二十四話 魔女の再臨
「まどろっこしいから先に結論を言うわよ。貴女を狙っているのはエドヴィナス本人で、前回は奴が死んだ後だったわ」
「…………」
ミゼリアは初っぱなから気絶しそうになった。
それなりに図太い神経を持っていると思っていたのだが、その図太い神経をぶった切る一撃だった。
「ミゼリア? ミーゼーリーアー? 戻ってきなさーい」
「……はっ。失礼しました。どうやら聞き間違いで座ったまま気絶していたようで……お恥ずかしい」
「そう? ならもう一度言うわよ。貴女を狙っているのはエドヴィナス本人、前回は奴が死んだ後よ」
「…………」
聞き間違いじゃなかった。
「……えっと。エドヴィナスの信者ではなく、本人? 同名の方ではなく?」
「本人よ。ついでに言うと、美の女神の方でもない」
「……現代まで生き延びていた、というわけではないのですよね?」
かつての戦で実は死んでいなかった──という口ぶりではなさそうだ。
「ええ。かの魔女の肉体は、とっくの昔に灰にされて骨すら残っちゃいないわ」
「なら、どういう」
言いかけて、ミゼリアは気が付いた。今ディアルナは魔女の肉体はと言わなかったか。
「……魂が生き延びていたというのですか?」
「そういうこと」
「そんな……ありえません」
ミゼリアは愕然とした。
「魂だけが生きるなど……僅かな間だけならともかく、時間がたてばたつほど霧散し、やがて消えてしまうではありませんか。冥界へ行き、転生したというならまだしも……」
「だから、霧散しないようにしたのよ」
ディアルナは言った。
「霧散しないように、容れ物を用意していたの」
「容れ物……?」
「それがアイルルージュ滅亡の原因となった貴族女性なの」
その言葉に、ミゼリアは思い出す。かつてアイルルージュを再び混乱させ、滅亡のその時まで災いをまき散らしたその女性は、魔女の生まれ変わりを自称していたことを。
「まさか、本当に生まれ変わりだったと?」
ミゼリアは青ざめた。
「ただの妄言ではなく、本当だったと? だとしたら、だとしたらエドヴィナスは魔女どころではありません……!」
「案外、本当に自称通り神だったのかもねえ」
ディアルナは苦く笑った。
ディアルナの言葉が本当なら、エドヴィナスは死んだ後、生きた人間に自分の魂を入れ込んだことになる。
一体どういう術式を使ったのかは全く想像できないが、エドヴィナスの魂が入った時点で、その貴族女性の精神と魂は死に絶えたのだろう。肉体に宿ることのできる魂はひとつだけ。その後の貴族女性の凶行を思えば、肉体以外の彼女というものは消滅したと見ていい。
それは人類の夢である不死のある種の実現だったが、他者の肉体を奪って生き延びるという方法は、死体に棲み着く寄生虫のように生理的嫌悪を催した。
何よりそれは人間の発想でなければ、人間のできることでもない。完全に理解の外の行為だった。
「ともかく、そうして魂を移して生き延びた彼女は、四代前の当主──貴女と同じ加護を持った者の肉体を狙い、それに抵抗した結果、アイルルージュの王都は崩壊した。その当主は死亡し、王都は今も人どころか草一本生えない命無き土地になってしまっている。最近の報告じゃ、毒やら呪いやらが今なお漂っているそうよ」
「それは私も聞いています」
アイルルージュの国土は三国が分割して併呑したが、王都があった土地だけは完全な危険地帯のため、無法の地となっている。
土地を生き返らせようにも方法が解らず、長居することもできないため、百数十年たった今も放置されたままだった。
「あそこで何があったかのは、詳しいことは記録には残っていない。でも、また同じことが起こる可能性がある。それは絶対に避けなければならない」
「…………」
ミゼリアはそっと二の腕をさすった。
恐ろしい相手だというのは解っていたが、それ以上におぞましい事実に、芯から震える思いだった。
ディアルナは厳しい表情を緩め、ミゼリアの頭を撫でた。
「ごめんごめん、怖がらせたわね。そこまで気負う必要は無いの。貴女はひとりじゃないのだから」
「……はい」
「ただ、そうね。抵抗のための武器は増やした方がいいでしょうね。……実はそのために呼んだの。さっきまでの話は、それを聞いた上で決めてもらいたかったから」
ミゼリアは顔を上げた。見上げたディアルナの表情は、非常に穏やかだった。
「……近いうちにそうしなければならないのだから、早いにこしたことはないわ。いざという時の切り札になるし、先手は打てるだけ打っておかなければいけないからね」
「……お母様、何を」
「ミゼリア」
ミゼリアの言葉を遮り、ディアルナは厳かに告げた。
「現時点をもって、我が娘ミゼリア、貴女に宗主の座、およびそれに付随する全ての権限を譲渡します」
二日後、リリアナ嬢一行を含めた使節団が聖都ヴァルキアを出発。その四日後、使節団はブリュド国シャルト領にある聖都キャラグに到着する。
そこで一行は、のちにブリュドの歴史において“錆びた青銀”と呼ばれる反逆劇に巻き込まれることになるのだが、それはまだ、先の話である。




