第二十二話 暴く意味
──やはり、そうなりますよね。
ミゼリアは思った。
リュグス家の名誉回復。それはリリアナ達にとって最大の目標のひとつだ。だがここに至ってしまえば──王が正式な文書に起こしてしまっては、発生してしまう事態がある。
現王の弾劾だ。
それは初めから逃れられないことではあっただろうが、発表前と後では変わっていくこと──変えざるをえないものがある。
「王家が公式見解として発表したものを覆すということは、王の決定を覆すということになります。失敗すれば最悪反逆罪で処刑の対象になり、勝てば王の嘘を暴くことになる」
ディアルナはリリアナを見つめた。
リリアナは戸惑った表情で見返していたが、最後の言葉に顔を強張らせた。
「今回の場合、他国との関係を揺るがせる戦争の諸悪がサーティス様にあると発表しております。これを覆すということは、真の元凶は王であると暴くということ。そうなった場合、王は責任を負わねばならないでしょう」
「……王に目に見える形で責任を取らせる覚悟が、あるかとおっしゃりたいのですね……」
リリアナは呻いた。
王の責任。そのやり方は様々であるが、これだけことが大きくなれば、その方法はひとつしかない。
「現王を王位から引きずり下ろす覚悟。それが無いなら、諦めなさい」
「…………」
リリアナは目を閉じた。
眉根を寄せている以外はほぼ無表情だが、そこから煩悶がありありと感じ取れる。
その様子を見守っていたミゼリアは、エインが顔をしかめているのに気が付いた。
彼もまた、ミゼリアが可能性を話した時点で、もしくは公文書が来た時から、それに思い至っていたのだろう。
なら、もうひとつの可能性にも気付いているはずである。
このままリリアナが望むもののために突き進めば、争いは避けられない。
勿論初めから平穏無事に進んでいたわけではないし、これからもそうだろうと予想はしていたが、それ以上に激化するのは目に見えていた。
最悪、内乱に発展するかもしれない。
それは、リリアナにとって最も嫌な展開だった。
リリアナも、ここまでくればそれに気付いているはずだ。
「……決めましょう、覚悟」
──だがリリアナは、そう口にした。
「よくよく考えたら、今更の覚悟でした」
「今更、とは?」
「義務を果たすと決めた時点で、幾らでも責任を負うし、幾らでも血を被る覚悟は固まっているんです。ここまで来たら国を揺るがすなんてこと、可能性として多大にあったわけですし、それが王の地位をおびやかすことになっただけのことですわ」
それは、反逆の言葉だった。
目的のためには王さえ引きずり下ろすとも取れるその言葉は、聞く者によってはとんだ悪女だと思うことだろう。
だがミゼリアは気付いている。リリアナの手が、小刻みに震えていることを。
おそらくエインも、ディアルナも気付いているだろう。だが誰もそれを指摘することは無かった。
リリアナの本心に反逆などあるはずが無い。国王に不信感を覚えているのは確かだが、王家を攻撃する意思は無いのだから。
だが彼女が父の汚名を晴らし、全てを取り戻すには、国王は避けて通れぬ──どころか倒すべき障害になってしまった。リリアナが貴族としての誇りを捨てない限り、目的を捨てることもまた無い。
ならばリリアナが望まなくとも、反逆の覚悟を持つしか無かった。
「なので、今後の予定は変わりありません。多少修正は必要でしょうが、それくらいでしょう」
「……そうですか」
ディアルナは頷いた。
「リリアナ様がそうおっしゃるなら、これは総意という認識でよろしいかしら」
ディアルナがそう問うが、誰も口を開かなかった。
ディアルナはでは、と頭を下げた。
「万事予定通りに。それでは失礼いたします」
公文書を取り上げ、部屋を出ていこうとするディアルナ。だが途中で思い出したように振り返った。
「ミゼリア」
「はい」
「貴女に話したいことがあるの。一緒に来てちょうだい」
「それは……」
ミゼリアはリリアナを見た。はたして今のリリアナを放っておいていいものなのかと迷う。
「いいわよ、行ってきて。ディアルナ様のことだもの、きっと大事な用なんでしょう」
だがリリアナはあっさりとミゼリアを送り出した。
本心はどうあれ、主にそう言われては行かないわけにはいかない。ミゼリアはためらいがちにディアルナの後に付いていった。
───
ひとりにしてほしい。リリアナのその言葉に、エイン以外の全員が従った。
「……何であんただけ残ってるの」
「吐き出す相手が必要でしょう」
「ふん──」
リリアナは片手で顔を覆った。
「……全く考えていなかったのよ。愚かしいことにね」
「…………」
「勿論責任はきっちり取ってもらうつもりだったわよ。でも……ここまでおおごとになるとは思ってなかったわねぇ」
「先ほどの公式見解が無ければ、内々に収めることは可能だったでしょうが」
「ええ。でもこうなった以上、それは無理ね。だって名誉を回復するということは、リュグス家が表舞台に戻るということ。表舞台に戻る以上、王の行いもぶちまけなければならない」
「はい」
「……あー、面倒くさい! どうしてこうなったのかしらっ」
リリアナはばしばしと自分の太ももを叩いた。
「大体ねぇ! 自分で言うのもなんだけど、不穏分子の私が生きてるってのに、何でこんな発表出したわけ!? いざという時大変なことになるじゃない。お父様が無実なのはあっちだって十二分に解ってるんだから」
確かに身動きが取りにくくなったのは事実だが、それより自分を捕まえてから──もっと言うなら死亡を確認してから発表してからの方が、不測の事態が起きにくくなるはずである。
サーティスや自分を支持する人間はまだまだいるし、何より例の新当主というのが問題になってくる。
「いや、問題というより、問題外か。何でよりにもよってあいつだったんだか」
リリアナは知っている。会ったことは一度だけだが、新当主が一体どういう人間なのか、充分過ぎるほどに理解している。
──よりにもよって、永久蟄居を解いて奴を連れ出すなんて。
苦々しいを通り越して、腹立たしい。いっそ取って返して詰問のために王都に乗り込んでやろうかとさえ思う。
ぐちぐち文句を言い続けるリリアナをしばし見つめていたエインは、大丈夫そうですね、と呟いた。
「もっと荒れるのかと思いました」
「? 何が」
「反逆の意思を固めたこと──民や、この国そのものを危険にさらすことになるかもしれないことに対して、もっと苦悶するかと思いましたが」
「……別に、何とも思ってないわけじゃないわよ」
リリアナは頬杖をついた。
「ただ、それだけに固執して、更なる混乱を見過ごしたくないだけ」
「更なる混乱?」
「混乱というより混沌ね」
首を傾げるエインに、リリアナは厳しい眼差しを向けた。
「ただの直感だけどね。王の奇行凶行はこれだけじゃ終わらないと思う。六年前に起きたことは忘れてないでしょう? 今回は、おそらくそれ以上のことが起きるわ」
六年前の王が起こした凶事。当時まだ王子だった彼の周囲に積み上げられた死体の山。
あれ以上のことが起きると、リリアナは言っているのだ。
あの時王都で何が起こっていたのか、リリアナもエインも話に聞くのみで詳しいことは知らない。
だが処刑された大半が無実だっただろうことは予想できるし、はたしてあそこまで殺し尽くす必要があったのか疑問が残る。
何より、先の戦で王の兵達が敵味方皆殺しにしたことを忘れたわけではない。
もしあれが、国全体──どころか他国すら巻き込んで、中心になっている三国全土に及んだとしたら。
自らの想像に、リリアナは震え上がった。
その想像が、想像で終わらない可能性が高いことが、何より恐ろしかった。




