【 お風呂その後 】
お風呂の一件で見事にのぼせ上がった僕は、気付けばベッドに寝かせられていた。
どうやら、浴室で倒れた僕を七塚先輩が心配して介抱してくれていたらしい。
でも何だろう、自分のベッドなのに凄く懐かしい感じがする。
姿はないが、僕は素直に七塚先輩の優しさを嬉しく思う。
でも、こうして寝ているのは七塚先輩のおかげでもあるのだけれど……
まさか、七塚先輩と一緒にお風呂に入る事になるなんて思いもしなかった。大体、出会ってからまだ一ヶ月と経っていないのに展開が早過ぎるのではないだろうか。しかし、なんだかんだ言って結局は嫌と言えない僕も情けない。 おかしな同棲生活が始まってから三日目にして、僕は素朴な疑問を抱いていた。
(一体、七塚先輩は親になんと言ってきたのだろうか?)
素朴にして、当然な疑問。
突然、僕の家に住むなどと言ってきたが普通に考えればそんな簡単に事を進めていいのだろうか?
しかも、七塚先輩は『お嬢様』だ。
疑問を抱くのは、なおの事
あの時『家は売り地にする』と言う爆弾発言もしていたが、それすら簡単に出来るものなのだろうか?
七塚先輩の一言だけで……
(う~ん、本当に七塚先輩は謎が多すぎる……)
そんなことを考えていると、玄関の戸が開く音と共に七塚先輩の声がする
「桐崎君、もう大丈夫なの?」
心配してくれているのか、今にも泣きそうな顔で言い寄ってくる
「少し、のぼせあがっただけなので大丈夫です」
「ほんとに?」
ずいっと、僕の目の前に顔を寄せ七塚先輩は心配そうに問い質して来ると
「え? は、はい」
「ほんとのほんとに?」
「大丈夫です」
「そう、ならよかった。でも、無理しちゃダメよ? 桐崎君に倒れられたら困るんだからね」
「ありがとうございます。七塚先輩」
(七塚先輩は心配してくれているんじゃないか。なんだか、嬉しいなぁ)
「まったく、桐崎君にはやってもらいたい事がまだまだ沢山あるのだから――」
(……前言撤回だ。七塚先輩に少しでも期待した僕がバカだった……)
「えぇ~と……」
「とにかく、今はゆっくり休む。体調が良くなるまでは動いちゃダメ、これは命令だから。良くなるまではベッドに縛り付けてでも寝かせておくからね? わかった?」
(べ、ベッドに縛り付けておくって…… 監禁でもするつもりですか? それは流石に……)
「いゃ…… もう、大丈夫ですけど――」
「でも、桐崎君。まだ顔色が悪いわよ? 我慢はダメね」
(僕の顔色を悪くさせているのは七塚先輩の言葉だと思います……)
そして結局、僕は寝かされてしまうはめになってしまった。
縛り付けられている。と、そこまではならないが、そんな感じがしてしまうのは何故だろうか?
ベッドに横たわる僕の側には七塚先輩の姿。先程からずっと、七塚先輩はリラックスした体勢でベッドに右肘を立て掌を頬にあてがうと、終始笑顔で僕のことを愛おしそうに見つめていた。
一方、七塚先輩に良くなるまで起きてはダメだと言われた僕は身動きが取れないわけで、出来る事と言えば顔を動かして七塚先輩に視線を送り返すくらい。
何だか籠の中に閉じ込められている気分にすらなってしまう。
こんな扱い、これではまるで……
(うん、ペットだね。これは……)
人間に飼われている動物の気持ちが少しわかった気がする。
いや、わかってしまったら御終いなのかもしれないけれど。