第二十一話 王都からの手紙
「どういう、ことよ……」
ディアルナに呼び出され、その理由を聞かされたリリアナの第一声は、それだった。
緊急の用ということでリリアナや護衛のミゼリア、エインだけでなく、ここまで共に来た全員が呼ばれたことに、ミゼリアは一抹の不安を覚えていた。おそらく全員がそうだっただろう。
その不安が的中したと実感したのは、ディアルナが話したノドバーレイ国王ハリウィムの宣言の数々だった。
まず、ハリウィム王は正式にサーティスをハディウスの戦いにおける最大戦犯としたこと、その実子であるリリアナを廃嫡にしたことだった。
これだけで、リリアナの顔から音を立てて血の気が引いた。
噂として囁かれるのと、公式の発表として扱われるのとでは、そこに込められた意味が違う。
内容はそれだけではない。王はリュグス家当主に分家の人間を指名し、更に次期当主をその息子にしたこと。
その新当主の娘を王妃として迎え入れると宣言したのだ。
王自ら他家の当主、跡継ぎを指名し、更にその家から妃を選ぶ──それが意味するところはひとつしかない。
「完全に王に乗っ取られたわね」
ディアルナはさすがに苦い表情を浮かべた。
「リュグス家は王家の傀儡となったと見ていいでしょう。リュグス家の持つ財産、権利、その他もろもろ──書類上はともかく、事実上は王家のものになったも同然です」
「っ……!」
リリアナはぎり、と歯を食いしばった。眼差しは机の上の公文書を睨み付けている。
「……ノドバーレイ国王の狙いは、リュグス家の財産だったということか?」
レオードが苦々しく呟いた。この中で唯一他国の人間である彼だが、ハディウスの戦いの顛末を知っているだけに他人事と割り切れない気持ちがあるのだろう。
「いいえ。過程のひとつとしていただいた、というところでしょう。リュグス家の財産を奪うためだけに同盟国と戦を起こし、あげく戦場にいた者を皆殺しにするなど、常軌を逸しています」
答えつつ、内心でため息をついた。
どういう目的があったとしても、今挙げたこれまでのことだけで充分狂気染みている。常軌を逸しているというなら、とっくに外れてしまっているのだ。
そもそも、国王とその背後にいる黒幕が狙っているのはミゼリアである。ミゼリア自身が特殊な力を持っていることを加味しても、たったひとりの少女を手に入れるために今までのことを起こしたというのだから、とっくに正気であるはずがない。
まだ最終目的は不明なため何とも言えないが、今回のことも含めて、ただ無軌道に混沌と混乱をまき散らしているようにしか思えなかった。
「……リリアナ様、お気を確かに」
エインの低い声が、リリアナだけでなくミゼリアをも引き戻した。はっと顔を上げると、リリアナがエインに支えられて顔を覆っている。
支えるエインは無表情だった。ただ、眉間に刻まれた深いしわが彼の心情を表していた。
「リリアナ様、よろしければこちらの椅子に」
ミゼリアは部屋の隅に寄せられていた椅子をリリアナのところに移動させた。リリアナは弱々しくありがと、と呟いてそこに座り込む。
リリアナの胸の内を思うと、ミゼリアはやりきれない気持ちになった。一因が自分にあるかもしれないと思うと、なおさら。
今回の一件もまたミゼリアを手に入れるための策略かもしれないと考えるだけで、その場に崩れ落ちたくなる。
──心臓の奥が痛い。喉の底も痛い。何もかも、痛い。
ミゼリアは意識して呼吸した。そうしないと止まってしまいそうだった。
「……ミゼリア、大丈夫か? おまえも座るか?」
ザフィロが心配そうに顔を覗き込んだ。大丈夫です、と首を振って、ディアルナに向き直る。
「お母様、文書を拝見してもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論」
ディアルナが頷くのを確認してから、ミゼリアは文書を手に取った。頭からじっくり、一文字一文字検分するように読み込む。
何度か視線を往復させた後、顔を上げた。
「この文書の前提は、サーティス様が裏切ったことですよね」
「そうね」
「ならその前提を覆せば、これは無効となるのではないのでしょうか」
全員の視線がミゼリアに集まった。
ミゼリアは言葉を続ける。
「この文書は、サーティス様がハディウスの戦いで起こした裏切りに対する処罰と、それによって宙に浮いたリュグス家の処遇についてです。つまり冤罪と証明できれば、これらを無効にすることができるのではないのでしょうか。更に言えば、証明自体はさほど難しくないかと思います。証言者は、すでにこちらにそろっているのですから」
あ、と漏れた声は誰のものだったのか。だがその声を皮切りに、部屋の空気が軽くなった。
特に目に見えて表情を一変させたのはリリアナだった。彼女はがたんと音を立てて立ち上がる。
「ミゼリア、それは本当?」
「可能性としてですが……しかしおおいに。そもそも法的にも無茶な部分があるのですよ」
ミゼリアは改めて文書に目を通した。
「確かに王には貴族の家の当主任命権があります。ですが、当主候補に政治能力が無い幼子などの、代理を指名する場合のみです。それ以外の場合は一族の人間を十名ほど招致して評議します。期間は約半月。前後はしますが、引き継ぎや契約などもありますから、確実にそれだけの日数を必要とします。戦後処理のことや各国との関係の見直しも現状必要になるはずですから、決議そのものがまだ先になるはず。つまり、このタイミングで当主が決まるはずがないのです」
「つまり、越権行為の上のごり押しってこと?」
ノドバーレイの最高権力者は言うまでもなく国王だが、全ての権限を手にしているわけではない。それはどの国でも同じことで、王の負担軽減、あるいは暴走の歯止めとしてそういった分担がされているのだ。貴族の家の当主指名など、内輪で決めるべき問題には基本口を出せないようになっている。
だが、ハリウィム王はそれを無視して今回の発表を行った。
「どういった思惑だったのかは解りませんが、このような行為は貴族の反発を招きますし、戦争が終わったわけではない以上、無用な混乱を起こしかねません。そもそもサーティス様を罪人に仕立てていますが、このタイミングは国側にとっても悪手にしかなりません。リュグス家の全財産を手に入れるという利点を加えても、被害が大き過ぎます」
ミゼリアの説明に、リリアナはしばらく厳しい表情で考え込んだ。
しばらくそのまま黙っていたが、やがてがばりと顔を上げた。
「ミゼリア、これってチャンスじゃないかしら」
「え?」
「お母様と合流した後、どう取り戻すか悩んでいたけど、お父様の無実と、国王の罪を明白にすれば、全て収まるとまではいかなくとも、ほぼ収めることができるのではないのかしら」
「…………そうですね。国王のこれは明らかに法と道理を無視した行いです。我々が持つ手札と、これから手に入れる手札をうまく使えば、国王を糾弾し、全てを取り戻すことも、その罪を償わせることもできるでしょう」
「よね!」
さっきとは一転、明るい様子になったリリアナ。
絶望的と思われた状況から逆転の可能性を見いだせたのだ。その変わりようは、むしろ当然だろう。
ほかの面々もほっとしたように表情を緩めている。まだまだ先行きは不明不安が多いが、光明が見えてきたのだから──
「ひとつ、いいかしら」
その空気を切り裂く、鋭い声。声そのものが、というより、声に込められた雰囲気があまりにも鋭利なため、全員が無視できず振り返る。
視線を一手に集めたディアルナは、まっすぐリリアナを見つめていた。
「ことここに至ったからには質問しないわけにはいかないでしょうから、改めて訊きたいのですが」
「……何でしょうか」
リリアナは先ほどまでの明るさを引っ込めた。そうしなければならない迫力が、今のディアルナにはあった。
周囲の空気も、張りつめたものに変貌してしまう。笑顔を浮かべていた者さえいたというのに、それさえ霧散してしまった。
ミゼリアは、母の言うことを予測していた。ミゼリアが言うのをためらっていたことを、ディアルナは言うのだと確信していた。
「リリアナ様。国王を脅すつもりなのかしら、貴女。いえ、ここまで来て、この表現は正しくないわね」
少し首を傾げ、ディアルナは言った。
「国王を引きずり下ろすつもりなのかしら、貴女」




