【 特製料理 】
着いてしまった……
いや、僕の家なんだから当然と言えば当然なのだけれども玄関のドアを開けるのが怖い。大体、どうしてこうなってしまったのだろうか?これほどまでに帰りたくないと感じたのは恐らくこれが初めてのことであろう。
玄関先でそんな事を考えていると
「どうしたの? そんなところに立って」
気付けば七塚先輩はドアを開け顔を出していた
「あ、いぇ……」
「おかえり、桐崎君」
「は、はぃ。ただいま」
(なんだか、このやり取りもおかしな気分だ)
先程の事など何もなかったかの様に七塚先輩は普段と同じ態度で接していた。
しかし、何故だか僕には安心出来るものではない。
「ところで桐崎君」
「な、なんですか?」
「お腹、空いてない?」
「えぇ~と……」
なにを言い出すかと思えば
「空いてるよね? うん、きっとそうね。仕方ないわ、特別に作ってあげる」
「ちょ! 僕はまだ何も――」
「嫌なの?」
「べ、別にそういう訳では……」
「なら、いいじゃない。可愛いペットに御飯をあげないとね♪」
(七塚先輩から見た僕はペットでしかないのか?せめて一人の男として見て欲しいものだ)
まぁ、でもこんな形とは言え七塚先輩の手料理を食べられるとなれば僕としては嬉しい訳で結局は何も言えない自分が居る。こんなだからいつもいつも反論出来ないのかもしれない。嫌だ嫌だと言っても、やっぱり好きな人に何かをして貰えるだけでも嬉しいと感じる。そしてこれが普通の付き合い方ならもっとマシな感じがするのだが。
こんな僕の気持ちなど七塚先輩は微塵も感じているわけも無い。
(そもそも、どうしてペットなの?)
そんなものは猫とか犬とか買えばいいだけの事なのに何も僕じゃなくても良かったのではないだろうか?というか、本当に七塚先輩は何がしたいのか分からないな。
等と思っている内にさっそく料理が出来たらしい
「ほら、出来たわよ」
「……」
「どうしたの?」
いや、どうしたと言われても
「あのー、七塚先輩」
「なに?」
「これは…… 何ですか?」
「桐崎君用の特製料理よ」
と、言ってもこれは
(サバ缶を混ぜたご飯に味噌汁をぶっかけただけって……残飯にしか見えませんよ……)
「でも、流石にこれは……」
最近の犬でもこんなものを食べたりはしないと思う
「丹精こめて作ったのよ。きっと、美味しいわ」
「ただ味噌汁をかけただけでは?」
「だって桐崎君のだもの」
いえ、言っている事がわからないのですが
「あまりにも扱いが……」
「食べないの? じゃぁ、食べさせてあげようか?」
目がマジだ。しかも、笑顔が怖いですよ
「えっ? でもこれは……」
「ほら、早く」
これはアレですか?さっきの事を根に持ってらっしゃるのか?
まぁ、七塚先輩ならありえない事もないだろうけど、この仕打ちは流石にどうかと思います。
「なに? それともこの器を変えた方がいいかしら?」
「えっ! それは流石に……」
そう言って七塚先輩が取り出したのは、どこからどう見ても猫や犬にエサをあげる時に使う様な皿状の器。こんな容器に入れられたら本当の意味で犬のエサになってしまう。
一体、この扱いは何なのだろうか?
そのうち首輪とかまで着けられるのではないかと思ってしまう。
「じゃぁ、あーんして」
七塚先輩はスプーンですくったソレを僕に差し向けながら甘い声で言う
「ですが……」
「そっか、桐崎君は私の料理を食べたくないのね…… 悲しいなぁ」
そんな台詞を潤んだ瞳で言うなんて……卑怯ですよ
「あ、ぃぇ…… そ、そんなことは……」
「……ほんとに?」
「はい……」
「ほんとのほんとに?」
「はい」
すると、その返事に七塚先輩は百面相の如くコロリと表情を変えると恐ろしい程の笑顔で
「よし、じゃぁ食べよう」
「はい?」
「食べるんだよね? ね?」
(ひ、卑怯だ……)
誰だってあんな顔で言われれば、なかなかNOと言えるわけがない。まして相手が自分の好きな人ならもっと無理だ。というか、あの場で断っていたらどうなっていたか……
想像するだけでも恐ろしい。
七塚先輩に反論したツケがこれなのか?たった一度だけで
倍にして返されるなんて、二度と僕は逆らえないだろうか?本当にまともじゃないよ。
(それに……目の前にあるコレもまともじゃないんだけど……)
「ほら、食べさせてあげるから。あーんするのよ」
退路を絶たれるとは正にこの事だろう
既に抗えないところまで来てしまった僕は目の前に迫るソレを食べるしかなく、観念し少しずつ口を開くと七塚先輩は幸せそうな笑顔を浮かべながら残飯を僕に食べさせてくれた。
「……ぅっ」
「どう? 美味しい?」
「は、はぃ……」
笑顔で言う七塚先輩に僕は『不味いです』などと言えるはずもなかった。
そして、また僕の頭を優しく撫でながら
「よかった。じゃぁ、また作ってあげるからね♪」
「……えっ?」
「同じのも飽きるだろうから。次は、そうねぇ…… 奮発してシーチキン入れてあげようか?」
「…………」
「どうしたの? もしかして、嬉しくて言葉も出ないのかしら? うんうん、いい子ね」
(奮発したところでシーチキン? もはや、まともな食事すら摂れないのか?)
「ぃぇ…… 出来れば、もう少しまともな――」
「さて、明日の献立も決まった事だし」
やっぱり僕の意見は、まったく持って通らずですか?
「はぁ……」
すると、七塚先輩は肩を落とし溜息を吐く僕に笑顔で思いもよらない言葉を言う。
「桐崎君?」
「は、はい。何ですか?」
髪をなびかせながら、ゆっくり立ち上がると
「お風呂、入ろうか?」
「………お風呂?」
「そう、お風呂」
「どうぞ、先に入ってきてください」
僕の言葉に七塚先輩は不思議そうな面持ちで
「何を言っているの? 桐崎君も一緒に入るのよ?」
「へ?僕もですか?」
「そうよ」
「……」
「背中流してあげるから♪」
「…………えぇぇぇ!?」
またも七塚先輩は、とんでもない言葉をサラリと口にした。
思いもよらない展開に僕の頭は錯乱状態になり、次の言葉が出てこなかった。
そして、場の空気に流されるままに事は進むのだった。