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白銀の剣  作者: 沙伊


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第十二話 賑やかな一幕

「……失礼。皆様を無視する形になり、大変申しわけありませんでした」

 ミディールは一瞬だけ顔を下げ、また上げた時には平素の笑顔に戻っていた。

 それに対し、こちらは猫を十匹も二十匹も被ったリリアナが、淑やかに微笑む。

「かまいませんわ。親しい人との再会は、何にも代えがたい喜びでしょう」

 貴族令嬢の仮面を被ったリリアナは、華やかな雰囲気に加えて品のある、まさしく淑女といった(てい)をしている。

 もしここが夜会の会場であれば、“紅薔薇”の呼び声にふさわしい艶やかさが付加されるが、今彼女がまとっているのは、上位者の余裕に似た、凜とした空気である。

「改めまして。ミディール様、このたびは応えていただきありがとうございます。私のような若輩者の誘いに付き合っていただき、感謝いたしますわ」

「いいえ、それはこちらの台詞です、リリアナ嬢。お噂はかねがね聞き及んでいます。お目にかかれて光栄です。……ですが、貴女がここにこうして身をひそめていらっしゃるということは、サーティス公爵──お父上のことは、事実なのですね」

 ミディールが何をどのように聞き及んでいるのかは解らないが、ある程度こちらの事情を把握、あるいは察しているのだろう。その辺りは相変わらずさすがとしか言いようが無く、ミゼリアは内心ほっとした。

 その後、仲間の自己紹介を行い──タリスは恐れ多いと辞退し、レオードはまず口を開こうとしなかったので他己紹介となった。他国の将軍がいることに、ミディールもさすがに頬を僅かに引きつらせていた──改めてこちらの状況と要望を説明した。

 ミディールはそれら全てを聞き終えた後、ひとつ頷いた。

「解りました。最終判断は宗主──ディアルナ様ですが、私からも可能な限りご要望に添えるよう働きかけます」

「ありがとうございます。感謝いたしますわ」

 リリアナの言葉に笑顔で返したミディールは、ふと表情を曇らせた。

「ただ……ブリュドにたどり着いたところで、皆様の身が保障されるかどうかは微妙なところだと言わざるをえません」

「……と言うと?」

「現在ブリュドでは、派閥争いが起きているのです」

 ミディールの顔はどことなく苦かった。

「表向きは、長年友好国だったノドバーレイの味方をするか否かが焦点のようですが──おそらくは現国王とその弟君の王位争いでしょう」

「……同盟国同士が争ってるというのに、王位争いですか?」

 リリアナの声は、多分に呆れを含んでいた。

 ミゼリアも全くの同意見である。隣国が戦争中に何をしているのか。

 だが、呆れていられたのも一瞬だった。

「その争いにリュグス家夫人、エルジェート様が巻き込まれているようなのです」

「お母様が……!?」

 リリアナは腰を浮かせ、目を見開いた。

「どういうこと、ですか?」

「──説明するまでもないと思いますが」

 ミディールは目を細めた。

「エルジェート様はノドバーレイの貴族。それも、話題の中心となっているリュグス家の夫人です。それを抜きにしても、リュグス家はノドバーレイの公爵家。むしろ巻き込まれない方がおかしいと思いませんか?」

「それは……」

「まあ、理由はほかにもありますが、それは今私が語ることではありません」

 ミディールは肩をすくめた。

「これ以上はディアルナ様に語っていただきましょう」

「そう、ですか」

 リリアナは少しうつむいた後、再び顔を上げた。

「……解りました、ミディール様。では、ディアルナ様との会談の席を設けていただけますか?」

「勿論。明日にでもご用意しましょう」

「助かります」

 ミディールの微笑に、リリアナもまた笑みを返した。しかし、その横顔に僅かな緊張が走ったのをミゼリアは見逃さなかった。

 ディアルナとの会談は、必然的にリリアナが代表として請け負うことになる。この会談でディアルナの協力を得られなければ、手詰まりとなってしまうのだ。

 その上、母と、共にいる妹のこともある。リリアナの緊張も当然のことだった。

 そんな様子を感じ取ったのだろうか。ミディールは安心させるように微笑みを更に和らげ、再び頭を下げた。

「では、私はここで失礼いたします。明日、使いの者をよこしましょう」

「お願いします」

「では──」

「……待て」

 反転しかけていたミディールを呼び止める声があった。

レオードである。

レオードは椅子から立ち上がり、ミディールを睨み付けていた。

「えっと」

 ミディールは、レオードに向き直り、首を傾げた。

「……何か?」

「貴様、俺を覚えていないのかっ」

 決死の覚悟をにじませ、レオードは忌々しげに声を張り上げた。ミディールの頭がますます傾ぐ。

「オルゴ家のレオード! 忘れたとは言わせんぞ、ゾルデル家のミディール!」

「………………あ」

 長い沈黙の後、ミディールはぽん、と手を叩いた。

「オルゴ家のぼんくらか!」

「誰がぼんくらだ、この見た目詐欺!」

 レオードは怒鳴り声を上げた。ある程度防音の効いた壁といえ、実に近所迷惑である。

 レオードはやや大げさな仕種を伴って部屋の面々を見回した。

「聞け、皆! この男はかつて、我がレコキウス軍の騎士達に甚大な被害を与えたあげく、その責を他者に押し付けて逃げたのだ。聖騎士などおこがましい、騎士の風上にも置けぬ卑怯者よ!」

「──卑怯?」

 部屋の温度が十度下がった気がした。

 声の温度が下がっただけでこうも室温が変わるものかと、リリアナ達はまざまざと体感させられる。ただひとり、ミゼリアだけが呆れのため息をついた。

「卑怯というのはな、レオード殿。他人の誹謗中傷をこそこそ裏で言ったり、見た目だけで実力を判断して侮ったり、上の者に媚びて下の者を蔑み利用する者のことを指すのだ。かつての貴様、いや、貴様達(、、、)のようだなあ?」

 ミディールは、笑顔である。先ほどと同様、いやそれ以上に爽やかな、貴公子然とした微笑である。

 だが、その周囲には吹雪が吹き荒れていた。

 はたしていかなる魔術だろうか。室温はある程度過ごしやすいよう調節されているとはいえ、季節そのものはもうすぐ夏になる。

 だというのに、背筋が震え、鳥肌が立つ。全員(ミゼリアとミディール除く)思わず身をすくませるが、いっこうに寒風が去る気配は無かった。

 特にレオードはかわいそうなほど色を無くしていた。顔など紙のように白くなっている。

 先ほどまでの口調をどこかへやってしまったらしいミディールは、美しい笑みのまま氷のつぶてのような言葉を続けた。

「色々と思い出したよ。“貴様ら”は国神であるアースラ神ではなくミズル女神を信仰する私を、知恵を使うことしか能が無い弱者だと嗤ったな。興味が無いので無視していたら、直接的な嫌がらせをしてきたのだったか。うん? 何をしたのか覚えてないのか? そうだなあ、持ち物を隠したり、剣を錆びたものにすり替えられたり、ああ当時の私か髪が長かったから、引っ張られたり、切られたりもしたな。女のようだとからかわれたりもしたか。はは、多すぎて全部は覚えてないな、さすがに。最後に受けたのは、ミズル様の聖印のネックレスを盗まれたあげく壊されるところだったことかな。あの時は本当に肝が冷えたよ、あははははは」

 怒濤の言葉のブリザードによって、レオードはもう息も絶え絶えだった。そろそろ氷付けになるかもしれない。

 いい加減見ていられなくなり、ミゼリアは声をかけることにした。

「ミディ、貴方の気持ちは解りますが、もうその辺りで」

「……失礼、熱くなってしまいました」

 ミディールは、申しわけなさそうに目を伏せた。

 もっとも、部屋の空気は依然下がったままだが。言葉とは真逆の、熱の一切無い空気のままである。

 どうしたものかと考えて、しかし話を転換させることは無理だと悟る。ならばせめて会話の対象を自分に変えようと、あえて質問を投げかけることにした。

「ミディがレコキウス出身なのは知っていましたが、レオード殿と知り合いとは思いませんでした。いつからの知り合いで?」

「私がミゼリア様と同じ歳の頃ですから、二十年以上前でしょうか。配属部隊が変わった際に顔を合わせまして、同じ準騎士、家格も一緒で、まあある程度の関わりはありました。もっとも、私は今の今まで彼のことを忘れていましたがね」

 そうですか、とミゼリアは何でもない風で応じたが、なぜか周囲の空気がいっそう下がった気がした。驚いて見回すと、なぜかあ然としているレオード以外の面々と目が合う。

 首を傾げていると、ザフィロがおそるおそる前に出た。

「二十年前の時点で……ミゼリアと同じ十四歳?」

「正確には二十四年前ですね」

 ミディールが落ち着いた口調で言った。

 とうとう部屋は完全に凍り付いてしまった。動いているのは、ミゼリアとミディール、先ほどまで凍死寸前だったレオードである。

「こいつはこんななりだが、俺と同い年だぞ」

 更にレオードが追い打ちをかけた。

 ミディールの容姿は物語の中の白騎士、あるいは白馬の貴公子そのものである。

 整った顔は若々しく、穏やかな眼差しは優しげで、たいていの女性は視線を向けられただけでうっとりしてしまうだろう。

 一方のレオードは非常に体格がよく、その場にいるだけで威圧を感じざるを得ないような偉丈夫だ。

 そのいかつい顔にはうっすらとだがしわがあり、ぱっと見ただけでこの部屋の面々の誰より年上であることが解る。

 改めてふたりを見比べてみる。

 さすがに親と子ほど離れているわけではない。だが年齢差は明らかで、確実に一回りは違うはずだ。

 ──見た目の上では。

 絶対零度の中、もっとも先に解凍されたのは、リリアナだった。

「美形は時間を超越できるのね、覚えたわ!」

「覚えんでよろしい!」

 連鎖してエインも復活した。主へのツッコミのためだけに、氷の呪縛を解いたようである。

 ミディールは爽やかな微笑を浮かべ、親指を立てた。リリアナもまた、彼に向かって笑顔と立てた親指を見せる。まさかの友情成立の瞬間だった。

 ミゼリアはため息をついた。彼女は初めから、リリアナとミディールは気が合うだろうと予想していた。

 何しろこのふたり、似た者同士なのである。性格とか性質とか、とにかくそういった根っこの部分がよく似ているのだ。

 見た目は理想の令嬢と貴公子。しかしその中身は常識を満面の笑みで落とし穴に落とす人種である。

 責任感もあるし、いざという時背負うべきものを背負う覚悟も度量も度胸もあるが、平時は好奇心のおもむくまま行動する。そのくせ決定的な大事件を起こさず、むしろ事件を解決させてしまうのだから始末が悪い。

 ミゼリア自身はふたりのそんなところは好ましいと思っているし、慣れているので驚きはしても戸惑いはしない。ただ──

 ──年齢のこと、ミディは絶対狙ってましたし、リリアナ様もそれを理解しておいででしたね。

 同族は同族を知るといったところだろうか。結果的とはいえ、この状況を招くのに一役買ってしまったため、心苦しいミゼリアだった。

 ひとしきり様子を見て満足したらしいミディールは、やや笑みを引っ込めて話を再開した。

「これ……いや失敬、レオード殿は、某侯爵家令息の子分のような存在でしたな、確か。この侯爵家令息というのが、何というかまあ、少し難が多い方でしてな」

 多いのか少ないのかどちらなんだろう、というツッコミは、心の中で留めておくミゼリアだった。

「自分より優れている人間を見ると頭の悪いいじめや妨害行為をする癖がありましてな、私も被害を受けてました。先ほど言ったのが、それです」

「まあ、それ以外のだと、どんな?」

 ──なぜ先を促すのですか、リリアナ様!?

 ミゼリアとエインの心の声がひとつになった。

 一方のミディールは、楽しそうに続ける。

「典型的なものでしたね。教本を隠したり、剣を隠したり、陰口を言ったり──途中から飽きました」

 いじめを飽きたと言い放つミディール(あくまで受けた側)の神経の図太さは、ミゼリアにとって懐かしく、ほかの面々はあ然とするもので、リリアナには共感を呼んだが、レオードはひたすら顔を青くした。

「まあ先ほど言ったきっかけもあって、私はレコキウスを離れることにしたのです。勿論、黙って出ていきませんでしたか」

「何をなさったのですか?」

 リリアナが尋ねた。エメラルドの瞳がひたすら輝いており、わくわくという擬音が聞こえてくる。隣ではエインが天を仰いでいた。

「まず侯爵家の令息及びその取り巻き共の剣に塩水を仕込んでおきました。連中、剣は騎士の命だの家伝来の宝剣だののたまっておきながら、管理がずさんでしたので」

「あんた鬼か」

 呟いたのは、ようやく現実に戻ってきたザフィロだった。

 騎士にとって、扱う武器は命の次に大事なものである。その大事なものを同じ騎士が駄目にしたという事実に、戦慄したのである。

 しかし、ミディールの“仕返し”はまだまだ続く。

「あと……全員ではありませんが、いささか派手に火遊びしている者がいたので、証拠を集めて騎士団内にばらまきました。勿論、実名もばっちりです」

「鬼だろ!? あんたやっぱり鬼だろ、なあ!?」

 ザフィロの絶叫に、ミディールは笑みを深めた。実に穏やかである。

 その様子を面白そうに眺めていたリリアナは、ふと思い付いたようにとびっきりの投石を放った。

「その火遊びをしていた者に、レオード様はいらっしゃったのかしら?」

「なっ!?」

「いや、私の知る限り、レオード殿には浮いた話はありませんでした。そもそも、当時の彼はおそらく童て」

「わあああああああ!?」

「むぐ」

 絶叫してミディールの口を塞ぐレオード。内容をほぼ言われてしまっているため、正直あまり意味が無い。

 レオードの手を外したミディールは、別の切り口で彼を追い詰めんと活き活きとした顔で口撃を開始した。レオードの顔色は、再び白に移行する。

 リリアナはその様子をとても楽しそうに眺め、うずうずした結果、参戦しようとしてエインに止められていた。蚊帳の外のザフィロとタリスは、一歩引いた場所で顔を引きつらせている。

 先ほどまで真面目な話をしていたはずなのに、今や部屋はてんやわんやの有様だった。

 ひとりその様子を見つめていたミゼリアは、思わず笑ってしまった。

 国を追われ、国外へ逃げようとするも、その先でも暗雲は立ちこめている。ミゼリア達を取り巻く環境は、決して楽なものではない。むしろ、進むことすら躊躇してしまうような厳しさだ。

 けれど、こんな様子を見てしまうと、なぜだか大丈夫だと思えてしまう。根拠の無い、あまりに無邪気な考えだが。

 ──ああ、でも。こんな風に夜を過ごせるなら。

 きっとどんなことも乗り越えられると、そう信じられる。

 ミゼリアは静かに、小さく微笑み、飽きることなく目の前の光景を眺め続けた。

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