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白銀の剣  作者: 沙伊


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第十三話 女神の代弁者

 ミディールが来訪した夜が明けて、昼をとうに過ぎた頃。

 リリアナは、ディアルナの“茶会”に招かれていた。

 馬鹿騒ぎが収まった後、ミディールは帰る直前に、リリアナが客人として呼ばれる可能性が高いことを教えてくれた。

「おそらくは一対一の、小規模な茶会形式で招待されるでしょう。勿論人目を忍ぶことになるのは変わりませんが、その辺りの可能性は変わらないはずです」

「……一から十まで試されるってことですね、私は」

 貴族にとって茶会とは、ただの娯楽ではない。招待する側にもされる側にもその品格を問われる場なのである。

 招待する側の場合は、自身のドレスや装飾品だけでなく、茶葉や茶器、茶菓子やテーブルクロス、飾られた花に至るまで、上等さ、季節、流行、センスが問われる。場合によっては招待客のことも考慮しなければならず、また貴族としての実力が如実に表れるため、招待する側の方が難易度が高い。これは夜会も同様である。

 一方、される側は見られるものはする側より少ない。ドレスや装飾品は場に合っているか、流行やセンスはどうか──これに関しては、共通である。

 だが、見られるのは見た目だけではない。所作や言動、表情に至るまで、目に見える全て、つまり全身を評価されるのである。

 個人を判断するには、なるほど茶会という社交は最適だった。リリアナは自分自身の貴族としての経験から、深く納得する。

 だからこそ、早朝に招待状が届いて、指定日時がその日の昼過ぎだと解っても、特に慌てなかった。

 実はこの展開は、少し前から想定されていた。ミゼリアが前もって提言していたのだ。

 これを受けたリリアナは、前もってモルグに頼んでドレスと服飾品一式を融通してもらっていた。

 招待状を受けた時には、ただ用意をすればよかったのである。

 モルグが用意してくれたそれらは、最上級のものではなかった。だが、リリアナ自身が吟味し、選んだのである。デザインなどに問題は無い。

 そうして体裁を整えたリリアナを、ひとつ馬車が迎えに来た。人目をなるべく引かないためだろう、こじんまりとして装飾のほとんど無い馬車で、広い聖都を移動する観光客用の馬車として使われているものである。

 リリアナはミゼリアとエインを伴い、神殿に向かった。

 馬車の中、リリアナは冗談混じりにミゼリアに尋ねた。

「娘の友人補正とかあるかしら」

「ありません」

「ですよねー」

 ディアルナは確かにミゼリアの母親だ。だが同時に、ミズル女神信仰の宗主、信者達から聖下と呼称される、“軍略神の代弁者”である。なまなかな説得も、情に訴える説得も、心を揺らすことすらできないだろう。

 交渉を行ったことなどないリリアナだが、そんなことを言い訳にできる状況でもない。難しくともやるしかない。

 幸い、交渉のためのカードはある。どこまで使えるか解らないが、やれるだけやるしかなかった。

 そうしてリリアナは、ミズル神殿の奥にある客間で、ディアルナと対峙した。

「初めまして、ディアルナ様。リュグス家当主、サーティスの長子、リリアナと申します」

 リリアナのドレスは、彼女の象徴とも言える深紅の薔薇をモチーフにしたものである。

 夜会用のドレスと違い、飾りも露出も少なく、それほど高価でないことも相まって、全体的にシンブルな印象だ。

 だが、それはリリアナの容貌を損なうものではない。例え少ない装飾であろうと、深紅をまとう彼女は、並の令嬢には無い華やかさと存在感があった。

「こちらこそ、来てくださってありがとう。ミズル女神信仰の宗主、ディアルナですわ。今日はゆっくりしていってくださいね」

 淑女の礼を取ったリリアナに対し、ディアルナは座っていた椅子から立ち上がって微笑んだ。

 さすがは母娘と言うべきか、ディアルナと娘であるミゼリアは、よく似ていた。

 窓から照る陽光を受けて輝く艶やかな白銀の髪、陶磁器を思わせる滑らかな白い肌、ぞっとするほど澄んだ銀玉の瞳、柔らかで繊細な美貌──どれもミゼリアと同じ印象を抱かせる。

 白いドレスに身を包んだ身体は力を加えるとすぐ折れそうなほど華奢で、儚げなガラス細工を思わせた。

 たおやかな白百合のごとき淑女。ディアルナは成熟した女性であるためか、ミゼリアより一層その印象が強い。

 だからこそ、リリアナはより気を引き締めた。

 見た目こそ儚げだが、彼女はリリアナを幾度となく救ったミゼリアの母親である。一筋縄でいくような人物ではない。それを差し引いても、彼女はミズル信仰のトップである。信仰心の高さだけで務まると思うほど、リリアナはその地位を軽視していなかった。

 この部屋にはリリアナとディアルナのほかに、リリアナ側の従者としてミゼリアとエイン、給仕係であろう侍女がひとり、そしてこの茶会の立役者であるミディールがいた。

 ミゼリアとエインはおそらく口出しすることは無いだろう。その辺りはふたりもわきまえている。ミディールと侍女も同様のはずだ。

 つまり、実質一対一の対話になる。

 リリアナは笑みを深めた。

 けっして喜びや高揚からの笑みではない。正直なところ、不安でしかたがないし、口の中もからからだ。

 しかし、それでもやらなければならない。とうに覚悟は決めているのだから、後はやれるだけやるだけである。

「──そのドレス、素敵ですね」

 促され、席に座ったリリアナに、ディアルナはそう話しかけた。

「紅がとても鮮やかで、デザインもシンプルなのに華やかだわ。よほど腕のいい仕立屋が作ったんでしょうね」

「──ありがとうございます」

 リリアナは軽く頭を下げた。

「懇意にしている商人が扱っておりまして、アルメノリ地方の染め織物で作られているそうですわ。ほかにも見せてもらいましたが、どれも色鮮やかで、美しいんですの。デザインもどれも素晴らしかったですわ」

 その会話をきっかけに、しばし他愛ない会話が続いた。内容はリリアナのドレスから始まって、装飾品や流行、目の前の茶器や茶菓子についての話だ。

 リリアナとしてはすぐにでも本題に入りたかったが、あくまでも茶会として参加している以上、世間話もある程度こなさなければならない。それが礼儀であるし、何より本題をせっつくのは、はしたない行為とされていた。

 勿論、不安はある。リリアナ自身、まさか茶会の定例通り世間話から始まるとは思ってなかった。てっきり、すぐ本題に移ると思っていたのだ。

 だが、こちらから話を切り出すような、余裕を欠いた真似はできない。ディアルナがこちらの要求を把握している以上、自身の態度が彼女の判断基準となる。少しでも評価を下げないために、冷静さと優雅さを損なう言動は避けたかった。

 だが、こうも和やかな会話が続くと、不安になってくる。はたしてディアルナは、この茶会の意味を理解しているのだろうか。

「──さて」

 おもむろに、ディアルナはカップをソーサーに戻した。

「貴女の人となりは、これでおおよそ解りました。前置きはこの辺りにして、そろそろ本題に入りましょうか」

 ──来た。

 リリアナは笑顔を崩さず、居住まいを正した。

「ミディールから、大まかなお話は聞きました。我が領地から、隣国ブリュドに行きたいのだとか」

「はい」

 リリアナは頷いた。

「ご存じかと思いますが、現在当主サーティスを喪い、更にその当主にあらぬ疑いをかけられております。今はまだ大きな動きは無いものの、いずれ我がリュグス家の財は喰い荒らされてしまうでしょう」

「そうね。今のところ領地に関しては、領主不在ということで王家の預かりになっているそうですよ」

 さらりと言われた言葉に、リリアナはひそかに息を飲んだ。

 すでに故郷が人の手に渡っていたという事実に、胸が嫌な音を立てた。それを無視し、リリアナは続ける。

「私はその疑いを払拭し、リュグス家の名誉を回復させたい。そのためにはまず、ブリュドにいる母に会わなければならないのです」

「お母様に会って、貴女が当主を継ぐための正式な手続きをするつもりなのですね?」

「はい。当主だった父が亡くなった以上、私がリュグス家の当主の座を継がなければ何も始まりませんから」

 リリアナはまっすぐ、ディアルナの瞳を見つめた。

「お願いします。どうか私達に、慈悲をいただけないでしょうか」

「………………」

 ディアルナは穏やかにリリアナの目を見つめ返した後、紅茶を飲み干した。

 音も立てずそれを戻した後、首を傾げる。

「理由が無いわ」

「え?」

「どうして私は、貴女達に協力しなければならないのかしら」

 ディアルナはリリアナから目をそらさずに続けた。

「保護を必要としているのなら、助けましょう。救いを求める手を振り払う道理はありませんし、貴女のお父上には多少の恩があります。何より、縁がありますから」

 ディアルナ──正確にはディアルナとズウェル夫婦とサーティスは、一定以上の交流があったことは、リリアナも知っている。だからこそ、ミゼリアが預けられたのだ。

「けれど、貴女が必要としているのは協力。リュグス家を没落から救うために、私の協力を必要としている。そうですね?」

「……はい」

「それなら、貴女は私にメリットを提示するべきです」

 ディアルナは諭すように言った。

「リリアナ嬢。労力に釣り合うメリットを提示できて、初めて協力というのは得られるのです。それが友人や恋人、家族などの親しい間柄でないのならなおさら。もし同情や甘い見通しを期待してこの場に来ているのなら──私は、貴女を保護する価値も無いと見なします」

 ディアルナの声は、厳しかった。表情は笑顔のままだというのに、言葉は刃となってリリアナの喉元に突き付けられる。少しでも気を抜けば、そのまま首を貫かれてしまいそうだった。

 リリアナはその言葉の厳しさと、何よりディアルナ自身が放つ威圧に、しばし押し黙った。

 目を合わせるどころか、向かい合っているのも息苦しい。このまま後先考えず、逃げ帰ってしまいたくなる。

 そうしなかったのは、無念の末路を迎えた父のことと、不当な理由で没落寸前となった己が家のこと、領地に住まう民達の不安を思ってのこと。

 そして踏みとどまれたのは、この会談のための“切り札”があったからだった。

「……ディアルナ様の疑問は、もっともかと存じます」

 ややあって、リリアナは声を絞り出した。若干かすれていたことは、考えないことにする。

「しかし、私はあまり多くのものを持ちません。ほとんどを失ってしまいましたから」

「だから、提示するものは無いと?」

「いいえ」

 リリアナはきっぱりと否定した。

「ひとつだけ、あります」

「……それは?」

 ディアルナの目が細められた。何を考えているのか、その笑顔からは読み取れない。

 それでもリリアナはひるまず、続けた。

「貴女がご協力くだされば、その見返りとして──貴女がた(、、、、)が目指していた学園の設立に、リュグス家は全面的にご協力いたししましょう」

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