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じゃがいもコロッケ

作者: 卯月海人

五分企画に出すつもりだったのですが締め切りに間に合わなかったうえに文字数が制限内に収まらなかったので普通の作品として投稿します。とほほ。

 会社帰り、渡部は今日も足を止めた。

 

 ここ数日同じ場所で何度も立ち止まっていてる。

 通りかかるたびにどうしても気になってしまうのだ。

 それは駅前通りのアーケードの中。なんの変哲もない小さなお惣菜屋。色褪せた看板がどこか懐かしい、庶民感漂うお惣菜屋でのことである。

 トレイに所狭しと並べられたおかずのひとつにコロッケがあった。

 キツネ色の衣に小判型の、どこにでもありそうなコロッケが、なんとも食欲をそそる揚げたての香りを放っていた。

 売り子のお婆さんが客の匂いに気づき、黄色い歯を見せて笑顔を作った。

「いらっしゃいよ」

 渡部はどうしようかしばらく迷った。もう十分確認したはずなのに、やはり気にかかる。

 結局、今日も探究心が勝ったようだ。しかめっ面をコロッケから離して注文した。

「じゃがいもコロッケをひとつ」

「はいよ」

 人情味豊かなからっとした喋りのお婆さんは、トングでコロッケを一つ掴んで紙に包んだ。それをさらにビニール袋に入れようとしたところで渡部が遮るように言った。

「あ、すぐ食べるからそのままでいいよ」

 商品ケース越しに手渡され、あつあつのコロッケを受け取る。早速ひとくちがぶりと行く。口の中に香ばしい衣の味が広がった。イモとひき肉、玉ねぎが作る味の調和はほのかに甘みがあり、これぞまさにコロッケという素朴な味わいを醸し出していた。

 しばし衣の食感を楽しみ、舌で転がすようにイモの味を噛みしめる。

 うむ、美味い。

 美味いは美味いのだが……。

 首を捻ってひとりごちる。

 うーん、やっぱり普通のコロッケだな。

 結局、渡部の三度目の感想も同じものだった。

 

 

 そのコロッケがふと目に止まったのは、二週間ほど前のことである。

 

『じゃがいもコロッケ 1個 80円』

 

 黄色い紙に赤いマジックで書かれた商品札がガラスケースに貼られていた。

 惣菜をあまり利用することがなかったので、通勤路として毎日通る道にありながらそれまで気付かなかった。

 じゃがいもコロッケ? 普通コロッケはじゃがいもだろう?

 ふとした違和感に思わず立ち止まった。

 コロッケといえば、主素材がじゃがいもなのは、日本全国共通の認識のはずだ。

 その証拠に、かぼちゃで作ったものは「かぼちゃコロッケ」、菜の花が入っていれば「菜の花コロッケ」、じゃがいも以外の素材は、それを強調するために商品名に記される。じゃがいものコロッケは「コロッケ」のみで表示され、じゃがいもは暗に省略されているのが普通だ。

 なのにわざわざ「じゃがいも」を強調するという事は、これは一風変わった作り方のコロッケなのではないか?

 一度気になると確認せずにはいられない。渡部は早速そのコロッケを買って食べた。

 その感想は先ほど述べたとおり、どこにでもあるような普通のコロッケだったというわけだ。

 

 

 渡部は難しい顔をして、歯形のついたコロッケを睨みつけた。

 道行く人の中にはそんな中年男を訝しげにちらちら見る者もいた。

 食べかけのコロッケを睨む男のしかめっ面と、それを見守る売り子のお婆さんのにこにこ顔が対照的で、それは確かに奇妙な構図に見えた。



 俺は細かいことを気にしすぎるんだろうな。

 三度目の味を噛み下しながら渡部は自嘲した。

 人が軽く流すような小さなことでも自分には大きな疑問となる。目につくと頭から離れず、とことん追求してみたくなる。ことを大袈裟に考えすぎなのだろう、自分は。

 この『じゃがいもコロッケ』も大した問題ではないのだ。その証拠に通りを行く人の誰も気にとめてないではないか。店の人の認識がちょっと違ってただけで、特に意味はないことなのだと、とっくにそう結論を出したはずなのに。

 なのにやっぱり気になって、こうして三たび口にしているとはなんたることか。こんなどうでもいいことを、やっぱりなにか特別な素材が入ってるんではなかろうか、作り方に秘密があるのではなかろうか、そんな風に勘ぐって、一人で謎を深めようとするとは、どこまで自分はこだわり屋なのだ。

 最後のひとくちまで食べつくし、渡部はもう一度『じゃがいもコロッケ』の札を見た。

 

 まったく。こんなことを気にするのは自分くらいのものだろうな。

 

 肩をすくめてひとりごちる渡部の顔は、しかし知らずと頬が緩んでいた。

 視線に気付き、顔を上げると売り子のお婆さんと目が合った。気恥ずかしさに笑おうとして、失敗したようなひきつり顔を作ってしまう。変な客だと思われただろうか。

「お婆さん、なんでこれは、じゃがいもコロッケってつけてるんですか?」

 気まずい空気のごまかし半分、興味半分でとうとう疑問を口にした。どうせ意味はないと言われるだろうと、さして答えに期待してはいなかったが。

 するとお婆さんは口の端を上げ、意味深に渡部の目を覗き込んだ。にこにこ顔からにんまり顔への変貌に、渡部は僅かにたじろいだ。

 

「こう書くと、気になって買ってく人が結構いるんだよ」

 

 なんだって?

 

 その瞬間、渡部は固まった。

 あんぐりと口を開け、思考が流れ出すまでのしばしの間石像と化した。

 厨房の揚げ物の音が、白けた空間を跨いで散っていく。

 学校帰りの学生達が、乾いた笑い声をたてながら、渡部の後ろを通り過ぎていく。

 なんだ、そうだったのか。

 肩と首が力なく垂れ下がった。

 してやられたという敗北感を感じないわけではないのだが。

 思考が止まるほどにショックを受けたのは、それとは別のことだった。

 何かがすとんと抜け落ちた。頭を小突かれたような気分になった。

 

 なんだ。こんなことを気にする人間は、自分以外にも結構いるのか。

 

 なんだか莫迦莫迦しくなった。お婆さんは黄色い歯を見せ、したり顔で渡部を見やる。

 その顔を見てると、急に可笑しくなってきて、渡部は苦笑を浮かべて言った。

「じゃがいもコロッケ、もうひとつ貰うよ」

 まいどあり、とさらに笑みを深くして、お婆さんがコロッケを袋に詰める。

 その商売根性に感服だ。

 なんだか全てを見透かされてるようで、負けを認めるのは少々癪だけど。

これのジャンルが文学でいいのかどうか微妙ですね。

もっと削れる部分あったから二千五百文字以内にできただろうに時間切れとは情けなやです・・・。


一応文字数内に収めることにしました。中盤の段落ひとつ丸ごとカットしました。

カット前に読んでくださった方すみません。m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭のコロッケに対する描写がとてもお上手で、あまりにもコロッケがおいしそうに感じ、ついつい読んでしまいました。笑 なぜじゃがいもモコロッケなのか、という疑問が最後まで気になって、一気に読ん…
[良い点] ほのぼのと温かくなって、それでいてニヤっと笑えますね。 日常の瞬間、ありふれているようで新しい発見。 これを文章にできるってスゴイですよ。作家の目を持っていらっしゃいますね~~。 [一言]…
[一言] 僕も作者さんの気持ちが痛いほど判ります。 「何で?どうして?」そんなんばっかり、考えます。 考えすぎて、生命の危機に陥ったぐらいです。 それにしても笑った! ばあちゃんの知恵袋的なもんか?…
2009/10/14 07:48 退会済み
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