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【 レッサーパンダ 】

 僕は辺りをキョロキョロと見渡しながら


「ところで、お目当てのパンダはどこです?」

 七塚先輩の返事が帰ってくる前に答えは眼に止まった

「……あれかな?」


 視線の先には凄い人だかりが出来ていた。

 カメラに収めようと一生懸命に人混みを掻き分ける者達や、隙間から顔を覗かせて必死になっている人。

 本当にどうしてパンダ如きで、そこまで必死になれるのか不思議で仕方が無い。

 でも、これでは流石に見ることも出来ないんじゃないだろうか?

 そう思いながら僕は再び七塚先輩に視線を向けようとするが


「こんなに人が居るんじゃ、見れませんよ? ……って、あれ?」

 視界に七塚先輩の姿は無かった


(まさか……)


 僕の予想は見事に的中していたらしい。

 再び人混みへ視線を向け目を凝らしてみれば、長い髪のお嬢様が居るではないか。

 しかも、次々に人混みを掻き分け前へと進んで行く。

 僕はそんな七塚先輩の姿に唖然としていた。


(そこまでして見たいものなのだろうか?)


 逆にそうまでしてでも見たいパンダとは、どんなものなのか僕も気になり見に行く事にした。意外にもすんなり前へ入る事が出来たのは幸運と言えよう、柵のところまで来た所で僕は七塚先輩の姿を見つける。


「あっ、七塚先輩!」


 僕の呼び掛けに七塚先輩は人差し指を口元で立て『静かにしなさい』と言った

 どうやら、お目当てだったレッサーパンダはまだ寝息を立てて眠っているみたいだ


「これを見たかったんですか?」

「そうよ」


 僕には『ただパンダが寝ているだけ』といった感じにしか見えない。他のパンダと何が違うと言うのだろうか?なんでコイツだけが特別扱いされているのだろうか?

 ここに居るパンダ達の気持ちを代弁して言うなら『なんて不公平なのだ』

 これが、本当の客寄せパンダという奴なのだろう。

 すると、突然に周りが騒がしくなったと思うと隣に居た七塚先輩も『あっ』と言葉を漏らし嬉しそうな笑みを浮かべる


「ほら! 見て!」

 そう言って七塚先輩が指差した先を辿ると、例のパンダが寝返りを打っていた。


(なんだ、寝返りしただけじゃないか?)


 と思った時だった。寝返りしたパンダは可愛らしく笑う。

 勿論、笑っている訳ではないのだが笑っている様に見えるのだ。はっきりと、僕でも可愛いと思う。どう表現すればいいのだろう?子猫?パンダは熊だから猫はおかしいか?でも、きっとそんな感じだ。

 他にも居眠りをしているパンダは居るが確かに表情が違う。


(なるほど…… これなのか)


 自分で納得していると七塚先輩は、この瞬間を見れた事が余程嬉しかったのか幸せそうな笑顔を浮かべながら呟いていた


「可愛いわね……」


 いつもは見せない様な七塚先輩の姿に僕はドキッとしてしまった。

 同意を求められ僕も照れ隠しに相槌を打ってしまう


「そ、そうですね」


 そうして、僕と七塚先輩は暫く居眠りパンダを観賞していた

 すると突然、七塚先輩は柵から離れ人混みの中から出て行く。

 僕も後を追うように柵から離れる。そして、七塚先輩の下まで行くと


「ど、どうしたんですか?」

「お腹が空いたわ」

「……えっ?」


 そう言って七塚先輩は僕に不気味な笑顔を向ける

 僕には分かる。こういうパターンは嫌な予感の前兆なのだ


「で、でも…… パンダは?」

「もう満足よ♪」

 満足と言うが観賞時間は五分程度である

「えっ? でも、せっかく来たんですからもう少し……」

「私が満足と言ったらそれでいいのよ」

 相変わらず毅然とした態度で七塚先輩は物言う

「あんなに必死になって来たのを五分で済ませるんですか?」

「見れたからいいじゃない?」

「……はぁ」

「でも、本当に可愛かったわ。ありがとう、桐崎君」

「あっ、はい」

 なんで僕は、褒めてもらったのか分からないけれど七塚先輩にあんな事を言われたことは素直に嬉しいと感じる。

「さて、それじゃぁ」 

 いざ行かんとばかりに七塚先輩は歩きだす

「えっ? 本当に食べるんですか?」

「当たり前でしょ」

「でも、まだお昼には早いですよ?」

 七塚先輩は足を止める『ふぅ』と一つ溜息を吐き

「食事と言うのはね、お腹が空いた時に食べるのよ。時間なんて関係ないわ」


 何とも当たり前の様に言い放つ

 これが七塚先輩にとっての『当たり前』なのだ


「確かに間違ってはいないですが……」

「それに食べる食べないも私の自由でしょ?」

 ここまで言われると僕も反論する言葉が浮かんでこない

「そういうことだから行くわよ~」

「うわっ!」


 またも七塚先輩は僕の手を引っ張る様に歩きだす

 わかっている、僕が何を言ったところで聞いてくれるはずなどないことくらい。

 でも……


「七塚先輩?」

「なに?」

「どこで食べるつもりですか?」

 僕の手を握ったまま七塚先輩は『うーん』と、首を傾げ

「そこら辺?」

「えっ? ここは動物園ですよ? 遊園地と勘違いしていませんか?」

 七塚先輩は不思議そうな面持ちで

「飲食店くらいあるでしょ?」

「ありません!」

「むぅ、なんでよぉ~」

 何故か不満そうにむくれあがる

「僕に言われても……」

「じゃぁ、なにならあるの?」

「そうですね。アイスとかなら」

 すると、七塚先輩は僕を睨めつける様に視線を送り返すと

「桐崎君?」

「な、なんですか?」

「私が寒いの苦手という事を知って言っているのかしら?」

「……え? そ、そんなつもりで言ったわけじゃ!」


 そこまで考えていなかった。

 そりゃぁ、七塚先輩が寒いことが嫌いだということくらい把握しているつもりだけど、まさかアイス程度でも、そこまで言うなんて思うはずがない

 すると、七塚先輩は握っていた手を離すと


「まったく、少し教育が必要かな?」

「……はい?」

 そう言って七塚先輩は笑顔で僕に手を差し出すと

「なんです?」

「ジュースを買ってきて♪ 勿論、あったかいやつね」


 あったかいジュースって、こんなポカポカとした日にそんなものを『勿論』と言われても僕には意味が分からないのですが……でもまぁ、NOと言える立場では無いので買うしかない。

 しかも、七塚先輩は『三分間だけ待ってあげる』などと言う始末。

 ようするに三分以内に買って来いと言うのだろうか?

 今回は無いと思っていたのに、ここまで来て無茶振りされるとは


 ☆


「はぁ…… はぁ……」

 思いのほか自販機が遠い。大体、制限時間が短すぎますよ。


(無茶苦茶だ……)


 結局、急いで買っては来たが三分など軽く過ぎ掛かった時間は五分だった。

 勿論、この結果に七塚先輩は満足するはずも無く


「は、はい…… どうぞ」

 ジュースを手渡すと七塚先輩は腕時計を見ながら

「一分と四十六秒遅いわね」

「……はぁ、はぁ…… 秒刻みで数えていたんですか?」

 息を切らしながら立っている僕を見ていた七塚先輩は一つ息を吐くと

「まったく、仕方ないなぁ…… 今回は特別に許してあげる」

「ほんとですか?」

「可愛いパンダを見せてもらった御礼よ」


 そう言いながら七塚先輩はニコリと笑った 

 そして、僕も素直に『ありがとう』と言い返した


 ☆

 

 なんだか気持ちがそわそわする。

 これは『命令』

 そう『命令』のはずなんだけれど、いつもと何かが違う。何が違うのだろうか?

 帰りのバスに乗りながら僕はそんな事を考えていた。

 何だか今日一日の中で七塚先輩の色々な顔を見れた気がした。どうしてこんなことを言ってきたのかわからないけれど、僕にとってみれば今までで一番と楽しい日、そんな感じがした。

 でも、七塚先輩はどう思っていたんだろう?


「えっ?」


 そんな事を考えていると七塚先輩は僕の肩にもたれるように頭を乗せてきた。

 バスの揺れで自然に傾いたのだろう。七塚先輩は疲れたのか、すやすやと眠っていた。

 気持ち良さそうに眠る七塚先輩を見ながら僕は思う。動物園の有名パンダも可愛かったけれど……


「七塚先輩の寝顔は数倍可愛いですよ――」

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