表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の剣  作者: 沙伊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/38

第二十五話 白銀の母と黒衣の男

 リリアナ一行が聖騎士達と共に旅立った夜、ディアルナはひとり、応接室である人物が訪れるのを待っていた。

 その人物が来ると予告したわけでも、誰かがそう教えてくれたわけでもない。

 だが彼女は確信を持って、ソファーに身を沈めていた。

 室内が薄暗いことを差し引いても、ディアルナの顔は青白い。窓から差し込む月明かりを浴びて、血の気の無い肌は陶磁器のような白さを見せている。

 ぐったりとソファーに身を預けている姿は、瞬きや呼吸音があるにも関わらず死体のようだ。しかし不気味さは不思議と無く、芸術作品のような優美さがあった。

 やがて。

「……まさか、待っているとはな」

 ひとりの男が、音も無く応接室に現れた。

 黒い服に黒い髪、黒い瞳の、闇の中に溶け込みそうな男。

「こんばんは。お久しぶり(、、、、、)──と言って通じるかしら」

「……問題無い。覚えているとも」

 黒衣の男は扉の前から動かず、ディアルナの微笑みに頷いた。

 ディアルナは頬に手を当て、感心のため息をついた。

「十年ぶりね。と言っても、会ったのは一度きりだけど……すっかり立派になって」

「…………」

「ああ、そんな顔しないで。別に皮肉を言ったわけじゃないの」

 ディアルナは苦笑して、向かいのソファーを指した。

「座ったら? 紅茶ぐらいは、今からでも用意できるわよ」

「いや、私はここでいい」

 黒衣の男は首を振った。そして苦々しげな顔を上げる。

「私の目的は解っているのか」

「貴方というか、貴方の操り主でしょ? ……暗殺、もしくは誘拐。今後のことを考えると、誘拐でしょうね。この状況で暗殺は悪手だもの」

「私が言うのも何だが、誘拐も相当まずい手だろう」

 黒衣の男がため息をつくのと、ディアルナが肩をすくめたのは、同時だった。

「でもそうはいかなくなった、でしょ。かなーり暴走しているようね、あの王は。……その一因だと思うと、頭が痛い通り超して思考停止しそうよ」

「おまえのせいではないだろう。これはかの王がひとりで思い詰めた結果だ。おまえに落ち度は無い」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどね」

 ディアルナは遠い目をした。

「そもそもの始まりは──あの魔女に魅入られた原因は、私が王に一目惚れされたことだもの。私に責任が全く無いなんて言えるほど、自覚が無かったわけじゃないわ」

 ディアルナは現王ハリウィム二世と、ほとんど面識が無いと言っていい。

 全く無いわけではない。宗主の座を継いだ時、報告として前王の下を訪れたことがある。その際、王子だった彼とも対面した。だがそれは王の横にいただけで彼とは一言も話していないし、声をかけられたことも無い。その後社交の場にも数度出たが、ハリウィムと会うことはついぞ無かった。

 そもそもハリウィムは、当時第一王子でありながら、公の場にほぼ出なかった。第二王子の方は積極的に社交を行っていたのに対し、当時からいるのかどうかすら解らないありさまだった。

 だが、そのたった一度。その一度の邂逅で、ディアルナはハリウィムの心情が理解できた。できてしまった。

 全く視線を合わせなかったのに、あれほど強烈な熱視線は生まれて初めてだったから。

「でも結局、王は私に声をかけることはおろか、手紙を送ることもしなかった。あんな解りやすい目で見ておきながら、花ひとつ渡すことも無かった。渡されたところで応えられなかったけれど、ね」

「だからこそ、あの男は鬱屈した想いを抱え続け、結果魔女に魅入られた。……拒否することもできたはずなのに、欲望に負けた」

「欲望のままに振る舞う勇気も無い癖にね。あの魔女がいつから王の傍にいるのか知らないけど、今に至るまで、ミゼリアのこと以外で関わってきたことなんて無いわよ、あの男」

「……おまえと話していると、あの王がとんだ傀儡だと改めて実感させられる」

 黒衣の男は吐き捨てた。無表情だが、それでも隠しきれない嫌悪感がにじみ出ている。

「あはは、実は貴方、結構な潔癖症でしょ」

 ディアルナは軽く笑った後、重くため息をついた。

 あまりに疲れた風のため息に、黒衣の男は眉をひそめる。

「……大丈夫か?」

「大丈夫……ではないわね。でもそんなことはどうでもいいわ。お互いそんなことを話すためにここにいるんじゃないでしょ。そんな時間無いんだから」

「…………」

 黒衣の男の片眉が上がった。

「私はともかく、おまえには時間を気にする必要は無いのではないか」

「あるわ。だって私、もうすぐ死ぬもの」

 軽い調子だった。明日の予定でも話すような、天気を予想するような、そんな何でもなさそうな声。

 それがずっしりと、黒衣の男の目の前に落ちた。

「……何だって?」

「だからね、私はもうすぐ死ぬの。もともと患っていた病でね」

 ディアルナは胸元を撫でた。

「今朝ね、ミゼリア達を見送った後、とうとう血を吐いちゃった。貴方が今夜来てくれたの、実はすっごく助かったわ」

「それは、ミゼリアは」

「知ってるわ、十年前からの長患いだから。もっとも、知っているのはミゼリアも含めてほんの僅かだけどね」

 だからディアルナは、ミゼリアに全てを託した。自分にはもう、先に進む力は残されていないのが解っていたから。

 自身の権限、財力、地位──消えかけの命が持っていたところで枷にしかならず、持ったまま死ねば、のちの禍根にしかならないのが解りきっていたから。

 今ここにいるのは、何の価値も無い女だ。さらったところで、意味は無い。

「おまえは……」

「魔女に伝えなさい。おまえのやろうとしたことは空振りだ、ざまあみろって」

 ディアルナはソファーの下から短剣を取り出した。それを見て、黒衣の男は目を見開く。

「何を……!?」

「私が生きている限り、魔女も王も納得しないでしょう。貴方が来たら、もともとこうするつもりだったの」

「っ、やめろ!」

 短剣を振り下ろそうとした腕を、黒衣の男は掴もうとした。だがその腕を、逆にディアルナが掴む。

 黒衣の男が抵抗するより早く、短剣はディアルナの胸に突き立った。

「ぐ、う……!」

「……! 何をやってるんだっ」

 黒衣の男は叫んだ。

「おまえが死んだら、ミゼリアはどうなる! 彼女は……おまえの娘は、おまえが死んで喜ぶのか? 違うだろう!」

「……解ってるわよ、そんな、こと」

 ディアルナは笑った。

「私が死ねば、あの娘は哀しむ……自殺だった、なんて知ったら、なおさらね。だから、病死で発表されるよう、手はずはすんでいる……」

「そうじゃないだろう……おまえが死んだら、それだけでミゼリアが傷付くんだ。ならせめて、彼女のために少しでも長く生きればいい。なぜその選択ができない!?」

「解ってる、くせに……」

 黒衣の男の叱責にも、ディアルナは揺るがない。

 短剣を突き立てたまま、黒衣の男の腕を掴んだまま、青ざめた顔で、ディアルナは笑ってみせる。

「あの娘の邪魔に、なりたくないの。あの娘の枷になる、ぐらいなら……死んだ方が、いい……」

「っ……!」

「っは……約束、しなさい……!」

 腕を掴む手に痛いほどの力を込め、ディアルナは黒衣の男を見上げた。

「ミゼリアを、守って……」

「…………」

「貴方があの娘を忘れてないなら……あの(、、)()()誓い(、、)を、どうか……」

「……忘れるものか」

 黒衣の男は呻いた。

「例え呪いでこの身を裂かれたとしても、私はミゼリアを忘れるものか! 彼女がいなければ、私は……」

「……そう」

 ディアルナは満足げに微笑んだ。

「なら、いいわ……」

 強く握りしめていたはずの手が、落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ