んだままそれを見返す。
「その誓いに偽りは無いか」
「我が神ミズル様と、騎士達の神たるシャルト様に誓って。証を立てよと言うなら、今すぐにでも」
ミゼリアの言葉に何を思ったのか、ガランは目を細めた。
「……いや、よい。その言葉で証としよう」
「ありがとうございます」
「では──仕事の話をしようか」
ガランの言葉に、ミゼリアは頷く。ここまではただの挨拶だ。問題はここから。その仕事に、ミゼリア達がどれだけ関われるか──それは、これからの戦いにかかっている。
──軍略神に仕える者として、リリアナ様の騎士として、ここでつまずくわけにはいきません。
ミゼリアは背筋を伸ばし、笑みを深めた。




