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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

啼く鳥の謳う物語

彼と猫の関係

作者: フタトキ

季節は夏ですが、二人が用心屋で働き始めて間もない頃の夏です(*´ω`)

千里(せんり)ぃ?」

 さて、俺は親友で現在迷子の千里を探している。



 容姿端麗、艶のある目映い金髪、宝石にも劣らない翡翠の瞳。絵に書いたような天の使い。白い肌は日焼けやシミを知らず、というより、太陽は苦手らしい。

 そんな彼は俺の最初で最長の親友で、恥ずかしながら、家族以上に親密な関係でもある。

 ぶっちゃけ、俺の男の恋人…………俺の……“親友の上”みたいな?

 そんな千里が、俺の買い物に付き合った帰り道で、「猫だ~」などと言ったきり行方不明となった。


 千里は本当に手の掛かる子供だと思う。

 自分勝手と我が儘を兼ね備えたシンデレラの継母達に近い。今も要冷凍の肉を持ちながら、寄り道をしている。手伝いなのか邪魔をしているのか微妙だ。

 まぁ、自分の満足が何よりも優先だろう。

 それは確かに迷惑だろう。

 だけど……――




「にゃーん」

 しゃがんだ彼は段ボールのそこを見詰めて猫の鳴き声の真似をしていた。

「千里?何してる?」

 (あおい)が途絶えた足音に進路を戻り、肩から掛けた鞄を膝に抱えた千里を見下ろす。すると、千里は薄汚れた灰色の子猫に手を伸ばしていた。葵は慌てて彼の手を取り、引き揚げる。

「ひゃあ!あおっ!?」

「無闇に何でも触るなって!何か人に悪いもの持ってるかもしれないだろう?」

「でもっ……猫……」

 絡まった毛先。泥の付いた四肢。

 弱々しい瞳の光。

 捨て猫だった。

「お腹空いて……可哀想」

 千里が指を指したのは空となったペットフードの袋。ひもじかったのか、無数の噛み跡がある。

「ねぇ……あお……」

 うるうるした彼の翡翠は猫の黒目をじっと見ていた。

 千里の内心はそれだけで簡単に分かる。

 “連れて帰りたい”

 “でも……”

「千里の家は無理だろう?」

「………………」

 見えない千里の猫耳が垂れた。

「……あお…………猫……死んじゃうよ……」

 葵に触るなと言われて、ポケットから出したハンカチで彼はそっと猫の頭に触れる。

 コロコロと喉を鳴らす猫。

 それはねだっているのではなく、千里の優しさに感謝しているようだった。

「にゃあ……にゃ、にゃ」

 堪えきれずに素手で猫の顎を掻く千里。

 そこで怒鳴る酷しさもなく、どうしようもできない葵も千里の隣にしゃがんだ。

 それを葵の許しだと思った千里は腕の中にそっと子猫を入れる。

「にゃあ……にゃあ……」

 猫の小さな前足は千里の親指といい勝負だ。

 伸びた毛で分からなかったが、猫はかなり痩せ細っていた。猫の腹から持ち上げる手に少しでも力を加えれば、きっとこの猫は千里の非力な力でも殺せてしまうだろう。

 葵の隣には俯き、ただずっと猫の鳴き声をして背中を撫でる千里と猫がいた。






「千里」

「お父さんになってた」

「え?」

「ほら、見て」

 まるであの猫型ロボットが出てくる国民的テレビアニメの空き地だ。開けたそこには3つの土管がピラミッド上に積んである。

 しかし、違うのは周囲が民家ではなく、林。

 正確には竹林と言いたい。

 千里は芝の上で伏せ、そっと土管の1つを覗いていた。髪が土で汚れるのも構わずに熱心に土管の中を見ている。

「ねぇ、見てよ。ねぇ」

 ひらひらと空を切る手のひら。

 千里は土管の中に夢中で、おいでおいでは別の方向を向いている。

「分かったよ。見るよ」

 ……土管の上に生肉の入ったスーパーの袋。

 焼いてるのか?

「早く!わぁ!可愛いよぉ!」

 千里が子供みたいに興奮している。

 俺は空いている土管の中に肉と自分の野菜諸々入りの袋を置き、千里の隣に伏せた。

「あ…………」

 土管には猫の一家がいた。成体の猫が2匹。

 子猫が5匹。

「覚えてる?あのお父さん」

 どちらが“お父さん”かは知らないが……お母さんは子猫3匹を腕に抱えて寛いでいる方だろうか。

 そうなると、お父さんは子猫2匹を自分の尾で遊ばせる灰色の猫だろう。

「………………んん?覚えてるって言われても……」

 野良猫なら今までに沢山見てきた。

 灰色の猫だって……。

 額に斜めの十字の形をした傷痕がある。カタカナの“メ”に近い。

 そこだけ毛がなく、痛々しいのだ。

「昔、お前が見付けた捨て猫?傷がそっくりだ」

「目も鼻も口もそっくりだよ」

 そこまでは俺には分からない。

「良かった……」

「……千里?」

 見下ろした千里の横顔は笑顔で……泣きそうだった。

「生きててくれて…………すごく幸せそうだ……」


 にゃあ。


 あの時の捨て猫が子猫をいなしてからゆっくりと千里に近付いてきた。

 遂に涙を落とした千里に。

 幸せな小さな家族を見ようと必死に涙を拭う千里は近付いてくる猫に気付いていない。

「千里、猫が」

「ふぇ?ま、待って……」

 俺の言葉に土の付いた手も使って両手で涙をどうにかしようとするが、俺はその手を掴んで阻止した。

 目に何か細菌などが入ったらいけない。

「まずは体を起こせ」

「あう……あお……猫が」

 泣くか猫を見るかはどちらかしかできないぞ。

 俺は体中を芝草だらけにした千里の目尻にハンカチを当てる。

「これで拭け」

「……ありがと」

 どうにか落ち着いてきた千里は止まった涙を拭った。


 にゃーん。


 千里の目の前には灰色の逞しい猫。額には傷痕。

「あ……猫さん……えっと……にゃあ」

 にゃあ。

 ハンカチを膝に落として空いた千里の右手に猫が頭を擦り付けた。長い尾が千里の腕に絡み付く。

「僕のこと……覚えてる?」

 にゃあ。

「あ……ありがとう。それでね、僕も君のこと覚えてるよ」

 にゃあ。

 千里は全く暴れない猫をそっと腕に抱いた。

 その姿に覚えがある。この猫に初めて会った時も、千里は壊さないようにそっと猫を抱き締めたのだ。

「あのね……生きててくれてありがとう。立派なお父さんになってくれてありがとう」

 にゃーん。

 目を細めた猫は千里の言葉が分かっているように見える。

 いや……分からずとも、感じるのだろう。

「子供達に一杯愛をあげてね」

 にゃあ。

 猫は千里の腕から降りると、立ち上がった母猫のもとへと歩きだした。子猫が父猫を取り囲むように集まる。

 一瞬、父猫が千里を振り返り、そして、歩く母猫を追った。

 それを追ってちょこちょこと走る子猫達。

 7本の長さの様々な尾が揺れていた。





「千里、もう見えないな」

 猫の家族は竹林の中へ完全に消えてった。もう見えない。

「…………うん」

「…………帰るぞ。お前の生肉は腐ってるかもな」

「…………焼くから平気だよ。あおの練乳アイスは……死んでるかも」

「え?……………………あ」

 忘れてた。俺も楽しみにしていたアイスなのに。

 俺は手に提げたビニール袋を見ないように前方に目を凝らした。こういう時は別のことを考えて気を紛らわそう。

 遠くに赤い何かが見える。

「あお」

「ん?」

 ポストだろうか。

「ありがと」

 ああ、ポストだ。

「………………どう……いたしまして……?」

 昼間から住宅街で俺の頬にキスをしてきた千里。

 感謝されたことに疑問しかない俺が千里の行為に気付いた時には、千里は遠い先でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 でも、真昼間の住宅街は本当に人気がないからいいか。


 とか、思った俺って……。


「千里、今度はひき肉にする気か?」

「しないよ」

 俺が怒っていないと分かった千里は直ぐ様、俺の隣に戻ってきて手を繋いでくる。

 現金なヤツだ。

「あお、あお。あのね、あおのおかげだよ。あおが僕を止めてくれたから……あの子はパパになれたんだ。幸せな家族を作れたんだ」

 ああ、それで“ありがと”なのか。

「違う。千里はあの子を見付けた。そして、撫でた。あの子にとって、それはとっても大切で……希望になったはずだ」

 千里がお母さんの温もりを今も求めているように。

「千里はあの子のパパだな」

「……パパ…………僕が?」

 冷えた千里の手は気持ちいな。

 夏場の千里は案外いいかも。だから、千里が深く指を絡めてきても俺は許した。

「パパだよ。あの子のお父さん。また撫でて貰えて嬉しくて堪らなかったはずだ」

「僕がパパ……か」

 俯いた千里。だけど、俺には分かる。

 千里は笑っている。

「お腹空いたな、千里」

「……うん」

 千里が俺の手を引き、腰を引き、俺の首筋に噛み付いた。

 お前は血に飢えた吸血鬼かってんだ。

 俺は千里の気が済むまで好きにさせてやることにした。


 ま、これぐらいは許してやるよ。




 千里は自分勝手と我が儘を兼ね備えたシンデレラの継母達みたいだ。


 だけど、千里は猫の小さな声を聞くことができるんだ。そして、足を止めて抱き上げて撫でることができるんだ。


 それが櫻千里だ。

最近、寒くなってきたなぁって思います。

これぞ秋ですかね(*´ω`*)

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