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白銀の剣  作者: 沙伊


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第十四話 令嬢の切り札

 話は少しさかのぼる。

 それは、ドレスを選んでいる時のことだった。

「学園……ですか?」

 耳慣れない単語に、ミゼリアは首を傾げた。

「そう。読んで字のごとく、学ぶための場所のこと。まあ、存在してない機構だから、造語なんだけど」

「はあ、意味は解りました。ですが、どうしてそんな単語を作ったのですか?」

「作ったのは私じゃないわ。私はお父様からその単語を聞いたのだけれど、そもそもこの言葉を作ったのは、貴女のお母様だそうよ」

「えっ」

「正確には、貴女の家、かしら」

 リリアナは手にしたドレスを引き寄せながら言った。

「現在、我が国を含めた周辺諸国に住まう人間が知識を得る方法はふたつ。家庭教師を雇うか、地元の神殿、あるいは教会で開く教室に通うかよ」

 教会というのは神殿のもっとも小規模な形態である。管理する神職はひとり、多くて三人程度で、建物もとても小さい。小さな町や村にあるのは、この教会だ。

「家庭教師は貴族や裕福な商家しか雇えないから、たいていの平民は自分が信じる神の教会や神殿の教室に通うわよね。特に我が国は知識を重んじているから、通う人間の比率は高いわ」

 ノドバーレイで特に信仰されているミズル女神の教えいわく、“知恵とは形無き剣であり、盾である”。その教えの影響か、他国に比べるとこの国の識字率は非常に高く、また計算ができる人間も多い。

 だが。

「でも、それ(、、)だけ(、、)──なのよね」

「それだけとは?」

「規模の大きい神殿なら、読み書きと計算以外のことも教えるわ。この国の歴史や地理、周辺諸国のことも。読み書きや計算だけ取っても、もっと高度なことを教える。けど、教会程度の規模だったら、基礎の基礎しか教えない。いいえ、教えられない。そしてその程度の知識では、農民や小さな商店経営ならともかく、それ以上の職には就けないわ。ましてや官僚なんて夢のまた夢ね」

「……そういうことですか」

 ミゼリアは納得したように頷いた。

「つまり、知識の格差ですね。学べる者と学べない者の差は、そのままできることの幅の差にもなります。それに同規模の神殿でも教える内容に差異が出てくるでしょう。教える側はほとんど本職の教師ではなく、神殿の神職です。どうしても偏りが出てきてしまいます。学園とは、その差異を是正するための学習機構というわけですね」

「話が早いわね。さっすがミゼリア」

 リリアナはにっこり微笑んだ。

「そう。お父様は、より多くの民がより高度で幅のある知識を得られるための施設を創る提案を、ミズル信仰の宗家に持ちかけられていたの。向こうにとって、教義のことを言ってもこれは命題のひとつだったみたいね」

「それは、私も聞き及んでおります」

 ミゼリアは目を細めた。

「軍略神としての面がよく知られているミズル様ですが、そもそもの根底は知識を司る神であられます。だからこそ、人々により高度な叡智を広めることが、ミズル様に仕える者の使命のひとつです。ですが……」

「ええ、この国の暗黙のあり方として、政治と宗教は分けなければならない」

 政治の中心である王家は、ミズル女神を信仰していることを公言している。

 しかし、その教えを遵守することと政治を動かすことは別であるとも、明言はされていないがあり方として示しているのだ。

 実際、ミズル信仰の宗主はこの国において多大な影響力を持つが、政治に介入するような権力を持ち合わせていない。手にできないわけではないが、手にしてはならないというのが不文律として政治に携わる者達の間に存在している。

 かつて信仰に政治が振り回されたあげく滅びた国が存在しており、隣国であったノドバーレイはそれを反面教師としてそのようなあり方に至ったのだ。この辺りはレコキウスも同様だが、一方で同じく隣国であったブリュドは未だに政治と信仰が結び付いている。これはブリュドの王族が同時にシャルト神信仰の宗主だったことも影響しているのだろう。

「教会や神殿で勉強を教えるのは、布教の一環と見なされる。けれど、専門の教育機関を作るとなると話は別。人材育成は政治の領域だもの」

「だからサーティス様に託された、と。貴族であるリュグス家なら教育機関を作っても、政治的に問題無いですし、主体がリュグス家であることさえ変えなければ、ミズル信仰宗家がある程度の援助をしても問題無いでしょうから」

 リュグス家にとってもミズル信仰にとっても、メリットは多い。実現すれば、ノドバーレイの更なる発展へと繋がるだろう。

 だが。

「現状の実行は、ほぼ不可能でしょうね」

「ええ。お父様が亡くなり、リュグス家は没落。学園を作る余裕なんて無いわ。特に金銭面ね。お金が無いと土地も建物も用意できないし、人員確保だって無理。うん、お金大事」

 たはー、とリリアナは近くの机に突っ伏す。行儀が悪いが、ミゼリアがそれを指摘することは無かった。

 なぜか彼女は、ある一着のドレスを手にして何やら考え込んでいる。妙に難しい顔に、リリアナは首を傾げた。

「どうしたの、ミゼリア。変な顔してるわよ」

「いえ、あの……このドレス、デザインも布も珍しいなと」

 どれどれ、とリリアナはドレスを覗き込む。

 なるほど、確かにリリアナのよく知るデザインのそれではなく、なおかつ布も、ドレスによく使われている絹ではない。布の一部をよくよく見ると透けていて、その下の生地がぼんやりと浮かび上がっている。

「初めて見たわ。何かしら、この生地。デザインもシンプルだけど地味な感じじゃないし……ミゼリアは知ってる?」

「絹でも、当然革でもないようですし、おそらくは綿で作られたものではないかと。でもこんな生地は見たことがありません」

 ふたりして首を傾げるが、ふと顔を見合わせた。

 目線を合わせて理解する。おそらく、同じことを考えている。

「リリアナ様」

「ええ、モルグにこのドレスのことを聞きましょう」

 リリアナは別室に待機していたモルグを呼び寄せた。


    ───


リリアナの言葉は、ディアルナの興味を引くのに充分な威力を持っていたようだった。

 ディアルナは笑顔を崩さないまま、目を細める。

「学園のこと、ご存知だったのですね」

「ええ、父から聞き及んでおりました」

「なら、それに必要なものも知ってらっしゃるでしょう? 学園設立に必要なもの──貴女はひとつも持ち合わせていらっしゃらないようですけど?」

「ええ。用意ができるのは、少なくともリュグス家の名誉を回復させてからになるでしょう」

「それでは駄目ね。確実なものでなければ、交渉材料たりえません。リュグス家の名誉を回復するとくり返すけれど、絶対に回復できるという保証は無いのですから」

 ──やっぱり、これだけじゃ駄目か。

 リリアナは内心で肩をすくめた。

 予想していた反応だ。そこまで落胆しない。

 勝負は、ここからだ。

「確かに、我が家の名誉が回復できるという保証はありません。母に会うのはその第一歩であるにしろ、回復のための方法ではないのですから」

「では、どうやって? 国内ではすでに、サーティス様が裏切ったという噂が流れています。この汚名を払拭しないことには、回復も何も無いかと思いますが」

「その噂を拭うための生き証人ならいますわ」

 リリアナはちらり、とエインに視線を投げかけた。エインはそれに合わせて静かに頭を下げる。

「……彼だけかしら?」

配下(、、)には、もうひとり」

 リリアナは視線を前に戻した。

「あとひとり──レコキウス(、、、、、)()将軍(、、)が、証人になることを約束してくださってます」

「ああ……貴女と共にいるという──レオード将軍だったかしら」

「はい」

 リリアナは慎重に言葉を重ねた。

「確かにレオード将軍は敵国の騎士です。ですが、レコキウスはつい先日まで友誼を結んでいた友好国でした。レオード将軍の話によれば、そもそもノドバーレイ側が盟約のひとつを破ったことから今回の戦争は始まったとのこと。今回の戦争を収めるためならと、快諾してくださいました」

「……そう。そこまで知っているのね」

 ディアルナは肩をすくめた。

 リリアナは話を続ける。

「すでに知っているかもしれませんが、ノドバーレイ国王はレコキウス、ブリュド間で定めたある(、、)禁忌(、、)を犯しました。ゆえにレコキウスに攻められた。今のところ表には出ていませんが……それだけでなく、レコキウスとの戦で王都の軍は敵だけでなく味方さえ皆殺しにしたとのこと。このふたつだけでも、国王の失態は大きなものでしょう」

「国王を脅すつもりなのかしら、貴女」

 ディアルナはおかしいと思う気持ちを抑えきれなかったとでも言うように、ころころと笑った。

 ディアルナの言葉を否定する気は、リリアナには無い。リリアナは本気で、国王を脅迫する気なのだから。

「……へえ、ふうん」

 ディアルナは不意に、挑発的な笑みを浮かべた。

 表情は笑顔で固定されているのに、様々な顔を見せる女性である。

「ええ、ええ。それで名誉は取り戻せるでしょう。でも、その後は? 名誉を回復しただけでは保障になりませんよ」

「解っております」

 リリアナは頷いた。話はこれで終わり──なわけが無い。

「国に賠償としてお金を要求することも考えましたが、賠償は別のところで使いたいので。勿論、別途いただく予定ですが、それとこれは切り分けるべきでしょう」

「お金。うん、そうですね。名誉を回復すれば没収された土地も自動で戻ってくるでしょう。そうなると、問題はお金になります。しかも莫大な金額になる。用意するあてはあるのですか?」

「はい」

 即座で答えたリリアナが意外だったのか、少しだけ目を見開くディアルナ。だが口元だけは、ひたすら楽しそうに緩んでいる。

「先ほどお話ししたこのドレス。これがあてです」

 リリアナは胸元の布地を撫でた。

 全体的にシンプルで飾りの少ないドレス。だが胸元やスカートの部分には、アクセントのように飾りのドレープが付いている。

 そのドレープはうっすらと透けていて、よくよく見ると紋様のような柄がある。

「レース布、という、アルメノリ地方の織物です。作られたのは最近で、外の地方には広まっていない。布も染料も、そして製造方法もアルメノリ地方だけのもの。見ての通り質もよくて素晴らしい品ですが、地方の外には出回っていない。なぜだと思いますか?」

「作られたのが最近というのもあるでしょうが、何よりアルメノリ地方が辺境というのが大きいでしょうね」

 アルメノリ地方を治めるのは、アルメノリ侯爵家だ。この地はハディウス地方の隣に位置する。アルメノリ家はかつて辺境候の地位を持っていて、その時はハディウス地方もまたこの家の統治下だった。

 だが、百五十年前に軍事上小さくない失態を犯し、辺境候の職位とハディウス地方を失い、現在は先代当主のせいで多額の借金まで背負い、すっかり落ちぶれてしまった。爵位を失わなかっただけ、ましと言える。

 とはいえ、もともと王都から遠いこともあって、アルメノリ家及び彼らが治める土地はすっかりさびれていた。その土地も借金のせいで縮小されている始末である。

 貴族にとって付き合ってもメリットの無い貴族、国民にとってはへたをすると存在すら忘れられている家。それが現在のアルメノリ家だった

 当然だが、アルメノリ地方の特産品など地方外にほぼ出回っていないし、認知度も低い。最近のものとなれば皆無だろう。モルグがこのドレスを手に入れたのも偶然だった──のだが。

 リリアナとミゼリアは、これに目を付けた。

 出回っていない布地、それを使った染め物、それで仕立てられたドレス。シンプルだが優雅さを失わないその一品は、目の肥えた貴族達にも通用するだろう。

 それを、取り戻されたリュグス家の力で売り出せば。

「アルメノリ家との提携契約は、我が家配下の商人がすでに取っています」

 目端の利くモルグは、それの専売契約を取っていた。今回の交渉で使うこと、利益を一部還元すること、その他の幾つかの利権を条件にリュグス家にその契約を譲渡することも約束してくれた。

 あとはアルメノリ家の方だが、モルグは何か秘策があるらしく、ほかの“手足”と共に説得を買って出てくれた。よほど大きな失敗をしない限り、問題無いだろう。

 ただ、それらはあくまで無事にリリアナが当主になれたらの話だ。

 昨日のミディールの話によれば、母エルジェートはブリュドの内輪揉めに巻き込まれているらしい。仮に彼女と合流しても、すぐ当主となるのは難しい。少なくとも、エルジェートを内輪揉めから引き離さなければならない。

 堂々と語ってはいるものの、全てリリアナが当主になれたらの話だ。そしてその当主になることが、実は一番難しい。

 だが、リリアナに切れるカードはここまでだ。後はもう、成り行きを見守るしかない。

 ディアルナの応えは──

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