【 七塚先輩の介抱 】
「どうしたの? 眠れないの?」
七塚先輩の顔からは笑顔が消え、少し心配そうな面持ちで言う
「ま、まぁ……」
(七塚先輩からずっと見つめられながら眠れるわけないですよ)
「ちゃんと寝ないと、良くならないわよ?」
「でもですね……」
「もう、本当に桐崎君は仕方ない子だね――」
「え?ちょ! 七塚先輩、なにを!?」
またしても七塚先輩は僕の目の前で思いきった行動に出る。
むくっと立ち上がったと思うと突然、僕が寝ているベッドの布団に手をかけ足を忍ばせた。
「なにって、私も一緒に寝るのよ」
「えぇ!? でも…… そ、それは……」
「う~ん、それとも桐崎君は私に下で寝てくださいとでも言うのかしら?」
「…………は、はぃ?」
「むぅー、いつから桐崎君はそんなにイジワルになったの?」
(ぇ、ぃや…… 僕は一体、どう反応すればいいのでしょうか? 驚くべきか、喜ぶべきか、嫌がるべきか…… もう、僕にどうしろと言うのですか?)
七塚先輩は、つい数分前まで眩しい程の笑顔を作っていたかと思うと、酷く心配した表情になり、そして気付くと今度は凄く悲しそうな顔をする。喜怒哀楽の表現が激しいと言うよりは、感情の切り替えが早い。
百面相の如くコロコロ変わる姿は、まるで役者だ。
こうも切り替えが早いと何が本当の感情なのかわからなくなってくる。
あの涙も嘘なのか?あの怒った顔も嘘なのか?僕にはわからない。でも、わかっていたとしても僕は嫌とは言っていないかもしれない。そんな事を考えたところで、七塚先輩に見つめられてしまえば何も言い返せないのだから……
そんな僕の考えなど一切無視で、七塚先輩は有無を言わさず堂々とベッドに潜り込んでくる。
「こ、こんな小さなベッドに二人は狭いですよ!?」
七塚先輩は潜り込んだ布団から、ひょっこり顔を出すと笑顔で言う
「でもほら、こうすれば――」
「ぁ、ぃゃ……」
(ち、近いですよ……)
僕の目と鼻の先には七塚先輩の顔が、息づかいすら聞こえてきそうな距離だ。
そして、目の前の七塚先輩は何も気にする事なく楽しそうな笑顔を僕に向け言う。
「ねっ♪ こうすれば、暖かいでしょ?」
七塚先輩は僕に体を密着させると笑顔で言った。
何故にこんな事をしているのに笑っていられるのだろうか、この人は……
普通、年頃の女子なら自らここまで大胆な行為は出来ないだろうと思う。
(まぁ…… 普通なら、ね……)
それを何の迷いも無く平気でやってのける七塚先輩の方が普通じゃないのだ。
しかし、それに付き合っている僕もまた普通では無いのかもしれない。
等と僕が思っていたところで問題は解決するはずもなく
「やっぱり、ちょっと狭いかしら? 桐崎君、もう少し寄ってくれる?」
「で、でも…… それは……」
「どうしたの?」
恐らく顔が真っ赤になっていただろう。
僕は恥かしくなり思わずクルりと反転し七塚先輩に背を向けてしまった。
「す、すいません!」
「むぅー、どうしてそっぽ向いちゃうの?」
拗ねた声で言いながら、七塚先輩は甘えるように僕の首元から手を回すと胸へ腕を絡めながら抱きついてきた。そして、僕の背中にはまたも柔らかな感覚が伝わってくる。
七塚先輩のふくよかな胸が僕の背中を押し付けているのだ。
(なにこれ、デジャブ?)
「な、なにをしているのですか……?」
「こうしているとね、安心するのよ。桐崎君もそう感じない?」
(安心…… と言うよりは、乱心状態です……)
「あ、あの…… 七塚先輩?」
「なに?」
「あ、あたっています……」
「ん? 何が?」
(いや、何がって……)
今の状況は、お風呂の一件とまったくもって同じような状況にある気がしたのだ。
ただ一つ違うのは、身動きが取れないと言うことである。これは、普通に考えれば羨ましすぎるシチュエーションなのだろうけれど、実際に体験してみるとこれは半端ない。
まして、何の心の準備もなく、自分の意思でしているわけでもなく、まるで突然に襲われてしまっている様な感じだ。立場的には逆なのではないか?と、そんな事も思うわけなのだけれど相手が相手なだけに抗う事は出来るはずもないのだ……
「ぃぇ、そのですね…………」
「どうしたの?」
「な、なんでもないです……」
「そう? 変なことを言うのね」
言えるはずがない
『七塚先輩のおっぱいがあたっています』などという台詞が言えるわけがない。ましてや、状況が状況だ。
小さなシングルベッドに男女肩を寄せ合って寝ながらそんな恥かしい台詞を口にした日には、僕はどうすれば……
第一、僕みたいな奴が七塚先輩へ襲いかけるなどいう勇気など持ち合わせていないわけで、かと言ってこんな中途半端にされ続けるのは、生き地獄を味わされているようなものだ。
まったく、何故に僕だけがこんな思いをして、七塚先輩は平然としていられるのだろうか?
本当に勘弁してほしいものだ……
そして結局、僕は一睡も出来なかった。
七塚先輩の温もりを感じたまま僕のアドレナリンは放出し続け、眠ろうとしても眠れるはずもなかったのだ。
一方の七塚先輩は、未だ僕の体にがっしりと腕を絡めながら幸せそうに、すやすやと眠っていた。