第二十八話 少女達の懊悩
翌日、ミゼリアはリリアナの元を訪れていた。黒衣の男に教えられたことを報告するためである。
勿論やり取りの詳細は省いたが。出会い頭に抱き締められただの、笑顔を向けられて照れまくっただの報告すれば、また身もだえること請け合いである。
「……なるほどねぇ。解ったわ、手足に真偽を確かめさせる」
「……信じてくれるのですか」
ミゼリアは目を瞬いた。手はリリアナの髪を結いながら、表情は若干固まってしまう。
リリアナは肩をすくめた。
「信じるも何も、確認しないわけにはいかないでしょう? どの道、そろそろ情報収集させるつもりだったもの。それが一定の方向性に定められただけよ。それに、もし信じないって言っても、貴女が確認するよう説得するでしょう?」
「ええ、まあ……情報源がどこであれ、そう言われた以上確かめないわけにはいきませんから」
「ええ。だから私の心情は関係無い。本音を言えば、そいつの行動には色々もの申したいけどね。ミゼリアの心を弄んでって感じ」
「弄んで……」
髪留めを付けて手を離したミゼリアは、眉尻を下げた。
「そんなこと、ありませんけど」
「そんなことあるわよ! 本人の気はどうあれ、ミゼリアの好意を受け止めてないところがむかつくわー」
「……こう、い?」
ミゼリアは全身を硬直させた。
リリアナは今、何と言ったのか。ミゼリアの黒衣の男に対する感情を好意と表さなかったか。
確かにミゼリアは彼のことを憎からず思っている。初対面から今に至るまで、彼に負の感情を持ったことが無い。
それは、ミゼリアが黒衣の男に好意を持っているからなのか。
「…………」
「え? ……もしかして、自覚無かった?」
あっちゃあ、とリリアナは天井を仰いだ。
「余計なこと言ったかなあ……自覚させない方がよかったかも」
「ええっと……申しわけ、ありません?」
「疑問系でも謝んないで……ミゼリアは悪くないから……」
リリアナはとにかく、と指を突き付けた。
「今後その男と会っても、軽々しく近付いちゃ駄目だからね! その男が敵か味方か解んない以上、不用意に近付いたら何があるか解んないんだから」
「はい」
ミゼリアは困惑しつつも頷いた。
リリアナはそれにため息をつくと、表情を改めた。
「それで、真面目な話に戻るけど。もしその男の話が全部本当だとして、どう動くのが最適だと思う?」
「理想を言えば、魔女の策略を打ち砕いた上で、打倒魔女の旗の下に二国と協力して王を弾劾することが最高の決着なのですが」
「理想ね」
「ええ、あくまで理想です。現状の我々では、その情報を提供したところで相手にもされない可能性が高いですし、よしんば信用されても利用されて終わりでしょう」
「私か貴女か──現状だとミゼリアの可能性が高いわね」
「……例え相応の地位を持っていたとしても、私は他者から見れば権力を与えられただけの小娘でしかありません。そういうことにならないよう、うまく立ち回らなければ」
ミゼリアは眉をひそめた。
あえて利用されることを選ぶことも考えたが、その場合自分達が望まない道を歩まされる可能性が高い。
そうならないために立ち回る必要がある──が、一口にそう言っても、どうすればいいのやら。
「まず必要なのは実績です。我々にはそれが足りない。権力があっても現状、はりぼてのようなものですから」
「……社交界での実績じゃ、やっぱりあんまり意味無いかしら」
「そうですね。私がせめて正騎士の叙勲を受けていればよかったのですが、しかたがありません」
「今の私じゃ叙勲の権限も無いしなあ。やっぱり、お母様の問題を解決することから始めないと、何も変わらないわね」
実績や地位、その他もろもろ──リリアナ達に必要なものを手に入れるには、ブリュドでの諸問題を解決するしかない。幸か不幸か黒衣の男の情報にはブリュドのものも含まれているため、真実ならそれを有用することも可能だろう。
それ以上会話は発展せず、ミゼリアは一旦退出した。そろそろ出発の時間のため、荷物の確認を今一度したかった。
部屋に戻る途中、ミゼリアはリリアナの指摘を思い出した。
「……私はあの人のことが、好き、なんでしょうか」
勿論嫌いではない。おかしな話だが、ことここに至ってなお、ミゼリアは彼のことが嫌いになれずにいた。
怒るべきである、憎むべきである──それは解っているのだが、そういう感情が伴わない。
好きと言われて納得する自分がいるのを自覚した。なるほど好きなら、彼に嫌悪を抱くことはないだろうと。
だが、それは同時に不毛な感情だった。
黒衣の男と自分は、敵同士なのだから。
「……私は本当に愚かですね」
抱き締めてくれた腕も、温かな胸元も、優しい微笑も、ミゼリアの頬を熱くする。だがそれ以上はいけないと、頭の中で理性がくり返していた。
好きになってはいけない。想ってはいけない。今後彼がどうするかは解らないが、少なくとも今、彼への感情に流されてはいけないのだから。
「……でも、祈ることは」
彼の無事を祈ることは、どうか許してほしい。
ミゼリアは黒衣の男の姿を思い浮かべ、目を閉じた。




